第八話「河辺荒らし(かわべあらし)」
本日、7話と8話を同日更新しています。
こちらは8話です。
私は念のため、“体調不良”の間は宿の近くで過ごすことにした。
さすがに森にまでは行けなかったけれど――“何も”進まなかったわけではない。
*
あの日から、五日ほど。
私は清水宿の近くで、できることだけをして過ごした。
遠くまで行くのは難しかったけれど、宿の中や周辺なら、やれることはたくさんあった。
むしろ、そういう“細かいこと”を片付ける時間だったのかもしれない。
まず、ヘチマ水。
小鬼たちが宿に残されていた徳利を持って採りに行ってくれた。それを布で濾して、丁寧に煮沸する。
それに、にゃっぴーが“猫の手も借りたい”で抽出を早めてくれた甘草と紫根の成分を少しずつ混ぜる。
そうして出来上がったのは、私だけの特製化粧水だ!
「……よし」
手のひらに取って、頬になじませる。
うん。気分の問題かもしれないけど、かなり違う……気がする!
少なくとも、“何もできていない”感じはしない。
「久々の感覚だぁ……潤いが戻ってきてる!」
そして肌が潤ったら、即座に椿油を一滴程度、薄く塗る。完璧だ。
私は、異世界でもスキンケアができるようになったぞ……!
私が理性を取り戻して、コスメバーサーニャー(バーサーカー)から解放されたのを感じ取ったにゃっぴーが、近寄ってきた。
「もう“尊厳”は回復したにゃ?」
「した!色々ありがとうね、にゃっぴー!」
ちなみに、この特製化粧水は、現代日本の技術で作った物ではないので、どうしても“期限”が存在してたんだけど……
“水瓶座”の浄化効果の水は二十四時間で消滅する、という特性を利用し、一日一滴混ぜることにより、ほぼ半永久的な期限を獲得したのだ!
異世界ってすごい。素直にそう思った。
*
――その間にも、“蟹座”親方は黙々と働いていた。
まるで無口な職人みたいに、イスノキを削り、白樫や杉を整え、小鬼たちの護身用の武器を作っていく。
サツマには、あのままイスノキの木刀。
トヨシロとダンシャクには、黒曜石を穂先にした簡易の槍。
そして、ベニ、こまち、はるか、とうやには、短く持ちやすいトンファーを二組ずつ。
「攻めるため、ではなく、守るためです」
ヘレネがそう言ったとき、小鬼たちは真剣に頷いていた。
護身用の武器を携えた小鬼たちは、毎日のように森に採集に行ってくれた。
そして、日を追うごとに、小鬼たちは森の変化を持ち帰ってきた。
獣の匂いが戻ってきたこと。
鳥の鳴き声が増えたこと。
そして――小川に、魚影が戻ってきたことを。
*
……その際、こっそりと“親方”に、イスノキの端材を使った“櫛”も作成してもらった。
それを椿油でお手入れした特製の“櫛”にする。
これで、コンディショナー代わりにできる、ヘアケア用品も揃えることができた。
あとは……カミソリも欲しい。さすがに、料理用で使っている小刀は色々なお手入れには使えない。
どこかで手に入れなければ……!
*
また、この期間に“牡牛座”の一日に出せる“牛乳”の量を改めて確認するため、限界まで頑張ってもらった。これまでに、一日に必要な分を何度かに分けて出してもらったことはある。
だから――三回目の能力使用で薄々勘付いてはいたのだけど……使用する毎に乳牛さんの元気がなくなり、痩せ細って来ている。
一回目は元気に響いていた声も、四回目ともなると、痩せ方も顕著で息を乱しながらの鳴き声となってしまった。
さすがに良心が傷んだため……
「ヘレネちゃん、もうその辺りで大丈夫だよ。牛さん苦しそうだよ?」
と言って、やんわり中断を促したのだけど……
ヘレネちゃんは、珍しく若干取り乱していた。
「……絶対におかしいです。これ、ただの私の能力なんですよ?“射手座”の時も、おかしな反応をしてましたし……
いえ!これは、“そう”見えるだけで、私の能力には一切の翳りはありません!来なさい!“牡牛座”よ!」
「あぁ!ヘレネちゃんなんてことを……!」
なんて一幕もあった。もちろん出てきた牛さんの幻影はガリガリに痩せ細っており、声を出すのもしんどそうだった。
本当になんてことを……
*
そうこうしている内に、五日間があっという間に過ぎて行き――異世界に来て九日目の朝、ようやく“体調”が元に戻ってきた感じがした。
「……うん。もう、大丈夫」
そう言って立ち上がると、にゃっぴーがじっとこちらを見る。
「無理は禁物にゃ」
「分かってる。でも、今日からはちゃんと動けるよ」
うん、間違いなく、毎月の“体調不良”期間は過ぎたようだ。これで思いっきり動けるようになる。
広間に行くと、小鬼たちが待っていた。
サツマが一歩前に出る。
「ミコト。もり、かわった、ごわす」
「え?」
「けもの、すこし、もどった。かわ、さかな、いた」
そういえば、ちょくちょく森の様子が変わっていっていることを、報告してくれてたっけ。私は思わず顔を上げた。
「お魚……!」
さらなる、食事のレパートリーが増える可能性に、私のテンションが上がる。
ヘレネが静かに頷く。
「なら、確認に行く価値はありますね」
「うん……行こう。みんなで、小川に」
*
小川に着くと、本当に魚影が見えた。
浅い場所を、きらっと小さな影が動く。
「いた……!」
ちょっと感動した。
この小川にも、また命が戻ってきてるんだ。
とはいえ……釣竿も手網とかもないから、簡単には捕獲できない。
それなら、サモニャーの出番だ!
お魚獲りを手伝ってもらうために、“水妖”であるキヨちゃんに念話を飛ばす。“名付け”た妖怪への念話機能があるのは、自分の能力のためか、何故か理解出来ていた。
そりゃあ、そうだ。現地でしっかり生活している妖怪を呼ぶのだ。お手洗い中に、いきなり呼び出されても困るだろう……
(キヨちゃん、今大丈夫?)
(ミコト、なに?)
(今から、お魚を獲ろうと思うんだけど、私たちだけじゃ難しいんだ。手伝ってもらえないかな?)
(いいよ。よんで?)
(ありがとう、キヨちゃん!助かるよ!)
「キヨちゃん、来てくれるって!呼ぶから、少し私から離れてね!」
そういって、キヨちゃんが召喚されて来るであろう、間を空けてもらう。
「キヨちゃん、召喚!」
念じると、水がふわりと集まり、キヨが現れる。
(きたよー)
「うん!お魚、捕れそうかな?」
(やってみるね)
キヨが元気よく跳ねる。
ただ、小鬼たちが若干警戒している空気を感じる。
そういえば、キヨちゃんが“澱み”に侵されていたから、小川の水が飲めなくなったんだったよね……これは、私の配慮不足だ。
改めて、小鬼たちに呼びかける。
「この子は、キヨちゃん。キミたち小鬼と同じように“澱み”っていう“黒いもや”のせいで、おかしくなってたんだ。でも、私たちがしっかり浄化したから、元に戻ったんだよ?」
キヨちゃんも気付いたのか、水の玉みたいな形なのに、心なしかしょんぼりして見える。
(ごめんなさい……“よどみ”がまとわりついてから、よくまわりが、みえなくなっちゃってたの……)
キヨちゃんの言葉はサツマ以外には通じなかったようだけど、サツマがゆっくりキヨちゃんの前に進み出て伝えてくれる。
「おいも、おかしく、なってた、ごわす。おはんも、おいと、おなじで、ごわす。ゆるす、ごわす」
(うん……ごめんなさい)
そういって、仲間の小鬼たちにも理解を求めてくれた。……優しい子たちだ。良かった、この子たちを“元”に戻せて。
そして――空気が和らいだのを感じとったのか、他の小鬼たちもわらわらと集まってきた。
「よーし、せっかくだし私も頑張ってみるね!キヨちゃん、追い込みお願い!」
(うん、がんばるー)
キヨちゃんが、思いっきり体を伸ばして囲いを作り、徐々に範囲を狭めてくれる。
……これは……手掴みで獲る感じ?行けるか……?素人の私に!?
小鬼たちも、キヨちゃんが作ってくれた“囲い”に入ってきて、ばちゃばちゃと、楽しそうに手掴みでお魚を獲る。
にゃっぴーは岸で周りを警戒しながら、捕獲されていくお魚を爛々とした目で見ている。
……にゃっぴー……キミは、本当に見た目に引っ張られているね……
ヘレネも慈愛のこもった目で私たちを見守ってくれている。
なにか良いね、こういう時間も。穏やかだけど、賑やかで、楽しくて……最高の気分!
*
――そんなときだった。
ばしゃん、と大きく水が割れたような音がした。
私たちは一斉に、そちらの方向に振り向く。
そこにいたのは――どう見ても“河童”だった。
だけど、皿にはひびが入っていて、全身はぼろぼろで……水辺の妖怪のはずなのに、水を纏っている感じがまるでない。
その代わり、黒いもやが、薄く立ちのぼっていた。
そして――
「ギョェェェェ!!」
と、言葉にならない何かを叫びながら、こちらに向かってくる。
にゃっぴーが目を細めて、視線を合わせる。
「……河辺荒らし(かわべあらし)って見えるにゃ」
「かわべ……あらし……?」
河童じゃない。
河童が、“そうなった”何かだ。
私は咄嗟に、ヘレネちゃんに指示を出した。
「ヘレネちゃん、水瓶座!」
「えぇ――“水瓶座”よ、来なさい!」
清い水が“かわべあらし”に降り注ぐ。
“かわべあらし”は一瞬たじろぎ、体を震わせた。
皿のひびが、徐々に整ってくる。
そして……ぼろぼろだった身体つきも、少しずつ戻っていっているみたい。
けれど――
「……だめだ。まだ“黒いもや”が残ってる」
この子も、何か“差し迫った問題”があるんだ!
「ギョェェっす!ギョェっす!」
なんて!?
“水瓶座”の浄化で、若干だけど正気に戻ったのか、語尾だけは微妙に正気っぽい!
もしかして、見た目通りに、“キュウリが欲しい”とかが問題じゃないよね?さすがに持ってないぞ……と、撤退も視野にいれ始めた時――
そこで、すかさずキヨちゃんが通訳してくれる。
もしかすると、同じ“水”に属する妖怪なら、何が言いたいのか分かるのかも!
(この子、いってる。たたかいたい、って)
「戦いたい!?」
戦いたいっす!ってこと!?
語尾は後輩系のくせに好戦的過ぎる!
(ちがう……えっと……“すもう”)
「相撲?」
……そういえば、何かで見たことあるかも。
河童って相撲好きなんだっけ?
にゃっぴーが耳を伏せた。
「……なるほどにゃ。水辺でばちゃばちゃしてる僕たちが、相撲してるように見えたのかにゃ」
そういう!?そんな発想になるくらい相撲に飢えてるの!?それ、本当に“差し迫った問題”!?
……まぁ“相撲”なら、身の危険はないだろう。
ここはテレビで見たことがある、私の出番なのかな?私は袖を捲って、前に進み出た。
「じゃあ、ここはまず、私が――」
“かわべあらし”は、すっと私を見たあと、ぷいっと顔を逸らした。そして、しっしっと私を追い払うような仕草をする。
「えっ」
(ちがう、って)
「なにが!?」
しかし、やたらと腹が立つ身振りしてるな、コイツ!
(どひょうのうえは、にょにんきんせい、なんだって)
にょにんきんせい――女人禁制、ね。
このご時世にご苦労なことだよ……!と思ったけど、この異世界は、その古い“しきたり”を重要視している“時代”なのかもしれない……“差し迫った問題”解決のためだ。ここは引き下がろう……腹は立つけど!
――ということで、相撲勝負にこちらから参戦出来るのは、小鬼の男性陣のサツマ、トヨシロ、ダンシャク、とうや、そして……にゃっぴーになった。
猫さんに相撲とらせるの?と思ったけど、にゃっぴーはやる気のようだ。
「……では、さいしょに、おいが、いくごわす」
サツマと“かわべあらし”の勝負が始まった。よくルールを理解していないながらも、サツマは真っ直ぐに突っ込んで行き――そのまま投げられた。
「まけ……ごわす……」
さすがに、いきなりは勝てないか……
それから――トヨシロ、ダンシャク、とうや、と次々に勝負を挑み、負け続けていたけど……
徐々に“かわべあらし”の“澱み”が薄くなってきて、表情も落ち着いてきているように見える。
そして――満を持して、にゃっぴーが出陣する。
「次は僕が行くにゃ」
“かわべあらし”が明らかに困惑した。
男だけど、猫と相撲は有りなのか、と。
でも、勝負は勝負らしい。立ち会いが始まった。
にゃっぴーは小さい体を活かして、するり、ひらり、とかわす。
「おっ、いけるか!?」と思った瞬間――
どぼん。
「にゃーーーーっ!!」
普通に負けた!
それはそうだ……猫さんだもん。
でも、“かわべあらし”の“澱み”は、ほとんど見えなくなるくらい薄くなっていた。
これで一巡したので、改めてサツマが前に出てくる。
「……もう一回、ごわす」
ぶつかって、押して、踏ん張って。
なかなか勝敗がつかないくらいの、接戦になった。
でも、それで良かったらしい。
“かわべあらし”の体から、最後の“黒いもや”が、ふっと消えた。
キヨが弾んで言う。
(もう、だいじょうぶ!)
にゃっぴーが、“かわべあらし”に視線を合わせた。
「“河童”って視えるにゃ」
良かった。何事もなく無事に“浄化”が終わったようだ。
――その瞬間、いつもの“透明っぽい板”が目の前に浮かんできた。
───────
にゃっぴーのレベルが上がりました。
にゃっぴー:未確認スキルが2つ解放されました。
ヘレネのレベルが上がりました。
ヘレネ:双子座/蠍座が解放されました。
サモニャーの召喚スロットが拡張されました。
───────
「やっぱり、僕の能力は分からないのにゃ……」
「双子座……この能力を使いこなせれば……」
「うん、私のサモニャーの能力も強くなるんだね」
やっぱり、最初に見た“デフラグ”って、こういうことなのかもしれない。
にゃっぴーたちの内部データが整理されて、元々あった能力が浮かび上がる。
そのぶん、私の召喚スロットにも余裕が生まれる――たぶん、そんな感じだ。
次のレベルアップでも同じことが起きるなら、確信に変わると思う。
そして――“河童”が改めて、おずおずと近寄ってきた。
「申し訳ないっす!あの“黒いもや”が出てきてから、感情の制御ができなくなってたっす!」
と言って、頭を下げられた。
記憶が残ったまま、暴走している自分を制御できないのは、つらいよね。
「うん。謝罪は受け取ったよ。私たちで“澱み”を祓えて良かった」
申し訳なかったっす、と全員に頭を下げて回る“河童”を見て、改めて安心する。
やっぱり優しい子が多いんだね、この世界は。
そこで、にゃっぴーが提案してきた。
「ミコト、名前を付けるチャンスにゃ」
「あぁ、そういえばそうだね。ねぇキミ!少し良いかな?」
と言って、“河童”にこちらに来てもらう。
「ねぇキミは、お名前ってあるのかな?」
「……そういう特定の呼び名はないっす。他のみんなも同じっすね。特に不便は感じなかったっすけど……」
「良ければ、私に名前を付けさせてもらえないかな?そうすると、私の能力でキミを呼べるようになるの。これからも、私たちはキミみたいに困ってる妖怪をどうにかしていきたいんだ!協力して欲しい!」
私は直球で勧誘してみた。ぜひ、協力して欲しい。今回はキヨちゃんがいたから、“かわべあらし”の“差し迫った問題”が何か分かったんだ。
これからも似たような場面があるだろうし、協力してくれる妖怪が増えるに越したことはない。
「自分みたいになってる他の妖怪も、救ってくれるっすか?それなら、ぜひお願いするっす!自分も協力したいっす!」
と力強く宣言してくれた。
「よし、じゃあキミは……“カク”。カクって呼ぶね!」
その瞬間、カクにやわらかい光が降り注いだ。世界に“名付け”による同意が刻まれたようだ。
───────
サモニャー
スロット1:にゃっぴー LV.2(※送還不可)
スロット2:ヘレネ LV.2(※送還不可)
スロット3:キヨ(送還可能)
スロット4:空き
控え(“名付け”済み):サツマ(小鬼)、カク(河童)
───────
例のごとく、あの透明っぽい板も出てきた。
“カク”もしっかりと、控えに入ってくれたようだ。
「自分、今日からは“カク”っす!よろしくお願いするっす!」
カクが元気よく挨拶してくれる。喜んでくれたみたいだね。良かった!
……ちなみに“角界”から取ったお名前なのよ。そのまま過ぎるってツッコミはなしでお願いしたいね!
それから――
カクも含めて、一緒にお魚を獲り、その辺にあった木枝を“蟹座”に串状に加工してもらい、“水瓶座”で浄化して、お魚はその場で焼くことにした。
火は、もちろん“射手座”だ。
「……また火種係にゃ」
「でも今日は、かなり大事なお仕事だよ」
ヘレネちゃんに不満顔のケンタウロスおじさんを呼んでもらい、火を起こす。
お魚のウロコとはらわたを、宿に一本だけ残っていた小刀で丁寧に取り除き、串を刺して、岩塩を振り、火の回りに並べていく。
香ばしい匂いがして、みんなの顔が明るくなる。
「……うまい」
「しょっぱい」
「さかな、いい」
「文明にゃ……」
「焼いた魚は初めて食べたっす。うまいっす!」
「私も、焼いた魚を味わうのは初めてです。ですが……おいしいですね」
私も笑った。せっかくだし、にゃっぴーには一部を干し魚にしてもらう。
こうして、少しずつ。
清水宿のまわりには、ちゃんと“生活”が戻ってきていた。
――けれど、“紙”の残りだけは、待ってくれない。
戻ってきた生活を背に、私はそろそろ旅立つ必要があることを考え始めていた――




