第14話
ーーーー一ノ瀬快ーーーー
こわい。
こわいこわいこわいこわいこわい。
「――よっしゃ! 暁人が味方なら百人力だぜ!」
あんな風に笑ってみせた。あんな風に、まるでヒーロー映画の主人公みたいに胸を張ってみせた。
全部嘘だ。全部、狂いそうな自分を誤魔化すための、ただの空元気だ。
だって、怖いんだよ。
悪い奴らと戦う? 力の制御の訓練? 違う。そんな綺麗なもんじゃない。
俺は、あの夜のバケモノが怖い。俺のすべてを壊したあの悍ましい異形が、心の底から恐ろしくて、吐き気がするほど怯えてる。
でも、それ以上に――自分が怖い。
「……はぁ、はぁ、っ……!」
放課後、暁人の先を行くようにして、俺は薄暗い路地裏のコンクリートを全力で駆けていた。
一歩、足を踏み出すたびに、地面が、足の形にミリ単位で凹んでいくのが分かる。ただ走っているだけなのに。普通の人間の骨や筋肉じゃ、絶対にあり得ない衝撃が、俺の身体の奥から突き上げてくる。
皮膚の裏側が、ずうっと熱い。
ドクドク、ドクドクと、心臓とは違う別のナニカが、俺の体内で不快な脈動を繰り返している。
朝起きて、自分の顔を鏡で見るたびに、網膜の裏側がジワリと赤黒く濁っていくような錯覚に襲われる。耳の奥では、あの夜のバケモノの金切り声みたいな、ぎちぎちという歯ぎしりの音が、幻聴となってこびりついて離れない。
悟られてはならない。
絶対に、誰にも、暁人にも、紬にも、俺がもう「人間」じゃないかもしれないなんて、気づかれてはならない。
もし、俺が「化け物」だってバレたら?
紬はきっと、あの夜のことを思い出して、腰を抜かして泣き叫ぶ。俺を、あの先生たちを殺した怪物の仲間なんだと思って、絶望の目で俺を見る。
そんなの、死んでも嫌だ。あいつにそんな目を向けられるくらいなら、今すぐ心臓をくり抜いて死んだ方がマシだ。
(でも、止まらないんだ……っ!)
どんなに強く拳を握っても、俺の細胞が、肉体が、少しずつ、確実にあの異形へと作り変えられていく。
昨日より今日。今日より明日。
俺の意思なんてお構いなしに、この力は、俺という人間の殻を内側から突き破ろうと、爪を立てて蠢いている。
こわい。
自分が、自分じゃなくなっていく。
ある日突然、朝目が覚めたら、俺の口が引き裂かれて、無数の牙が生えて、目の前にいる紬を、大好きな暁人を、この手で八つ裂きに喰らい尽くしているんじゃないか。
そんな最悪な想像が、四六時中、俺の脳みそをどす黒く侵食していく。
だから、戦うしかないんだ。
「悪党退治」なんて不格好な御託を並べて、この有り余る怪力を、誰かのために消費しなきゃいけない。そうやって「俺はまだ人間のヒーローだ」って、自分に暗示をかけ続けなきゃ、一瞬で精神が狂って、あのバケモノに魂を乗っ取られちまう。
でも、もし。
もしも、その暗示すら効かなくなって、俺が本当に、完全に化け物に変わっちまったら。
(暁人――)
路地裏の闇を走りながら、俺は一瞬だけ振り返る。
少し離れた後ろから、必死に俺を追って、静かに見守ってくれている相棒。世界でたった一人の、俺のお兄ちゃん。
……その時は、どうか……俺を…てん
口には出さない。声にしたら、本当にその日が来てしまうから。
でも、腹の底で、俺は血を吐くように暁人に懇願していた。
お前はあの時、ドア越しに言ってくれたよな。
『お前が痛ぇよバカヤローって文句を言って正気に戻るまで、俺が何度だってぶんなぐってやる』って。
嬉しかったよ。涙が出るほど救われた。
でもな、暁人。もし俺が、お前の拳の痛みすら感じない、本当の怪物になっちまったら――その時は、お前が俺を殺してくれ。
他の誰でもない、お前の手で、俺の息の根を止めてくれ。
お前なら、化け物になった俺を、絶対に止めてくれる。だから、後ろにいてくれ。俺を見張っていてくれ。俺が人間に戻れなくなるその瞬間を、絶対に逃さずに、その目で監視していてくれ。
「おらぁっ!!」
路地裏の奥で見つけた、たむろする不良たちの群れ。
俺は悲鳴のような咆哮を上げながら、彼らに向かって跳躍した。
振り下ろす右拳。
こわい、こわい、こわい。
俺はまた、激しい恐怖で、心の中で狂ったように泣き叫んでいた。




