第25話 黒髪のサラサラした感触は最高
あの後、学校の図書館に寄って、彼女が借りていた本を片っ端から調べた。どんな系統の魔法に興味を持っているのか。どこで詰まっているのか。どういう知識を求めているのか。
その傾向を見て、欲しいと思う知識を提示できれば、アルシェリアが興味をもってくるはずだと考えた。だから俺は、そんな本を用意してきた。そして、翌日、アルシェリアに声をかける。
「ねえ、アルシェリアって、もっと魔法、上手くなりたいって思う?」
そう声をかけると、彼女の肩がほんの少しだけ揺れた。けれど、すぐにこちらを見ることはない。視線を横へ逃がして、それでも完全には無視できないのか、ちらりとだけ俺を窺う。
……やっぱり、興味は持ってくれている。それが嬉しくて、内心でつい、ガッツポーズを取ってしまう。焦るなよ、俺。まずは一つずつ反応を窺ないながら、興味を持ってもらうように告げるんだ。なら、まずは俺がどんな人物なのか、要するに俺が教えてもらうに足る人物なのかを示す。
「一応さ、俺ってこの世界で最も魔法を得意とする十五人の中で、十二番目くらいには入るんだよね」
軽い調子で言いながら、当然のことのように告げる。もしかすると王族の方が、エルフの方が俺よりも魔法を上手く扱えるのかも知れない。それでも、強さという基準なら。そして、魔法を上手く扱えることが強さに直結するという基準なら、そうとも言える。
なにより、俺自身。魔法の扱いに関しては、この学校の学園長すら凌駕するほどには、魔法に精通していると断言できる。まぁ、教えるという技術に関しては、十数年以上の差があるので、分からないけど……。
「属性も、光、火、水、土、風って扱えるし、オリジナルスペルだって開発したこともある」
大げさに言っているのは自分でも分かっている。それでも、興味を持ってもらえないじゃ、話すことできはしない。だから堂々と告げる。その言葉に、彼女は大きな反応を見せない。
……けど、完全に興味がないわけじゃなくて、ようやく顔所は俺の顔を捉えた。だから俺は、昨日買ってきた本を机の上に置いた。アルシェリアがより興味をもってくれるように。
「それでさ。昨日、本屋でこんなの見つけたんだよ」
そう告げながら、一冊の本を差し出す。彼女の前に置くと、目を見開いて、ジーっと視線を落とす。興味があるのか、本に触れようと右腕を上げて、躊躇うように上下させた後、腕を下げた。
「俺の方は昨日読んで既に実践できるところまできた」
そういって魔法を無詠唱で再現する。それも通常発動するよりも小規模な物。アレンジまで加えた形で発動した魔法は。小さな水龍が空を駆け巡る。本来なら、攻撃力に特化した魔法。それをまるで演劇のように、扱う。
アレンジした、勇者に見立てた人間と戦わせながら。その様子に目を見開き、目を瞬かせる。その視線が段々と強くなり、どういった原理で動いているのか、魔力の流れを追っているようだった。たしかに、セレフィの言う通り、魔法を学ぶということに関しては貪欲だった。
「そういった意味では、魔法を身に付けるのは得意だし、少しは強くなる手助けができると思う。だから、一緒に練習してみない。もし、嫌だったとしても、この本だけは貰って欲しいかな、もう身に付けて捨てる予定だから、使ってくれると助かるんだけど、どうかな?」
アルシェリアは逡巡したように視線を彷徨わせながら、そっと本に手を置き、頷く。
「お願いします」
そう言葉をようやく発してくれた。その声は綺麗なソプラノ声だった。どこかか細いその声に、思わず表情が緩む。彼女の声が聞けた嬉しさに、そして前に進むことができたことを実感した。
「……鳥のように綺麗な声だな」
そう想わず発した言葉。それには当然のように彼女は反応しない。ただ、ただ、真っ直ぐに魔導書を見つめながら、そこに書かれた内容が気になっているようだった。
それでも、俺にとっては最初の一歩だった。
***
迎えた放課後、俺とアルシェリア。そして、エリシアとフェリシアを従えながら、俺は訓練場へとやってくる。やはりといったところだろう、皆の視線が俺に集まってくる。こちらを探るようにじーっと見つめ、中には敵視するような視線。それと、エリシアとフェリシアに対して邪な目線を向ける者も。
……うん、殺そう!!
そう言った者には、鋭い視線を送ると、さっと視線を外して、この場所から逃げるように去っていく。ほんと、男子は……。と思ってしまう。
さて、邪魔が入るのも面倒だし、結界を発動しておくとしよう。
『プリズム・シールド』
俺は魔法名を口にして、透明な壁を形成する。周囲の音などは聞こえるが、魔法に関してはある程度防ぐことが出来る。また、光の屈折を利用しており、俺達を視認することが難しいというのが、この魔法の利点だったりする。
魔法を発動した瞬間、彼女は俺をじーっと見つめる。そして、目をぱちりと一度可愛らしく閉じてから口を開いた。
「その詠唱破棄、どうやってるの?」
綺麗な声が俺の耳元に届いてくる。それは先程の声よりも少し大きな声。警戒心よりも興味が上回っていることが分かる。その目線は真剣そのもので。どうやら、魔法に関しては、話してくれるようだった。
俺は少し自分がにやけているのを自覚しつつ、説明する。
「詠唱破棄は、段階を踏んでいくことが重要なんだ。完全詠唱、一小節の省略、二小節の省略ってね。そうすれば、無詠唱で魔法を発動できるようになる」
「そう、やってみても良い?」
「うん」
彼女は、まずは初球の魔法を選択する。使い慣れたものでかつ魔力の消費が少ないものを。それは沢山練習するための選択で、かつ習得が一番早い方法だ。
それを自然に選択していること自体、彼女が自己研鑽を怠っていないのだが分かる。貴族なら、当然見栄を重要視して、初級で練習なんてしないからな。周囲から馬鹿にされるし……。お前初級しか使えないのってね。
周囲の者たちが上級魔法を使う中、アルシェリアだけは初球の魔法を詠唱しだす。
「聖なる水よ、我が呼びかけに応じ、姿を変えよ。ウォーター・ボール」
当然のように魔法が発動することを確認し、次に省略を試みる。
「我が呼びかけに応じ、姿を変えよ。ウォーター・ボール」
詠唱を破棄した影響だろう、その姿が少し不安定気味に水面が揺らいでいた。その後も
「聖なる水よ、姿を変えよ。ウォーター・ボール」
「聖なる水よ、我が呼びかけに応じ、ウォーター・ボール」
といったように、一度試す。その時の変化を観察しながら、何が自分に合うのかを試していた。それに思わず俺は口角を上げてしまう。マジかよって。
「アルシェリア、少し聞いても良い?」
「なに?」
淡泊に返す少女。それでも、俺の目をしっかりと捉えて離してくれる。一応は教わりたいって気持ちがあるんだろう。それは嬉しいのだが、今はそれ以上に興奮していた。
「さっきのさ、詠唱を破棄するところ、色んなパターンを試していたじゃん、なんで?」
「その方が、自分に合う方法や、変化の違いから解決法が分かる。……だめだった?」
彼女は俺の目を見て、少し窺う様に尋ねる。それに俺は思いっきり首を振って否定する。だって、それは俺もやっている方法で、同じように、学んでいるのが嬉しかった。
「そうじゃない、逆だよ、アルシェリア!! そのやり方、とっても好き!! それにたどり着いたのが凄いんだよ!!!」
思わず、彼女の両手を握って、上下に振ってしまう。だってそうだろ?前世を含めて、俺が思考錯誤しながら、辿り着いたやり方に、彼女はこの年齢で辿り着いた。それがたまらなく嬉しい。
優秀な弟子はかわいいというが、それがめちゃくちゃ分かる出来事で、思わず笑みが零れる。
「ほかにはどんなことを思いついてるの?」
彼女は俺の質問に答えることなく。なぜか、俺の顔をマジマジと観察し続ける。何かついているのか?と首を傾げて右手を顔に寄せる。
その時になって、ようやく気付いた。俺はずっと少女の手を握りっぱなしだったということに。
「うわっ……ごめん。つい、嬉しくて、握ってしまって……」
流石に昨日知り合ったばかりの相手だ、それも少女好きという業を抱えている相手。流石に、嫌だと思われたりと彼女を窺うが。
「別に気にしていない。それより、他の方法なら、イメージが重要だと思う」
なんて、ほんとに気にしていないように淡々と返すのだ。けど、その回答が本当に正解で、また彼女の手を握りそうになり、今度は途中でなんとか踏みとどまった。
にしてもマジか。あえてヒントを与えなかったのに、正解するとか化け物かよ!!思わず、両手で拍手する。
「正解だよ!! でもどうしてわかったんだ?」
だからこそ俺は知りたい。どうやって気付けたのかと、彼女の思考が知りたくなった。俺自身、彼女から学べることが多いと感じたから。ある意味、どっちが先生なのか分かったものではなかったけど、互いに学べるなら理想的だと思う。
「我が呼びかけに応じ、ウォーター・ボール。その時が一番不安定だった。これは多分、言語的な繋がりが曖昧で気を取られた。そして、魔法のイメージが上手くいかなかった。だから、イメージが重要、と思った」
ほんとにこの子は凄いな。言語化まで完璧となると、いよいよ自分が教えることが少なくなってくるのだが、一年で彼女は劇的に成長したというのも納得した。
なら、ここから一年。俺の教える技量次第でさらに、成長するのではないかと少し楽しくなってくる。この子がどこまでいけるのかって、思わず成長した姿を想像して、笑ってしまう。
もしかしたら、王子ですら倒すことが可能なんじゃないかってね。
「マジで、凄いよアルシェリア! もっとやろう。明らかに間違えたり、危険な時は俺が制止する」
「わかった」
彼女は俺の言葉に応じ、その日一日中、詠唱省略の技術を磨く。結局、終わりが近づくころには、自分が使える殆どの魔法に置いて、魔法名だけで発動するに至っていた。
思わず嬉しすぎて抱き着きそうになるのを制止しながらも、彼女の頭を撫でるのだけは止め慣れなかった。彼女はそれを特に嫌がる素振りもせずに、受け止めていた。数分間、俺は彼女の綺麗でサラサラとした髪に、指を通しながら、頭を撫でるのだった。
やっぱり、黒髪、サイコー!!
と心の中で狂喜乱舞しながら……。




