第12話 どんな職業も究極的にいうと、相手を見ることで成り立つよね?
そして、三時間後。図書館に戻ってきた瞬間、ぱたぱたと小さな足音が近づいてきた。そこにいるのは、小さく頬を膨らませた姿のアイラがいた。そのまま、俺の足をぽかぽかと叩く。
「お姉ちゃんの説明、わかりにくかった」
拗ねた声を出しながら、さらにもう一度、軽く叩く。
「読んで」
あまりにも分かりやすい不満に、思わず息が漏れる。
(……かわいい)
いや~、小さい子がぽかぽか殴るのって、可愛らしいよね。まったく痛くなく、むしろ彼女の柔らかな手の感触が伝わってくる行為。振動は心地よく、マッサージを受けている感覚に近かった。
……はぁ~、癒されますわ~。と心に充足感が湧いてくる。それは、彼女の可愛らしい行動は勿論。俺自身を求めてくれるという事実の満足感も加わっていた。
「はいはい」
そう応えながら、軽くしゃがんで頭を撫でる。柔らかい髪が指に絡む。いつもなら、少しは穏やかな表情になる彼女は、それでも、まだ頬がふくれたままだった。
……完全には許してないらしい。これは4冊目まで読まないと期限が直らないだろうな……。そんな免罪符を手に入れた俺は、アイラのためを思って、5冊読むことにする。いや、決して俺がこの子の魅惑に負けた負けじゃないよ。
この可愛らしい少女を、長い間膝の上に乗せたいとかじゃなく……そう!責任を取ってね。読むんだよ!!
そう言って内心で言い訳をしつつ、彼女を膝の上に乗せるべく席に移動をする。そこには当然、エリシアの姿もあった。少しだけ、ムッとしたような表情で俺を見つめる。
それはそうだろう。知識量もさることながら、彼女自身本をこよなく愛してきたはずだ。当然、好きなことで、俺に負けるわけはないと思っていた。けど、負けて悔しいし、何よりバカにされたように感じて怒っているのだ。
そんな、彼女にしては珍しい、思いっきり感情を出す対応に俺は笑う。やっと素の表情を見せてくれたと。アイラと出会わせて本当によかったと思った。まぁ、彼女からの視線はより鋭くなったけど……
でもね、別に俺は君より凄くないよ。ただ、出来ない人の気持ちが分かるだけだ。な~んて思いながら、俺はアイラに本を読み進める。最初は険しい表情をして、眉をひそめていたエリシアも、次第に俺の説明兼読書を真剣に見つめだす。そうして、5冊ほど読み終わる頃には、俺の事を少し興味深げに見つめる。
(……えっ、なに?)
その視線に戸惑うのは俺の方だった。なにか、可笑しい部分があったとか。誤情報を教えていた?少し不安になり彼女に問いかける。
「もしかして、いまの解説で間違っていた部分あった?」
「……」
「……えっと、エリシア?」
考え事をしていたのだろう。俺の声に気付いた彼女は、瞬きをしてようやく焦点があう。
「……いえ、解説は完璧でした」
「……そう」
"完璧"という曖昧な表現。それを珍しいなと見つめていると、ようやく俺は隣の少女の視線に気づく。少し呆れ気味のフェリシアの表情に。また、アイラを甘やかして……という風に若干、肩も落としていた。
……だって、仕方ないじゃん!だって、ここ最近アイラから離れて、俺も彼女と触れ合えてなかったんだもん。少しは彼女の温かな感触が恋しくなるじゃん!!この子の魅力に癒されたいじゃん!!!
そう内心で訴えると、何故か通じたようだ。柔らかい視線に変わる。そうなると惨めなのは俺の方で……うん、ごめんなさい。俺が悪いですと。素直に認める。
膝の上に座るアイラの方は、機嫌を既に直しており(4冊目で)、少し満足げに頷いた。
「……ありがと、レオニスにいに」
「満足したならよかった。……それじゃ、続きはまたエリシアに……」
そう伝えると、少し戸惑うように視線を揺らし、俯く。そして、ねだるように、俺を上目遣いで見つめ。瞳をうるうるさせる。
「フェリシアお姉ちゃんに頼んでも良い?」
そう尋ねてくる。……うっ、その表情は反則でしょ。丁度、俺と90度になる膝の位置。顔の距離も当然近くなるわけで。
「だめ?」
……俺はその視線に負けた。
「それでいいかな、エリシア?」
頼んだ手前悪いと思いつつ、尋ねる。が、彼女は既に他のことに夢中でこちらに気付いていない。……なら、いいのかな?判断し、傍にいる彼女を見つめる。
「じゃあ、フェリシア、頼んでも良い?」
「お任せください、ご主人様」
フェリシアは優しく頷き、了承する。彼女と俺は入れ替わるように、立ち上がる。そして、そのまま図書館を後にした。扉を閉めて、数歩。すぐ後ろで、開閉音がなる。
(……?)
アイラが何か言い忘れたのかな?そう考えて振り返った先に居たのは、エリシアだった。さっきまでの怯えた表情ではなく何かを決めたような、少し強い目でこちらを見つめる。
「……あのっ」
それでも呼び止める彼女の声は、まだ少し小さい。
「どうして、あんな風に上手に教えられるんですか?」
彼女自身の疑問。それは俺の教え方だった。そんなに旨いかな?と思いつつ、扉を開けたときの彼女の解説を思い出す。あぁ、凄く詳しく、全部を伝えようとしていたなと。
「エリシアってさ、伝える相手のことちゃんと見てる?」
「……それはどういう?」
これはきっと、彼女が踏み出す手助けになる。そう思いどう説明しようか迷いつつ言葉にする。
「教えるって言うのは究極、相手を見ることなんだよ。相手はどのくらい理解しているのか、どんな情報に今まで興味を示してきたのか。そして読んでいる時、どんな表情で聞いてくれているのかを常に確認する。それをエリシアはしていた?」
そう問いかけると彼女は驚いたように俺を見つめた。まぁ、俺の場合はアイラの可愛さを余すことなく見たい、彼女のことなら些細なことでも知りたいという欲求からくるものなのだからこそ自然にしている行為だ。まぁ、それをあえて言わない。
だって、言ったら流石に感心から蔑んだような目線に変わるだろうから。……まぁ、それもご褒美なんだけど。この言葉を聞いて彼女はどう思ったのか?そう表情を見ると、真剣な表情で一点を見つめながら、顎に手をやっていた。
その様子を見つめながら、俺は一応声をかける。
「それじゃあ、俺は行くね。また、用事があったら声をかけてくれると嬉しいかな」
その言葉に彼女は反応を示さない。既に彼女は思考の世界に入っているから。少し無防備ともいえる彼女の状況に、くすっと笑みが漏れつつ、俺は自分がやるべき事へと戻るのだった。




