第35話 ニィナの冒険
最近のご主人様はずっと忙しそうにして、構ってくれることが少なくなった。前は沢山お話ししてくれたのに、今は他の子に夢中になっていらみたいだった。
私はそのことに納得がいかなくて、思わず頬を膨らませてしまう。
(みんなのこと、幸せにするっていってたのに……)
屋敷にいた頃はまだ良かった、遊び相手がいたからつまらなくない。でも、この屋敷では一人になることの方が多かった。ミアハさんは、掃除や洗濯などをしているから、自然と一人になる。
人形遊びにも、カードを使った遊びにもそろそろ飽きていた。だから、そんなご主人様がいる学校に私も行ってみることにする。少し気になるし、驚かせたいと思った。
私に会えたらきっと、いつものように、笑って迎えてくると思ったから。私は部屋を飛び出して屋敷を出た。
もちろん、学園までの道は分かっている。王都に来た際、馬車から見えたし、なにより、この屋敷からも見えるほどに大きいのだから間違えようがない。
ご主人様驚いてくれるかな~。
少しドキドキした気持ちで、私は駆け出していた。少し、浮かれた気持ちで、気持ちも弾んでいたんだ。
だから、この時に気付けばよかった。周囲の視線に。ご主人様の所の居た時とは違う、敵意にも似た視線に……。
***
ようやく学園に着いた。そこには大きな門、そして沢山の人がいるのを確認し、バレないようにササッと移動する。
(ふふっ、バレなかった)
なんだか冒険をしているみたいで、少し楽しい。やっぱり屋敷の生活は少し退屈だからワクワクしていた。
私は、辺りをキョロキョロしながら、ご主人様の匂いを辿る。魔力的なものを含めて辿る。けれど、それは順調じゃなくて、幾つもの方向に匂いが分かれている。
(どっちから行けばいいのかな?)
なんてぼんやり考えていると、いきなり声をかけられた。
「おい、お前どこの奴隷だ?」
そう怒声が聞こえる。私は、瞬間的に身を縮こまらせてしまった。それが失敗だとも気づかずに、自分の腕で体を守るように抱きしめてしまう。
その様子を見ていた、綺麗な服を着た人はニヤリと嫌な笑みを浮かべた。ご主人様が見つめてくれるような優しい笑みじゃない。私を攻撃の対象にした、あの嫌な笑みだった。
「なるほど、どったから逃げ出してきたわけだ。そりゃ、しつけないといけないよな?」
そういって目の前の男は魔法を詠唱する。突然の敵対行動、すぐに逃げないといけないのに、どこに逃げればいいのか分からなくて、足が動かない。あたりを見渡しても、隠れられるような場所もない。
「どこに逃げたら……」
上手く頭が回らなくて、逃げるより先に魔法が飛んでくる。
(ご主人様……)
心の中で願った言葉は届かず、魔法が私を直撃した。
***
ーパリンッ。
ニィナに付与していた魔道具が作動する。高位の魔法すら防ぐ防御魔法が発動する。瞬間的に俺は立ち上がり、そちらの方を振り返る。
(場所は……この学園内!?)
場所を把握した俺は、転移魔法を無意識に発動していた。この場に王子がいることも忘れ、本来なら抑えなければいけなかった、魔力すら解放して、戦闘モードに移行していた。
膨大な魔力の奔流が巻き起こる。周囲すら巻き込むほどの魔力のうなりに、アルシェの驚いたように、目を開いた姿が見えた。
そして、転移する瞬間目に映ったのは、王子の悔し気に歯を食いしばる姿だった。
***
移動した瞬間目にしたのは、ニィナの怯えた表情と貴族の愉悦に浸った笑みだ。貴族の方は銀色の装飾を身につけていることからも、高位貴族だと窺える。
その男が今にも、魔法を放とうとする。それを視界に入れた瞬間、相手の魔法に干渉し、封殺する。赤い髪色をした貴族は、意味がわからず首を傾げ、再度ニィナに対して、無礼にも魔法を放とうとする。
(その蛮行を俺が許すと思うか?)
自分でもわかるほどに、血管が切れそうなほどにキレているのがわかる。俺を取り巻く膨大な魔力が相手を敵意を放ち威圧する。
当然のように、自身の危機を察した貴族は咄嗟に身構えて、俺の方を向いた。今にも射殺さんと睨みつける、この学園で敵に回したくない、俺の姿を把握する。
先程まで愉悦していた男は一転、酷く怯えた表情でこちらを向く。それでもなお、怒りが収まることはない。
「先輩、これはどういうことか伺ってもよろしいですか?」
そう声に怒りを滲ませながら地面を踏み抜き、周囲に亀裂を入れながら進める。追い詰めたら獲物の様に、怯え。俺とは視線を合わせずに、あちらこちらに彷徨わせる。逃げるようとしているけれど、恐怖で足がすくんでいるのだろう。その場から動けなかった。
やがて、俺はニィナと先輩の間に入るように移動し。目線を見上げる形で合わせる。ニィナを背にして、彼の姿が映らないように触れそうなほど近い距離に移動した。
俺が移動する際に、彼もニィナの姿を視認する。そして、言い訳を考えついたのだろう。にやりと笑い言い放つ。さらに怒らせることを。
「奴隷がこの神聖な学園に入っていいわけがないだろっ。それも鬼人の、異種族のものだぞ、だからしつけて……」
「遺言はそれで大丈夫ですか?」
その言葉に口を開いたまま固まる。そして慌てたように、身体を震わせながら、動揺したように瞳が揺れる。
「…はあっ!?おっ、おま、お前まさか俺を殺す気か?」
「まぁ、やぶさかないかと。ニィナを傷つけようとした罪は重いですから」
「おっ、おま、おま、ふっ、ふざけんなよ。たかが奴隷だろ!物だろ!!」
はぁ~、コイツ地雷踏みましたわ。最低でも、ちびらせないと逃さない。俺は更に威圧する魔力を強くし、圧をかける。相手は際限無く高まっていく魔力に恐怖をしていた。本気で殺しにかかっていると錯覚したようで、ズボンを濡らしていていた。そして、液体が漏れ出す。
「きったね」
思わず蔑んだ表情を向けるが、彼はそれどころではなかった。もう少し、ニィナと同じ怖さを体験してもらおうか。そう思い彼に圧力をかけようと前に体重を移動したところで、くいっと服が引っ張られる。
(一体誰が?)
気づかないうちに掴まれた相手を確認するために、サッと振り向いた。そこには……
俺の制服、その裾を摑んで小さく肩を震わせるニィナの姿があった。その姿を見て、ようやく冷静になる。
ニィナまで怖がらせたら意味がないってね。それにこんな場所からは早く離れたいでしょ。だから、伝える。
「良かったですね、先輩。今回は許したが出たようです。でも次に、ニィナに手を出したら、どうなるかわかりませんよ。それを周知してくださいね」
一気に霧散した魔力の奔流に、彼は肩を少し下げ、体を震わせながらこくこく頷いた。そして、ようやく体が動くようになったのだろう。その場を逃げるように走り去っていった。途中、腰を抜かして、服から滴る水を地面にこすりつけながら彼は視界から消える。
それを確認し、俺は声をかける。
「もう大丈夫だよ、ニィナ。脅威はさった」
そう告げるけれど未だに怖いのか、俺から離れないように、ちょこんと服の裾を掴んでいる。やっばい、可愛すぎ!!普段は強がっているからこそ、素直に甘えるそのギャップがエグイ。なんて、安堵しつつも、思わずニヤけてしまう。
ニィナは今も小さく肩を振るわせながら、俺から離れないようにピッタリと密着している。普段はあんなに煽ってくる少女が、今は離れまいとする。身体を俺に押し付けてくる。
あ〜、やばい。頭撫でたい。抱きしめたい。
先程の怒りなんて忘れて、今は純粋に少女を愛でたい欲求へと変わっていた。安心していいと声をかけても彼女は小さく震えるだけで、未だに怖がっていることが分かる。
その姿に少し胸が締め付けられる思いになる。だから、ニィナの頭に手を置き優しく撫でる。安心させるように、深呼吸しているリズムに合わせて撫でた。するとようやくニィナが顔を上げた。そしての俺の方を見て、少しだけ胸をなで下ろす。
「すこし移動しようか」
俺はニィナの手が俺の服から離れないように、上手く身体を捻って。そして魔法を使って、彼女を抱きかかえる。それに驚いたように俺を見つめたのを確認しつつ、人目が少ないところに移動した。
ニィナを下ろすと、少ししおらしい態度で、俯く。それがいつもの彼女らしくなくて。いつものように笑って欲しいから、少しからかった口調で口を開く。
「もしかして、怖かったのニィナ?」
そう問いかけると、彼女は思わず、こくりと頷いた。そんな少女の姿を見たら、俺だって、流石に揶揄えない。だから、優しいく頭を撫でる。
「大丈夫だよ、ニィナ。たとえこの世界にどこにいようと、俺は君を守るから」
それは心の底から漏れ出た言葉だ。自分自身が生きる意味、それは、自分が守りたいと思った存在を、命を賭してでも守るということ。その誓いを達成できない限り、俺は生きているとは言えないから。時間できないから。なにより、そんな自分を許せないから。告げる。
それが本心とわかったのだろう。ようやく安心したように顔を上げて、俺を確認する。そして、ニィナと視線が合った。俺を見つめ、肩の力を抜いて、柔らかい笑みを浮かべる。もしかして、デレるのかな?期待を目に彼女の言葉を待っていると、ようやく自分の状況を確認し、いつものように煽ってくれる。
「あったりまえじゃん、私のご主人様なんだから。当然の義務だし」
そう告げる彼女の表情は嬉しそうで、少し胸を張る。その時に気付いたんだろう。未だに握り締めている俺の服に。丁度右わき腹のあたり、それを握ていた左手を見て、ぶわっと顔を赤くした。けれど、すぐに切り替えて、口元のすぐ下に手を人差し指と中指を立てながら、いつも通り、俺を煽る。
「むしろあなたを、助けさせてあげるための演技なんですけど、もしかして本気で私が困っているように見えた?」
「うん、見えたよ。プルプルと肩を震わせて、さっきも俺に隠れるようにぎゅっと服の裾を握ってくれたし」
するとさらに顔を赤くさせながら、それでも彼女は見栄を張る。 やっべー、めっちゃ可愛いわ、それ。なんて恥ずかしそうにする彼女が新たに見せる魅力を感じつつ、俺は続きを待つ。
「なら演技した甲斐があったわ。だって、騙されてたんだから」
「……そっか。演技だったのか」
とわざとらしく肩を落とすと今度は同様にしたように、あっ、えっと声を盛らす。その慌てふためてく姿がかわいい。
「ま、まぁ、演技だけど。それでも、助けてくれたのは嬉しかった。ありが、とう」
そう初めて素直にお礼を言ってくれる。それが可愛すぎて、もうガマンは出来なかった。思わず彼女の身体に抱きつく。柔らかくて暖かい感触が胸の内を支配する。そして、今は緊張していないことも伝わって来た。どちらかというと戸惑いか。
むしろニィナを抱きしめる、その腕が少し震えていて、俺の方が少し恐怖していたのだと分かった。
「しょうがないな~」
それを理解したからかな。彼女は少しだけ弾む声で受け入れてくれる。そんな少女に大切にしていこう。改めてそう感じた。




