第36話 不平等な条件
転移魔法でニィナを送り届け、再び戻ろうとする。けれど、ニィナはまだ恐怖が抜けきっていなかったのだろう。小さな手で、俺の服をぎゅっと掴んだまま、決して離そうとしない。震えを堪えるように、必死で。それを自身でも理解しているのだろう、俺に迷惑が掛かると。
だから、離れろうと腕に力を込めて、ぷるぷると震わせていた。けれど、やっぱり離れることができないようだった。だって、買い物に行っているミアハこの場にいないのだ、ここで俺まで学園に戻ったら、独りになってしまうと、理解しているんだろう。
もちろん学園の方は気になる。けれど、あそこにはフェリシアがいる。だからきっと、なんとかしてくれるという一方的な信頼があった。
ニィナの細い指先に込められた力が、妙に心細さを強調していて。だからミアハが帰ってくるまでこの状態にいることにした。
「……大丈夫だよ」
そう声をかけならが、安心させるように背中を撫でる。
数分もすれば、ミアハは帰宅した。「ただいまっす」なんて、声を上げながら部屋に入ってくる。そして、俺がいる事に気付くと、勢いよくばっと振り向き。そして、ニィナが俺から離れないことで察したようだ。
「なんすか~ご主人様、寂しくなっての一時帰還っすか?」
「そうだな。最近二人との時間が減って寂しかった」
「でも、そろそろ学園に戻らないとだ。フェリシアたちを待たせているから」
「そうっすね。じゃあ、ニィナちゃんはこっちで預かるっす」
優しく撫でていた手を離し、腰に抱きついているニィナに声をかける。
「ニィナ、また夜に会おう。今夜は寂しいから、一緒に寝てくれる?」
ニィナは少し視線を彷徨させて、それでもこくりと頷いた。
「うん!」
と頷いて、手を離す。
「ミヤハ、悪いけど頼んだよ」
「はいっす」
ミヤハは優しい笑顔で頷いた。
俺は転移魔法で学園に移動する。本来は隠しておきたかった魔法を使って。でも、使ったことは仕方ないと思った。だって、これは考えるよりも先に、染みついた習慣なのだから。大切な人を助けるために躊躇しないよう、何千回と練習した魔法。
それを使って学園へ戻る。
想定したように学園の空気は思い。張り詰めた視線の中心で、王子がこちらを睨みつけていた。その顔に浮かんでいるのは、敗北感と、抑えきれない怒り。
「……なるほどな」
低く吐き捨てるような声。
「てめぇが余裕ぶってた理由、ようやく分かったぜ」
ここ二週間、王子の方でもまた、勝利するために色々動いていたことを理解している。全ては俺に勝つために。策を練り、条件を揃え、確実に潰すために準備していたことを知っている。
それでも俺が余裕を崩さなかった理由。それは、奥の手を隠していたからに他ならない。そして、その余裕をやっと理解したのだろう、転移魔法を発動する際に露見した、魔力量によって。
王子の3倍だと思っていた魔力量は5倍だった。それはもはや王族にすら届くレベル。一貴族の範疇を確実に超えていた。
王子は、ゆっくりと口角を吊り上げる。その笑みに滲むのは、敵意と執念だった。
「面白いよな、この世界というのは。全て俺様の為に、創られている」
そんな戯言を王子は口に出す。この場に教会の関係者がいたら、きっと敵意を持つ発言を堂々とする。この場の支配者は自分であると示すために。
「あのままだったら確実に俺は負けていたよ。お前の戦力を誤解してな。だが今は違う。俺はもう、お前を侮らない。徹底的に潰す」
その視線の先に物語っているの謀られた事実に対する怒りを超え、俺を始めて宿敵と認めた者の視線だった。初めて俺の表情から、笑みが消え、その真剣な表情を見て、王子は何かを確信したようだった。
「最終的な保険がなくなったってことで、ようやくフェアだな。だからこそ、条件を追加させてもらう」
嫌な予感がした。けれど、王子は構わず続ける。
「回復アイテムは一切禁止とする。もちろん、神器など他の道具を使ってもだ」
明らかに俺たちを制限するもの。戦力を固定して考えるために逃げ道をふさぐ。
「それと、こっちは五十人でいく。もちろん、お前も50名ほど選出すればいい。この学園に在籍する者からな」
分かっているさ、50名ほども使えば過剰戦力だという事も。そして、アルシェの方も、今まで希望を持っていた表情から一転して、険しいものへと変わる。それに、何かを確信したようにニヤリと笑みを浮かべた。
そりゃそうだ。アルシェは貴族令嬢として、駆け引きをこれまでしてこなかった。だからこそ、表情の変化を取り繕えない。奇しくもそれは、俺達が彼女の感情を引き出したからこそ、知られた事実だった。
そして王子は、勝ち誇るように笑った。
「さて、契約に入ろうか」
こちらに一切の猶予を与えないつもりらしい。この場で即決させる。
「断ったら?」
俺が静かに問い返すと、王子は鼻で笑う。
「意味ねぇだろ」
その声音は、あまりにも冷たかった。
「女子寮に押しかけるだけじゃねぇ。お前の屋敷にも、二人ほどいたよな?」
魔力で威圧しようと、殺気を向けようともはや彼に対しては意味をなさない。より、何かを確信しているようだった。
俺が押し黙る中、彼は続ける。
「安心しろよ、レオニス」
口元だけが歪む。
「今はまだ、何も奪わねぇでやるから」
そう愉悦的な表情を浮かべていた。権力があるものが何かを手にする。それは時代が変わっても、変わらない真実で。だからこそ、俺は、立ち向かわないといけないのだ。その事実に。
「いいだろう、たとえお前だけだろうと、徹底的に潰して見せる」
「やってみろよ」
その表情で確信はした。こいつはきっと、死ぬ間際になろうと、自分の行動を後悔することがないと。脅しは通じない相手だと。その意志の強さがきっと、魔法の強さに変わっているのだと、そう確信した。




