第三十二話「里前での攻防」
少し肌寒くて、目が覚めた。
外は、しん、と静まっている。
畳敷きのおかげで、牛車での野営も快適だけど……やっぱり身体が強ばるね。
「うーん!」と、固まった身体を伸ばしていると――
「ミコト、おはようにゃ」
「ミコト、おはようございます」
「にゃっぴー、ヘレネちゃん、おはよう」
相変わらず、二人は起きるのが早い……というか、野営する時はほとんど寝ていないのかもしれない。
……シロは私の近くで丸まったまま。シロも相変わらずだね。
「二人とも、ありがとう。よく眠れたよ」
「それなら良かったにゃ」
「では、ミコト。朝の支度を」
私は「うん」と言って牛車から出るために、前簾を開け――
「さっむ!」
すぐに前簾を閉めた。
「……ミコト、もしかして冬の地域で野営してるって忘れてたにゃ?」
そうだったね……間の宿では、ずっと妙さんの宿でお世話になってたから、この地域での野営は初めてだった。寝起きで頭がぼーっとしてた。
「あんまりにも、牛車の中と気温が違いすぎてね……完全に目が覚めたよ」
「牛車内は、私が“牡羊座”で温度調節してましたからね。なので牛車内の気温は十五度から二十度くらいになっていましたが……外の気温は約一度です」
「一度!?」
そんな……!その寒い中、外に出て洗顔とお手洗いを!?
私は戦慄した。
「……ヘレネちゃん、私が外で支度する間は、“牡羊座”を使っててもらっていい?」
「構いません。では、改めて支度に行きましょう」
覚悟を決めて牛車の外に出て、あれこれと支度を済ませた。
これは……さすがに厳しい。私は決断した。
*
支度を済ませて、牛車の中に戻ってきた。
朝の支度だけで分かった。
常冬の地域での野営は無謀過ぎる、と。
「……ヘレネちゃん、確か“山羊座”はどんな動物にも変身できるんだよね?」
「えぇ。現在の地球に存在している動物ならば」
「じゃあ……今日は寒い地域に住んでいる動物さんに変身してもらって、“鉄火”まで一気に進もうと思う」
私は、あまりの自然の過酷さに心を折られてしまったのだ。急いで人里に向かおう!
この地域での野営はもう十分だ!
「……あの一瞬で心が折られてるにゃ……」
「いくらなんでも早過ぎる気がしますが……ミコトですからね」
「それもそうにゃ。逆に安心にゃ」
おい、にゃっぴー。私の心が折れて安心ってどういうことだ。
「ふっ……なんとでも言うがいい。私は人里に辿り着くのが早くなるのなら――プライドなんて捨てるぞ!」
私は胸を張った。
プライドだけでは寒さは耐えられないのだ。
「言い切ったにゃ……」
「まぁ……ミコトですからね。では朝食は食べずに、このまま出発しますか?」
……どうしよう?身体も冷えちゃったし……。
「……朝ごはんは食べよっか。少しでも身体を温めた方がいいと思うんだ」
くっ!煮炊きのために、また外に出る必要が……!いや、“牡羊座”の火は、こちらの意思次第で、周りに燃え移ることはなかったよね?
牛車の前簾は完全に密閉空間になるわけでもないし、一酸化炭素中毒も避けられるな。
というか可燃物が燃えるわけでもないから問題ないか。
よし!牛車の中で料理をしよう!
メニューはどうしよう?
身体が温まる朝食に最適なご飯……昨日いただいた食材は……よし、玄米のお粥と白菜としめじのお味噌汁にしよう。
ある程度の保存がきく“霧凪”産の夏の食材、“秋瑞”から輸入された秋の食材、そして“鉄火”で生産されている冬の食材。
常冬の地域で保存しやすいということで、様々な季節の旬の食材が集まってくるこの地域は、寒さ以外は私にとって好ましい。
昨日のうちに鍋に入れて、たっぷりの水に浸しておいた玄米を、にゃっぴーの“収納”から出してもらう。
牛車の外に腕だけ出して玄米の水を切る。
確か、用意してた分は二合だったね。
“水瓶座”を使用してもらって、改めて水を二リットルほど鍋に入れ、塩をひとつまみ分入れる。
“牡羊座”を使ってもらって……その鍋を、毛が燃え盛っている子羊さんの背中に乗せる。
……絵面がひどいな、これ……
子羊さんが平然としてるから、まだ見れるけど……
さらに、にゃっぴーにもう一つ鍋を出してもらい、水を入れて子羊さんの背中に置かせてもらって、お湯にする。
“間の宿”で妙さんにいただいた、白菜としめじを水洗いし、再び牛車の外に水を捨て、一口大に切る。
……しばらくして……ぐつぐつと音を立てて、湯気が出ている玄米を底からひと混ぜし、その鍋をヘレネに持ってもらって、子羊さんの背中から少し離して弱火を維持。
もうひとつの鍋に白菜としめじを入れて軽く火を通して、一旦火から下ろす。
ヘレネと交代しながら弱火を保っていた玄米のお粥ができあがったので、火から下ろす。
再び白菜としめじの鍋を火にかけて、葱と鰹節が練り混んである味噌玉を放り込んで、かき混ぜて――完成!
その頃には、シロも目が覚めたみたいで、お行儀よく、ちょこんと座って待ってくれている。可愛い。
「はい、できあがったよ!玄米粥とお味噌汁。これなら身体も暖まると思う」
「美味しそうにゃ」
「寒い地域なので、これは有り難いですね」
「きゅきゅ!」
みんなの分をよそってから、私も食べ始める。
ふーっと息を吹きかけて、少し冷ました玄米粥を口に運ぶ。うん、暖まる。
玄米はぷちぷちとした食感が楽しく、噛めば噛むほど自然な甘さが口に広がる。
お味噌汁はインスタントに近いものだったけど、白菜としめじの食感がよく、塩気もいい感じで美味しい。
味噌玉を使ったのは初めてだったけど、これは便利だね。現代みたいに顆粒タイプの出汁がないから、これは助かる。
みんなでふーふー、はふはふと朝食を食べ終わったら、手早く食器類を“水瓶座”で洗って後片付けを行う。
「ミコト、ご馳走様にゃ」
「ご馳走様でした」
「きゅきゅきゅ!」
「はーい、お粗末さまでした」
これで、しっかり身体も暖まったし、カロリーも補給できたね!
あとは……このまま“鉄火”まで一直線で行こう。
「じゃあ、ヘレネちゃん。“山羊座”をお願い。“鉄火”に近付くにつれて雪も深くなるはずだし……トナカイさんで」
「えぇ、それで間違いないでしょう。では……“山羊座”よ、来なさい」
すると……虚空から上半身は山羊、下半身は魚という、不思議な姿をした幻影が現れて……徐々に実体化していく過程で――トナカイの姿になった。
「おぉ〜!こんな感じで変身するんだ!」
「今のように変身に少し時間がかかるので、状況に応じて予め変身させておく方が良いでしょう」
そうだね。戦闘中に、今の変身時間を待つ余裕がない場合もあるだろうからね。
早速トナカイになった“山羊座”と牛車を繋げて、牛車に乗り込む。
「よし、じゃあ“山羊座”さん、“鉄火”までお願いね!雪が積もったりして、道が分かりづらいと思うけど……」
「そこは大丈夫です。“山羊座”は私に準じる程度の知能があるので……蹄から伝わる感触から、道かどうかを判断できます」
「それはすごい!“山羊座”さん、疲れたら教えてね。よろしくお願いします」
私はそう言って“山羊座”を撫でた。
“山羊座”はこくこくと返事をするように頭を上下に振り……安定した速度で走り出した。
「すごい……“牡牛座”と速度が全然違う……」
「当たり前です。“牡牛座”の牛車モードはあくまで“裏技”でしたから」
“牡牛座”にはずいぶん無理をさせていたってことだろうね……
牛さんに感謝の念を捧げつつ、軽快に流れていく景色に意識を集中させた――
*
お昼を少し過ぎた頃――
遠目に人里らしきものが見えてきた、とヘレネから報告を受けた。集中すれば、“山羊座”と視界のリンクもできるらしい。
“牡牛座”であれば、もう一日か二日はどこかで野営する必要があったんだけど……やっぱり乗り物を引っ張る専用の動物さんだと、段違いに早いね。
それに……実際の動物とは違って休憩の必要もないという。それは目的地にも早く着けるというものだ。
何とか今日は野営は免れそうだ、と安心していると……にゃっぴーが目を細め、警戒しだした。
「……止まるにゃ。危険度“大”にゃ」
「え!?こんな里の近くで!?」
「“山羊座”よ、ゆっくり止まりなさい。……特に辺りには何も気配を感じませんが……強いて言えば、遠目に見える里の門前辺りに、人影が見えます。“黒いもや”――“澱み”は、出ていないように感じますが……」
「でも、“澱み”に侵されていないなら、イザナミ様の神託で……私たちに危害を加えないようにって、聞こえてたはずだよね?」
「……それを無視してでも襲ってくる理由があるのかもにゃ。ミコト、念の為に杖を持っておくにゃ」
にゃっぴーが杖を“収納”から出して渡してくれる。
さすがにこの段階での戦闘は予想していなかったのだけど――意識を切り替える。
「……ここで襲われるってことは鬼人族が相手かもしれない。どういう理由があるのか分からないけど……召喚も済ませておこうか」
まだ距離がある今のうちに、戦闘もできる子に念話を送って了承を得る。
さて、無事に切り抜けられれば良いけど……。
それに時間を稼ぐだけでも、里の中からの救援も期待できる。神託巫女に、イザナミ様からの神託が下りるだろうからね。
気負い過ぎないように行こうか――
───────
「さて、損な役割を任されてしまったね。正直に言うと、僕は気が進まないのだけど……」
「はっ!“悪路”、今さらだな。神様からの依頼だ。気合いを入れな!」
「“紅葉”……分かってるよ。彼女たちがどれほどの修羅場を潜っているのかは、分からないけど……これから先も問題なく進むことができるのか、確認しないとね」
もちろん、手加減はするけど……ここでの評価によっては、“鉄火”に留まる期間を長く見積ってもらわないといけない。
さあ――始めよう。
───────
「向こうも、僕たちが警戒してるって気付いたみたいにゃ。こっちに向かってゆっくり進んで来てるにゃ。牛車から下りるにゃ」
私たちは牛車から下りて、静かに待ち構える。
にゃっぴーは私の五メートルほど前の位置、ヘレネと召喚した三人のうち一人は私の隣に、一人は背後に伏せる。最後の一人は牛車の中でシロと一緒に見守っていてくれる。理由は寒いから外に出たくないんだって。まぁ、牛車の中からでも余裕で補助することができるってことらしい。さすがだね!
「……こっちに向かって来てる二人とも、虎級にゃ」
にゃっぴーの能力、“猫にもなれば虎にもなる”の現状の上限値の強さってことね。
ヘレネは“山羊座”を羆に変身させて、にゃっぴーの隣に配置。
今回は基本的に私、にゃっぴー、ヘレネの三人だけで対応してみようと思っている。
実際に、一番こういう戦闘行為に慣れる必要があるのは私たちだろうからね。
それに……私の召喚はゲームみたいに、“自分の都合”で誰かを召喚できる能力ではない。しっかりと相手の同意を得て、来てもらう能力なんだ。
もし……誰も召喚に応じてくれなかったら?当然、私たちだけで対処しなければならない。
だから、色んな人が召喚に応じてくれた“今”が戦闘経験を積むチャンス。
保険は幾重にもかけているから問題ないはずだ。
というか、その保険すら超えて来るような相手ならば……私たちの旅はここでお終いだろう。
そうして布陣を整え終わると同時に、こちらに向かって来ていた二人のうちの片方――女性の鬼人族らしき人影が、こちらに向かって走り出した。
そして――途中で大きく飛び上がり……その勢いのまま、振りかぶった拳を叩き付けてきた。
「“獅子座”よ」
「にゃおぉぉぉぅん!!」
どんっ!と大きな音が響き、女性の拳と“獅子座”のシールドがぶつかり合う。
そしてシールドからガラスが割れるような高い音が響き――
「うおぉぉっ!なんだこりゃあ!」
衝撃が返ってきた女性は大きく後退させられ――すかさず、ヘレネが“魚座”を使って、鮫のぬいぐるみで追撃する。
どごんっ、と大きな衝撃音が響き――
「おぉう!?」
当たりどころが良かったのか、女性は十数メートルも弾き飛ばされていった。
また、その一瞬で女性の“鑑定”を終えたにゃっぴーが首を傾げていた。
(……?“紅葉”、にゃ?)
にゃっぴーから念話が飛んできた。
「それって……鬼人族の里の禰宜、神託巫女の両親の名前じゃない?」
どうしてそんな人が襲ってくるの?
「ミコト、今は戦闘に集中してください」
……ヘレネちゃんの言う通りだ。事情を聞くのは制圧した後でもできる。
そうしていると……弾き飛ばされた女性と、もう一つの人影が合流した。
よくよく観察してみると……女性は身長百八十センチメートルほど。歳は二十代後半くらいにしか見えない。鬼人族の女性特有の二本の細い角を生やしていて……癖のある髪質の紅髪を無造作に伸ばしたロングヘア。気の強そうな猫目で瞳の色は金色。綺麗な紅葉の柄が入った着物を格好よく着崩している。
そして、どことなく……妙さんと顔が似ている気がする。
そして、もう一方は鬼人族の男性だ。やはり額の中央から伸びた一本の太い角を持っていて……身長は百六十センチメートル超えてるくらい?私と似たような身長。鬼人族にしては珍しく小柄な体型だ。
髪型はウルフカット……箱庭世界の男性陣に流行ってるんだろうか……。イッシキさんとは異なり、こちらはそのまま髪を長く伸ばしていて――後ろ髪の根元辺りを布で括り、尻尾のようにしている。年齢は二代前半くらいにしか見えず、穏やかそうな顔付き。
服装は裃はきっちりと着こなしていて、手には木刀を持っていた。
それから……見たことがないレベルのイケメンだ!
そして――この男性は“特に”油断ができない相手だと思う。
何故なら……女性が“獅子座”で後退させられた時も、そして“魚座”で弾き飛ばされた時も、その様子を具に観察していた。
それだけなのに何故か、ヘレネの能力を“完全に把握されてしまった”ような――そういう不気味な感覚があった。
私がその凸凹男女を観察していると、男性の方から声がかかった。
「お初にお目にかかります。貴女がミコト様ですね?」
「えぇ、そうですけど……なぜ、こんなことを?」
「申し訳ありません。僕たちにも事情があるのです。それに、貴女方がどこまで戦えるのか……僕も試したくなってきました」
男性はそう言って、好戦的な笑顔を浮かべた。
……単に、鬼人族が戦闘を楽しむ種族ってだけなのかも……。
「おぉ!悪路がやる気になるのは珍しいなぁ!あたいも気合いを入れて行くか!」
その発言を聞いたにゃっぴーが男性の方を視た。
(……“悪路王”って視えるにゃ)
再びにゃっぴーから念話が飛んできた。
ということは……やっぱり神託巫女の親御さんか。
どういう理由があるのかは分からないけど……油断はできない。イッシキさんが言っていた、鬼人族の中でも別格と言われるほどの二人が相手なんだ。
「ふぅ……やるしかないんですね?胸をお借りします。“悪路王”さん、“紅葉”さん」
私がそう言うと……二人はニヤリ、と笑った。
「そこまで把握されているのなら、遠慮は要らねぇな。鬼人族の里“鉄火”の禰宜、紅葉だ。どこまでできるのか……試させてもらうぜ」
「同じく、鬼人族の里“鉄火”の禰宜、悪路王。推して参る」
*
最初に動いたのは紅葉さんだった。
“山羊座”に無造作に近寄ってからの一撃。
羆に変身した“山羊座”が、上から覆い被さるように紅葉さんを制圧しようと動いたんだけど――
紅葉さんは、軽く振りかぶった拳を“山羊座”目掛けて振り抜いた――と、同時に“山羊座”がこちらに向かって吹き飛ばされてきた。
「「「んなっ!」」」
私とにゃっぴー、ヘレネが同時に驚く。
嘘でしょ!?今の“山羊座”って五百キログラムはあるような巨体なんだよ!?それを……そんな軽く振った拳で吹き飛ばすって……!
「うん。今のは減点です。いくら紅葉の膂力がすごいからって……敵から意識を逸らすなんて――」
吹き飛ばされてくる“山羊座”に隠れるように追走してきた悪路王さんが、木刀を腰だめに構えていて――
「くっ!」
咄嗟にヘレネちゃんが“魚座”を当てようとしたけど、ひらり、と躱されて……そのままぴょんっと“魚座”の上に飛び乗られてしまった。
なんて身のこなし――
「それは先程見せてもらいました。紅葉を弾き飛ばした能力ですね?今の動きで弱点も分かりました。“これ”は正面から当てないと意味を成さない能力のようです」
悪路王さんは、“魚座”に立ったまま静かに続ける。
「僕が“これ”の側面から近づいていたにも関わらず、わざわざ正面に向け直して当てに来ましたよね?つまり、“これ”が効果を発揮できるのは――正面から当てた時のみ、でしょう?」
確かに、“魚座”は正面衝突させないと効果を発揮できないし、側面や上部はただのぬいぐるみと変わりないって仕様だけど――
この刹那でそこまで把握されたのか……!
「ミコト……!」
「おっとぉ!アンタの相手はあたいさね!」
にゃっぴーは紅葉さんの相手で忙しく、こちらに来ることができない。
小さな身体に“虎”の力を宿したにゃっぴーは、紅葉さんに負けはしなくても……その場に釘付けにされていた。
これは……私たちだけで相手をするには、力不足のようだね。
私たち三人だけで戦えるのは、ここまでか……。
早速だけど、切り札の一枚を切る。
「祭ちゃん!」
「……うむ。今代の鬼人族の禰宜はここまでの強さなんじゃな……どれ」
その時、私の近くで伏せていた祭ちゃんが動いた。
幻術で無数の蛇を出現させ、悪路王さんに向かって放つ。幻術の蛇は空を地であるかのように這い進み、悪路王さんに向かって殺到する。
悪路王さんはさすがに足場が悪いと思ったのか、“魚座”から飛びすさって地に降り、そして――悪路王さんの木刀を持った手がブレた。
風切り音が重なったような鋭い音が鳴り――
その瞬間、無数の蛇が雲散霧消する。
……数え切れないくらいの蛇を……あの瞬きの間で、全て切り払った?しかも木刀で?
「……その容姿と剣術の冴え……“茨城童子”の系譜かぇ。あっちのおなごは“鬼童丸”の系譜とみた」
「おや?僕たちの祖父をご存知とは……噂には聞いておりましたが、貴女が“英雄”冴様ですか。これは……こちらが胸を借りる側のようですね」
悪路王さんの雰囲気が変わった。
背筋に冷たいものが走る。
それと同時に……これから本気での戦いを始める、という意識になったのか、鋭い目つきで祭ちゃんから目を離さない悪路王さんは、イケメン度がさらにアップしていて……あまりに芸術性の高い容姿に、私は驚いていた。
すっごいイケメン……握手会とか開くだけで、簡単にお金儲けできそう……。
私が一瞬、どうでもいい妄想に取り憑かれていた時には――祭ちゃんと悪路王さんの戦いが始まっていた。
祭ちゃんは蛇や火の玉、礫を幻術で生成して悪路王さんに向かって矢継ぎ早に飛ばし――悪路王さんはそれを淡々と切り払っている。
――祭ちゃんと互角?
いや、祭ちゃんは私を守るような動きをしていて……若干、不利のように見えた。
「祭ちゃん、私は大丈夫!“あの子たち”もついてるから!」
私がそう声をかけると、祭ちゃんは頷いて……悪路王さんに向かって、三メートル大の人型の幻術を生成して、攻撃を始めた。
あれは――ダイダラボッチの幻影!?
祭ちゃんの“思い”が籠っているのか、悪路王さんは、その幻影を簡単に切り払うことができないみたい。
ダイダラボッチの幻影の拳と、悪路王さんの木刀が鈍い音を立てて何度もぶつかり合う。
そして、その間に悪路王さんから距離をとった祭ちゃんが、手指で複雑な印を結んだ。
祭ちゃんから凄まじいプレッシャーが放たれる。
その圧に何かある、と思ったのか悪路王さんが大きく後退し、距離をとった。
祭ちゃんは、その隙にダイダラボッチの幻影を消すと……静かに言った。
「……これが、今の婆の全力じゃ。無理にどうにかしようと思うでないぞ。どうにもならぬと悟ったら……すぐに逃げるんじゃ――“箒星”」
祭ちゃんがそう言った瞬間、急に空に影が差した。
ふと、上を見上げると……巨大な岩――隕石のようなものが落ちてきている。
……祭ちゃん……やり過ぎだと思うよ、さすがに。
確かにゆっくり落ちて来ているから、悪路王さんであれば避ける、というか範囲外に逃げるのは容易だと思うけど……一応、手加減はしてるんだろうね。
「いやはや……これが、“英雄”冴様の全力……こんな状況に陥るんだったら、“本来の武器”を持ってくれば良かったな……だけど――ここは一矢報いさせていただこう」
私が悪路王さんに視線を向けると……さっきまで“箒星”の当たる範囲にいたはずなのに――
如何なる歩法を用いたのか、足音一つ聞こえた時には、悪路王さんは、すでに私の目前まで迫ってきていた。
あ――もう、木刀の間合いに――
「ミコト様!」
「ミコト!」
「“獅子――」
ヘレネが咄嗟に“獅子座”を使おうとしたけど、間に合わ――
「そこまでだ。俺様を抜かずに“玉”は取れぬぞ」
その瞬間、私の背に隠れていた身の丈三十センチメートルほどの“リュウ”が、周りの“水気”を集め、悪路王さんを拘束した。
さらに、拘束された悪路王さんの周りを、無数の“猫の形をした炎”が取り囲んだ。
私の危機を感じ取ったのか、牛車の中にいたミケちゃんが“火気”を使ってくれたようだ。
「これは……!蛟様と……火車様か!降参する!」
悪路王さんが大きな声で宣言した。
その宣言と同時に、祭ちゃんも隕石の幻術を解いて……ほっと息をついた。
どうやら、戦いは終わったようだね……良かった。本当に死ぬかと思ったよ……
*
結局、伏せ札であった五行妖怪の二人にも頼ることになってしまったけど……何とか事態は終息した。
「あっはっは!なんだ悪路、負けたのかよ!」
何故か、紅葉さんは嬉しそうにそう言って、悪路王さんの肩をばしばしと叩いている。
悪路王さんは苦笑しながら、されるがままになっているようだ。
「そりゃあ、ね。英雄殿どころか、蛟様に火車様まで出てこられたら……負けるに決まってるよ」
……こちらだって――
祭ちゃんもいたのに、五行妖怪の札まで切らされるとは思ってもみなかった……。
にゃっぴーやヘレネちゃんが護衛能力に目覚めて、さらに私の意識だってしっかり変わっているはずなんだけど……まだまだってことなんだろうね。
「……それでは……事情を聞かせていただけますか?何故、私たちに向かって攻撃を仕掛けてきたんですか?」
「そうだったそうだった!その説明はしっかりしないとな!」
「とはいえ、もう日も落ちる時間ですし……一旦、里に入って落ち着いてからにしましょう。ご案内します」
「……そうだな。いきなり攻撃を仕掛けたあたいたちは信用できないかもしれねぇが……“伊邪那美命”様からの依頼だったんだ。すまなかったね」
「僕からも謝罪を……申し訳ありませんでした」
二人はそう言って頭を下げてきた。
……まさかのイザナミ様案件……。
「じゃあ、ついてきてくれ。里に入ろう」
「ここまで全力で戦うって思ってなかったからなぁ……僕も疲れちゃった」
二人はそのまま、私たちに一切警戒することなく背を向けると……里に向かって歩き出した。
「はぁ……詳しくはまだ分からないけど……イザナミ様の所為だったんだ……」
「これはしっかりとミコトに文句を言ってもらわないとにゃ」
「えぇ、ミコト。神へのクレームは任せましたよ」
「その、私なら神様への文句を簡単に言えるだろうって、無駄な信頼はやめてくれない?」
私はそう言ってひとつ溜息をつくと――悪路王さんたちの背を追って歩き出した。
あ、牛車……。
やっぱり一旦牛車に戻って、急いで“山羊座”を繋ぎ、悪路王さんたちを追いかけた――




