第26話 視線の先に誰かの姿を重ねているように見えた
「今日一日、魔法を学んでみて、どう感じた? ここら辺がわかりづらいとか、こういった部分をもうちょっと深く知りたい。もしくは、やってみたいことがあれば聞きたいんだけど、どう?」
女子寮まで少女を送っていくまでの帰り道。両脇に木が植えられ、道はレンガで舗装されている道。隣にいるアルシェリアに問いかける。
彼女は、じーっと前を向いたまま、歩く。それでも、何かを考え込んでいるのだけは分かった。少し歩く速度が遅くなり、コツコツという靴音の感覚も長くなった。俺は、それを揃えてみる。歩幅を合わしてみる。すると、少し呼吸があってきたような気持ちに不思議となって、不思議と楽しくなった。
アルシェリアは、目をぱちりと瞬かさせて口を開いた。
「複合魔法、それはやってみたい。あれは二人以上いないとできないから」
少女の言葉には、興味がある声色と同時に、どこか不安な気持ちも混ざっているように感じた。それは今しかできないという一種の焦りもあるように感じる。俺達がいつまで教えてくれるのか分からないからこその言葉。
そんな気がするのはきっと、目の前の少女が不安げに瞼を下げているからこそ感じたことだった。……きっと、自分でも気付いていない癖のような気がする。
そんな彼女を安心させるように少女の頭に手を置いて告げる。
「わかった。試す時は、俺でもいいし、他の人に頼みたいなら後ろに控えている、エリシアとかフェリシアを頼ってもいい」
そう伝えるとアルシェリアは後ろを振り返り、二人のことをじーっと見つめる。それに応えるように、エリシアとフェリシアがこくりと頷いた。そして
「わかった、お願いする」
と声を発する。それに俺は驚く。彼女から歩み寄る姿勢に、本来の性格はもっと優しい少女なんじゃないかって思ったから。周りの態度や、反応がこの子を、暗い性格にしたんじゃないって思って。思わず、身体に力が入る。
それでも、少女に触れる右手だけは、強く力を入れないように、配慮できるくらいには、まだ理性が働いていた。
周囲の環境がアルシェリアを変えてしまったのかもしれない。なら、俺達がもっとアルシェリアに寄り添って、いつか、前を向いて笑えるくらいに自然体でいられるようにすればいい。そして、俺が行った行動に、文句や苦情の一言が言えるくらいに成長してほしいと思った。
「俺も、アルシェリアが満足するまでは付き合うよ。嫌だって言われない限り、ずっとね」
「そう」
いつものように、呟く少女の瞳がほんの少しだけ大きく見開かれる。アルシェリアをいつも見ていなければ気付かないほんの少しの変化。それを感じるだけで、温かい気持ちになるのだから不思議だ。
きっと俺は、こんな風に少しづつでも変化していく姿を追うことが好きなんだろうな……。そんな話をして今日は別れた。
***
翌日、俺とアルシェリアは複合魔法を試すことにする。複数人で同じ魔法、もしくは相乗効果のある風と火を発動させて威力を高める魔法。有効なのが主に戦争の時だ。普通の威力では突破できない防御魔法を、複数人で崩す時に使う。
個人ごとに一度に使える魔力量、魔法の熟練度、そして発動速度が違うからこそ、合わせるのが難しかったりして、最初に試す時は大抵、威力は上がっても、かなり魔力を消耗したり、そもそも発動しなかったりする。……普通ならね。
けれど、俺は相手に合わせることをかなり得意としている。それは、セレフィのおかげだったりするからこそ、感謝は絶えないんだけどね……。
そんなことを考えながら、最初に試したのは、アルシェリアと同じ水属性の魔法、ウォーター・ボール。少女の魔法に合わせるように、同じ魔力量、性質も近しいものに変化させて発動する。同調する感覚を示すために行ったその魔法は成功し、通常の2.5倍の威力を発揮する。
始めに成功するイメージがあった方がいいからこそ、俺が最初に担当した。
「いまのが複合魔法なんだけど、どう?」
「……すごい、初めて成功した」
アルシェリア自身、一度で発動するとは思っていなかったようで、大きく目を見開いて俺の方を見つめてくる。
「……どうして?」
なんて、目を瞬かせながら。
「どうして、と言われても。波長があったから?」
彼女はそれを首を振って否定した。
「違う、どうして合わせられたの?」
……合わせられた?あ~……
「もしかして、一度授業などでやったことあるの?」
「うん。ある。でも一度も上手くいかなかった。それはみんな同じ」
「なるほど。それは失敗するよ。だって、これは相手のことをより知りたいって思う必要がないと成功しないしね。俺はアルシェリアのことが気になっているから、魔力の流れしっかりと読み取って、合わせた。もちろん、その技術は必要になるけど。アルシェリアもできるものだよ」
アルシェリアが誰かを魔法を通じで、誰かに興味を持ってくれたら嬉しいと思って発した言葉。相手をみるきっかけを作りたかった。
少女は俺の方を見て、頷く。今の言葉で俺に少しは興味を持ってくれたのか、じーっと観察していた。
……もしかして、今って褒められる可能性あるじゃない!?とそんな天啓を受けた気がする。もっと、複雑な魔法でもできるってアピールする。いや、それは露骨過ぎるだろう。それに魔法の方に興味がいきそうだし……。
なら、エリシアとか他の人とも出来るって示したらどうか?それは他の人と試したいって興味がそれそうだ……。じゃあ、直接聞いてみるのはどうかな?今なら、素直な気持ちも知れそうだし。そうしよう。
「……どう?少しは、見直した?」
「うん。あなたは凄い人だった。私の想像したよりも何倍も」
なんて素直に認めてくれて、思わず表情がにやけてしまう。
マジで嬉しすぎるでしょコレ!!デレだよね、デレ。いや~、やっぱりアルシェリアとは仲良くなれると思っていたんですよ。ほんと。……まぁ、全て、セレフィのおかげなんだけどね!!
そんな内心ではしゃぎまくっている俺に、アルシェリアが声をかける。
「もう一回やりたい」
きっと、この感覚を忘れたくないのだろう。迫るように、少し身体を前に傾ける。目はいつもと違い、キラキラと輝いていて、早く続けたいという意思を感じる。それが嬉しくて。
「うん、満足するまでやろうか」
そう返すと、アルシェリアはこくりと深く頷き、真剣な表情に戻る。それを確認し、俺達は二人魔法の詠唱を開始した。
***
数十回ほど同じ魔法を発動する。だんだんコツがわかってきたのだろう、アルシェリアは出力の調整を試すように、込める魔力量を変化させたり、昨日行ったような詠唱破棄も試していいかとも尋ねてくる。
「もちろん」
と俺が返すと、真剣な表情で自分がコツを掴むまで何度も何度も練習する。自分が発動する魔法の変化を逃さないように、じーっと強く、ただ前を見つめる。
その真剣な姿が、魔力によって、黒い艶やかな髪がたなびく姿は、本当に美しいなと感じた。自分がどのようにすれば上手くいくのか、一回一回試行錯誤する。そういった、目標に向かって努力できるところが好ましい。
そう想うのはきっと、自分も同じように努力して前に進んできたからだろうな。俺は今だって魔法を複数個併用している。互いの効果を打ち消し合っているので、気付かれていないだろけが、常に魔力を消費するようにしていた。
アルシェリアの対応力と、学習の早さに感心する中、少女はどこか満足したように目を輝かせる。そして、他の人も試してみたいと告げた。
「なら、エリシア。お願いしてもいいか?」
「はい、もちろんです。レオニス様!!」
「ありがとう」
そう伝えて複合魔法を開始する。先程と同じ水の魔法。互いに詠唱をして発動した魔法は、威力は半減し、使用する魔力量は2.5倍増加する。作り出した水は円球を保つことが出来なく、水面がゆらゆらと不安定に揺れる。
その後も続けるが、互いが互いの魔力に干渉し合って、術が発動しなかったり、時たま暴走したりした。
それに少し、むっとした表情でエリシアが告げる。
「少し合わせる努力してくれる?」
「してる。それなのに合わないのは、あなたの魔力の性質が変だから。それをなおして」
「……ふふっ、面白いこと言うね、アルシェリアちゃん。そっくりそのまま返すけど」
なんて、二人して少し険悪な風になっていた。それを外野から見ている俺からすると、どっちも譲っていないだけなのだった。
確かに、性質という部分ではエリシアが特殊だった。魔力が途中で性質を絶えず変化するのだ。それは、まるで俺が良くやる。相手の性質に合わせて、弱点となるものに変化させるときに近い。けれど、変化を読めないわけじゃないし、合わせようと常に努力している。
逆にアルシェリアの方は、合わせるのがもの凄く苦手だった。当人は寄せているつもりなのだろうが、牛歩の歩みレベルだった。これまで、他の人に合わせる経験が乏しいせいだろう。全く上手くいっていない。それでも少しは歩み寄ろうとしているのは、分かる。
普通なら止めた方がいいのだろうけれど、こんなにも怒っているアルシェリアの姿は初めてで。少しはマイナスの感情を吐き出してほしいという目標が少し叶った気がして、続けさせる。
結局相手にぶつかっていかないと本当の意味では仲良くなれない。普通に遠慮してしまう部分があるってことだから。
まぁ、大人になったら感情は抑えないといけないんだが、今の俺は出来ていない。マジでどうやってたんだ前世の俺、って感じだ。
ただ、これ以上やるとつかみ合いの喧嘩に発展しそうなので、止める。
「まあまあ、まずは、寄り添うところから始めようか。ほら、エリシア。いつものように、相手の良いところ探して」
少しムッとしつつもエリシアは、はぁーっと溜め息を小さく吐いて、アルシェリアを改めて見つめる。そうして上から下まで確認し、再度アルシェリアの事を見つめる。
「いいところは、目が綺麗なところ」
「うん、よくできた」
そう言って、エリシアの頭を撫でると、少し嬉しそうに表情を緩める。相変わらずかわいいな~、なんて思っているなか、アルシェリアにも褒めるように促す。
「じゃあ、アルシェリアの方も、エリシアのいいと思うところを言おうか」
「ない」
「はぁ!?」
と普段の彼女から考えられない程の、声が出て来てつい驚いてみてしまう。俺にその声を聞かれたことが恥ずかしかったのか、頬を赤く染めて、下を俯いてしまう。そして、再度アルシェリアを見上げ、きっと鋭く睨んだ。
「アルシェリア、流石にいい所の一つはあると思うよ」
「ない」
そう断言する少女。余程起こっているのか、それとも、単純に嘘というか、自分に素直と言えばいいのかわからないが、どうやら彼女的にはないらしい。
「仮になかったとしても、今は思い当たらないっていおうか」
「わかった」
流石に今のはエリシアが可哀そうである。だから、俺はエリシアに伝える。
「俺はエリシアの良いところをたくさん知っている。毎日一人で魔法の練習を頑張っているところ。本を読んでいる時に本当に嬉しそうに微笑みながら本を見る所。最近はミアハの負担を減らせるように家事も手伝ってるよね。そういう思いやりにあふれている姿が好きだよ」
エリシアは睨み付けていた視線を外し。少し、下を俯いたあと、俺に向かって向き直り、腕を開いた。その意味が分からなくて戸惑ってしまうが。エリシアがその状態で少し近づいてきたので、理解した。俺も彼女の方に歩み寄り俺から抱きしめる。すると彼女はぎゅっと強く俺を握り返した。
数秒ほど、そんな幸せな時間が流れ、エリシアがポツリと言葉を零す。
「あたま、撫でてくれますか?」
遠慮がちに、でも、期待がこもったような少しねだるような声。それに、柔らかい声で返す。
「うん!」
そう応えて彼女の頭を優しく撫でる。猫の毛並みを撫でる時の様に、彼女の頭の形に合わせて、ゆっくり撫でる。最初は強張っていた肩も撫でるにつれて、少しずつ力が抜けていった。
その間に、アルシェリアが何かを声をかけてくると思ったのだが、口を開くことはなかった。俺はエリシアの方をずっと見つめながら撫で続ける。そうして数分も経つと、「ありがとうございます」といつものような明るい笑顔を俺に見せてくれる。
さすがに俺もこんな時にまで邪な気持ちは抱かなかった。むしろ、俺自身も求められてどこか心が満たされていた。
あらためて、振り返った先。アルシェリアの表情は何故か少しだけ、寂しそうに見えた。その瞳には、別の誰かを俺達に重ねているような気がした。




