文明の香り
本日は7話と8話の同日更新です。
翌朝。
客間から出て、身支度に向かう。
私たち三人は、昨夜から広間を小鬼たちに譲って、客間で寝ることにした。
小鬼たちも客間で家族毎に生活するのはどうかって提案はしてみたのだけど、まだ仲間全員で固まっていないと不安とのこと。
まぁそれはそうか。今までそうやって生活してたんだもんね。
湯殿に向かう途中で広間を覗く。小鬼たちが雑魚寝していて、寝息が小さく混ざっていた。
昨日まで“餓鬼”だったなんて嘘みたいに、静かで――ちゃんと、元通りになったんだって空気が伝わってくる。
「みんな問題なく、というか野生を忘れたかの如く、すやすやだね」
「まぁ、特に昨日までは大変だったからにゃ。今は渇きも飢えも満たされたから、しっかり寝て回復してるのかもにゃ」
「良いことです。これも私たちが頑張った成果です。しっかりと彼らを助けられた、と実感できますね」
……本当に、ね。怖いからって、逃げなくて良かった。これからも、私たちの手が届く範囲で、見知らぬ誰かを手助けしていこう。
*
身支度とお手洗いも終わって、改めて広間に戻る途中。
「今日は昨日に続いて採集にゃ。だけど……ミコト、少し顔色が悪いにゃ?」
「え?」
私は自分の頬に触れた。
いや、体調はそこまで悪くない……はず、多分。
ただ、昨日の恐怖とか、走った疲れとか、色々が“遅れて”来てる感じはあるね。
元の世界では、起こらないことばかり体験してるんだもの。そこからの怠さであれば良いんだけど……
もしかしたら――
ヘレネも気遣うように言ってくれる。
「ミコト、無理だけはしないでくださいね。今日はゆっくり“優先度が低いもの”でも集めましょう」
「うん……」
優先度は低いけど、必要なもの。
それは――スキンケア用品だね!
「尊厳案件」
にゃっぴーが即座にツッコむ。
「またそれにゃ」
「私にとっては必要だからね!」
ヘレネが一度だけ咳払いをして、牛乳を差し出してきた。
「まずは朝食代わりにどうぞ。タンパク質の摂取量は、お肌に直結しますから」
そうだね。ありがたくいただくよ。
ごく、ごく。
「……よし。行ける。今日一日は集めて、そして加工する日だよ。昨日採集した薬草や木も乾燥が必要なんだよね?」
「必要にゃ。でも時間がかかるみたいにゃ……まだ“痛いの”対策も採集するにゃ?」
「うん……それも、だね。痛み対策は有れば有るだけ助かると思う」
「じゃあ尊厳は最後でいいにゃ」
「最後はダメ。次点では間違いなく必要なの。私のモチベーション的にも!」
ヘレネが、静かに微笑んだ。
「両方大切です。では小鬼の皆さんの準備が終わり次第、日が高いうちに採集に向かいましょう」
*
森に入る。昨日と同様、湿気もあり、空気が肌にまとわりつく感じ。
にゃっぴーが先頭に立って言う。
「匂い、こっちにゃ。……あと、やっぱり虫が多いにゃ」
「うん。昨日より多くなってるような……」
私は虫が苦手だ。残念ながら、生理的に受け付けない。
そこで、にゃっぴーが得意げに言った。
「任せろにゃ。“猫の額”にゃ」
高くて細い音が、微かに耳の奥で鳴る。
途端に、周囲の虫の気配が薄れた。
「にゃっぴー、ありがとね!」
昨日、薄荷の採集はできたけど、清水宿の設備では抽出が難しいことが分かった。だから、抽出がどうにかできるまでは“猫の額”に頼るしかない。
「今日も切り替え運用で行こっか。虫が多い場所は“猫の額”。必要そうなもの見つけたら解除して“猫も杓子も”で確認。終わったらまた“猫の額”」
自分で指示しておいて、ふと、可笑しくなった。
猫系の慣用句だらけで、冷静に考えると意味が分からない。
「それで行くにゃ。昨日より時間も取れるし、臨機応変が良いにゃ」
後ろでヘレネがうなずく。
「合理的ですね。では、その方式で」
そして小鬼たちの中からサツマが、少し前に出た。
昨日よりさらに表情が落ち着いている。
「……おいも、がんばる、ごわす」
「薩摩弁が昨日よりしっかり使えてるね!すごいよ、サツマ!」
サツマがちょっと誇らしげに胸を張った。
「……汚染が進んでるにゃ……」
にゃっぴーくん、“汚染”ではなく“適応”って言ってくれない?
*
しばらく歩いたところで、にゃっぴーが立ち止まった。
「ここ、匂いがあるにゃ」
“猫の額”を一度解除し、にゃっぴーが“意識”して視る。
「あの、淡い紫色っぽい色の花が咲いてる草が……甘草にゃ」
その瞬間、私の脳内に雷が落ちた。
「カンゾウ!?グリチルリチン祭りにゃあ!!」
にゃっぴーを肩に乗せたまま、理性が振り切れてしまう。ヒャッハー!スキンケア成分にゃ!!
「ミコト!?顔が!だいぶ、アレな顔になってるにゃ!放送禁止にゃ!」
「ミコト!女子が、なんて顔をしているのですか!正気に戻りなさい!」
「だって、ここに来て初の異世界コスメの可能性なんだよ!?落ち着いてなんかいられないよ!」
私は自分でも訳が分からないテンションになっていた。
ダメだ、落ち着け。深呼吸だ。
ここにきて採集をミスする訳にはいかない。
「……よし……採るよ。丁寧に採る」
ヘレネが手際よく指示を出してくれる。
「根を傷つけないように。量はほどほどに。乾燥させて保存できる分だけ持ち帰りましょう」
にゃっぴーが言う。
「でも、ミコトの気持ちも少し分かるにゃ。甘いもの食べたいにゃ」
……そう来たか……にゃっぴーのおかげで採集できたんだし、そこはしっかり相談しようか。
にゃっぴーとヘレネは元がAIだからなのか、食べたところで、栄養にはならないとのことだ。
だけど、食べる楽しさを知ってしまったみたい。
抽出物が取れたら、今度“牛乳”にでも混ぜて温めたものを飲んでもらおう。
それから、私はとにかく丁寧に採集した。
昨日、採集したトウキとシャクヤクと共に、スキンケアにも、漢方“もどき”としても使えるからね。
今の私にとっては絶対に必要なものなのだ!
次は、椿があれば嬉しい。コンディショナーやトリートメント、乳液、クリームも無いらしいので、椿油をご所望なのだ。私の髪や肌が!
甘草も手に入れることができたし、あとは油分が揃えば最低限のケア用品は確保できる。
*
椿については小鬼たちが知っていたので、案内してもらう。良かった、椿が小鬼たちの記憶に残るような見た目で!
小鬼たちが先頭になって進み、あるところでサツマが木陰の方を指差した。
「……ツバキ、あっち、ごわす」
案内されて進むと、確かにそれっぽい木がある。
にゃっぴーが“猫も杓子も”で確認する。
「……椿にゃ。実があるにゃ」
「やったぁ!これで最低限の“尊厳”が回復する!」
ヘレネが落ち着いた声で言う。
「油は保存が難しいので、少量から試しましょう。抽出も簡易になりますが、やらないよりは良いでしょう」
「うん。この世界、ドラッグストアもないからね。自力で確保することが、こんなに難しいなんて……」
日本って本当に良い国だったんだなぁ……身に染みて実感したよ。
私はとにかく真剣だった。
この世界で生きるには、自力救済が必要なんだ。
それは食料もだけど、薬やコスメにも当てはまる。
*
それからさらに、紫根、ムクロジ、ヘチマも見つけることができた。
ムクロジの実は天然の石鹸のようなもの。私たちがここを離れたとしても、小鬼たちの衛生面で役に立つだろう。
そして残念ながら、この場ではヘチマ水の採取まではできなかったけれど、場所は分かった。
小鬼たちが後で採ってきてくれるらしい。
“オカシラ”が必要なら、と張り切ってくれた。
……なんか申し訳ない……生存に必要なものではなく、ただ私が欲しいだけなのよ……
また、追加でシャクヤク、トウキ、イスノキ、白樫、スギも“射手座”で送れるだけ送って、残りはみんなで分担して持って帰ることにする。
ちなみに、イスノキは小鬼たちでは加工できなかった。硬過ぎて無理、とのこと。
ごめんよ……“蟹座”がスパスパ切っていたから、加工が簡単なのかと……
*
清水宿に戻ったのは、お昼も過ぎた辺りだった。
何事もなく戻ってこれた。それだけで気がゆるむ。
さぁ、ここからは加工の時間だ。
採集物を並べて、私は腕を組んだ。
「……問題は、ここからだね。乾燥させないと、使えないものが多い」
各素材の乾燥方法について、にゃっぴーとヘレネちゃんからアドバイスを受ける。
トウキの根は陰干し。
シャクヤクの根は洗浄後に陰干し。
カンゾウとシコンは洗浄後に天日干し。
椿は実から種を取り出して天日干し。
その他の木材や、一部のキノコも天日干しにするらしい。
どれも結構な時間、乾燥させる必要があるみたいだ。これでは簡易“痛み止め”は間に合わないね……
少し顔色を悪くしながら、とりあえずみんなで、それぞれの素材を適した方法で干し始める。
宿に笊が残っていて助かった。
そこで、何故かにゃっぴーが、甘草の根に前足を置いて、首を傾げている。そして、じっと見つめる。
「……なんか、進むにゃ」
「え?なにが?」
「乾くにゃ。早いにゃ」
私は目を丸くした。
にゃっぴーが素材を“ふみふみ”すると、見て分かるくらいに、根の表面の湿り気がじわじわ抜けていく。絵面は可愛いだけなのに、すごい!
「にゃっぴー、それ……もしかして新能力?」
にゃっぴーがちょっと得意げに言った。
「“猫の手も借りたい”にゃ。触ったものの“工程”が進むみたいにゃ」
「にゃっぴー、すごい!ありがとう!」
思わず、にゃっぴーを抱きしめてしまう。
これで“痛み止め”も間に合うかも!
にゃっぴーが、ちょっと鬱陶しそうに補足してくれた。
「……ミコト、ちょっと苦しいにゃ。ただし、成長の促進はできないみたいにゃ。加工や乾燥、発酵とかの“既に進むはずの工程”だけが進むみたいにゃ」
ふむふむ。なにか植物の種を植えて成長促進、即収穫みたいなことはできない、と。
でも乾燥だけでも十分助かる!
「じゃあ……薬草の乾燥、椿の実の下処理、木材やキノコの乾燥も全部できる?」
「できるにゃ。でも、飽きたらやめるにゃ」
「猫さんだね!」
にゃっぴーは、見た目完全に猫さんだもんね!
おそらく、見た目に精神が引っ張られている、ということなのだろう。
「お願い!いまは飽きないで!せめて痛み止めだけでも……!」
「圧が強いにゃ……」
と言いつつ、にゃっぴーは頑張ってくれた。
根が乾き、木材やキノコが乾き、椿の実の下準備が進んでいく。
これで、色々と必要な物が揃う。
何とか間に合いそうだ……
本当に、にゃっぴーさまさまだね!
*
その日の夜。
鍋が、ぐつぐつ鳴る。
乾燥させなかった方のキノコをしっかり“水瓶座”で洗ってから、早速絞った椿油で炒める。それから、水を入れひと煮立ちさせて、牛乳を加え、焼いた芋を入れて、岩塩で味を整える。
本来ならコンソメや胡椒も加えたいところだけど、ないものは仕方がない。
味はシンプルだけど、私には久しぶりの“文明”の味だ。何せ“こちら”に来てから芋と牛乳しか口に出来ていないのだから。
私はまず自分で、ひと口。
「……っ……」
鼻に抜ける香り。
温かさ。旨味、塩気、そして乳の甘み。
「……おいしい……」
間違いなく色々と味は足りてないけど、これは“料理”だ。
にゃっぴーが覗き込む。
「ミコト、顔が幸福にゃ」
「幸福だよ……。生きてるって、こういうことだよね。ほら、にゃっぴーもヘレネちゃんも飲んでみて」
にゃっぴーとヘレネも口をつけてすぐ、笑顔になる。
「なんかおいしいにゃ」
「えぇ、優しい味ですね」
それから、一応サツマにも差し出す。文化的に厳しいかもしれないけど、せっかくだからみんなで“料理”を分かち合いたい。
「サツマ、飲んでみる?」
サツマは明らかに警戒した。
小鬼たちは、キノコを“禁忌”としていたからね。
でもサツマは、決死の顔で椀を受け取り、ひとくち飲んでくれた。
ごく。
そして――
「……うまい」
その一言で、小鬼たちの目が変わった。
集まってきた他の小鬼たちにも振るまう。
「うまい」「あったかい」「しょっぱい」「いい」
片言だけど、ちゃんと感想が飛び交う。
……よかった。
小鬼たちの口にも合ったようだね。
小鬼たちは火打石を使って火を起こすこともできるみたいだし、これで“焼く”だけではない、“料理”にも興味をもってくれるだろう。
*
夜が深くなるころ。お腹が少し痛くなってきた。
そして――
「あ……」
ヘレネがすぐ気付く。
「……ミコト?」
私は、うなずいた。
「……来た、みたい」
痛み止めのお薬はない。
だけど、今は全くの“ゼロ”じゃない。
“水瓶座”で衛生面も問題ない。
乾燥させた生薬があるから、それを煎じれば軽い痛み止め効果がある薬湯くらいは飲むことができる。
ヘレネが、包み込むような声で言う。
「大丈夫です。まずは湯殿に向かいましょう。下着にも“自動修復”機能が付いていたのですよね」
私は、力なく笑った。
「……うん。申し訳ないけど、ヘレネちゃん“水瓶座”をお願いね」
急いで湯殿に向かい、ヘレネちゃんと一緒に色々と処置をする。
湯殿の湯気の中で、私はようやく少しだけ息を吐いた。“水瓶座”があるだけで、どれだけ救われているのか分からないね……
*
色々と終わらせて、客間に戻ってくると、すぐにヘレネちゃんとにゃっぴーが囲炉裏に向かって、乾燥させたトウキとシャクヤクを煎じてくれた。
「ありがとう、ヘレネちゃん、にゃっぴー」
にゃっぴーが、私の布団の端に丸くなる。
「ミコト、薬湯を飲んだら寝るにゃ」
ヘレネちゃんも今日は一緒に寝てくれるみたいだ。
「ミコト、不安なこともあると思いますが、私たちも一緒です。みんなで支え合って行きましょう」
私は少し苦い薬湯を飲んでから、布団に横になり目を閉じた。
不安なことは、まだある。
でも――今日、私は確かに元の日常を少しだけ取り戻せた。
明日以降もきっと、少しずつ取り戻せる。
そう信じながら、眠りに落ちた――




