第6話 白髪の少女
四畳ほどの一室。二段ベッドが置かれた部屋で私は一人ぽつんと存在してる。その中で私はこれまでの人生について考えていた。何がいけなかったのか、どこで間違えたのか、私は人生を振り返った。
思えば、私は幼少期から普通の人が気付かないことに気付けた。それは当主であるお父様ですら見逃してしまうことを。それが私にとっての普通だったから。
だからつい、政務について口を出してしまった。それがお父様のプライドを深く傷つけることになるとは知らずに……。結果的に、私は屋敷から隔離された建物の一室に追いやられた。そこでずっと一人、生きることになった。
最近になって外に出られると知った時は、嬉しかったな~。やっと私を認めてくれる。私を求めてくれると思ったから。
その先に待ち受けていたのは、捕虜の保証金の担保。その未払いのち、奴隷という結果だったけど……。
「ふっ……」
あまりの可笑しさに卑屈な笑みを、つい浮かべてしまう。いつか救いがあるだなんて信じて、神様に祈った。その結果がこれだ。願いが通じたと思った愚かな妄想は打ち砕かれ、奴隷落ちという最悪の結末を迎えた。
ずっと神様を信じて、祈った結果が奴隷というのは、いささか、この世界の創りに問題があるのではないのだろうか?
神が現存する世界で争いは絶えず、他者を受け入れる器量すら誰も持たない。異種族を排除し、自らの種族こそを尊いものだと誰もが認識する。階級社会は魔法を扱えるものを優遇する。
なにより、久しぶりにされた、貴族の令嬢らしい対応。それが、保釈金の担保として訪れた他国というのが、なによりの皮肉だった。結局、神は平等には愛してくれない。敬虔な者を愛してくれるなら、犯罪を犯す悪者がのうのうと生きているはずも似ないだろう……。
私は一人落ち込みながら辺りを見る。昨日までの豪華な部屋とは違う。兵士が泊まるような宿舎の一角と思われる部屋を。昨日までが支払いの期日だったのだろう。今朝がた、急にこの狭い一室に通された。
そこで、私は自分の立場を思い知ったのだ。もう帝国の客人ではなく、奴隷に落ちるという事実を。
昨日までの対応がどこか懐かしい。新鮮なフルーツに共通語で書かれていた本。私が不満を言わないように用意された数々の品。結局、その全ては没収された。
今手元の残ったのは子爵家にあてがわれたこの真っ白なドレスのみ。それ以外に私が持っているものは何もない。側に控えていた侍女は去り、完全に人から物への扱いへと変わっている。
保釈金——金貨800枚。
普通に暮らす市民、4人家族が500年は生きることが出来る金額。けれど、子爵家であれば支払えたはずでしょ?それなのに、支払われることはなかった。そんなに私の価値はないのだろうか?少しの愛すらも向けられていなかったのか……。その事実に、涙が流れてくる。
確かに私は魔法が少し不得手で、一つ爵位が下の男爵程度の実力しかない。けれど、頭脳であれば、公爵家の令嬢に匹敵する程と自負していた。政務以外にも会計だろうと、書類作成だろうと何でもこなせる程度に成長した。
どこかで価値を見出してくれるための努力をしてきたのだ。でも、それは私に求められることじゃなかったんだろう。少しでも、家族のためになればとしたその行動は、必要ないことだった。
だったら、私に何を求めていたのだろうか?女性として子供を産む事?それとも従順に従う愛らしい姿?
その理解を怠ったから、私は奴隷に落ちたのだ。理解されたいなら、こちらから歩み寄る必要があったのだろうな……。
奴隷商が来るまでの間、過去を振り返り反省する。次——なんてものはもうないというのに。それでも、私は考え続けた。
***
どれくらいたったのかは分からない。多分、時間にして3時間ほどだろう。私を売りに出す奴隷商が到着したらしい。この城壁を任されている男性の執務室へと私は連れてこられた。
軍服に身を包んだ城代と奴隷商の男性が向き合っている。城を任された彼は、軍人というのも納得できる程、体格が良い。かれど、それ以上に奴隷商の男性は、鍛え上げられた肉体をしていた。
奴隷商にしては豪華な貴族らしい服装に身を包んだ彼。綺麗な金髪に、梔子色の瞳。耳にはピアスを二つほどつけていた。
彼は、私のことを一瞥し、状態を確認する。服を脱がせて……ということはなく、簡単な質疑応答があるだけだった。そして、問題ないと告げる。
そして、城壁を任された男性に、何やら、危害を加えたりしていないか聞いているようだった。
元貴族の令嬢なのだから当然なのに、そんなことも分からないのか。そう嘲笑する。……いえ、分かっていての確認か。もう、私は人ではなく、物なのだから。その事実に乾いた笑みを浮かべた。
私の前で奴隷商と、指揮官が交渉している。
「1200枚でどうだ?」
「いえ、1800は出してもらわないと困りますよ」
互いに利益を得るために、私という物の価値を見定める。その割に、商品に目をやっていない。完全に置物としてのみ存在している私について話す。その結果、私の価値は金貨1500枚という価値になった。
指揮官は1300儲ければ、上出来と呟いていたのを知っている。多分、200枚の内いくらかは自分の懐に入れるんだろう。もしくは全部か。
もやは、私ではなく手元の金貨を嬉しそうに見つめる彼を横目に、私は奴隷商の男性が用意した魔法陣が掛かれた布の上に移動する。そこ乗った上で、指に鍼を指す。血がぷくっと流れだすと、彼は契約内容を羅列する。
私は物としての扱いになること。主人には危害を加えないこと。命令は絶対であること。自害をすることは許されないこと。等々、沢山の条件が羅列される。それが終わると、魔法書に血判を押させられ、魔法陣が発動する。そして、私に奴隷紋が刻まれた。
基本的に奴隷紋はどこに発言するかは指定できないらしく、確認する必要があった。そのため服を脱がされるのかと、諦めていたが、別室に通され、女性の職員が私の服を捲って確認する。
購入した先のパトロンへの配慮なのだろうな……。
執務室へと戻った先では。この城壁の主と、奴隷商が楽し気に会話をしていた。他にもめぼしい奴隷がいたらどうぞわたくしにとのことらしい。下種め……。
奴隷へと落とされた私は、オークションの開催場所へ向け私は馬車に乗って移動することになった。そうなると当然、外に出るわけで、この国の敵意にもさらされることにある。
ここは先の大戦があった場所から最も近い城塞だ。当然のように共に戦った仲間を失った兵士たちも駐在している。そんな彼らが見せる表情は敵意だった。そんな視線に思わず、身体を震わせる。それを見た彼らは、にやりと嫌な笑みを浮かべる。この先の私の未来を想像して……。
***
馬車に乗ってからも、彼らの顔が頭から離れない。同胞を殺された戦士の、殺気立った視線と、嗜虐的な笑み。それを実際に見て、私は理解する。この国の誰もが私の不幸を望んでいることに。凄惨な未来を想像して、口の端を歪めていた事実に身が震えた。
……はぁっ、はぁっ。
と呼吸が乱れ、胸のあたりをぎゅっと握り締けらる。彼らの視線を鮮明に思い出し、今にも、泣きそうになるのを堪える。怖い、苦しい。どうして私がこんな目に……。必死に抑えていた感情が溢れ出す。
堪えないとダメ。もし、怯えた表情などを見せてみろ、更に相手は嗜虐的な表情をする。相手が飽きるまで耐えるの。そうでなきゃ、私はきっと生きられないから。
独り、馬車に揺られる中、必死に身体の震えを抑えるよう自身を抱きしめる。未だにカタカタと震えていた身体も、時間が経つにつれて、大分落ち着いていき、肩の力も自然と抜けていった。
ようやく馬車の中を見渡す余裕も出てくる。
(にしても、この姿を誰にも見られていなくて良かった)
奴隷と乗車することが屈辱なのだろう。私は一人でこの馬車に乗っている。もし先程までの状態を見られたら。きっと、購入先の主に伝えられ、より私は残虐な行いをされるに決まっている。そんな未来を想像して、また体が強張る。
十数年耐えれば、きっと……。そんな未来を思い浮かべなければ、私は耐えれそうになかった。
***
元貴族の令嬢とはいえ、奴隷だ。道中の扱いは雑なものに変わる。そう考えていたのだけれど、予想に反して私の扱いは丁重なものだった。
奴隷商の中でも私を担当するのは、決まって女性。なにより、私が行動する際も、敵意を抱く人間がいないことを確認しての対応だ。
私の凄惨な未来を願う人物は今のところいない。だからだろう、私は気になって尋ねることにした。どうして、私の扱いが丁寧なのかと。奴隷にしては丁重すぎる。ただ、運ぶだけでいいのだから。
そう考えて、この場で唯一私と接触する男性に尋ねることにした。この奴隷商の長である彼に。
「どうしてこのような丁寧な扱いしてくださるのですか?」
自分でも少し、前のめりになっているのが分かる。もしかして、私の能力を欲して、なんて……。そんな想像をしていた。自分でもいうのはなんだけど、見た目はそこそこ美しい。何より、頭脳面ではかなり役に立つ。どこをかってくれたのかと。
けれど、そんな妄想の先に待ち受けていたのは、彼の真っ直ぐで冷徹な視線だけだった。その瞳は私を見ていない。その先にある価値のみを見つめていた。
「それが私達にとって最も利益がある。そう、判断したからですよ」
彼もまた、私を見てはいなかった。奴隷商のオーナーらしく、ただ単純に利益を求める。その視線に、自分の身が強ばるのを感じた。恐怖したところを見せてはいけなのに……。
はぁっ、はぁっ……。
そうは分かっていてもその視線に恐怖をする。冷徹なその視線に自分がもう人ではなく、" 物 "だと理解させられる。どうしてそんな希望をまだ持ってしまったのか。そんな自分の浅はかさを呪った。
また、独り馬車で揺られる。道路の段差に沿って揺れる。私に丁寧に接すのが利益になる。それは少しでも絶望を演出するため?それとも、私が心を閉ざそうとした、その思惑を見抜いたから?そんな心の中まで見透かされているような対応に、足元がすくんだ。
結局、その後私は誰とも話すことなく、目的地に到着する。かつて、子爵家にいた時でさえ、受けたことのない、初めての令嬢らしい対応を受けながら、冷たい笑みが浮かんだ。皮肉だな……と。
馬車から見上げた空。そこは私の想いとは違い、ただ、ただ、晴れ晴れとしていた。




