第三十話「雪の中の出会い」
身体が熱くて目が覚めた。
……これは、間違いなく風邪を引いている……
喉が痛い……。
額には絞った手拭いが乗せられていた。
ふと、首を回して周りを確認すると、心配そうな顔をしたにゃっぴーとヘレネちゃんが目に入った。
シロは……まだ寝てるみたい。
「ミコト、目が覚めたにゃ?」
「少し首筋に触れますね」
ヘレネちゃんがそう言って、首にひんやりとした掌を当ててくる。ひんやり感が気持ち良い……やっぱりくすぐったい!
「……やっぱり熱が出ているようですね。症状は何かありますか?」
「うん……喉が痛いくらい?」
声を出してから気が付いたけど、ついでに声も少し枯れてるね。
「完全に風邪を引いていますね。とりあえず今日はこのまま一日寝ていなさい」
「それが良いにゃ。“妙”に伝えてくるにゃ」
「“たえ”って?」
「昨日、対応してくれた女性の名前ですよ」
……そういえば自己紹介すらしていなかったね……風邪で頭がぼーっとしてたから、すっかり忘れていた……
「あとで、お礼言わなきゃね」
「えぇ、そうしなさい」
「じゃあ、ちょっと行ってくるにゃ」
にゃっぴーはそう言って、部屋から出ていった。
「……ミコト。今回の件は、本当に反省してくださいね?」
「はい……ごめんなさい……」
そこには、はしゃいで風邪を引いてしまって怒られる、成人女性の姿があった。
……うん……客観的に見ると、いたたまれない状況だよね!
私が改めて、こんな状況になったことを自省していると……にゃっぴーとタエさんが部屋に入ってきた。
「ミコト様、お粥をお持ちしました。食べられそうですか?」
「はい、食欲はあるみたいです。……それと……自己紹介もせず、申し訳ありません。“比良坂 命”です。よろしくお願いします」
「ふふっ、大丈夫ですよ。では、改めまして……妙と申します。“絶妙”の“妙”と書いて、妙です」
その一瞬、にゃっぴーとヘレネちゃんが微妙な顔になった。なんだろう?
「妙さんですね。お粥、ありがとうございます。いただきます」
起き上がってお粥を受け取ろうとすると……ヘレネちゃんが受け取り、そのまま木匙に掬って私の口元に持ってきてくれた。
「ほら、ミコト。あーん、しなさい」
「……あ〜ん……」
……年齢も年齢だし、恥ずかしい思いもあったけれど……それ以上に嬉しかった。
施設を出てからは……風邪をひいただけで、こんなことしてくれる人もいなかったな……
そうやって食べさせてもらっていると……部屋の外から、呼びかける声があった。
「おーい、恩人様は大丈夫か?」
「やっぱりお風邪をひいてらっしゃるみたいなので、今日はこのまま休んでもらう予定です」
「そうか……俺は仕事に行くから、しっかりと養生してもらってくれ」
「はい。あ、見送りに出ますね」
「いや、大丈夫だ。そのまま恩人様の様子を見てやってくれ。では、行って来る!」
「はーい!行ってらっしゃい!」
声はそのまま遠ざかっていった。
昨日の鬼人族の門番さんっぽい声だ。心配して見に来てくれたのかな?
私が疑問に思ってることが分かったのか、妙さんが答えてくれた。
「あ!そちらの自己紹介も必要ですね。ミコト様を連れて来てくれた男性ですが、私の夫なんです。名前は“絶”と言います。“絶妙”の絶です」
……絶妙夫婦……
失礼ながら、少し笑いそうになってしまった。
だからさっき、にゃっぴー達が微妙な顔になったのか……
「……あ、その……そうなんですね。後で絶さんにもお礼を言っておきます」
何とか笑いを堪えて応えると、妙さんが笑いながら言う。
「笑っていただいて大丈夫ですよ?もう、このやり取りをするのが、私たち夫婦の定番になっているのですから」
……自分たちの名前を、笑いを取る定番にしないで欲しい……反応に困る!
*
翌々日。
昨日の時点で風邪はほとんど治まっていたのだけど……念の為、ということでもう一日養生して、体調は完全に回復していた。
「……よし。もう大丈夫!今日は出発しようか!」
風邪を引いてしまったけれど……三日も文明を堪能できたので、私は元気いっぱいだった。
「風邪を拗らせなくて良かったにゃ」
「えぇ、本当に。ヒーニャーの術を、ミコトが自身にも使えれば良かったのですが……上手くは事が運びませんね」
軽い風邪を治すことができる“小清浄の祈祷”も、自分自身に使うことができなかった。
理由も何となく分かる。
“回復の祈祷”もそうだけど、自分自身に使えたら、実質代償なしで使いたい放題だからね!
「きゅきゅっ!」
シロも私が回復したのが嬉しかったのか、しきりに脛にすりすりしてくる。可愛い。
私はシロを抱き上げて肩に乗せた。
「シロも心配してくれて、ありがとうね!」
シロの小さな頭を撫でると、顔に身体を擦りつけてくる。くすぐったい。
囲炉裏がある広間に向かうと、“絶妙”夫婦がご飯を食べていた。
……お邪魔してしまったかな……
立ち上がろうとした妙さんを止めて、改めてお礼を言う。
「妙さん、絶さん。このたびはご迷惑をおかけしました。色々とありがとうございます」
深々と頭を下げる。
私が反復横跳びをしてしまったために、大変なご迷惑を……
「いえいえ!そこまで気にされなくて大丈夫ですよ。風邪を引いてしまうくらい、誰にでもあることなのですから」
「しっかりと治ったみたいで良かった!“酒呑”も心配していたからな!」
「しゅてん、さんですか?」
誰だろう?
「そっちの自己紹介も、まだだったか。ほら、猫又族の女門番がいただろ?アイツの名前だ。酒を呑むと書いて“酒呑”だ。……俺たちの始祖とも言える存在から取ったものらしい。俺らには絶対に真似出来ない所業だな」
そう言って、絶さんは笑った。
お酒好きっぽい雰囲気だったけど、そのままのネーミングなのか……しかも、絶さんの言い分的に“酒呑童子”が由来っぽいよね……。
猫又族のセンスがすごい。
「あぁ、猫又族のお姉さんですか……出発する前には、お礼を言っておきますね」
「もう出発されるのですか?」
「あの……朝ご飯をいただいたら……出発しようかなって……」
お仕事前の団欒中に、本当に申し訳ない……。
私が気まずそうに言うと、妙さんは笑いながら準備をしてくれた。
「あはは!大丈夫ですよ!では、一緒に食べましょう」
夫婦の団欒にお邪魔しつつ、朝ご飯をいただいた。
*
朝ご飯を食べた後、色々と準備を整えた私たちは、“鉄火”に向かうための門の前に集まっていた。
わざわざ、皆さんに見送りに来ていただいている。
「それではミコト様、風邪にもお気を付けて」
「シュテンさんも、心配してくれてありがとうございます。……お礼と言ってはなんですが、皆さんにこれを差し上げますね。イッシキさんからいただいた物資の中のお酒です。……私はお酒を飲めないので」
多分、寒い地域に行くことになるから、気を遣ってもらったんだろう。
だけど……私には、アルコールへの耐性が一切ないんだ……。
いただいた物資の横流し行為に、微妙な気持ちになりながらもお渡しすると……大変喜んでもらえた。
「ありがとうございます!わぁ、これ“霧凪”産の最高級のお酒じゃないですか!私の一ヶ月分の給与が飛んじゃうほどの!……他の猫又族には見られないように隠して持って帰らねば……!」
「おぉ、ありがたい!」
「ミコト様、ありがとうございます!」
うん……お酒好きしかいない面子だね!
あと、シュテンさん。服の中に無理やり一升瓶を突っ込んでるけど……丸見えですよ……。
お酒のためには、羞恥心すら捨て去るシュテンさんに若干引きながら、牛車に乗り込む。
「それでは、行ってきます!」
「行ってらっしゃいませ〜!」
「行ってらっしゃい!」
「おぅ、義姉夫婦によろしくな!あ、それと……“鉄火”までの道で最近、恐ろしい顔をした女に追い回されたって事件が多発しているようだから、それも気をつけてな!何かあったら、ここまで戻って来い!」
「情報ありがとうございます!」
姉夫婦?
それと……その事件は追い回されただけなのかな?
まぁ、実際に被害が出ていたら、もう少し詳細な情報を伝えてくれるよね!
「じゃあ一応、警戒しながら進もう」
「そうするにゃ」
「そうですね。では、“牡牛座”よ、来なさい」
今日も今日とて、幻影が望まない裏技を使ってもらう。そろそろ、この辺りもどうにかしたい……
*
“霧凪”方面とは打って変わって、冬景色の中、道を進む。ところどころに薄らと雪が積もっていて、サラサラとした粉雪が舞っていた。
……巫女服の上から夜着を纏ってはいるんだけど……寒い!
申し訳ないのだけど、シロにはマフラー代わりに首回りに居てもらって、にゃっぴーを掛衿から巫女服の中に入れて胸元に装備する。
「……ミコト。暖を取りたいのは分かるんだけどにゃ……これだと、咄嗟の時に動けないにゃ」
にゃっぴーから、文句が来た。
けれどもにゃっぴーがそこから動く気配はない。
……にゃっぴーも寒いんだね……
でも、そう言われたら……警戒する必要がある情報もあるし……
そうだ!ミケちゃんを呼べば良いんだ。
火車の能力なら物が燃えない不思議な火を使って暖を取ることが出来るはず!
早速、ミケちゃんに念話を入れる。
……よくよく考えると、五行妖怪を召喚するほどのことではないんだけど……寒いからね。仕方ない!
(ミケちゃん。召喚したいんだけど、大丈夫?)
(……ミコト?念話ってこういう感じみゅう。それで……なんであちしが必要みゅう?)
(……あの……“鉄火”までの道が寒くって……それで牛車の中を暖めて欲しいなーって)
(寒いのは嫌いだから、お断りみゅう)
(ええ!?ミケちゃん!?ミケちゃーん!)
(……)
まさかのガチャ切り!
「……ミコト、どうしたにゃ?」
私の様子がおかしいことに気付いたにゃっぴーが尋ねてくる。
「寒いから、ミケちゃんに来てもらおうって思って念話したら……“寒いから嫌”ってガチャ切りされた」
「元々は飼い猫だったということですから……」
「仕方ない、のかもにゃ……」
寒い地域だと、よほどの緊急時以外にミケちゃんを呼べないことが確定してしまった……
いや、さすがに緊急時は来てくれるはず……そうと信じたい。
サモニャーの意外な弱点が見つかり、感慨に耽っていると……にゃっぴーの耳がぴくり、と動いた。
「にゃ?……何か聞こえてくるにゃ」
「まさか……絶さんが言ってた女の人?」
一旦牛車を道の脇に停めて、外に出る。
いきなり強襲されるよりは、こちらの体制を整えた方が良いと思う。
シロを肩に乗せたまま、杖をもって道の先を見る。
にゃっぴーは、私を守るように前に出て騒動が聞こえてくる方向に耳を向け、警戒している。
ヘレネちゃんは掌を翳して、いつでも星座能力を使えるよう、身構えていた。
そうしていると――
白い小さな生き物の群れを追っている、白装束の人物が目に入ってきた。白く長い髪を乱しながら、必死に小さな生き物を追っている。
白い生き物たちは、私たちの方に向かって一目散に逃げて来ているみたい。それと……遠目にだけど、白装束の人物に“黒いもや”が立ち昇っているのが見えた。
“澱み”に侵された妖怪みたいだね。
「危険度“中”にゃ」
「あの白い子たちを助けよう。それと……追っている子も、ね」
「えぇ。“澱み”が原因でおかしくなっているようです」
私たちはそのまま動かずに待ち構えていると……白い子たちが、私の後ろに回り込んできた。
……めっちゃ頭が良いね。守ってくれそうな雰囲気でも感じたのかな?
「すねこすりって視えるにゃ」
「え!?もしかして雪国だと被毛の色が変わるのかな?」
シロはアルビノだったから、群れを追い出されたはず……だったよね?予想だけど……
多分、こっちのすねこすりは、雪の中でも目立たないような被毛になっているんだろう。
シロがいたところは常春だったから……白色の被毛は目立ち過ぎるもんね……
「……その子たちの詮索はあとにしなさい。……来ますよ」
ヘレネちゃんがそう言うと、時を同じくして鬼気迫る顔をした白装束の女性が走り込んできた。
少し息を乱しながらも……何故か一切の動きを止めて、私をじっと見ている。
……いや、違う。私じゃなくて……見ているのは、シロ?
私がそう気付くと同時に――その女性が急に襲いかかってきた。
「その子を返して……返してよぉぉおお!!」
あまりの急激な変化に驚き、咄嗟にシロを庇うような動きしかできなかった。
だけど――
「にゃっ!!」
にゃっぴーが体当たりで退かせ――
「“水瓶座”よ!」
ヘレネが清い水を降らせ、一旦場を整えてくれる。
情けない!やっぱり私は、こういう時にすぐ戦闘態勢を取れない……!
そう自省しながらシロを降ろして、杖を構えた。
「“般若”って視えるにゃ」
「般若、ね。何かに強い執着を持ってそうだけど……それが、シロ?」
「そこまでは分かりませんが……」
“水瓶座”によってずぶ濡れになった般若の方を見ると……幾分落ち着いた様子だった。
“澱み”も少し薄れてるみたいだし、今なら会話ができるかも……
「あの、すみません!どうして、この子たちを追っていたんですか!」
声をかけると……女性はゆっくりとこちらに近寄ってきた。
何があってもいいように身構えていると――
「わたしにも、分からないんです……失くした“何か”を探していたら……その子たちが目に入って……」
か細い声で応えが返ってきた。
良かった……会話できるようになったみたいだね。
それで……失くした物を探してる、ね。
「そうなんですね。詳しく事情を伺っても大丈夫ですか?」
「はい……」
幼少期に里の子どもたちと一緒に“何か”を作ったこと。“澱み”に侵されてから、何故かその時の楽しい思い出が蘇ってきて……その時に作った“何か”をずっと探していたこと。
結局、“何か”は分からないけど、白い小さな生き物に執着があったこと。
そして……シロを見た時に、より強い執着が溢れ出たこと。
そう、女性は話してくれた。
ふむふむ……子どもでも作れるもので、白いもの。
雪だるま?でも……白いすねこすりを追っていて……さらにシロを見て、暴走してしまった、と。
白色、そして……赤い目?生き物に近い造形?
周りを見渡すと、“南天の木”があちこちに生えていた。
子どもでも作れるもので、白くて赤い目の生き物っぽい“何か”。
これ、多分――
「少し、思いついたことがあるんだ」
近くに生えていた“南天の木”から、少しだけ“実”と“葉っぱ”を拝借する。
「それじゃあ――一緒に“雪兎”を作ろっか!」
*
“般若”さんと一緒に“雪兎”を作る。
雪を楕円っぽく固めて、南天の葉っぱを耳に、実を目に見立てて飾り付ける。
“般若”さんも、私の作り方を見ながら一生懸命に作っている。
そうしていると……徐々に“澱み”が薄れてきているのが目に入った。
良かった……正解だったみたいだね。
そして――
「出来上がりました……これです!これを探していたんです!」
「“雪女”って視えるにゃ」
“澱み”も完全に消えたようだ。
鬼気迫るようだった顔も元に戻ったのか、儚げな顔の美人さんが現れる。
“澱み”が祓えたことに安堵していると、お馴染みになった透明な板が目の前に現れた。
───────
にゃっぴーのレベルが上がりました。
にゃっぴー:未確認スキルが2つ解放されました。
ヘレネのレベルが上がりました。
ヘレネ:牡羊座/山羊座が解放されました。
サモニャーの召喚スロットが拡張されました。
───────
何だかレベルアップは久しぶりな気がする。
「また、不明……!あれ?今回は分かるにゃ。“猫の首に鈴をつける”?“A grin like a Cheshire cat”?」
「“牡羊座”と“山羊座”……これ、絶対にミコトフィルターがかかった能力になってますよね!」
にゃっぴーが分かるのは、もしかしたら……私が“CatBuddy”で使ってた機能だからかも。その二つは聞き覚えがある。アラーム機能とAR機能だね。
あと、ヘレネちゃんのはどんな能力か知らないけど、ミコトフィルターって言い方……
私たちが、あれこれ推察していると……改めて“雪女”さんが声をかけてきた。
「ありがとうございました……!“澱み”も消えたみたいです……!」
「助けになれたみたいで、良かった!」
「……ミコト、せっかくだし、“名付け”ても良いか聞いてみるにゃ」
「うん……そうだね」
“雪女”さんに、私たちの状況を軽くお話した。
「そんな大変な旅をされてるんですね……寒い地域くらいでしか、お役に立てませんが……それでも良ければお願いします!」
「ありがとう!……それじゃあキミは“六花”。六花ちゃんって呼ぶね」
六花にいつものように、柔らかい光が降り注ぎ――
───────
サモニャー
スロット1:にゃっぴー LV.4(※送還不可)
スロット2:ヘレネ LV.4(※送還不可)
スロット3:空き
スロット4:空き
スロット5:空き
スロット6:空き
控え(“名付け”済み):キヨ(水妖“清水”)、サツマ(小鬼)、カク(河童)、シロ(すねこすり)、祭(山姫)、リュウ(蛟)、唄(妖狸)、フウ(ぬりかべ)、ミケ(火車)、クゥ(海坊主)、二卦(猫又)、六花(雪女)
───────
世界に同意が刻まれて……透明な板が出てきた。
結構な大所帯になってきたね!
「ミコトが……ミコトのネーミングセンスが良くなってるにゃ!」
「……今日は早めに休めるところを探しましょう。……大雪が降るかもしれません」
にゃっぴーとヘレネちゃんが愕然としている。
おい、どこにびっくりする要素があった?
元々私のネーミングセンスは良いはずだ!
「六花……綺麗な名前……ミコトさん、ありがとうございます!」
「あ、いえいえ。気に入ってもらえたなら良かったよ。それで……この雪兎さんはどうする?」
このままであれば、結局失くなっちゃうよね。
「連れて帰ります……!常冬のこの地域であれば溶けることもないと思いますし……それに、わたしには物を冷やす能力もあるので……」
雪女っぽい能力をお持ちのようだ。それなら大丈夫だね!あ、せっかくだし――
「ねぇ、ヘレネちゃん。私が作った雪兎を“蟹座”親方にお願いして、リアルな兎に仕上げてもらっても良い?」
「それは構いませんが……」
「私が日本で見た絵画だと、リアルな兎の見た目だったんだよね、雪兎って。せっかくだから、それを再現したくなったの」
自分で作ってみたい気持ちもあるけど……手がかじかんでて無理っぽいんだ。雪は手袋もなしで触るものではないね。ミコト、学んだ。
緊張が解けて、改めて寒さを実感している私は、そう述懐した。
「では、“蟹座”よ。来なさい」
虚空から大きな蟹の幻影が現れ、私の作った雪兎を矯めつ眇めつし……やがて軽く頷くと、小刻みに鋏を動かし始めた。
相変わらずの技の冴え。私の無茶振りにしっかりと応えてくれる。さすが“蟹座”親方だ。
そうしていると……やがて完成したのか“蟹座”親方が深く頷いた。
……マジですっごいな……確かにリアルな兎って注文したけど……毛並みまで表現できるものなんだ……本当に生きた兎にしか見えない……
「……“蟹座”親方!これは芸術品です!ありがとうございました!」
深々と頭を下げる。
“蟹座”親方は、やはり一度深く頷き、そのまま虚空に消えていった。
この職人み……もう私の中では“蟹座”という能力ではなく、“親方”というカテゴリーに入っているよ。
六花ちゃんも目を丸くしているようだ。
「せっかくだし、この子も六花ちゃんにあげるよ」
「良いんですか!?やったぁ!」
とっても嬉しそうだ。
「そうだ!ここまでリアルなんだし、名前も付けてあげよう。う〜ん……“うさぴょん”で!」
すると――
何故か、“うさぴょん”が柔らかく光った。
「え?なに?いまの……」
「ミコト、今“名付け”を使わなかったかにゃ?」
「いやいや!そもそもその“使う”って感覚が良く分からないから……」
確かに妖怪さんに“名付け”る時は意識して、“名付け”てるけど……今回は何も意識してなかったから!
私が心の中で言い訳を続けていると……
“うさぴょん”が……ぴょん、と跳ねた。
嘘でしょ……マジで……?
私がドン引きしていると……六花ちゃんが大喜びしていた。
これは……おそらく、六花ちゃんの“澱み”に侵されてもどうにかしたかった想いや願いがあって、そして“蟹座”親方が魂を込めたかのように仕上げてくれた造形物ということ、それに私が“名付け”を行ってしまったことが原因という……複合要因から成ったこと、だと思いたい。
「わぁ!ミコトさん、すごいです!うさぴょんが動き始めましたよ!?この子、いただいて大丈夫なんですか!?」
「え……大丈夫だけど……むしろ六花ちゃんは大丈夫なの?」
そんな……よく分からない生命体?を連れて行って。
私は自分の所業を棚に上げて、六花ちゃんを心配した。
「もちろん大丈夫です!この子は私が立派に育てます!」
「そう……。じゃあ、お願いしようかな?」
“うさぴょん”をそっと抱き上げる六花ちゃんを見ながら、そう答える。
私の“名付け”の効力が上がってる……?
“鉄火”でイザナミ様に尋ねてみよう。
そして……そうだ。次は追いかけられていた白い子たちもどうにかしてあげないと。
私は次にしなければいけないことを思い出し、現実から逃げるようにそちらに向かった――




