第二十九話「夏……冬!?」
“霧凪”を出発した私は、フウと一緒に旅ができない寂しさを癒すため――にゃっぴーとシロを抱え込んで、ヘレネちゃんに抱きついていた。
「うぅ〜……本当は一緒に来て欲しかったけど……我慢したんだよ。でも、やっぱり寂しい……」
視界が涙で滲む。仲良くなった“家族”と離れるのはつらい。
「……ミコトは良く我慢したにゃ。フウの幸せを願ってのことにゃ」
「孤独だったフウが自分で“居場所”を見つけたのです。……良く、頑張りましたね」
「きゅきゅ〜……」
にゃっぴーが顔にすりすりしてきて、ヘレネちゃんからは頭を撫でられ、シロは顔をぺろぺろと舐めて慰めてくれる。
「ありがとう、みんな……そうだよね、フウの幸せが一番だもんね」
「……それと……言うか迷ってたけどにゃ……どうしても寂しくなったら、召喚すればいいのにゃ」
“フウはそういう理由でも、ちゃんと来てくれるにゃ”、とにゃっぴーが続けて言った。
……言われてみれば……
さすがに、今この瞬間に召喚するのは駄目だと思うけど……会おうと思えば、いつでも会えるんだ。
そう思うと少しだけ気分も持ち直してくる。
念話だって、いつでもできる。
いつも一緒にいるわけではないけど……これは永遠の別れではない。
「……そうだね。寂しがってばっかりも駄目だよね……」
「そうにゃ。それに……僕とヘレネだけは確実に一蓮托生で、一緒にいるにゃ」
「えぇ。私たちはずっと一緒です」
「きゅきゅーっ!」
「ごめんにゃ。シロも一緒にゃ」
抗議するように鳴いたシロをにゃっぴーが宥める。
少しだけ――いつも通りの空気が流れるようになった。
気を遣わせてしまってるね……
にゃっぴーたちを抱っこから解放して、改めて私は言った。
「うん、ありがとう。にゃっぴー、ヘレネちゃん、シロ」
「良いにゃ。そういう気分の時もあるにゃ」
「ミコトが気分を持ち直してくれたのなら良かったです」
「きゅっ!」
「……あと……これも言うか迷ってたけどにゃ……暑いにゃ。団扇を出すから離れて扇いで欲しいにゃ……」
……一蓮托生で、ずっと一緒にいるって言った家族に暑いから離れろとか言っちゃう……?
確かに改めて言われると暑いけど。
私はにゃっぴーを猫可愛がりして構い倒した。
「にゃー!暑苦しいにゃ!やめるにゃ!」
*
そうして少し気持ちを持ち直した私たちは、そのまま“間の宿”を目指して進んだ。
道中では“暑い”以外は特にトラブルが起こることもなく順調に進み――
“霧凪”出発から二日後の夕方頃。
道が石畳仕様になって遠目に建物が見えてきた。
ここから見える範囲では、“霧凪”と同じような構造に見える。中に入ったら違うのかな?
それに……“間の宿”を目前にしても気温も湿度も夏のままみたい。
夕暮れ時になっても生ぬるい風が吹いていて……周辺では“ひぐらし”が鳴く、カナカナ、という声が響いていた。
「……本当に、季節が切り替わるのが不思議になるくらい“夏”だよねぇ……」
「生で聞く“ひぐらし”の声は、やっぱり何か寂しい気持ちになるにゃ」
「哀愁がありますよね。生身を得ると感覚が違ってくるものなのでしょうか?」
……召喚者である私の感覚も反映されてそうだよね。
みんなでお喋りしながらも牛車は進み続け――
やがて、“間の宿”の門前に辿り着いた。
猫又族の門番の女性が、こちらに駆け寄ってくる。
……そういえば……書状とか一切もらってないな。
どうしよう、と一瞬焦ったけど――
その門番さんは笑顔で対応してくれた。
「ミコト様ですね?道中お疲れ様でした。宿の方は鬼人族が運営している側に用意してありますが……早速向かわれますか?」
もしかして、イッシキさんが伝令でも出してくれていたのかな?普通に受け入れられた。
それと……なんで鬼人族側なんだろう?イッシキさんから要請があったのなら、猫又族側の宿だと思うんだけど……
「あの……なんで鬼人族側に?」
「あぁ!そちらのご説明も必要ですね。イッシキ様より、私たちの側での宿の用意を伝えられていたのですが……鬼人族からどうしても“恩人”殿を歓迎したいと申し入れられまして……。もちろんミコト様の希望次第で、どちらでもお休みいただけるようになっています」
恩人?……ミケちゃんの“澱み”を祓えたことで、“火”が力を取り戻したから、ってことだったよね。
「恩人とまで言われると……」
「いえ、鬼人族もですが、私たちの恩人でもあります。火車様が元気になり、灯明堂も復活した、と伝令から聞いた時は正直に言うと……嬉しさが爆発してしまいましてね!いやぁ、お酒が進みましたよ!」
こっちでも宴会してたのか……
「それで、“何事か!”とやってきた鬼人族にもそれを伝えると……そちらでも歓声が上がりまして。あ、ご存知ですか?鬼人族はお酒にも目がない種族でお酒造りにも力を入れてるんですよ!……鬼人族が振る舞ってくれた秘蔵のお酒……美味しかったなぁ……」
……この門番さん、さっきからお酒の話しかしてないじゃん!どんだけ好きなのよ!
「おっと……申し訳ございません。それで……宿の方はどうされますか?」
「そうですね……この“間の宿”を少し回ってみたいので、時間をいただいても大丈夫ですか?イッシキさんから、面白い作りになってるって聞いて楽しみにしてたんですよ」
「もちろん、大丈夫です!そうですね。確かに他の“間の宿”と比べると特殊な感じになってますからね。では……この“間の宿”の“中心部”にも簡易的な門が設置してありますので、そこで宿についてお尋ねください。それで伝わるようにしておきますので」
「ありがとうございます!では通らせていただきますね」
「ようこそ、“間の宿”へ。歓迎いたします。“救い主”様」
門番さんはそう言って門を開いてくれた。
中に進むと……大通りに沿って長屋が建ち並ぶ、“霧凪”と似たような風景が広がっていて……遠目には門が見えた。あそこが境界なんだろうね!
「ねぇ、早速あの門の辺りに行っても良い?気になる!」
「僕も気になるにゃ。そこに行った後、少し回ってみて宿を決めるにゃ」
「そうですね。予想では鬼人族側の宿の方が料理は美味しそうです」
「どうしてそう思うの?」
「食料保存に関しては“冬”の方が適していますから。“霧凪”であれば新鮮な海魚を食べることができましたが……さすがにここでは無理でしょうし」
言われてみればそうだね。その分食料生産も難しいと思うけど……
いや、妖狐族の里“秋瑞”からの輸入があるか。
新鮮な海魚以外の夏食材、そして秋の味覚に冬の食材が集まる鬼人族側の“間の宿”……料理に期待が持てそうだね!
そのまま牛車で、人が行き交う大通りをゆっくり進む。基本的にこっちには猫又族しかいないみたいだね。
そうして進んで中心部の門が近付いてくると……門の奥の方には、“雪国で見かけるような合掌造りの家々”が見えてきた。
さらに薄らだけど雪が積もっているのが見える。
今歩いているところは三十度に近い気温のはず……なのにあの門を境にして季節が変わるんだ!
「すごい!門の奥、今感じてる感覚とは真逆のものが見えるよ!」
「確かに面白い作りになってるにゃ。半分ずつでそれぞれの気候に合わせてるみたいにゃ」
「これは楽しいですね。地球の平地では絶対に体験できないと思います」
「きゅー?」
シロはよく分かっていないみたいだけど……私たちの楽しい雰囲気を感じてるのか、楽しそうに見える。
門に辿り着くと……何故かさっき入り口にいた門番さんがいた。いつの間にか追い抜かれたっぽい?
イッシキさんも軽々と屋根上に飛び移っていたし、そういう……猫さん的なルートでもあるのだろうか?
「おや?ミコト様。早速こちらに来られましたか。今事情を説明していたところです」
近くには鬼人族らしき男性がいた。身長は百九十センチメートルほどで、筋肉量がすごい。そして額の中心から一本の太い角が生えている。
「おぉ!貴女がミコト様か!火車様の件を解決してくれてありがとう!おかげで鍛冶も捗るし、暖房も暖かさが元に戻ったぞ!」
鬼人族の男性は、豪快な声を上げ嬉しそうにしている。そこまで喜んでもらえてたんだね。
「いえいえ、とんでもない。皆さんが協力してくれたおかげですよ!……それで……ちょっとその“境界”を超えてみて良いですか?私が住んでいたところにはなかった現象なので、気になっちゃって」
「もちろん良いぞ!ようこそだ!」
そう言って道を空けてくれた。
私はわくわくしながら一歩を踏み出す。
すると――踏み出した足に感じるのは冬の冷たさ。
そのまま身体ごと、境界を超えると……全身に乾燥した冷たい風が吹き付けてきた!
……さっむ!でも、これすごい!
再び境界を戻ると、湿気を含んだ夏の空気。
「きゅ?きゅ!?」
私が抱っこしていたシロも不思議な感覚だったみたいで、驚いていた。
「これは……不思議にゃ。どういう理屈でこんなんになってるにゃ……」
「元々は地球の“AI”であった私たちには特に不思議に感じますね。こう……地球の法則とは全く原理が違う世界を体感すると……」
にゃっぴーとヘレネはしきりに首を傾げている。
まぁAIさんなら特に不思議に思うんだろうね。
人間は色んな物語を読んだりしてるから、そういう空想の世界に触れる機会が多いはず。だから、まだ理解がある方なんだろう。
そして……異世界の不思議に触れて、だんだん楽しくなってきた私は――
その境界で反復横跳びを始めていた。
「おぉ〜……寒い!暑い!寒い!暑い!……これすっごい面白い!」
真ん中に立つと半分夏くて半分冬い!
なにこれなにこれ!?
私が全力で楽しんでいると……周りからドン引きしたような視線が集まっているのに気が付いた。
どうして不思議を感じてるにゃっぴーにヘレネちゃんまでドン引きしてる側にいるのかな……?
異世界を十分に楽しんだ私は冷静になって、一旦咳払いをして仕切り直す。
「んんっ!……これは不思議ですね。初めての経験でした」
「……それは……良かったですね……」
「うむ……楽しんでくれたようで何よりだ……」
やっぱり引かれたまま、それぞれの門番さんたちから、気まずそうなコメントをいただく。
「……ヘレネ、ミコトって二十代だったよにゃ?」
「えぇ、そのはずですが……成人女性が人前で全力反復横跳びは……ちょっと……」
にゃっぴーとヘレネが沈痛な表情を浮かべて、こそこそ話し合っている。
おい、なんだその表情と言い草は。
大人が反復横跳びしたって良いじゃないか!
そう、私が反射的に反論しようとすると……夏側にいるのに寒気を感じた。
汗をかいて冬側に踏み込んだりしたからかな……?
「ミコト?何か……顔色が悪くないかにゃ?」
「うん……ちょっと寒気がして……」
「……さっきの夏冬反復横跳びで、自律神経が乱れた可能性があります。旅の疲れもでているでしょうし……もしかすると……そのまま風邪に移行するかもしれません。宿で休みましょう」
ふと空を見上げると、太陽はほとんど山脈に隠れていて……辺りは暗くなってきていた。
「それはいけませんね。ここからなら鬼人族側の宿の方が近いです。そちらに向かいましょう。案内をお願いします」
「うむ。こっちだ!ついて来てくれ!」
そう言って先導してくれる鬼人族の男性に着いて、牛車を進ませる。
いつの間にか……暗くなった空からは、はらはらと雪が舞い落ちてきていた。
やがて――一つの合掌造りの家に辿り着いた。
分厚い茅葺きの屋根。それに引き戸の入り口。
上を見上げると三階建てっぽくも見える造りだ。
鬼人族の男性はそのままノックもせず、戸を開け、中に向かって声をかけた。
「おーい!恩人様が来られたぞ!準備を頼む!」
奥から「はーい!」と女性の声が聞こえてきた。
「それじゃあ、遠慮なく入って休んでくれ。ここは重要な客人用の宿になってるんだ。
俺は一旦門に戻るが……体調には気をつけてな!」
「はい……ありがとうございました」
「ありがとうにゃ」
「ありがとうございました」
「きゅきゅっ!」
しっかりとお礼を言って、玄関で草履を脱ぎ、にゃっぴーの足を布で拭う。
どうやら板張りのお部屋みたい。そしてあちこちに引き戸が見えて、二階に登る梯子が設置してある様子が伺える。
そうしてきょろきょろと辺りを見渡していると……奥の引き戸が開いて、鬼人族の女性が出てきた。
やっぱり身長が高く百八十センチメートルくらい。筋肉質なのも男性同様。額の角に男女で違いが出るのか、鬼人族の女性はこめかみの上――髪の生え際の両脇から、一本ずつ細い角が上向きに生えていた。
「ようこそ、いらっしゃいました。……あら?顔色が悪いようですね。まずは囲炉裏の前で暖まりましょう。こちらへ」
その女性はそう言って奥に案内してくれた。
こちらもそのまま板張りになっていて……囲炉裏では火が焚かれており、その上には良い匂いのする鉄鍋が吊り下げられている。
女性は囲炉裏の周りに座布団を並べると――
「一旦こちらにお座りください。私は寝床を整えてきます」
そのまま別の部屋に入っていった。
囲炉裏の火が暖かい……だけど、少し寒気が強くなってきたみたい。
「ごめん……はしゃぎすぎちゃった……」
「ミコト、震えてるにゃ……寒いにゃ?」
「きゅ〜……」
にゃっぴーとシロが心配して寄り添ってくれる。
「これに懲りたら変な行動は控えるのですよ?」
「は〜い……ヘレネお母さん」
「……お母さんは止めなさい」
ヘレネちゃんが嫌そうな顔で突っ込みを入れる。
だって……お母さんっぽいんだもの。
……まぁ本当のお母さんってどんな感じなのか知らないんだけどね!
そうやってうだうだしていると、鬼人族の女性が戻ってきた。
「寝床も整えてきましたが……ご飯にされますか?それとももうお休みになられますか?」
「……お腹も空いているので、軽くご飯をお願いしたいです……」
せっかくの文明ご飯なんだ。どれだけ身体がキツくても、それだけは外すことができない……!
「ミコトらしいにゃ」
「少しでも栄養が摂れるのなら、その方が良いです」
「それでは、皆さんの分をよそいますね!」
女性が鍋蓋を開けると……鶏ガラ系の出汁の匂い。そして……ちくわっぽい形状の……これ、きりたんぽ鍋だ!
体調が悪いはずなのに、テンションが上がる!
「とっても美味しそうですね……!食材全部盛りでお願いします……!」
「ふふっ……えぇ、分かりました」
「僕もにゃ!」
「私も初めて食べる物なので、気になりますね」
「きゅ!」
木皿によそっていただいた具材を改めて確認する。
きりたんぽに鶏肉、ねぎ、ごぼう、舞茸、せり、と綺麗に透き通った茶色のスープ。
これは絶対に美味しいやつだ!
「いただきます」と言って早速箸をつける。
きりたんぽのつぶつぶ感が残ったお米の優しい味、鶏肉の滋味、それぞれのお野菜のシャキシャキとした食感。そして……出汁の鶏ガラベースのお醤油味。めちゃくちゃ美味しいし、身体も温まる。
「美味しいです!この……とにかく色んな味や食感が楽しめて……特にこのお出汁が美味しいです!」
「美味しいにゃ!きりたんぽが良い感じにゃ!」
「私もきりたんぽが気に入りました!」
「きゅーきゅっ」
シロはやっぱり鶏肉がお気に入りみたい。
「気に入ってもらえて良かったです!どんどんおかわりしてくださいね」
そう言っていただけたので、もう一杯お願いする。
そうやって二杯目のお鍋を食べ終わる頃には……旅の疲れもあって、眠くなってしまう。
「あら……ミコト様はもう眠そうにしていらっしゃいますね。食後のお茶を入れて参ります」
再び女性が広間を出ていく。
「ミコト、多分風邪だと思うにゃ。お茶をいただいたら、もう寝た方が良いにゃ」
「えぇ、そうですね。ついでに葛根湯があるか聞いてみましょう」
「うん……ごめんね」
私がうつらうつらしていると……女性が戻ってきた。
「お待たせしました。お茶と葛根湯もお持ちしました。本来なら、胃に物が入っていない時に服用した方が良いのですが……お茶を召し上がったら、寝床に案内しますので、そこでお休みください」
お茶と紙の包みを手渡される。
ゆっくりとお茶をいただいてから、寝床に案内してもらう。
寝床は畳敷きみたいだ。そこには既にお布団が敷いてあった。
「何から何まで、ありがとうございます……」
「いえいえ、こちらこそ。火車様の件で助かっておりますので」
「それでは、ゆっくりお休みください」と言って、女性は退室していった。
私は早速、布団に横になろうとして……ヘレネちゃんに止められる。
「ミコト、葛根湯を飲んでからにしなさい」
「そうだった……」
いただいた葛根湯を口に入れて、四十度の“水瓶座”を使ってもらい服用する。
うーん……便利だ。
そう思いながら、改めて布団に入る。
シロは私の枕元で丸くなった。
「それじゃあ、さっさと寝るにゃ」
「私たちが看病しますから、ミコトは回復に努めてくださいね」
「ありがとう……にゃっぴー、ヘレネちゃん」
私はそう言って目を瞑った。
まさか反復横跳びをして風邪をひいてしまうなんて……そう後悔しながら、熱っぽい身体から力を抜いていった――




