第32話 闇属性の可能性
迎えた放課後、俺たちは作戦会議をするために、訓練場に向かった。少し落ち込んだようなアルシェの反応を見た俺は、彼女の気持ちを測るように尋ねる。
「アルシェはさ――俺たちの勝つ可能性って、どれくらいあると思う?」
現状の俺たちが、王子たち二十人を相手にして勝てる可能性があるのか。そして現状の俺達の実力をどうとらえているのか知りたかった。それに、今日の出来事を気にしているのなら、別のことに考えを逸らしたいという思惑もある。
視線の先にいる、アルシェは少しだけ目線を落とし、考え込むように沈黙する。やがて、小さく唇を開いた。
「……限りなくない。0に等しいと思う」
その答えに、俺は思わず口元に笑みが浮かぶ。落ち込んでいる時でも、冷静に自分たちの現状を正しく把握できているから。なにより、見栄は張らず、負けるという事実を受け入れていることに素直に感心した。
「それはどうして?」
穏やかな声で理由を尋ねる。だって俺はアルシェの前で王子を一撃で倒しているんだ、それを見てなお、"ゼロに近い"と断言する理由が気になった。アルシェは静かに言葉を続ける。
「王子は対策してくると思う。神器だったり、魔道具だったり……そういうもので不足を補ってくるはず」
「……さすがアルシェだな」
思わずアルシェの頭を撫でながら、俺は納得するように頷いた。優しく髪をとくようになでる。ゆっくりと、頭の形を添うように撫でた。
俺も王子のあの余裕は、人脈だけでなく、神器やそれを手入れられる立場も違うとわかっての発言だろう。
以前、オークションで見た時にも思ったが神器は通常出回ることがほとんどない。この王国内に存在する8割は国王の管理下にある。当然のように降りてこないし。持っている者の大半は、国王が貸し出しているものに過ぎない。
もしも、必要ならば、俺の様に自身の領内にあるダンジョンに直接取りにいかない。もちろん、命を懸けでね。
「じゃあ俺たちは、なすすべなく負けるってこと?」
そう問いかけると、アルシェは短く答えた。
「……負ける。そう思う」
迷いのない声で俺をまっすぐに見つめる。その表情に俺はどこか悲しさを感じた。それは少女が、負けることを、不幸なことを当然様に受け容れるから。理不尽なことに慣れているように感じて、俺は胸が締め付けられる。
俺はアルシェが希望を持たせるために、続けて尋ねた。
「アルシェはさ、俺の実力って、王子の何倍くらいだと思ってる?」
その問いに、彼女は一瞬だけ考え、
「……私の予想だと、レオニスは彼の十倍は強い」
そう告げる。最初の頃のような、目に何も映さず、ただ、淡々と事実だけを告げる。
「ならさ、もし仮に、俺の戦力が倍近く膨れ上がったら?」
「……えっ?」
戸惑うように俺を見つめる少女に問いかける。
「勝てる可能性、どれくらいになると思う?」
アルシェは目を瞬かせる。そして、俯き、少し考えてから口を開いた。
「……可能性だけで言うなら、50%以上にはなると思う」
「だよね」
そこで俺は確信する。王子側は、俺の戦力について見誤っていることを。そして光属性というのは、案外知られていなかったりするってことを。
「実はさ、あるんだよ、光属性の最高位魔法に、1日1回限定で体力と魔力を回復させる魔法がね」
「……そんな魔法聞いたことない!」
アルシェが驚いたようにこちらを見る。彼女の目が大きく揺れて動揺しているのがわかる。同時に、その魔法について興味があるのだろう、目に光が宿った。その反応を嬉しく思う。
アルシェが聞いたことがないのも当然だ。癒しの魔法は教会でも秘密とされている。世間での認識も、"あらゆる傷や欠損、状態異常を治す奇跡の魔法"といったかんじだ。
だけど、本質は違う。あれは、"生命力そのものを全回復させる魔法"。肉体も、魔力の消耗も。すべてを、治す魔法。もちろん、死者だけは蘇生できないけどね。この魔法は神の力の介入があるからこそ、秘匿されている。
「ディヴァイン・スピリットって言う魔法なんだ。1日1回限定って制約があるおかげで、消費する魔力もそこまで多くない」
「……それは、どれくらい?」
「俺が払う魔力は、全体の一割くらい」
「……っ!」
アルシェが息を呑む。そして理解したんだろう、それがどれほど常識外れなのか。その魔力量であれば、アルシェだって適性があれば放てるし、男爵の子息だって、鍛えれば最終的に使える魔力量だ。
それが最強格の存在である俺が使えば、戦場でどれだけ有利になるかを理解したようだ。
「……すごい」
呆然としたように、彼女は呟いて俺の反応を見つめる。目をぱちくりと瞬かせて、驚いた姿はやっぱり可愛らしい。
だけど今間のままでは当然のように、満足できない部分がある。それを補うためにはアルシェの協力が必要だった。だから、踏み込む。
「そして、勝率を100%に近づけるために必要になってくるのが、きっと、アルシェの闇属性なんだ」
その言葉を聞いたアルシェの表情が、目に見えて強張る。空気がわずかに張り詰めたのを感じる。不安になっているのだろう、今はスカートをぎゅっと握って、俺をみつめる視線が不安定に揺れる。
最初のときだってそうだった。
"闇属性を見せてほしい"。
と頼んだことがある。でも頑なに拒絶していた。「それなら魔法を教わらなくてもいい」そう言うほどに。だからこそ、これは踏み込みすぎた話なのかもしれない。触れられたくない部分なのかもしれない。けれど、俺はもっとアルシェと踏み込んだ関係になりたいから。尋ねるんだ!
そんな俺の真っ直ぐな視線に、少し悲し気に目元を下げながら尋ねてくる。
「……どうして、必要なの?」
警戒と不安が混じった声に、俺は闇属性の仮説を伝える。
「闇属性ってさ、世間では奪うってイメージが強いじゃん?」
「……」
アルシェはなにもいわず、ただ、こくりと頷く。俺も深く頷き返して、口を開く。
「でも、本質はそこじゃない気がするんだよね」
アルシェが静かにこちらを見る。
「多分だけど、闇属性の真髄って、“継承”とか“受け継ぐ”に近い能力もあるんじゃなかな」
「……継承?」
「そう。例えば、他者の魔法をコピーするとか、模倣するとか。そういう方向性」
その言葉に、アルシェは目を瞬かせた。理解できない、というより。そんな発想をしたことがなかった――そんな顔だ。
「……どうして、そう思うの?」
そう問われると、少し説明が難しい。けれど、俺の中では妙にしっくり来ていた。ブラックホールの印象が強く、光すらも飲み込む、吸収できるイメージがあった。なにより、影が自分の動きをなぞる連想を発展させれば、他者の技ですら、コピーできるのではないか?そう考えたんだ。それを伝える。
「闇って何でも吸い込むイメージがあるんだよね。亜空間みたいに。だから闇属性ならものだけじゃなく、魔法も保存できるんじゃないかなって思った。それに自分の陰が動きをなぞる様に、魔法も模倣できるんじゃないかって」
そう言いながら、俺はアルシェが興味を持ってくれるように、アイテムボックスと呼ばれる魔法を発動する、闇の中から物を取り出し、目の前に出現させる。すると、アルシェだけじゃない。その場にいた全員の表情が変わった。
驚愕したように俺を見つめて、目を瞬かせる。アルシェですら、口を小さく開けて、俺を見つめていた。
「……そんなものまで使えたの?」
「……えっ、うん」
話が逸れてしまったことに戸惑ってしまう。同様にアルシェの方も、俺が古代魔法と呼ばれる特殊な魔法を扱ると思っていなかったのだろう。目を見開いたまま固まっていた。
「あれ、言ってなかったっけ?」
「いわれてない」
呆然としたまま、言葉だけが漏れ出ていた。そういえば、俺自身について特に聞かれることがなかったので、どんな魔法を使えるとか、伝えてなかったことを思い出す。
「それでさ、どうかな?もし闇属性を極めることができればきっと、アルシェは俺が伝える最上級魔法も使えるようになる。そうすれば、勝てる可能性がかなり上がると思う?」
「……レオニスは本気で信じているの?」
「うん」
アルシェの目を見て、深く頷く。俺の顔をじーっと見つめ、気持ちを推し量るように瞬きもせずに見つめていた。やがて、小さく口を開いた。
「一度だけ、私に魔法を使って欲しい」
「……?」
意味が分からず首を傾げてしまう。そんな俺の反応を気にすることなく、アルシェじーっと俺のことを見つめていた。いつにもまして真剣な表情で、俺から視線を外さない。
思わず唾を飲み込んで、自身が緊張していることに気付く。ここで使う魔法次第でアルシェの気持ちが変わるような気がした。嫌な汗が背中を伝い、脇や手に汗が溜まってくるのを感じる。
それに息を吐いて、俺は考える。アルシェが感動するような魔法を使うのどうだろうか?そんなことを最初は考えた。だけど、俺とアルシェの関係を考えて、見つめ直した時にはもう決まっていた。
いつも初めて使う魔法は、決まっているから。
「ウォーター・ボール」
そう俺は詠唱して、魔法を発動した。それにアルシェが手を伸ばして、指先で触れる。瞬間、ふっと表情を緩めた。
「わかった」
短く呟いたアルシェの表情は、どこか満足そうに、穏やかな表情で、笑っていた。




