第30話 名前を呼んで
「それじゃあ、いつものようにウォーター・ボールで試していこうか」
そう伝えると、アルシェリアはこくりと頷く。最近の特訓を活かした無詠唱魔術。変換率はやや落ちて85%と言ったところだろう。その魔力の流れを少女はじっと観察する。
揺らぐ魔力の流れを観察し、認識した。それを改善するために、発動する起点である、腕に集まった魔力を動かそうとする。それを視認し、
「アルシェリア、待った」
そう声をかける。アルシェリアは魔力を動かすのを止めて、じっと俺を見つめる。何がいけないのか問うように。
「起点となる部分から変える発想は悪くない。けどね、一部分に負担がいってしまう。謝ると筋肉みたいに、魔力の流れ道が切れたりして、損傷することがある」
「じゃあ、どうすればいい? 全体の流れを良くするとか?」
「そうだな、それも正しいし……あとは、魔力が流れ始める場所を認識するといいよ」
そう告げるとアルシェリアは魔法をもう一度発動する。何度も発動する。そして、小さな胸元に手を当てて、
「ここ」
と告げる。それは丁度心臓の位置だった。
「うん、そこだね。後は、自分の魔力の流れを、そこから順に整えてみようか?」
「わかった」
そう頷いた少女はやっぱり賢い。同じように水魔法など属性がついた魔法ではなく、魔力を循環させて、まずはその流れ自体を整えるように試行錯誤する。徐々に、流れを修正していき、清流な流れになるように整ていく。
……うん、やっぱり俺よりも習得が早いよな……。なんて、少し才能の差を痛感させられる。いや、まぁあの時は4歳だったしね。うん、そいうことにしよう。前世足したら31し、小さい子の方が成長が速いらしいけど、気にしないようにしよう。
そんなことを考えつつも、やっぱり目の前にいる少女が、一生懸命考えながら、真剣に物事に向き合っている姿勢は本当に好ましい。
にしても、ほんと彼女の魔力の感受性はかなり高いよなと感心させられる。魔力の流れが徐々に整えられ、自身で制御していく様子が見て取れる。うん、一度試しても良い頃合いだろう。そう感じてアルシェリアに提案する。
「それじゃあ、ウォーター・ボールを試してみようか?」
「うん」
そう告げる彼女は、魔力の原点から意識して、流れを整える。先程までは石や木材によって遮られていた道が水路の様に整えられ、より効率よく魔力が流れる。
そうして水の魔法が発せら、その変換率は驚異の90%だった。それは俺が2年かけて達成した割合で、もう薄ら笑いしかできなかった。いきなり5%は反則でしょって!
「すごい、できた」
当の本人は、目を大きく見開きながら、つい嬉しくて、口重に笑みを浮かべていた。それに、俺もついつい笑みが零れる。ぴょんぴょんと跳びはねそうな勢いで、笑う少女には、出会った頃の、無感情ではもうなくなっていた。
成長するたびに喜んで、フェリシアの温もりに安心する。そんな少女に成長していた。それがすごく嬉しい。
でも、これはまだ初めの1歩に過ぎない。心から満面の笑みを浮かべて、できるなら王都を一緒に見て周りたい。手を引いて、デート?みたいなものをみんなでしたい。そこが俺にとってのゴールだ。
俺はアルシェリアに近付いていき、頭を優しく撫でる。
「さすが、アルシェリアだな。呑み込みが早い」
するとアルシェリアはそれを首を振って否定する。
「ううん。あなたのおかげ、感謝してる」
そして、少し何かを思い出すように少し視線を左上にやり、じーっと一点を見つめる。やがて、瞬きをしたアルシェリアは俺に視線を合わして告げる。
「ありがとう、レオニス」
と感謝の気持ちを伝えてくれる。それが嬉しくて、心が満たされて俺は……思わずアルシェリアを抱きしめてしまった。
「……っ!?」
思わず自分の行動に驚いて、慌てて彼女から離れる。そして深く深く、頭を下げた。
「ごめん、急に抱きついて」
アルシェリアの顔を今は直接見ることが出来なかった。どうして、こんなことをしたのかも、気持ちの整理がついていない。そんな俺に対して、アルシェリアは不思議そうに尋ねる。
「なんであやまるの?」
ポツリと落ちた言葉には、嫌悪感も、怒号もない。ただただ、単調な声色で尋ねてくる。それが不思議で思わず顔を上げると、真っ直ぐに俺を見つめている。少し首を傾けながら。
その姿に戸惑いつつ返す。
「いや、抱き着かれるの嫌じゃないかなって?」
「別に、いやじゃない」
「……そっか」
「うん、そう」
相変わらず表情が読めない、彼女の表情に俺は戸惑ってしまう。そっか、嫌じゃないのかって……。それに、つい安堵していた。もしかして、嬉しいと思ってくれたり……。
いやいや、落ち着けレオニス。今はやましい気持ちとかなく、純粋な気持ちだったからセーフだっただけだ。普通に勘違いだって。それに、やましい気持ちはすぐばれそうだから、慎重になれ。
……でも、嫌じゃないのか~。って心の中では躍っていた。一旦はその気持ちを切り替えて、再度練習を再開しよう。もっと褒めてもらうために!そして、アルシェリアと仲良くなるために!!
そんな未来に想いを馳せながら、練習を再開する。徐々に精度が上がっていくアルシェリアを見つめながら俺は心が満たされていた。もしかして父性って、こういう気持ちなのかもしれないと。
***
明るかった日差しが、夕焼けに変わり、練習の終わりが近づいてくる。そんな中、俺はアルシェリアの頭を撫でていた。
「まさか、今日一日で92パーセントまで達成するなんて、流石アルシェリアだな」
ついつい、頬を緩めながら少女の髪の感触を堪能していると。アルシェリアが俺をじ――っと見つめてくる。……もしかして、やましい気持ちがバレた、とか?なんて、動揺から鼓動が早くなる。唾をごくりと飲んで、アルシェリアの言葉を待っていると、少女が口を開いた。
「アルシェでいい。長いから」
「……えっと、名前の話?」
「うん、そう」
瞳を覗き込むように俺にアルシェリアは告げる。それに一瞬呆けてしまう。夢なんじゃないかって、思って。自分のほっぺをつねる。けれど、痛覚はあって、現実だと認識する。
俺は戸惑いつつ、少女の名を呼ぶ。
「……アルシェ」
「うん、そっちの方がいい」
少し満足げに笑みを浮かべる少女の言葉に、俺もつられて笑っていた。その声色は、少しねだるようで、初めて俺に告げる要望のようにも感じた。思わず嬉しくて、顔がさらに緩む。
「じゃあ、みんなもアルシェでいい?」
俺一人だけこの幸福に身を浸していると、なんだかバチが当たりそうで。幸せをおすそ分けしたかった。まぁ、その気持ちはどんどん増幅していくんだけどね!!
アルシェは、一瞬エリシアの方を確認しつつ、こくりと頷いた。それに少しムッとした表情をエリシアが見せ、そんな二人を優しくフェリシアが見守る。なんだかんだいってアルシェもエリシアのことは認めていて、3人の関係はどんどん近づいていっている。そんな姉妹のような関係に思わず俺は微笑んでしまう。
きっとフェリシアが長女で、エリシアが次女、三女がアルシェって感じかな。末っ子のアルシェがわがままで咎めるんだけど、譲らなくて。何だかんだ許されることに、エリシアが納得していない。
でも、アルシェが悲しい顔をすると、つい自分も表情を歪める時がある。そういった部分がお姉ちゃんらしい。その気持ちが伝わった時に、きっと二人はもっと仲良くなるんじゃないかな〜、なんて微笑ましい未来を見た。
いつか、そんな関係性になってくれたら嬉しいなと俺は思う。
その日も一緒にアルシェを女子寮に送っていった。屋敷に居た時とは違う、些細な日常の変化。それを感じる日々が今はとっても嬉しい。




