第二十七話「氷菓」
本日は2話同日更新しています。こちらは2話目――二十七話です。
海坊主の“澱み”を祓って、港に帰り着いてすぐ。
私は五行妖怪である“リュウ”の力の一端を目にしたことにより……とある“野望”が生まれてしまった。
それは――
あれほどの力があるのなら水の分子運動を弱らせて、いとも簡単に“氷”を作り出せるのではないか、ということだ。
そう、この常夏の里“霧凪”で、かき氷やアイスを作ることさえ可能なはず……
私は自分の発想力に恐れ慄いた。
「……またミコトが馬鹿なこと思い付いてる顔してるにゃ……」
「緊急時以外で真剣な顔付きの時は、だいたいはどうでも良いことを考えてますからね」
おい二人とも、ガンガンに聞こえてるぞ。
「ふっ……にゃっぴーにヘレネちゃん。馬鹿にしていられるのも今のうちだけだよ。あとで“絶対”に私を褒めることになるからね……覚悟しておくんだよっ!」
私は自信満々に宣言してやった。
“霧凪”に砂糖があるのは“間の宿”でリサーチ済みなのだ。“間の宿”では屋台で“天ぷら串”が提供されていたことから、“卵”もあるはず。そして“牡牛座”の牛乳。
ここまで揃っているのであれば、作れるものは決まっている。
そう、ミルクアイスが作れるのだ。
残念ながらバニラエッセンスはないと思うけど……それでもにゃっぴーとヘレネちゃんは、初めて食べる冷たいスイーツに夢中になるはずだ。
今から楽しみだね!
「リュウ、もし疲れてなかったら、このまま手伝ってもらいたいことがあるんだ。大丈夫?疲れてたら、また後日で良いのだけど……」
リュウはあれだけの力を使ったんだ。疲れているなら、後日でも全く問題はない!
「別にそこまで疲れてはないな。よほどの全力戦闘でもなければ、“水気”を扱うことで疲れることはほとんどないぞ!それで、何を手伝って欲しいんだ?」
リュウが、少しわくわくしているような感じで聞いてきた。
「リュウって水分を凍らせることはできるかな?もし、それができれば……冷たくて甘いお菓子が作れるんだけど……」
言ってる途中で、イッシキさんが目を剥いているのが視界に入った……
うん……“目は口ほどに物を言う”ってことがありありと分かる表情だね。
“五行妖怪様に何て頼み事してるんだ……”って言ってるねこれ!
でも、私にとっては“大事なこと”なんだ!!
スイーツは、女子にとってコスメと並ぶレベルの大事なものなんだよ。
「その程度のことは片手間にでもできるぞ!それに……冷たい菓子か。もちろん俺様も食べられるんだよな?」
「本当!?さすがリュウだね!それにリュウが食べるのは当然だよ。そもそも、凍らせることができないと作れないものなんだし……一番の貢献者が最初に食べるべきなんだよ」
「ならば良い!早速作るか!?」
「あ、ちょっと待ってね……イッシキさん、社の台所をお借りして良いかな?」
「それは、構わないと思うが……ミコト様は何というか、型破りなお方だな……」
私の五行妖怪への依頼に、若干引いていたイッシキさんは、“一応、確認してくるから一足先に社に戻る”と言って、静かに走り出した。
「うん、それじゃあ社に戻ってから作ろっか。リュウは小さくなれたりする?」
さすがに、その巨体だと目立つし……それに社の中に入れなさそうだし。
「簡単にできるな!そもそも俺様は“鹿”にすら変化できるんだぞ。このまま小さくなるくらいは余裕だな!」
「あ……リュウってそのまま小さくなるくらいだったら、鱗の硬さとか戦闘力とかは変わりない?」
鹿に変化した場合は、鹿相応の力になってしまったから、神話時代に大変なことになったんだよね……
私のこんなどうでも良い思い付きのために、リュウを危険に晒すわけにはいかない。
「……心配してくれてるようなことにはならんから、安心するがいい!そもそも今の大きさすら力を回復するために縮んでいるくらいだ。本来の俺様の大きさは今の五倍くらいあるんだぞ!」
良かった……というか、今が五メートルくらいだよね?二十五メートル……ほとんど怪獣じゃん。
「そうなんだ、良かった。じゃあ……シロくらいの大きさになってもらって良いかな?」
だいたい三十センチメートルくらい?
「良かろう!」
リュウはそう言って、みるみるうちに小さくなっていった。
「……こんなものだな。よし、では征くぞ!」
「ありがとう、リュウ!では改めて……お菓子作りに出発だ!」
私とリュウは仲良く社までの道を走り出した。
「……あの二人って、なんか似てる気がするにゃ」
「えぇ。どちらも単純……いえ、これはリュウに失礼でしたね」
*
社に着いたので、早速台所に向かう。途中で私たちが帰ってきたことに気付いたシロも着いてくる。
フウは居ないのかな?
もしかすると、またミケちゃんと遊びに行ってるのかもしれないね。
「シロも楽しみにしててね!冷たくて甘いお菓子を作るんだ〜」
「きゅっきゅー!」
良く分かっていないかもだけど、何となく私の楽しそうな雰囲気は伝わったみたい。
シロも楽しそうだ!
台所に入ると、夕食の準備をしていた世話役の女性たちがこっちに気付いて挨拶してくれた。
イッシキさんから、事情を聞いたのか少し場所を空けてくれる。
「あの、すみません……お忙しいところにお邪魔してしまって……お菓子ができ上がったら、皆さんにもお配りしますので」
私がそう言うと歓声が上がった。
やっぱり女性なら珍しいお菓子には敏感になるよね!
「ではすみません、卵と砂糖はありますか?特に砂糖なんですが……多めに使用しても大丈夫ですか?」
「砂糖は黒砂糖と和三盆のどちらをお使いですかみゃ?」
その二択になるんだ……和三盆、使っちゃって良いのかな……?
「大変申し訳ないのですが、和三盆を……いっぱい使っちゃって大丈夫ですか?」
「問題ないですみゃ!……これだけあれば大丈夫ですみゃ?」
そう言って渡されたのは……数キログラムくらいの大量の和三盆とたっぷりの卵だった。
……結構、量産できる環境が整ってるのかな……?ここまで気軽に渡されたってことは、多分そういうことなんだろうね……
まぁ、江戸時代くらいの日本って感じの世界だけど……その状態で数百年も過ぎたら、色々と変化があるんだろうなぁ……
*
さて、ミルクアイス作りだ。
牛乳五百ミリリットルに、砂糖百グラムと卵一個を使うことになる。冷凍庫がないから、その都度リュウに冷やしてもらいながら作る工程になるね。
「じゃあ、早速だけどヘレネちゃん。“牡牛座”をお願いして良いかな?」
完全栄養食の“牡牛座”牛乳で作ったアイス……濃厚なミルクアイスができ上がりそうだね!
「分かりました。“牡牛座”よ」
「モォ〜!!」と良く通る声で乳牛さんが鳴く。
久しぶりに本来のお仕事ができて嬉しそうだ。
世話役の女性を驚かせてしまったので、一旦謝ってから準備を続ける。
現代とは作業工程が変わるから、失敗しても良いように、まず五百ミリリットルの牛乳で作る。
鍋に卵と……早速つまずいた。
どうやって、砂糖のグラム数を計れば良いんだ……
特にお菓子作りは分量が大事だから、そこをミスするわけにはいかない。
「……ヘレネちゃん、百グラムを量りたいんだけど……どうすれば良いかな?」
「時代背景的に単位は“匁”を使って、秤と分銅を用いて量っていると思いますが……いえ、それより私が計った方が早いですね」
ヘレネちゃんはそう言うと、木の器に砂糖を取り分け、小分けにし始めた。
「元が“AI”で良かったです。実際に触れられるものであれば正確な計測ができます」
「ありがとう!ヘレネちゃん!」
本当に助かった……こんな最初も最初の場面でつまずくとは思いもしなかった。
ヘレネちゃんが百グラムずつの小分けにしてくれた和三盆を使って、調理を続ける。
鍋に卵一個と砂糖百グラムを入れてお箸で混ぜ、牛乳を少しずつ加えながらさらに混ぜる。
泡立て器がないから結構な重労働だ……
次に木べらで混ぜながら火にかけて、とろみが出るまで煮詰める。
沸騰しそうになるたびに鍋を火から下ろす必要があるので、これまた重労働だ……既に汗が吹き出してきた……
さて……ここからが冷凍庫がないので、難しい工程になるんだよね。
「それじゃあ、リュウ。この液体が完全に固まらない程度に冷やしてもらっても良いかな?」
「ふむ。なかなか難しい注文だが……五行妖怪である俺様には容易いことだ!」
リュウがそう言って、集中し始めると……少しだけ固まったものができた。
「ありがとう!リュウ!」
私は再び木べらで掻き混ぜ、そして再びリュウにお願いして少し固めてもらい、さらに掻き混ぜるという工程を数度繰り返したあと……そのまましっかり冷やして固めてもらった。
そして――
ついに完成した。
おそらく、この異世界初であろう冷たいスイーツ、ミルクアイスが!
すぐに鍋から掬って別の器に盛り付ける。
「にゃっぴー、スプーンを出してもらって良い?」
“蟹座”親方に作ってもらった木が素材のやつ。
「はいにゃ」
にゃっぴーから受け取ったスプーンに一口分を掬い、リュウの口元に持っていく。
「はい、リュウ。でき上がったお菓子だよ!食べてみて」
「うむ。苦しゅうないぞ!」
リュウが偉そうに言って、ミルクアイスを口にした。
「……これは……!!」
リュウはその一言だけで固まってしまった。
そして次の瞬間、器に盛ったミルクアイスに突撃してガツガツと直接食べ始めた。
よほど口に合ったらしい。
「……ミコト!オマエすごいな!こんな菓子は初めて食ったぞ!もっと作るべきだ!」
リュウが急かしてきた。
だけど……思いのほか重労働だったため、力仕事を任せようと思って、一旦イッシキさんを呼びに向かう。
「イッシキさん、力仕事をお願い!」
何故か汗だくの私に若干引きながらも、台所について来てくれた。
私は一日に何度、このイケニャンさんに引かれれば良いんだろうか……
そう述懐しながら、そのイケニャンさんに手伝ってもらいながら、ミルクアイスを量産していった。
*
一旦でき上がったものは、リュウに冷やし続けてもらいながら大量のミルクアイスを作り終えた。
“牡牛座”が一日に創造できる牛乳は五リットルだから……砂糖や卵の分量も含めると、合計で六キログラムに近い量だ。
……調子に乗って作り過ぎたかもしれない……まぁ余ったら、リュウが食べてくれるでしょ。多分。
では、いざ試食を……と思ったけど、もう夕方を過ぎているよね……
外を見ると茜色だった空も陰っていて、夜の気配を漂わせていた。
本格的に食べるのは、晩ご飯の後が良さそうだね。
「リュウ、本当に申し訳ないんだけど……みんなの晩ご飯が終わるまで冷やし続けてもらって良いかな……?」
「別に問題ない。だが……まだ食べては駄目か?」
「うん、せっかくだし、皆さんが作ってくれた晩ご飯を食べた後に、ね!」
まぁ……リュウ以外のみんなも気になってるだろうし、一口ずつ食べてもらおうか。
まずは、台所を貸してくれた皆さんに食べてもらう。
「ん〜!甘冷たいみゃ!」
「この里でこんな冷たいお菓子が食べられるなんて!」
「冷たいみゃ!おいしいみゃ!」
一口ずつなのに、喜び方が半端ない。
まぁ、ここはただでさえ暑い里な上に、火を扱う台所だからね……冷たいものは大歓迎なのだろう。
次はこちらの仲間たちにも一口ずつ食べてもらう。
え?リュウも?……まぁ、功労者だからね!
「うむ、やはり美味いな!」
「これがミルクアイスにゃ!冷たくて甘いにゃ!」
「これは……!美味ですね!」
「きゅきゅきゅ!」
「美味い……いきなり重労働に駆り出された時は、何事かと思ったが……これなら納得だ」
こちらも好評みたいだね!
せっかくだし、ニケちゃんやミケちゃんにも食べてもらいたいし……
“今日は広間でみんなでご飯を食べよう!”
私がそう言うと……最初は遠慮していた世話役の女性たちも、イッシキさんの許可が出たことでご一緒できることになった。
和食のデザートにミルクアイスはどうかとも思うけど……いや、良く考えたら和三盆を使用してるんだ。それだけでもう和菓子みたいなものだよね!
私はそう思い込むことにして、広間にご飯を運ぶのを手伝った。
*
広間に向かうと、フウとミケちゃんも帰ってきてるようだった。この二人は本当に仲良くなったね!
そして……今日の晩ご飯は、鯵のお刺身と鯵の南蛮漬けがメインだった。
私はお魚の中で鯵が一番好きなのだ!
好物の登場にテンションが上がりながらも、にゃっぴーやシロ、そしてリュウの食事のお世話に奔走する。
うん……人型の妖怪さんの食事形式だと、ご飯食べるの難しいもんね!
フウとミケちゃんは、どうやらニケちゃんとイッシキさんに世話を焼かれてるようだ。
シロは南蛮漬けの匂いが苦手だったみたいで、一切手をつけようとしなかったけど……お刺身はがっついて食べていた。
リュウもこういう賑やかな空気が嫌いではないのか、どことなく楽しそうに見える。
世話役の女性たちも、あれこれとお喋りをしながら……というか、リュウの近くで冷やし続けてもらっているミルクアイスに目が行きっぱなしだ。
デザートの時間が待ち遠しいみたい。
「こうやって、みんなでご飯食べるのも楽しいね!」
「そうだにゃ。“霧凪”に着いてから、ずっとばたばたしてたからにゃ……」
「そういえば、珍しくミコトが何も不満を口にせず、働き続けていましたからね」
「……いくらなんでも、困ってる人たちを目の前にして不満を言ったりはしないよ!」
私のことをどう認識してるんだ!
「いえ、ミコト。否定しているわけではありません。それだけ成長していることを喜んでいるのです」
……本当に私のことをどう認識してたの……?
少し納得がいかないながらも食事を終えて――
デザートの時間だね!
せっかくだし、元々出される予定だった夏みかんの皮を剥いた物を、ミルクアイスを盛った器に添えてもらった。
みかんの橙色とミルクアイスの白色のコントラストが綺麗だね!
私もいまさらながら一口食べる。
う〜ん!美味しい!久しぶりに食べたなぁ……高級なアイスの味がする!
合間にみかんを食べて口の中をさっぱりさせて、再びアイスを一口。
……これもう無限に食べられるかもしれない……
他のみんなも、無言で食べ進めている。
そうしていると――思いのほか気に入ったのか、どんどんアイスを食べ進めていたニケちゃんが頭を抑えて俯いてしまった。
……アイスクリーム頭痛ってやつだね……
イッシキさんが心配していたので、一時的な症状だと伝えて落ち着いてもらった。
「急いで食べると、ニケちゃんみたいに頭が痛くなっちゃうから、ゆっくり食べてね」
とりあえず、今さらなアドバイスを送ってみた。
そうしていると、アイスを気に入ったミケちゃんがリュウに話しかけた。
「この、あいす?美味しいみゅう!蛟もたまには役に立つみゅう!」
「火車よ、“たまに”ではない。俺様はミコトの役に立ちまくってるぞ!どこぞの“猫”とは違うからな!」
うん……司っている属性的に相性でも悪いのか、変にライバル視しているみたいだね……
無駄にばちばちしている二人は放っておいて、にゃっぴーとシロ、そして喧嘩している五行妖怪たちから避難してきたフウにアイスを食べさせる。
「やっぱり美味しいにゃ!さすがミコトにゃ!」
「そうですね。ミコトは料理が上手ですからね」
「きゅきゅっ!」
「これ、不思議かべぇ。冷たくて甘いかべぇ……それが美味しいかべぇ!」
うんうん……最初の私の宣言通り、褒めてくれてるね。それで良いのだよ。
そう、私は鼻高々になりながら楽しい夜を過ごした。
海坊主のことも解決できたし、“霧凪”の問題は完全に解決した感じかな?
ここである程度の物資や情報を集めたら、次の里に向かうことにしようかな――




