第31話 俺は、お前の全てを奪う
翌日のクラスの雰囲気は少しだけ張り詰めていた。王子の順位は俺と入れ替わり最下位へと転落し、その胸元にはNo.1と描かれたバッチはもうない。代わりに俺がそのバッチを今、胸元に掲げている。
王子自身、笑っているというより、何かを考えているようすで。左ひじを机に立て、その上に頭を乗せている。真剣に一点を見つめ、一言も発しない。当然のように、周囲の取り巻きもまた、会話をしない。だからこそ、周囲の人たちもそれに習って、会話をすることが出来なかった。
だけど俺だけは違う。かわいいかわいい、アルシェに声をかける。今日はどんな魔法の練習をしようかって、食べ物とかで好きなものがあるかってね。
そんな能天気な様子に、周囲からは空気を読めよ!!という心の叫び声みたいなものが聞こえるが俺は気にしない。だって、アルシェって名前呼びで斬るからね!!!
それにしても、これで王子が黙ってくれるならいいな~。今はどうせ、俺を倒すために必要な事を夢中になっているだけだし。課題となる無詠唱魔術には、王子でも最低1ヵ月以上は習得に要するだろう。その間にアルシェを笑わせて見せる!
そう思って少しは気を抜きたいのだがやはり気になってしまう。あの獰猛な笑みがね。まるで獲物を見つけた獣のように、愉快そうに笑っていて、やはりあの笑みを思い返すだけげんなりする。
まぁ、今はこの幸せな時間を味わっていよう。そう思いながら俺は笑顔でアルシェリアに話しかけた。
***
いつものように授業を受ける中、俺はわざと教科書を忘れたふりを振る。
「わるいんだけど、一緒に教科書見てもいい?」
以前は断られた質問、反応すら返されなかったのに。アルシェはこくりと頷いて、教科書を真ん中に寄せる。そうして、自分も見やすいようにと俺に向かって距離を縮める。互いの肩と肩がぶつかる距離感。初めて感じる、アルシェリアの温もりに、つい表情が緩みそうになるのを我慢する。
いつもとおんなじ授業。それなのになんでだろう、美少女と触れ合っているという事実だけでこんなにも心が躍るのは。退屈だったはずの授業は急に、色づいたように面白いものに変わる。
そういえば、この内容って。といつもはしないメモを取る。頭の中では常に考えていたんだけど、していなかった行為。する意味を見出せなかったけど、今は違う。
「それ、面白い」
なんてアルシェが興味を持ってくれる。少しむずむずして聞きたそうにするが、授業中という事で聞いてこないようだった。
それも休み時間になれば、違う。アルシェが気になったことを矢継ぎ早に聞いてきて、それに応える。新しい発見があると、感心したように目を見開いて、感じたことをメモする。意見を求めると、真剣な表情で考え込むように少し俯く。
そうした変化がとっても嬉しい。なんというか、少し努力が報われたような気分になる。そんな可愛らしい、アルシェを見つめていた授業の中、一人、急に笑い出す生徒がいる。
「……はっ、ははっ、はっはっはっ!! レオニス。てめえ、俺を実験台にしてやがったな?」
急激に魔力を高ぶらせた王子が、俺の方を急に振り向いてくる。可視化できる程の膨大な魔力の発散に、教室の空気が一瞬で張り詰める。……気づかれたか。いや、何に気付いたかが重要だ。
「実験台ってなんのことです?」
「とぼけるなよ、昨日の試合、どうして最初の一撃で終わらせなかった」
「単純ですよ、王子に何度も挑まれるのが面倒なんでね、必要最低限の条件を突きつけただけです」
授業中の私語。当然、教師たるもの止める必要がある。けれど、それをすることが出来ない。ここの教師は一応貴族ではあるものの、継承権を持たない、第二子以降の者が教鞭をとっている。
いくら教師が教える立場であっても、爵位という部分で見れば既に男爵の俺と王子には逆らえない。他の子息や令嬢だって同じだ。身分でいえば俺達が圧倒的に高い。
「上手い言い訳だな、確かに魔力量が現状お前より低く、変換率も圧倒的に負ける。回復量が分からないが、無詠唱を出来ない限り、攻撃すら届かない。それを示すためなのは分かる」
俺の思考を分析して退路をあえてふさいでいく。そのやり方はまさしく、貴族らしいやり方。一件怠惰に見える王子もまた、傑物であることを明確にするほど、物事を論理的に考えていた。
「だとしたら、最初の魔法をあえて、威力を抑えた意味が分からない」
「王子の防御魔法の力を測ったんですよ。王子も最初に大技を使わなかったのはそのためでしょ?」
同じ様に行動しているだろう?と問いかける。だが、王子は確信的な一言を告げる。
「あぁ、試合だけなら気付かなかったよ。お前たちが今、仲良くなっている姿を見るまではな。愛称呼びとはずいぶん親しくなったな、アルシェ」
ふと、アルシェの名前を呼んだことに、軽く怒りが湧いてくる。俺が咎めるように目線を鋭くしても彼は気にしない。
それどころか俺と同じように鋭い視線をアルシェに向ける。その視線にアルシェが少しだけ動揺した気がする。それは王子も感じ取ったようで、先ほどの予想が確信へと変わり、ニヤリとほくそ笑んだ。
まさか、俺たちの距離感から推測されるとは予想の範囲外だった。そこまで観察力と思考力がずば抜けているとは思っていなかったから。てっきり、相手のことなど塵芥程度にしか考えていない王子は、想定外に周囲をよく見ていた。
さすがにアルシェに非難がいくのは避けたい。俺が興味を引きたかったゆえの好意だから。その責任は俺にある。だから王子の敵意が俺に向くように、煽る。
「そうですね。確かに利用させてもらいました。可能なら最大の利益を求めるのが貴族らしいですよね?」
「あぁ、お前の考えは間違っていない。ただ、相手を間違えただけだ」
王子は肩を震わせて笑いながら、俺を強く睨み付ける。
「確かに現状、お前が強いのは認めよう。だが、この侮辱を認めるわけにはいかない。お前たちの全てを奪い、俺の溜飲が下がるまでな」
「それを俺が許すとでも?」
魔力を膨れ上がらせて、威圧する。その圧力に大半のクラスメイトは身を縮こまらせる。数名を除いて。
「ふっ、そんな脅しに俺が屈するかよ、俺はお前を這いつくばらせ、その前の前で、お前が大切にしている存在を壊す。お前が絶望する表情を見せるまで俺は止まらない」
「それは不可能ですよ、どうするんです?」
「単純だよ。俺にあってお前にないものを使わせてもらうとしようか」
王子は、意味深にほくそ笑む。そこには絶対の自信が宿っていた。王子にあって俺にないもの。それはきっと……
「この学園に在籍する20名に協力を要請し、勝負する。まぁもっとも、集まらなかった場合は、その人数で勝負となるが。当然、最強たるお前は、人望も備えているんだろう?」
やはり権力や人数という部分だったか。王子を敵に回した瞬間から分かっていたが、俺に味方をする人物はもちろんいない。今も巻き込まれたくないと、俺が視線を向けると、即視線を逸らす。
それは教師同様で、俺たちの諍いを止める素振りすら見せない。そんな中、一人。セレフィだけは、少し心配そうに俺を見つめていた。普段は見せないしおらしい姿に俺は堂々と頷く。心配する必要はないと。
「メンバーはお前と横の女は決定だ。あと18名せいぜい頑張って探すといい」
「もし、断ったらどうするんです?」
「横にいる女が酷い目にあうだけだ、流石にお前でも女子寮には入れないだろう?」
もっとも俺が嫌がる選択肢を彼は突きつける。もちろん、俺がアルシェを自宅匿うという方法も考えられる。けれど、その場合は、自宅にいるミアハやニィナにも危険が及ぶと脅すはずだ。
なにより、令嬢を自宅にずっと泊めるというのは外聞が良くない。それは更に、アルシェの名前を傷つけることになると分かっているからだ。婚約者でもない男で、かつ家族が両親がいない男の家に泊まるのは世間が認めない。
「なら、大戦までは傷つけないって契約してくれますか?」
「あぁ、してやるよ。……いずれ俺の手でお前の側にいる女含めて、俺が可愛がってやるんだけどな。まぁ、お前のお古はいやだから、俺の取り巻きになるが」
そう告げて、くすくすと笑う。彼の側に控える男子数名もまた、余裕がある態度で、下卑た視線をエリシアとフェリシアに向ける。その瞬間、濃密な殺気を放つ。魔力を乗せて。それに俺は感情を抑えることが出来ずにいた。
一名を残し、それに耐えることが出来きなかった。当然のように、泡を吹いて倒れ、服を湿らせるものまでいる。そんな中でも王子だけは眉一つ動かさない。流石といったところだろう。
「行っとくがな、俺はお前と違って、安易に手はださないんだよ。大切だからこそ、気持ちを尊重する。それが出来ないお前に、俺を倒すことは不可能だよ、傲慢な王子様」
「はっ、ほざくなよ、才能のない凡人が」
「その凡人に、努力で圧倒的な差を付けられていることを自覚させてあげますよ」
バチバチに視線を交わす。互いに譲れないものがあるから。
「期間は3週間後だ。それまでに精々、仲間集めをするといい。……まぁ、できたらだけどな?」
ふっと小馬鹿にしたように笑う。
「ゼルヴァインこそ、精々努力をするといい。初めて、泥にまみれながらね」
俺のために努力してみろよと告げる。お前はプライドをかけて、俺に挑めるかという挑発で、努力しても敵わない初めての体験をさせてやるという宣言でもあった。
互いににらみ合う中、その勝負の合図ともいうべき、終礼の鐘が鳴る。
ゴーン、ゴーンと鈍い音が響き渡る中。俺たちの決闘は決まった。学園を巻き込む形で……。




