第二十八話「別れ」
異世界初、だと思うミルクアイスを作った翌日。
リュウにはしっかりお礼を言って送還した。
そして私たちは、次に向かう予定の鬼人族の里“鉄火”についての情報を集めるため、奥の間に来ていた。
“鉄火”は常冬だって話だからね。
ここ“霧凪”とは真反対の季節だ。やっぱり中間地点辺りで一気に季節が変わるのかな?
その異世界らしい変化の予想に、わくわくしながらニケちゃんとイッシキさんから話を聞く。
ちなみに、今日もフウはミケちゃんと一緒に遊びに行っている。フウにとって自分と同じ姿をした子たちとの交流は、思いのほか楽しいんだろうね。
「それじゃあ、“鉄火”について色々聞いておきたいんだけど……その前に“霧凪”での問題ってもう全部解決した?」
火車と海坊主の“澱み”は祓えたけど、念の為ね。
「ミケ様が復帰されてからは、遠くからでも灯明堂の火が確認できた、と聞いておりますみゃ」
「そして……そのおかげで一里以上先まで漁に行けるようになった。ミケ様が復帰されるまでは三町くらいが限界で、本当に漁獲量が厳しくなっていたんだ」
一里は約四キロメートルだと習った。にゃっぴーに。今度は“町”を習わなければ。
全く距離感が掴めない……
「さらに、だ。海坊主、クゥ様と交流がもてたことが大きい。灯明堂がある状態で漁をするのが初めてだった若い連中がいてな。調子に乗って遠くまで進み過ぎて、灯明堂の火が見えなくなったらしい。そこでクゥ様に助けられて、何とか戻って来れたようだ」
おぉ、それは良かった……クゥも本当は交流したかったのかもね。言葉が通じないから遠慮してたのかな?
「だから……もう“霧凪”の問題は全て解決しましたみゃ。ミコト様、ありがとうございましたみゃ!」
「ありがとうございました」
二人は深々と頭を下げてきた。
「頭をあげてよ二人とも。ミケちゃんは“みんな”で協力したから、どうにかできたんだ!イッシキさんがいなかったら、灯明堂に追い込むことができなかった。ニケちゃんがいなかったら、ミケちゃんの“苦悩”を晴らすことができなかった。だから……みんなで頑張った結果だよ」
私がそう言うと、イッシキさんとニケちゃんは顔を見合わせて笑った。
「そういうところが、ミコト様に協力したくなってくる所以だな」
「妖怪たらしみゃ」
うん、褒められてる……のよね?
「とりあえず問題なしってことね!では改めて……“鉄火”について聞かせてくれるかな?」
“霧凪”に問題がなければ、それが今日の本題だね。
「そうだな……逆に聞きたいんだが、ミコト様はどの程度のことを知ってるんだ?」
「えーっと……里は常冬で鍛冶が盛んだって聞いてるね。そして女性の方が強い種族ってことくらい?あ、あと当代の神託巫女の名前くらいかな」
確か、“鈴鹿”。
「じゃあ、神託巫女の周りから話すみゃ。禰宜は当代神託巫女である“鈴鹿”のご両親が担っているみゃ。父親の“悪路王”さんと母親の“紅葉”さん」
「鬼人族は、特別戦闘能力に秀でている種族だが……その中でも今の三人は別格だ。正直に言うが……悪路王さんには俺も勝てない。おそらく、鈴鹿でも悪路王さんに勝つのは難しいだろう」
あれ?でも……
「鬼人族って、女性の方が戦闘能力に長けている種族で、その中でも最強の女性が神託巫女に選ばれるって聞いてるよ」
「実際にその通りだが……悪路王さんだけは例外だ。鬼人族はただでさえ膂力が強い。その中でも女性はさらに強い。だから女性の方が強いと言われている。その鬼人族の中でも悪路王さんは膂力が低い方らしいが……抜刀術や暗器を扱う術理は随一だ。その技で鬼人族の頂きに届いた唯一の例外なんだよ」
それは素直にすごいと思う。膂力至上主義の種族で唯一、技でのし上がった存在かぁ……
「おっと……話が逸れたな。それで、鬼人族が困っていることの一番は“鍛冶”だろう。“火”を司る“火車”様、そして“金”を司る“無銘”様。この両名が“澱み”に侵されてしまったことで、鍛冶による火力が弱まり、さらに鉱石や金属自体の強度も弱まっているようで……ただ、火車様は復帰されたので、問題の半分はすでに解決している」
「残りは“無銘”様の“澱み”を解決することができれば……鬼人族の困り事も解消するはずみゃ」
「そうだ、もう一つ困り事を聞いていた。ただこっちも火車様の復帰で解決したな。常冬なので、暖房が重要な土地なんだが、そちらでも火の勢いが弱まっていたらしい」
常冬で暖房機能が低下しているのは不味いよね……よく無事だったな……
「鬼人族は種族特性として、身体が頑強だから何とかなったようだが……他の種族であれば致命的だっただろうな」
「そういうことですか……それならなおさら、ミケちゃんの件を解決できて良かったです」
これ、もし逆のルートで里を回ることになってたら、詰んでたかも……私が寒さに耐えられないだろうからね!
「あ、そうだ。“鉄火”までの距離と……道中に“間の宿”があるかを聞いておきたいです!」
何回くらい野営が必要なのか、途中でも良いので“文明”に触れることはできるのか……
これは大事!私のモチベ的にもね!
「ここから“鉄火”までは約四十里くらい。そして当然“間の宿”もあるみゃ」
「“霧凪”と“春霞”間の“間の宿”は気候の関係で“春霞”側に造られた経緯があるんだが……それと比べると面白い造りになってるな」
実際に行って確かめてみてくれ、とイッシキさんは悪戯っぽく笑って言った。
これは気になるね!楽しみだ!
「イッシキさん、ニケちゃん、情報ありがとうございました!あと……大変申し訳ないのだけど……食料とかの物資をお願いしても良い……?」
というか……そろそろお金を稼ぐ手段も必要だね……私の副職のヒーニャーで、簡易的な治療院を開いて稼ぐか……
「もちろんですみゃ!」
「そういうところもミコト様らしい。ミコト様たちが必要とする分くらいなら遠慮することはない。……こちらはそれ以上に助かっているからな」
「ありがとうございます!……それと、お金も稼ぎたいので……軽い傷病がある人に呼びかけてもらうことってできますか?私は軽い怪我や風邪を治すことができるので……」
「ミコト様、生活物資だけでなく、お金も融通しますみゃ」
「そうだぞ。そういう能力を持っていることには驚いたが……」
「いえ、何となくお金までいただくのは申し訳なくて……」
……これって多分、“私自身”が働いていないから気になってるんだと思う。現代日本では、本人が何らかの働きをした成果としてお金をもらっているからね……
実際に“水瓶座”を使って“澱み”を祓っているのはヘレネちゃんだし、海坊主の件を解決できたのも“リュウ”のおかげだ。確かに、この場に“リュウ”を召喚したのは私の能力に依るものだけど……それだってイザナミ様のおかげで備わった能力なんだ。
この、私だけ“何もしていない感”が気になる!
私にも何かさせてくれ!モヤる!
「そこまで言うのなら……それで、治療費はどのくらいにするつもりなんだ?」
少し前に“間の宿”で食べた小さめの穴子串が八文だったよね?そもそも元手もかかっていないし……
「うーん……四文くらい?」
「「……」」
私の言葉にイッシキさんもニケちゃんも絶句してしまった。
マジで……?四文でも高いの……?
「えーっと……じゃあ、一文でどうだ!?」
「違うみゃ」
「ミコト様……だいぶ勘違いしてるみたいだが……安過ぎるってことだ」
詳しく聞いてみると……通常一日働いて得られる対価は二百から四百文。
そして“薬礼”と呼ばれる診療費と薬代を合わせたものが十八から五十文辺りになるらしい。名医と呼ばれるほどの人であれば一分――千文も必要になるんだって。
「つまり、だ。その場で治すことができるミコト様が、あまりに報酬を安くし過ぎると……最終的に医者の方に批判が集まる。その場で治すこともできないくせに、とな」
「さすがにそれは困るみゃ……」
……うん……確かに困るね……これから先の里の行く末を破壊してしまう……
「……そうだな……基本的にはその日払いの給与だから……怪我や風邪で数日休むだけで懐事情が厳しくなるやつもいる。その数日分を無駄にすることがなくなるってなると……四百文くらいか?」
「その辺りが妥当だと思うみゃ」
私が提示した金額の百倍じゃん。そりゃあ絶句するはずだよ……
「とはいえ、いきなりその額を出せないって者も出てくるはずだ。呼びかけに少し時間がかかると思う。……ミコト様はいつ出発する予定なんだ?」
「……そうだね……遅くとも七日以内には出発しようと思ってる」
他の里の問題解決に、時間が必要になる可能性もあるからね。時間制限を考えると、あまりのんびりもしていられない。
「それなら……今日明日で呼びかけをして、明後日には人を集めてみよう」
「ありがとうございます!」
これが上手く行けば当面のお金問題は解決するね!
「ミコト……大丈夫にゃ?痛みが返ってくる副作用があるにゃ……」
「あまり無理をしては駄目ですよ?」
「きゅー……」
ありがたいことに、みんなも心配してくれる。
だけど……私だって“何か”したいんだ。
「うん。ありがとう、みんな。どうしても無理って時はちゃんと伝えるよ」
そこで無理をして倒れちゃったら本末転倒だからね。
「では、俺はそのことを里の者に伝えに行ってくる。それと……ニケ。ミコト様にはしっかりお願いするんだぞ?」
「お兄、分かってるみゃ」
お願い?
イッシキさんは、そのまま奥の間から出て行った。
「では改めて……ミコト様、“霧凪”の問題解決への尽力、誠にありがとうございました。そして良ければ……あたしにも“名付け”をお願いしたいのですみゃ。もちろん、神託巫女の務めもあるから、召喚に応じられない場合もあると思いますが……」
“名付け”、ね……
「これは唄ちゃんにも聞いたんだけど……理由を聞いても良いかな?神託巫女のお仕事に加えて、私のお手伝いもってなると大変だと思うよ?」
「……ミコト様は、この里にとても貢献をしていただいているのに、ほとんど対価を求められません。だから……里の代表であるあたしが、恩返しとして働こうと思いますみゃ。ミケ様の時のように、神託巫女の力が必要になることもあるかもしれませんから。それと、お兄ほど洗練されてはいませんが……あたしにも、猫又族由来の隠密能力もあるみゃ。
それに……あたしだってこの世界に生きている一員なのみゃ。この世界の行く末を、ミコト様だけにお任せするのは違うと思うみゃ!」
ニケちゃんは、そう力強く宣言した。
とてもありがたい。みんな、この世界の危機を自分事として捉えてるんだね……助かるよ!
「ありがとう、ニケちゃん!それなら……キミは“二卦”、これまで通りニケちゃんって呼ぶよ!」
私がそう言うと……ニケちゃんに光が降り注いで、世界に“同意”が刻まれる。
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サモニャー
スロット1:にゃっぴー LV.3(※送還不可)
スロット2:ヘレネ LV.3(※送還不可)
スロット3:空き
スロット4:空き
スロット5:空き
控え(“名付け”済み):キヨ(水妖“清水”)、サツマ(小鬼)、カク(河童)、シロ(すねこすり)、祭(山姫)、リュウ(蛟)、唄(妖狸)、フウ(ぬりかべ)、ミケ(火車)、クゥ(海坊主)、二卦(猫又)
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「それじゃあ、これからもよろしくね。ニケちゃん!」
「こちらこそですみゃ!」
*
そしてきっちり三日後に、イッシキさんは人を集めて来てくれた。
予想以上に多い……百人は超えてるね、これ……。
「すまない、ミコト様……思いのほか、火車様の件で有名になってるみたいでな……傷病のない者すら、その金額で会えるのならと言う者もいて……これでも、だいぶ遠慮してもらった人数なんだ」
うーん……アイドル扱いだね……
あのアイドルと確実に握手を!?じゃあそのくらいの金額なら払うぞ!という現代みを感じる……
「ミコト様、火車様のこと、ありがとうございましたみゃ!それで……うちの子が風邪をひいてしまって……」
「おぉ〜……あなたがミコト様……ありがたや、ありがたや……わしは、物を持ち上げた拍子に腰を痛めてしまい……」
「ミコト様、ありがとうみゃ!オレっちは漁に出たときに網でやらかしちまってな……」
次から次にくる傷病者を癒していく。
正直、痛いし倦怠感も出るし大変なんだけど……それ以上に、皆さんが元気になって帰っていくのは嬉しいものだね!
……キツいけど!!
ずっと笑顔で対応しつつ、数時間後――
ようやく最後の一人が帰って行った。
「ミコト様、里の者も喜んでいた。ありがとう。だが……大丈夫なのか……?」
「ミコト、顔色が悪いにゃ……もう帰って休むにゃ」
「えぇ。消耗が激しいようです」
「きゅきゅー……」
「さすがに……疲れちゃった……」
疲労困憊だった私は、ヘレネちゃんに背負われて社まで戻った。
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副職:ヒーニャー
大回復の祈祷 熟練度 25/500
小清浄の祈祷 熟練度 18/50
小浄化の祈祷 熟練度 0/50
平癒の祈祷(※緊急時のみ。“死”以外の全ての状態を平癒する/代償:生命力)
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中回復の祈祷が、大回復に変化したみたいだね。
それに……小浄化の祈祷……!
“水瓶座”と同様の浄化効果を発揮してくれる能力のようだ。
“水瓶座”とは違って、相手に直接触れる必要があるから使いどころは非常に難しいと思う。
だけど……“水瓶座”だけでは祓い切れない場合の一助にはなるはず。
まぁ、相手に触れることができる状況であれば、だけどね……それに、どうやら“澱み”を浄化している間は、とても体力を消耗するようだ。
……ここぞ、という場面で使うようにしなきゃね。
*
次の日、私は寝込むことになってしまった。
思ったより消耗していたらしく、起き上がるのも億劫だったからだ……だけど、お手洗いには自力で行ったぞ!そこだけはしっかり主張しておきたいね!
この日は、ここ最近ずっとミケちゃんと遊びに行っていたフウも心配して、私の傍にいてくれようとしたけど……この体調不良は自業自得だ。
だから、そんなことでフウを拘束するのも申し訳なく、遊びに行ってもらうことにした。
毎日、今日はみんなで追いかけっこしたとか、かくれんぼしたとか、楽しく報告してくれるからね。
楽しく遊んでるフウには、のびのびと過ごしてもらいたい!
*
そしてさらに数日後――
様々な準備を整えた私たちは、“霧凪”の門の前に集合していた。
「色々と物資を都合していただき、ありがとうございます!」
「ミコト様が言われていた通り、“紙”は多めに準備しましたみゃ」
「ニケちゃん!ありがとう!」
そう……“紙”が無ければ旅を続けることができない。私の“尊厳”的にね!
「ミコト様、何かあればニケに念話をお願いしたい。……猫又族が総出で助けに向かおう」
「あはは!さすがに総出で来られると困っちゃうな」
冗談抜きでね!アイドルの追っかけみたいなのは御免こうむる!
「……あの……ミコト、相談があるかべぇ……」
私が、ニケちゃんやイッシキさんとやり取りしていると……フウが言いにくそうに切り出してきた。
どうしたんだろう?
「フウ、どうしたの?何か他に必要なものがあった?」
「あ、その……おら……この里に残りたいかべぇ……」
フウがそう言った瞬間――私は固まってしまった。
なんで……
いや、フウにも何か理由があるんだ。
ちゃんと聞かなきゃ……。
私は溢れてくる悲しみを抑えて、フウに尋ねる。
「……フウ……一応、理由を教えてもらっても良いかな……?」
「おら……自分の姿が見えるようになって、とっても嬉しかったかべぇ。ミコトたちも優しくて……とっても感謝してるかべぇ!
それで……この里でミケちゃんたちと遊ぶようになって……自分と同じ姿のみんなと一緒にいることが楽しくて……」
……そっか……フウは自分の居場所を見つけることができたんだ……
誰からも認識されることもなく、寂しい思いをしていたフウが……
本当は……仲良くなった“家族”と離れるのは……つらい……
けれど……これは、祝福すべきことだ。
私のわがままで、フウを困らせるわけにはいかないよね……
「うん……フウの言いたいことは理解したよ。良かったね、フウ。居場所を見つけられて……ここでお別れになるのは寂しいけど……でも、私はフウの門出を祝福するよ」
私はフウの大きな頭を撫でた。
「ミコト……ありがとうかべぇ!何か困ったことがあったら呼んでかべぇ!おらは何があっても“絶対”に駆け付けるかべぇ」
フウは真剣な顔でそう宣言してくれる。
私は涙が出そうになるのを誤魔化すため、フウに抱き着いた。
「うん……!ありがとう、フウ!元気でね……!」
「ミコトも無理しないようにするかべぇ!」
「フウ、元気でにゃ!」
「フウ、ここまでありがとうございました」
「きゅー……きゅきゅっ!」
みんなで、フウに別れの挨拶をして牛車に乗り込む。
そうしていると、門の上からミケちゃんが飛び降りてきた。……そんなところに居たんだ……
「フウのことはあちしに任せるみゅう!あちしが絶対に守ってあげるみゅう。ミコトたちは安心するみゅう!」
「ふふ……ありがとう、ミケちゃん。フウをよろしくね!それでは、イッシキさん、ニケちゃん、行ってきます!」
「行ってらっしゃいみゃ!」
「道中気を付けてな!」
改めてヘレネちゃんに“牡牛座”を使ってもらい、物悲しい表情の牛さんに頑張ってもらう。
ふと、空を見上げると……別れの日に相応しい澄み切った“蒼”が、どこまでも広がっていた――




