第5話 理解するには歩み寄る必要があるよね?
珍しく、俺のもとを訪ねてくる足音があった。俺が主に使用する執務室。その扉が叩かれ、許可したことで一人の男性が入ってくる。
20畳ほどの広さ、その最奥に置かれる、金色の植物文様が施されたデスクの椅子に座っていた俺は、彼の姿を確認し、応接用のスペースに移動する。
深い赤色のクッションに金の縁取りがなされた豪華なソファセット。そこに腰を掛け、中央のローテーブルを挟んで俺は目の前の人物。オシリス商会の商会長、コルネリウス・カウフマンを見つめた。
彼は、公爵家時代からの付き合いで、旧知の仲と言って良いだろう。数少ない俺の味方をしてくれる商人だ。
基本的に優しそうな雰囲気を出しているのだが、やる時は徹底的に交戦する男だ。糸目で常に笑っているおり、滅多に素の表情を見せることはない。気だるげな様子から舐められがちだが、「競合には侮ってもらった方が有利なんですよ」なんて笑いながら追い詰めるサディスト。……ほんと、恐ろしい奴である。
身長は意外にも183cmもあり、俺よりも20cmも高い。だからかな~、少しコンプレックスが刺激される。その身長うらやましいと。というかまだ14だから。もっと伸びる……というか伸ばす。そのために毎日乳製品を取っているのだ。
男としてかなり対抗心を持ってはいるものの、結局のところ、俺はコイツは頼りしている。それに、商人らしくこちらが善意で向き合えば返してくれる、良い奴である。
友人との記念日は全て頭に入れているし、その友人が欲しそうなものを探るために、色々と行動してくれるのだ。時にサプライズもしているっけ。
「先週ぶりですね、レオニス様」
「そうだな、新商品の方は上手くいきそうか?」
「はい。試作段階ではありますが、かなり順調です」
その報告に俺はふっと、表情を緩める。順調そうで良かったと。
この世界に転生して、奴隷の少女達を拾うと決めてから当然、金策が必要になった。その際に真っ先に頼りにするのは当然、前世の知識である。
ただ、それを再現しようと試みたのだが、殆どが不可能だった。だって俺、そこまで詳しくないし……。
それに、地球とこの星では素材が異なるし。権力の象徴である魔力量絶対主義を脅かす電気なんという発想は、絶対に危険視されることが明白だった。
貴族足り得る理由の一つが平民に比べて圧倒的に魔力量が多いこと。当然、施設の一部では高位貴族しか入れないように魔力量で制限が掛かるシステムが組まれたたりしている。
神殿の一部でも、その魔術は使用されており、貴族のみが入れる=神に選ばれた貴族を尊敬すべき。みたいな構造になっていた。
だからこそ、それを脅かす電気でのセキュリティシステムを再現するなんてもってのほかである。……そういえば、かつて平民の一人が貴族の地位を脅かしそうな技術を再現しようと試みて突如姿を消したこともあったっけ……怖い。
だから、前世の知識で使えそうなものの判断かつ、再現できる専門家に助力を煽ぐことにした。なにより、他の《《転生者に先を越されるのは絶対悔しい》》しね!!それなら、俺が必要とする少女に関する情報集めに協力してもらう方が得策だと考え、目の前の青年に協力を仰いだのだ。
だって俺は、一人で再現できるほど天才でもなければ、知っている知識も限られるからね。それに、もの作りへの情熱は全くといっていいほどない。まぁ、処……少女への情熱はあるけど……。
今日もその要件だろう。じゃなきゃ、俺が彼の工房に向かう。
「それで君がここを訪ねたってことは、また、新しい子の情報だろ?」
「はい! その通りでございます」
彼が大きく頷いて応える。そこまで嬉しそうに、かつここに来たってことは余程、重要だと思った案件だろう。よしっ、その日は絶対に空けよう。たとえ王様からの招集でも無視しよう。今、決めた!!
期待をどんどん募らせるなか、彼が少女の情報を教えてくれる。
「まず年齢ですが、レオニス様の一つ下。13の少女になります」
「うんうん、それで」
俺が最も重要視する所。俺が救いたいと思うような少女なんだろ?と暗に促すと、彼は頷いて続ける。
「この少女は……先の大戦。レオニス様が収められた戦で奴隷になったものにございます」
……? 少女を奴隷にするパターン?今回は侵攻戦争ではないから、少女が奴隷になるような状況は少ない。男装して戦争に参加?そのパターンがあるが、そんなの日常茶飯事だ。彼がここまで赴く理由にならない。となると……
「貴族かそれに相応する裕福な家庭の者か?」
その返答に、にやりと笑みを浮かべる。また、俺を試したな、コイツ。と少し辟易とした気持ちを抱く。
こいつは取引相手を常に試して、自分が対応するに相応しいかテストする癖があるのだ。こういう風にどこまで思慮深く考えられるか、どこまで推測できるか?その深さを試してくる。
……マジでやめてほしい。疲れるし、何より、毎回ハードルが上がっている気がする。
お前みたいな天才に試される凡人の気持ちに寄り添え!そして、少しは自分の素の感情をだせ!!もっと、隙を見せろ!!!と内心で抗議した。怖いから直接本人には言わないけど……。
そんな、俺の訴えとは関係なく、彼は少し嬉しそうな声で情報を提供してくれる。
「はい、子爵家が息女、エリシア・フォン・レーヴァン様です」
これ絶対、どこまで伝えるかもさっきの回答次第だったな……と白けた目で見つつ、その情報に驚いた。
(まさか、子爵家の息女とはな……)
その回答は完全な想定外だったからだ。
奴隷落ちになる状況は大きく分けて二つ。1つ目が、捕虜交換の担保として差し出され、その保釈金が払われなかった場合。そして、二つ目が戦争の賠償金が支払われるまでの人質となり、その金銭が払われなかったパターンだろう。
今回の戦争の代表は別の伯爵家だ。となると、捕虜の方だろう。
「それで、どうしてその少女は奴隷落ちになったんだ?少女に問題があったとか?」
金銭が支払われれば、解決できる問題。それなのに少女が見捨てられた原因を訊ねる。交渉相手に歯向かったりして勘当されたりしたとか、相応の理由がある筈だと。そう問いかけるが彼は少し寂し気に首を振った。
「いえ、少女に問題ありません。ただ、天才すぎたんですよ、その少女は……」
「……」
その返答に、俺自身も肩を落とした。……天才すぎる、か。なるほど家族としては面倒だったんだろうな、その少女が。これが家督を告げる男子なら別だっただろうに……。
下手に嫁に出して、もし嫁ぎ先が敵対したら?そう考えた場合、確かに面倒だ。例えばお抱えの承認を寝返らえさせて経済的にじわじわ圧迫する。もし、子息が女好きなら、美女で篭絡し傀儡にする。
賢いだけに、内情を知られていれば、弱点を突かれて敗北。なんて、多々ありえるだろう。まぁ、俺は凡人なので即座に浮かぶのはこれくらい。コイツが天才というくらいだ、もっとエグイことを影ながら実行する。
それなら、要らぬ争いの火種となるなら切り捨てた方がマシだったのか、理解が出来ない少女を疎ましく思ったのかは。彼女を見捨てたレーヴァン家の当主しか分からない。
少し気分が落ち込み、下に向けていた顔を上げる。そこには、未だに少し悲し気しそうにするカウフマンの姿があった。きっと、彼自身も覚えがあるのだろう。優秀であるが故に、反感を買うことが。その結果、酷い仕打ちを受けてきた経験が。
天才ではない俺は、その感情を理解してあげることはできない。ただ、黙って彼の気持ちを受け止めるしかできなかった。
それに気づいた彼は、「すみません。少し湿っぽくなりましたね」そういって続きを話した。
「理解できない少女。それと魔法を扱える優秀な人材50人を天秤にかけた、レーヴァン子爵は後者を選択したようです。……そんな家族にすら見捨てられた少女を、あなたなら、救いたいと思うんじゃないですか?」
優しく、まっすぐに俺を見つめる。そんな信頼された視線に、少し罪悪感を感じる。ただ、少女の幸せを願っている人物は、彼女達の柔らかな感触を堪能したりはしないよな……と。だから、少し引きつった笑みを浮かべつつ答えることになる。
「救いたいというほど高尚な想いはないよ。ただ、自由にはさせてあげたいかな……ほら、丁度ここの子達ように教師も必要だと思ったし」
「天才は総じて誰かに教えることが苦手ですよ」
「それはやってみないと分からないだろ?」
「えぇ、そうですね」
彼のその言葉にどこか嬉しそうだった。少し同情する部分もあるのだろう。真に相手を考えて行動できる彼だからこそ、俺はコイツと長く付き合っているのかもしれない。
あの時、少し浮いていた俺に声をかけてくれた人はコイツだけだったなと公爵家時代のことを少し思い出した。俺自身も少し、しんみりしそうになって、気持ちを切り替えるように首を振る。
「それで、その少女を連れてきてないってことは、オークションなんだろ?」
「はい。市民の鬱憤を晴らすためにも、周知する必要がありますから」
そりゃそうだ。自分の家族を殺した本人たちは何の罰もおわず、来たのは小娘一人。到底許せるものではない。市民からすれば、貴族の娘というだけで価値を感じることなんてないんだからな。
そんなことより、目先のお金や自分たちを支えてくれていた夫を返してくれといいたい筈だ。
「日時と場所は?」
「商業の街、ベラドンナで2週間後にございます」
「了解した。それじゃ、1週間後までに準備をお願いしてもいいか?」
「はい、もちろんでございます」
そう返答してくれる。それから必要な資金の目途、道具などを話し合い、30分ほどで彼は部屋を去っていった。
20畳はある広い部屋。そこで独り、少女のことを考える。天才すぎる彼女は今、何を感じているのだろうかと。




