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第九話「旅支度」

異世界生活、十日目の朝。

私は、起きてすぐにお手洗いに向かい、そこで残りの紙を確認した。


……うん。まだ、ある。あるけど……確実に減ってきている。

節約して使ってきたから、最初に思っていたよりは保ちそうだ。

それでも、残りはあと十日分ほど。

のんびり構えていられる数字じゃない。


「……よし」


私は紙を丁寧にしまって、顔を上げた。


「そろそろ、本気で旅立つ準備をしよう」


にゃっぴーが欠伸をしながら言う。


「ここも拠点として、使えるようにはなったけどにゃ。やっぱり出て行くにゃ?」

「そうだね。森には獣、そして小川にはお魚も戻って来てる。小鬼たちも、もう問題ないと思う。それに、キヨちゃんもカクもいる。だから――そろそろ旅立ちの時だね」


ヘレネも頷いた。


「えぇ。昨日“カク”を浄化できたことで、新しい能力も増えました。キリも良いでしょう。ある程度新能力の確認や旅立つために必要な物を揃えたら、旅立ちましょう」


もちろん、名残惜しくもある。異世界に来てから、私たちで整えてきた拠点だ。

だけど……いつまでも、ここには居られない。

紙の残量が主な理由だけど……そもそも何故、私はこの異世界にやってきたのか。その理由も知りたいからね。





まず、最初に確認するのは、ヘレネちゃんの新能力だ。昨日解放された“双子座”と“蠍座”。一体どういう能力なんだろう。ワクワクするね!


「では、“双子座”の検証から始めましょう」


ヘレネがそう言って掌を掲げると、その背中に、重なるようにもう一人のヘレネちゃんの幻影が現れた。

分身の術だ!ちょっとカッコ良い!

……いや、でもこれ、画像で見る“乱視”の見え方みたいだ。


「わぁ……目が疲れそうだね……」

「ミコトは、気にする部分が独特ですね」

「独特」


褒め……られてないね、これは!

改めて、ヘレネが“双子座”について説明してくれる。

双子座を使うと、今ある星座能力の性能が上がり、さらに二種類までなら組み合わせることもできるらしい。

ただ、実際に一度組み合わせるまでは、ヘレネちゃんでも効果が分からないとのこと。

すごい便利な能力だな!危険がない今のうちに、色々試してみなきゃね!





まずは、ということで、既に実績のある組み合わせで試してみることになった。


「融合せよ、“水瓶座”、“牡牛座”よ」


そして、現れたのは、水瓶を抱えた乳牛の幻影だった。


「うん……どういう効果なの?」

「……水瓶から、浄化効果のある牛乳が出せるみたいですね」

「それ別に水のままでも良くない!?」





次に、“水瓶座”と“蟹座”の組み合わせをお願いした。この組み合わせなら、有用な能力になってそう!


「融合せよ、“水瓶座”、“蟹座”よ」


……いつもの体高1メートルくらいの大きさではなく、少し大きい沢蟹程度の親方が、小さな水瓶を装備して現れた。

……効果の予測がつかない。


「ヘレネちゃん、この小さな親方はどういう能力になってるの?」

「持っている水瓶から、ウォーターカッターを噴出させ、より細かい切断ができるようです。例えば、宝石のカットや刃物の錆び落としなどですね。もちろん、動物には使用不可です」


とりあえず、小鬼用に保管してあった黒曜石の欠片を渡してみた。

親方は、それを軽く見回した後、ものの数分でブリリアントカットにして、私に差し出してきた。


「あ、ありがとうございます。“蟹座”親方……」


いや、これすっごいな……

めちゃくちゃ脆い黒曜石すら、こんな細工できるんだ……小さくなっても、親方は親方だね。

職人みが強い。





さらに、別の組み合わせも試してもらう。


「“射手座”と“牡牛座”の組み合わせも気になるね。良ければお願いしてもいい?」


こう、爆速で牛乳を届けてくれる牛乳配達おじさんが出てきそうだよね。傾向からみると。

ヘレネは眉をしかめながら言う。


「なにか、嫌な予感がしますが……融合せよ、“射手座”、“牡牛座”よ」


虚空から幻影が現れる。


それは――下半身の部分だけ、乳牛になったケンタウロスおじさんだった。


いや、こうなってくるとケンタウロスではないし、おじさんでもない、ような……


とにかく、名状しがたい何かだった。

しかも、初手から涙目である。


「おぉ……あの……うん……」


私は何とコメントして良いのか分からず、反射で目を逸らした。


「ミコト。目を逸らしてはダメですよ」


ヘレネの声は、やけに静かだった。


「いや、だって」

「これはあなたの“罪”なのです」

「「!?」」


私とおじさんが同時に振り向いた。


「しっかりと目を開いて見なさい!この世の不条理を煮詰めたような存在を……!」


おじさんの涙が決壊した。


「ヘレネちゃん!?何て言い方してるの!止めたげてよぉ!」


にゃっぴーがぽつりと言う。


「そもそも、どういう効果の幻影にゃ……」


郵便配達の能力はそのままで、届ける“荷物”に栄養価が上乗せされるらしい。

意味が分からない……

まぁ、何かの拍子に、食料を送る可能性もあると言えばあるからね。その時が来たら頑張ってもらおうかな……その時が来たらね!





「では、次に“蠍座”ですね」


乳牛おじさんは、なかったことにされた。


「“蠍座”の能力は、一言で言えば“鍼治療”の能力です」


ふむふむ。効果は慢性痛の緩和、自律神経の調整、血行や代謝の改善、免疫力・自然治癒力の向上、さらにはアンチエイジングにも効果がある、と。

効果を表すためには、最低でも十分間は治療が必要で、完全な効果を求めるのなら、一時間は必要らしい。


そして、やはりその尾針を使って治療してくれるとのことだ。


……蠍にガンガンに刺されている絵面になるのだけど……


さすがに、ここでは脱げないから、夜に試してもらおう。鍼治療は初めてだから楽しみだね!


「そして、意図的に針刺しミスをおこなわせることもできます」

「何の意味があるのそれ!?」


ただ痛いだけでしょ!?


「例えばですが……“敵”に対しても使える、軽い攻撃手段にもなり得るということです。地味に痛いと思いますよ?針を刺されるのは」


それはそうだけどね!

ちなみに“目潰し”には使えず、通常の鍼治療の範囲での使用に限られるとのこと。


“目潰し”に使うという発想が出てこなかったよ……





次に確認したのは、“召喚”でどこまで荷物を持ち運べるのか、だった。


(サツマ、来れる?)


少し間があってから、返事が返る。


(いける、ごわす)

「じゃあ、サツマ召喚」


ぽん、と現れたサツマは、両腕いっぱいに木の実や薬草を抱えていた。


「おお……ちゃんと持ってこられるんだ」

「でも、おいが、もてるぶん、だけ、ごわす」


なるほど。

つまり“物”を転送する能力ではなく、サツマ自身が持てるものを、そのまま持ってくるだけなんだ。


今度はカクにお願いして、小川で獲った魚でも試してみた。


「生きてるものは、本人以外は持ってこられない……って感じかな」


ヘレネが頷く。


「その解釈でよいでしょう。召喚は、あくまで本人をこちらへ呼ぶものですから」


つまり、召喚できるのは本人と、身につけている物、そして本人が持てる範囲の荷物だけ。

本人以外の生き物は連れてこられないらしい。


さらに、召喚は一日に一体、一回まで。

送還したら、その日はもう呼べない。


念話であらかじめ、持ってきて欲しいものを伝えれば、欲しいものも手に入る。

“名付け”できた妖怪さんが増えれば増えるほど、有利になる能力なんだね。





検証を続けていくのと同時に、旅立つための荷物もまとめていたんだけど、どうしても問題になったのが――量だった。

旅に必要そうなものを並べてみると、思った以上に多い。


「……これ、麻袋に詰めて持っていける?特に、化粧水みたいに徳利に入れてあるやつとか」

「徳利は、どう考えても無理ですね。諦めましょう」

「諦め……」


せっかく、潤いが戻ってきたのに……

私が絶望していると、何故かにゃっぴーが、荷物の山に前足を置いた。

その瞬間。一部の荷物が、ふっと消えた。


「え?」


私は目を瞬いた。荷物が一瞬で消えた。

にゃっぴー自身も、きょとんとしている。


「……入ったにゃ」

「何処に!?」


にゃっぴーが、何もない空間を前足でぺしぺしする。すると、さっき消えた荷物が、ぽん、と戻ってきた。


「えぇ!?」


視界の端に、例の“透明っぽい板”が浮かぶ。


───────

“あってもなくても猫のしっぽ”

追加ストレージのご契約は「こちら」

現在のご利用可能容量:2m³

※生物の収納はできません

※液体は容器に入っている場合のみ収納可

※時間経過あり

───────


「課金誘導があるんだけど!?」

「“あってもなくても猫のしっぽ”にゃ。簡単に言うとアイテムボックスにゃ」

「アイテムボックス!」


マジで!?これ……コスメ持って行き放題じゃん!ヒャッハー!



「僕が触れた物だけ、出し入れができるみたいにゃ」

「それでも、すっごい助かるよ!」

「かなり助かるにゃ」


ちなみに、“追加ストレージのご契約はこちら”をタップしても、何も表示されなかった。神様のイタズラかな?


そこからは、荷造りの時間だった。

ただし、何でも持っていけばいいわけじゃない。

小鬼たちの生活に差し障るほど持っていくのは違う。だから私は、必要最低限を何度も選び直した。


「……これと、あれも……いや、これはやっぱり要らないかな……?」


にゃっぴーが呆れたように言う。


「ミコト、化粧水と椿油を見つめすぎにゃ」

「だって絶対必要なものでしょ?」


というか、それを持っていったところで、小鬼たちの生活には差し障ることはないと思うんだ。

仮に椿油が必要であれば、森で採取できるからね。


最終的に、持っていくことにしたのは、乾燥生薬類、甘草抽出物、特製化粧水、椿油、櫛、布や小物、手桶、干した食材類、岩塩、小刀、紙、その他の必需品各種。

このくらいかな?良かった。コスメ持って行けて……にゃっぴーさまさまだよ!





その間にも、清水宿のまわりは少しずつ整っていった。

キヨは小川を見てくれる。

カクは水辺の様子を気にしてくれる。

小鬼たちは森へ入り、採集と見回りを続けてくれる。

気付けば、キヨとカクが小鬼たちに混ざって話している姿も、珍しくなくなっていた。


「……うん」


私は、その様子を見ながら小さく息を吐いた。

もう、大丈夫だ。森はほとんど元の姿を取り戻しつつあるし、小川には魚がいる。

キヨも、カクもいる。

小鬼たちも、もう“守られるだけ”じゃない。

清水宿は、ちゃんと回る。


……それに、いざとなれば念話も使える。何か困ったことがあれば、気軽に伝えてくるように言い含めておこう。





旅の足は、木組みの牛車になった。

“蟹座”親方が、黙々と木材を削り、組み、整えていく。それは、見た目以上に頑丈そうだった。

そして前簾(まえすだれ)は、宿に残っていた適当な布で代用した。


問題は、これを誰が引くかだ。……というか、アイテムボックスがあるなら、牛車って本当に必要だったのかな?なんで作ってもらったんだろう。


「そこで、“牡牛座”の裏技です」


ヘレネがそう言った瞬間、私は何とも言いづらい表情になってしまった。


「裏技……基本的に幻影が望んでいないことを、させるやつだよね?」

「まぁ、そうですね。望んでいないもなにも、ただの私の能力ですけどね」


幻影に感情があるっぽいことを、意地でも認めないんだね……

さっき、乳牛おじさんが泣いてたことをもう忘れたのかな?

ヘレネが“牡牛座”を呼ぶと、乳牛の幻影が、いつものように現れた。


「ここで、最初の鳴き声を止めます」

「モ――」


ヘレネが、すっと手を振る。


「――」


鳴けなかった乳牛さんが、項垂れて荷車の前に立った。


「うわあ……」


これ……やっぱり……


「この状態なら、牛車として使えます」


乳牛さんの表情を見てみると、若干物悲しい表情だった。

これ、絶対感情あるよね!

使える裏技なんだけど、絵面が悪い!


そして、条件もちゃんとあるようだ。

その日、使用できるのは、牛乳創造もしくは牛車モードのどちらか一方のみ。

もし牛車モードを選んだ場合、その日は牛乳の創造ができない。逆もまた然り、と。

牛車モードで進める距離は、一日三十kmまで。

やっぱり距離が嵩むほど牛さんは痩せる。



……その使えば使うほど、見た目に反映してくる仕様は止めてくれないかな……


「……うん。便利だけど、使いどころは選ぼう」

「そうですね。能力に一切の“翳り”はありませんが、外面が悪く見えますからね」


……そういうことじゃないんだよなぁ……





この三日で、新能力の検証、荷造り、小鬼たちの生活の確認など、色々と済ませることができた。


そして――異世界生活十二日目。旅立ちの前夜。


翌日は移動に“牡牛座”を使う予定だから、その日は牛乳を出してもらえない。

だから私は、前日のうちに必要な分だけ、限界まで牛乳を出してもらうことにした。


「ごめんね……本当に助かってるよ……」


本当に申し訳ない……

五回目の牛乳を出し終えた乳牛さんの幻影は、息が荒く、少し目が虚ろだった。


「ぜぇ……ぜぇ……モ……ォ……」


なんか、目を合わせづらい。


「牛さん、ありがとうございました!」


私は深々と頭を下げた。

目を合わせないようにしているわけではない!断じてない!





異世界生活、十三日目の朝。

牛車の確認をして、荷物を見直して、私は最後にもう一度だけ清水宿を見渡した。


サツマが前に出る。

トヨシロも、ダンシャクも、ベニも、こまちも、はるかも、とうやもいる。

キヨも、カクもいる。


「ミコト、いってらっしゃい、ごわす」

(ミコト、きをつけて)

「ミコト姐さん、いってらっしゃいっす!」

「うん。行ってくるね!」


まだ不安が、全部消えたわけじゃない。

でも、何ができて、何ができないかは、もうちゃんと分かった。

森はほとんど元に戻った。キヨも、カクもいる。

小鬼たちも、もう“守られるだけ”じゃない。

だから、私たちがいなくても、大丈夫。


……残る問題は、ただひとつ――紙の残量だけだ。

私は牛車に乗って、前を向いた。


「よし。行こうか」


清水宿を背にして、私たちはようやく旅立った。

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