第20話
黒塗りの車から降りてきた男たちの先頭に立つ人物を見て、暁人と快はハッと息を呑んだ。
「あ……」
見覚えがあった。あの燃え盛る施設の瓦礫の中から、ボロボロだった自分たちを優しく抱き上げて救い出してくれた、独特な制服を着た男。その後も、今の家や学校の手続きをすべて進めてくれた、あの時の隊員だった。
男は路地裏の凄惨な状況と、へたり込む暁人たち、そして不機嫌そうに佇む凪の姿を交互に見つめると、困ったように眉を下げて、うーんと頭を掻いた。
「うーん……また君たち、巻き込まれちゃったの~?」
その緊張感のない、けれどどこかホッとするような気の抜けた声に、暁人たちの肩の力がわずかに抜ける。しかし、男の隣に立つスーツの男たちが、倒れた鬼の手際に手錠をかけ、手際よく回収していく光景は、ここが異常な現場であることを物語っていた。
男は暁人たちの前にしゃがみ込むと、少し真面目な顔になって語りかけてきた。
「一応、ちゃんと説明しておこうか。驚かせてごめんね。前にも言ったけど俺たちは『退魔庁』って言って、政府公認のバケモノ……まぁ、俺らはあれを『鬼』って呼んでるんだけどさ。そういう鬼退治の組織の人間なんだ」
「退魔庁……鬼……」
暁人がその言葉をなぞる。都市伝説だと思っていた存在が、自分たちを助けてくれた恩人たちの口から、明確な事実として告げられた瞬間だった。
「霧島さんも、俺たちの仲間。君たちの安全を守るために、近くにいてもらったんだよ」
男はそう言って凪に目を向けると、凪はフンとそっぽを向いた。
「まぁ、詳しいお話はまた今度。とりあえず、見たところ怪我も大したことなさそうだし、今日はおとなしく家に帰ってね」
男はそこまで言うと、すっと目を細め、それまでの優しいトーンからは想像もつかないほど冷たく、強い圧力を孕んだ声で釘を刺した。
「――寄り道とかしないでね。絶対に」
有無を言わせないその迫力に、暁人と快は喉を鳴らし、小さく頷くことしかできなかった。自分たちが踏み込んでいい世界ではないのだと、本能が理解していた。
「……帰ろう、快」
「……あぁ」
二人は力なく歩き出し、大通りへと向かった。背後では、男たちが手際よく現場の処理を進める音が響いていた。
トボトボと夜道を歩き、ようやく見慣れたアパートの前にたどり着く。
二人の服は、鬼との激闘のせいで土や泥にまみれ、快の袖には赤黒い血が滲んでいた。路地裏での凪の冷徹な言葉が、今も胸の奥をキリキリと締め付けている。
ガチャリ、と暁人が鍵を開けてドアを押した。
「ただいま……」
玄関に足を踏み入れた瞬間、奥の部屋からタタタッと激しい足音が響き、リビングの扉が勢いよく開いた。
「暁人! 快……っ!」
エプロン姿の紬が、血相を変えて飛び出してきた。
そして、泥だらけでボロボロの二人、特に快の腕の血を見た瞬間、紬の動きがピタリと止まった。
「あ、いや、紬、これはちょっと転んだだけで――」
快が慌てて言い訳を作ろうとした、その時だった。
「――っ、う、あ、ああぁ……っ!!」
紬の目から、大粒の涙がボロボロと溢れ出た。
彼女はその場に泣き崩れるようにして、顔をくしゃくしゃに歪め、声を上げて大泣きし始めた。
「紬……?」
暁人が動揺して一歩近づく。
「危ないことしないでって……ッ、言ったじゃん……!!」
紬は床に拳をぶつけるようにして、激しく、声を震わせて叫んだ。
「なんで……なんでいつも、二人で勝手にどっか行っちゃうの……!? 私、ずっと待ってたんだよ!? ご飯作って、冷めないように何度も温め直して、二人が笑って帰ってくるのを、ずっと……っ!」
溢れて止まらない涙が、紬の白い頬を濡らし、床にシミを作っていく。
「もうあんなの嫌だよ……! 誰かがいなくなるのなんて、もう見たくない、置いていかないでよぉ……っ!!」
ひっそりと静まり返った玄関に、紬の悲痛な泣き声だけが響き渡る。
霧島凪の言っていたことは、何一つ間違っていなかった。
自分たちがヒーロー気取りでバケモノを追いかけている間、この優しい幼馴染が、どれほどの恐怖と孤独に耐えながら帰りを待っていたのか。自分たちの独りよがりな行動が、どれほど彼女の心を傷つけたのか。
暁人と快は、泥まみれの身体のまま、ただただ言葉を失って、泣きじゃくる紬を呆然と見つめることしかできなかった。




