第20話 当人が動じないと、こっちの方が焦るよね
翌日を迎えた俺は、ひじょ~に重い腰を上げながら、学園まで馬車で向かって行く。その間に思うのは何故か二人とも俺の隣に座ってくれているのだ。右隣にフェリシア。左隣は既に定位置になっているエリシアがいる。
フェリシアとは拳一つ分空いていて、エリシアの方はぴったりとくっついていつものように腕に抱きついている。かわいい。
今日は二人とも傍付きのメイドらしい、クラシカルメイド服を着用している。普段来ているようなワンピース風の洋服などと違い、身体のラインが出ないようにしている。そのせいで、普段よりもふにゅっとした感触が足りないのが欠点だった。
可愛いんだけどね……。
少し物足りなさを感じつつ、俺は学年に足を踏み入れた。
(にしても学園に来れば分かると言っていたが、それらしい令嬢がいないんだけど!)
辺りにいる貴族の子息や令嬢は俺の方を値踏みするように見ては、俺の装飾を見てくすっと笑う。俺が身にまとっている魔力量を気にすることなく、男爵が身に付けられる装飾だけを見て判断しているようだ。
まぁ、戦場に行ったことがなければ腑抜けるか……。なんて、こっちまで相手をディスってしまう。
日常的に魔力を感知することを行っていれば、俺たちの異常さに気付く。俺は魔力を抑えて、侯爵家と同じくらい。エリシアは男爵家と子爵家の中間くらいで、フェリシアは王族よりも圧倒的に多い魔力量を誇る。神様曰く、それが彼女の体質らしい。(今は子爵家程度に抑えているが……)
圧倒的なそこが見えない魔力量。一度に扱える出力に関して言えば、俺の方が多いが、全体的な総量では彼女の方が多かった。転生してからずっと欠かさず伸ばしてきたのに、未だに彼女に敵う未来は見えない。
出自に関しては不明だが、俺は彼女が貴族とかの出ではないかと疑っている。……彼女曰く、商家の娘だったらしいので不倫の可能性も否めないのが辛い。
それでも異常だろう。メイドまで貴族と同等の魔力量を誇っているなんて……。気づけない方がおかしい、筈だ。俺は嫌な気分を切り換えるべく目の前の学園に視線を向ける。にしてもホント立派な学園だな~なんて思いながらあたりを見渡した。
校舎のまで伸びる大きな通路。その中間地点には大きな噴水が建てられており、キラキラと水滴が光を反射する。城のように先が円錐になっている校舎は五階建てくらいあり、隣にも長方形の形をした3階建ての校舎が両脇に見える。
一体どれくらいの人数を収納してるんだ。なんて思いつつ、件の少女を探すが、全然見つからない。俺は諦めて、校舎の中に入ろうと決意した時だった、突如学園の一部分から魔法の行使を確認する。
(訓練場とは別の方向だよな?)
そう訝し気に思い、俺はそちらに足を向ける。
「悪いけど、少し急走りで行くよ」
エリシアとフェリシア。双方が頷いたのを確認しそちらに向かう。角を曲がった先、恐らく校舎裏にあたる場所。そこに一人の少女を4人の令嬢が囲んでいる姿が見えた。
俺と同じように赤い制服のジャケットを身にまとう彼女達。白のインナーと胸元に赤いリボン。それにグレーを基調としたチェック柄のスカートを履いていた。普段の俺ならきっと全員をくまなくチェックしていた筈だ。
それなのに、俺は一人の少女に目を奪われていた。
——だって、そこには、服が濡れて、肌にピッチりと制服が張り付いた少女がいたのだから!!
日本的なそれとは違う光を受けて深く艶めく、黒髪。そのさらりと流れる髪は太もものあたりまで伸びていて、手入れの行き届いた質感が遠目にも分かる。決して太っているわけではない。ただ、足先の細さとは違い、ふっくらとしており、水にぬれているからだろう、光が反射して妙に生々しい。
胸にも少女らしい確かなふくらみがある。控え目な胸の上に乗る白の服装がその大きさを妙に強調していて、若干だが、黒い下着のようなものが見える……気がする。思わず目を細めて注視するが、見えはしなかった……
落ち着け~まずは状況を整理すべきろう! そう頭を振って、まずは少女たちの会話に耳を傾ける。
「にしても、皮肉よね、あなたの名前。アルシェリアなんて」
少し小馬鹿にするように、金髪の少女が告げる。アルシェリアか……
確か、アルは高貴。シェルは包容。リアは気品だったよな。全てを合わせると、気品を兼ね備えた、包み込むような女性ということになる。まだ、少女なのだから、当然、包容力とは無縁だろうが、他は当てはまっている気がする。
背筋はピンと伸びて、ずぶ濡れなのに、一切動揺していないのだから。そんな少女を金髪と青髪、茶髪、オレンジが、嘲笑うようにくすくすと肩を震わせる。うん、その時点ですでにどちらにつくのかきまった気がした。
呆れつつ、俺は彼女たちの方に歩いて行く、地面を踏み抜きながら。
「魔族が使う魔法使うくせに、高貴?笑わせないでよ」
妙に苛立っている少女たちは黒髪の子を責める。そして、俺の地雷を踏み抜くような一言を発した。
「ほら、存在してごめんなさいって謝んなさい」
「あ゛!?」
思わず怒りの声が口から洩れる。距離はまだあるからこそ、気付かれていないが、俺の表情は歪んでいると思う。
だというのに、アルシェリアと呼ばれた少女は、表情を一切変えることなく受け入れる。その光景に俺は、自然と魔力が高ぶっていた。抑えていたものが溢れるように。そんな変化にすら彼女達は気付かない。
黒髪の子を囲う子達は、目の前の少女が怯える様子もなくただ、前を向くその態度にイラついたのだろう。歯を食いしばり、にやりと嫌な笑みを浮かべる。
「濡れちゃったから、今度は乾かしてあげるね!」
なんて楽しそうに笑いながら、炎魔法を詠唱する。それを確認した俺は瞬間的に距離を詰め、魔法が発動されるより早く、黒髪の少女前に躍り出た。
だが、魔法は発動されて、こちらに迫る。防がなければ火傷するほどの魔法を彼女達は放つ。その魔力の流れを確認し、干渉し、俺は一瞬にしてかき消した。
相対する彼女たちは、俺を驚いたように目を見開いて見つめる。そうして警戒するように半歩引いた。彼女達は、俺を観察し、そして胸元に付けられた茶色の装飾を見てクスッと笑った。
男爵家が着用することが許されたブローチ、それに色も男爵のみ使用する色だからだろう。華やかな金色に輝く装飾や、赤や青など映える色を身に付ける彼女たちは俺を見下したようにくすくすと笑い続ける。
……多分、下級貴族に絡まれたと思ったのだろう。先ほど自分たちが放った魔法を、俺が一瞬にして止めたということなど忘れて……。
「はぁ~……」
大体の事情を察した俺は軽くため息を吐く。これほど愚かな人達の相手をしないといけない未来を想像して。
「見ない顔だけど、まさか、その子庇ったりしてないよね?」
くすくすと嫌な笑い声を零しながら彼女達が呟く。
「……そうだと言ったら?」
わざと間を置いて返すと、空気が一瞬だけ揺れた。だがすぐに、嘲笑が広がる。
「やっぱり。事情も知らないで首突っ込むとか、正義感強すぎない?」
事情、ね。横目でアルシェリアと呼ばれた少女を見る。何の反応せず、先ほどの魔法にすら防御魔法を展開しない。悲しむ事すら忘れたほどに、この扱いに慣れているのだとしたら、俺は目の前の少女たちを許せるのだろうか?
「いい、その子ね、"人類の敵"なのよ」
俺の反応を楽しむための言葉に、思わず眉を顰める。
「……どういう意味だ?」
問い返すと、満足そうに口角が上がる。
「察し悪いのね。闇属性よ。闇属性! その子はね魔族が使う魔法を使うの」
楽しそうに笑う彼女達。それは俺もあっち側に加わると思っている者たちの反応。なるほどな、この子はたかが、闇属性を扱えるだけで差別されていたんだろう。
その浅ましさに蔑みながら笑う。
「人類の敵、ね」
そんな俺の言葉。下級貴族のバカにしたような発言に彼女達がイラついたように俺を見る。……悪いけど、俺もイラついているんだわ!!
「何がおかしいの!」
俺を睨み付ける彼女達を馬鹿にしたように、薄ら笑いを浮かべながら告げる。
「別に」
一歩、前に出る。
「闇属性を使うだけで敵扱いって随分と雑な分類だなと思ってさ」
その発言には彼女たちの方が驚く。そりゃそうだろう。光属性を善とする神聖光導教。こっちの世界だとサンクトゥス・ルクス・ヴィアっていうのか。それを敵に回す発言。普通なら絶対に言わない。だけど、既に俺は敵に回しているんでね。今更である。
「光属性が正義? なら、それを教皇様と同程度に使える俺が正義ってことかな?」
『ディヴァイン・スピリット』
詠唱を省略した魔法。それは万物を癒す魔法であり、戦闘で付けれらた傷すらも治す、癒しの最上級魔法。聖女ならびに教皇様しか使えない魔法を俺は使用する。
驚いたように俺を見つめる彼女達。その表情からはもう、侮りの色は見えない。
「そういえば、自己紹介がまだだったな」
俺はわざとらしく、ふっと余裕のある笑みを浮かべて告げる。
「元アルヴァディア公爵家嫡男、現ヴァルディス男爵家当主レオニスだ。よろしく」
その言葉を聞いて、彼女たちはたじろぐ。最強の15人の12位に位置する圧倒的格上に。なにより……少女のためならば、どんなものも敵に回す悪名高い存在に畏怖をしていた。
膝を奮わせる彼女たち。それに対してもう少し脅せば失禁するだろうか?なんて思う。目の前で彼女達の下腹部から滴り落ちる水滴。恥ずかしそうにスカートをぎゅっと抑え頬を赤らめてこちらを見つめる表情。そこまで想像して、いらないな~と思う。
ほしいのはそう言うのじゃないし。そう考えて口を開いた。
「用がないのなら、さっさとここから去ってくれる?」
少しだけ威圧するように魔力を解放する。すると、彼女たちは、後悔しても知らないからと言い残してその場を去っていった。目の前で一番虚勢を張っていた彼女が、少しスカートの裾をぎゅっと一度抑えたのを俺は見逃さなかった。
さて、これでようやく一安心して、彼女と話せる。そうやって後ろを振り向くと、少女もすでにこの場に居なく、校舎の方に歩き出していた。
(……え!?)
待て待て待てと、俺は慌てて彼女を追う。だって、未だに濡れたままの扇情的な姿で歩いているのだから。
「待って、そこのキミ。その格好はマズいって!!」
そう声をかけるのに止まらない。……なんで!?俺の方が何故か焦ったように、気が動転している。
「その、悪いけど魔法を使わせてもらうよ」
そう伝えても、目の前の少女が歩みを止めることはなかった。少し悪いと思いつつ、細心の注意を払って彼女に魔法を使う。少女の服を乾かすように、風属性と火属性を合わせて、魔法を発動させる。
瞬間的に彼女は、温かい風がふわ~っと吹き上がり、服から水分を飛ばしていく。彼女を一切傷つけ蹴ることが無いように、扱ったその魔法を受けて、彼女は初めて目に光を宿した。
けどそれも一瞬のことで、変わらず彼女は歩いていく。なんとも不思議な少女だな……なんて思いながら少女が去るのを見つめていた。




