第二十三話「霧凪」
親子の再会が一段落した。
ようやく今の状況に気付いた唄ちゃんが、顔を赤くしながらこちらに振り向く。
「……ミコト様、お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたぽん……」
“こうなるのが分かってたから、先代はにやにやしてたんですぽん……”と、唄ちゃんは小さく続けた。
まぁ、舞さんなら、私たちの進むスピードを考えて、今は“間の宿”辺りだろうって予測はつくよね。
「でも、良かったよ。ようやく唄ちゃんの子どもらしい姿が見れて」
イザナミ様が直々に招待した私たちの接待を、となると気を張り続けてしまうのも仕方ないと思う。
「ミコト様、ありがとうございます!唄の元気な姿を見れて安心しました!」
「ありがとうございます。やっぱり唄ちゃんと一緒に居ないと寂しいですぽん」
楽さんと毬さんもとても嬉しそうだ。良かった!唄ちゃんに“名付け”ができてて。
「いえいえ、とんでもない!そうだ、せっかくですし親子水入らずでのんびりされてください。私たちはこの“間の宿”を少し見て回って来ますので……」
ここで一泊した後はそのまま“霧凪”に向かうのだ。せっかくだし、観光がてら歩いてみたいんだよね!
「ミコト様、ありがとうございます。あ!色々見て回られるのなら、お金が必要ですよね?少しお待ちを!」
“お気になさらず”と言う前に楽さんはどこかに走っていった。
「……すみません、毬さん。かえってこちらが気を遣わせてしまったようで……」
「良いのですよ。まさかこちらで唄ちゃんと会えるとは、思ってもみませんでしたので」
そう言って毬さんが唄を抱っこして、しきりに頭を撫でている。
……なんだかんだ言って、毬さんもだいぶ寂しかったんだろうね……
そうこうしていると、楽さんが戻ってきた。そして巾着袋を手渡される。
「お待たせしました。こちらに入っている金子は全て使ってしまっても問題ありません。どうぞ楽しんできてください!」
「すみません、ありがとうございます。こちらで何か困り事があったら遠慮なく仰ってください」
そう言ってその場を辞して、屋敷から外に出た。
「……結構な額をいただいたのかも?結構重いよ、この巾着袋」
巾着袋を開けて確認してみる。
教科書か何かで見たことがあるような通貨だけど……価値が全く分からん!
固まっていると、にゃっぴーが肩に飛び乗って来て、袋を覗き込んだ。
「四文銭っぽいにゃ。ざっと……百枚くらいはあるかにゃ?ミコトに分かりやすく言うと一万円ちょっとくらいにゃ」
軽く“間の宿”を観光するだけなのに、結構な額をいただいてしまったようだ。帰ったら改めてお礼を言わなければ。
「じゃあ、とりあえずお昼ご飯にしよっか!さすがにフウが入れるような食堂は中々ないだろうし、おいしそうな屋台を探そう!」
朝食もリバースしてしまったし、お団子だけじゃカロリーが足りない……
「賛成です。屋台も色々出ているようですし……何がおすすめなのでしょう?」
「ここは僕たちの出番にゃ。シロ、フウ。おいしそうな匂いがする屋台を探すにゃ」
「きゅきゅっ!」
「おらもしっかり探すかべぇ!」
シロがきりっとした表情を浮かべ、フウもやる気になっている。
まぁ、この食いしん坊さんたちにお任せするのが一番だと思う。私もどういう物がおいしいかは分かんないし。
*
「まずは僕から行くにゃ!ミコト、あの屋台にゴーにゃ!」
にゃっぴーが前足で指し示す屋台に向かう。
「おぅ、いらっしゃ……巫女様!?へい、ようこそおいでくださりますた!」
……めちゃくちゃ噛んでるし、言葉遣いが乱れに乱れている……そういえば、神様からの声が直接聞ける巫女さんが、一番偉い世界なんだっけ?
「いえ、“神託巫女”ではないので、お気になさらず。その焼いてらっしゃるのは……穴子ですか?」
猫又族の屋台主のおじさんに、そう声をかける。
「“神託巫女”様じゃないのに、巫女服を!?何か事情がおありなんでしょうな!へい、それは穴子を煮付けて串焼きにしたものでさぁ!」
「へぇー!おいしそうですね!とりあえず六本くださいな」
「ありがとうごぜぇやす!一本八文となっておりやす。少々お待ちくだせぇ!」
えーっと……一本八文だから六本で四十八文。四文銭なら十二枚ね。十進法じゃないから若干頭を使う……
とりあえず、おじさんにお金を渡す。
「へい!毎度!焼き上がったのからお渡しやす」
早速一本渡されたので、この屋台を提案したにゃっぴーに最初に食べてもらう。
「うまいにゃ!甘辛いタレが良い感じのお魚にゃ!!」
そう言って私が差し出した穴子串をガツガツ食べるにゃっぴー。
うん……巫女服が“自動修復”機能付きで良かった……タレがガンガンに巫女服に降りかかっているね……
そして次々に焼き上がる穴子串をヘレネと手分けして、シロとフウにも食べさせる。
フウは大きいから二本分だよ。
……シロも多分大丈夫なはず……よく考えたら妖怪さんで普通の動物とは違うだろうし、ついでに普段から塩気の強いものは控え目にしてる。大丈夫なはずだ。
「きゅきゅー!」
「おいしいかべぇ!」
二人とも満足する味だったみたいだね。
では私も……うん、おいしい!現代で食べてた物と遜色がないおいしさだね。外はカリッと香ばしく、中はふわふわだ。甘辛いタレも良き!
「このタレがおいしいですね」
「うん、穴子ととっても合ってるね!」
「へへっ、毎度ありぃ!」
屋台主のおじさんも褒められて満更でもないようだ。
食べ終わったら、串は返却するシステムらしい。
串を返却し、次のグルメへと向かうことにした。
*
色々とグルメを堪能して、空に茜色が差す頃。
私たちは屋敷に戻ってきた。
ちなみに、シロは豆腐田楽を、フウは天ぷら串をご所望だった。
さすがに塩分過多ではないかと心配になって、シロに確認してみたけど……特には問題ではないみたいだ。サモニャーの繋がりを通して、そういう意思が伝わってきた。
やっぱり普通の動物とは似て非なる生物だってことなんだろうね。今までは、私の心配し過ぎだったみたい。でも、塩分の摂りすぎも良くはないだろうし……控えられる場面では、これからも控えていこう。
「ただいま戻りました!」
みんなで“ただいま”の挨拶をして、お手伝いさんの女性に、先程の広間まで連れて行ってもらう。
「おかえりなさいぽん。楽しめましたか?」
毬さんがにこにこしながら尋ねてくる。
唄ちゃん成分をしっかり補給できたみたいで何よりだね。
「ただいまです。色々と食べ歩きしてきました!それと、余ったお金です。お返ししますね」
「これはご丁寧に……では、夕食はどうなされますか?」
言われてみれば、夕食も用意されてるよね……
「あの、すみません……私は軽くで大丈夫です。にゃっぴーたちはどう?」
「僕たちも色々食べたから、軽くで大丈夫にゃ」
「それならば、後ほど客間の方にお運びしますね」
「すみません。ありがとうございます……」
大変申し訳ない……
「あ、ミコト様。そろそろ私を帰していただいて大丈夫ですぽん?」
「そういえばそうだね。楽さんと毬さんももう大丈夫ですか?」
「えぇ。本来なら唄に会えるのは、あと一ヶ月以上は先でしたからね。十分過ぎるほどです」
「本当に。ミコト様、ありがとうございましたぽん」
そう、二人からも言われたので、唄を送還することにした。
「じゃあ、またね。唄ちゃん、送還」
ぽん、と唄は元の場所に帰っていった。
「それでは客間にご案内しますぽん。今日はゆっくりお休みくださいね」
*
毬さんから案内された客間でくつろぎ、その後軽い夕食として、おにぎりとお新香をいただいた。
そしてお風呂をご相伴にあずかり、布団に入る。
「明日からは“霧凪”への旅だね。どんな景色が待っているのか少し楽しみなんだ!……観光気分では、本当はダメなんだろうけど……」
「多少急いだところで、結果はほぼ同じにゃ。なら、楽しんで進んだ方が良いに決まってるにゃ」
「そうですよ、ミコト。精神衛生の面でも、にゃっぴーさんの意見に賛成です」
「そうだね……二人とも、ありがとう」
私はそう言って目を瞑り、眠ることに集中した――
*
翌朝――
私たちは出発準備を終えて、“霧凪”方面に向かう門の前に来ていた。わざわざ、楽さんと毬さんも見送りに来てくれている。
「それではミコト様、お気をつけてぽん」
「牛車の中には既に畳を敷いております。そして、こちらが食料です。念の為、団扇もお渡ししておきますね」
「わぁ!ありがとうございます!」
この辺は藺草の生産が多いのかな?食料も藺草で編まれた籠に入れられているみたい。
団扇も助かる!ここから先は暑いみたいだし。
食料は早速にゃっぴーの“収納”に入れてもらった。
「では、楽さん、毬さん、お世話になりました!いってきまーす!」
「いってきますにゃ」
「行ってきます」
「きゅっきゅー」
「行ってくるかべぇ!」
みんなで別れの挨拶をして、早速牛車に乗り込む。
新しい畳の良い匂い。柔らかくて、良い感じの座り心地だ。
そして……茣蓙まで用意されている。
“霧凪”は夏みたいだし、牛車の前簾を付け替えようっと!
「それじゃあ、フウ。ある程度の速さでお願いね!疲れたらちゃんと教えてね」
「任せるかべぇ。加減はしっかり覚えたかべぇ!」
そうして、門から外に出た瞬間――
季節が変わった。
実感できるくらいに気温が上がり、湿気も強くなる。
牛車の小窓から見える外の景色は、太陽の光が眩しく感じられるほど。
そして道の脇に視界いっぱいに広がったのは……畑だろうか?大量の藺草が青々と茂っていて、風にさわさわと揺れている。
「すごい!さっきまで春みたいだったのに、外に出たら夏っぽくなってる!」
私はその異世界感に感動していたんだけど――
「……暑いにゃ……」
「きゅー……」
フウは大丈夫みたいだけど、こっちの毛皮組はテンションが下がっていた。
「二人とも大丈夫?」
いきなり熱中症にはならないだろうけど、少し心配だ。早速団扇を使って、二人に風を送る。
そうやっていると、風の発生源である私に徐々に近寄って来た二人にまとわりつかれた。
……うん。嬉しいんだけど、暑い……
*
“間の宿”を出て二日目の朝。昨日は特に何事もなく野営をした。いや……何事もなく、は言い過ぎた。季節が“夏”になってるからか、私が苦手な虫が多かったんだ。にゃっぴーには、虫・獣除けの“猫の額”をガンガンに使ってもらっていた。
それ以外は特にトラブルに巻き込まれることもなく、順調に“霧凪”への道を進んでいた。
山越えもなく、平坦な道を進むだけだったので、そこも順調だった要因だと思う。平坦な道のおかげか、“間の宿”へ物資を運んでいる猫又族とも良くすれ違う。
フウには適度に休んでもらい、その度に冷たいお水を飲ませ、岩塩を軽く舐めてもらいながら牛車を引いてもらっていた。私も同じく、熱中症対策をしながら過ごす。
そして、“霧凪”に近付くにつれ、初夏の陽気が真夏のような暑さになっていた。
外の日差しはギラギラと刺すようで、遠くの景色は陽炎で揺らいで見える。
目的地が近くなっているのは分かりやすいのだけど……暑い。ただただ暑い。
初日は、異世界感にはしゃいでいた私だったけど……今はもうひたすらテンションが下がっていた。牛車にクーラーを設置したい。
団扇で自分やにゃっぴー、シロを扇ぎながら、ぼーっと外の景色を眺める。
そうしていると――
「ミコト!なにか見えてきたかべぇ!」
その声に惹かれ、前簾を開けて前方を見る。
すると、遠くの方に木造の門らしきものが見えた。
外に出て、改めて感じたのは、より湿気を含んだ風の生ぬるさ、そして潮の匂い。
ようやく“霧凪”へと到着したようだ。
「あれが、“霧凪”なんだね!」
近付くにつれ、そこを行き交う人々の声が聞こえ始め、活気がある様子が伺えた。
文明が近いこともあり、私のテンションも徐々に上がってくる。
「……やはり、ミコトは野営には向いていませんね。テンションの上がり下がりが分かりやす過ぎます」
ヘレネちゃんが独りごちる。
それは仕方ないと思うんだ。現代日本であれば、キャンプやよほどの緊急時でもない限り、野営をすることはないんだよ!
そう言い訳を重ねながら、わくわくしていると、とうとう門前にたどり着いた。
シロを抱っこしながら牛車から降りて、門衛さんっぽい猫又族の人に話しかけようとした時――
「もしかして、貴女がミコト様か?」
気配もなく現れた、猫又族の男性に呼び止められた。
年齢は20代半ばほどだろうか。身長は百八十センチメートルくらいで筋肉質な感じ。髪型はミディアムウルフで髪色、というか猫耳と二股に分かれた尻尾も含め全て灰色。切れ長の目がクールな結構なイケメンさんだ。
……そして“猫”又なのに“ウルフ”カットとは……と微妙に失礼なことを考えつつ、お返事をする。
「……はい、私の名前はミコトって言いますけど……どちらさまでしょうか?」
にゃっぴーが私を守るように前に進み出て、ヘレネも私の隣に並ぶ。
「おっと……そう警戒しないでもらいたい。俺はこの“霧凪”の禰宜、イッシキという。神託巫女から出迎えを頼まれたんだ」
にゃっぴーが目を細め、その男性を視る。
「……名前は一色。禰宜で間違いないにゃ。危ない感じもしないにゃ」
とりあえず信じて大丈夫そうだね。
「すみません、念の為警戒しちゃいました。良ければ案内お願いします!」
「信じてもらえたようで何よりだ。……では、こっちの方だ。着いて来てくれ」
イッシキさんはそう言って、歩き出した。私たちも後に続いて門を潜る。
すると、そこには――
白壁の蔵や商家が立ち並び、軒先には荷が積まれていて……遠くからは威勢の良い呼び声が響いてくる、港町らしい光景が広がっていた。
“春霞”の長閑な雰囲気とはずいぶん違うね。
目を凝らせば、建物の向こうに帆柱のようなものまで見える。このまま真っ直ぐ海の方に降りて行くと港があるのだろう。
イッシキさんはそちらには向かわず、違う道に逸れた。どうやら高台の方に向かっているようだ。
高台に向かうにつれて徐々に人の声も薄れ、静かになっていく。
やがて――整えられた石段が続き、その先にある社が見えてきた。
「ここだ。まずは神託巫女から話を聞いて欲しい」
そう、イッシキさんは言って特に遠慮することもなく、社の中に入っていく。
にゃっぴーやフウの足を拭い、草履を脱ぎ、社の奥へ向かう。
そこには――十代後半くらいの猫又族の女の子が横座りで待っていた。髪型はロングのツインテール。
髪や猫耳、尻尾は左右で黒と白に分かれたツートンカラー。そしてやたらと眠たげな目をしているのが特徴だ。
「お兄……ご苦労さま……。そして……」
イッシキさんは神託巫女の兄だったのか……遠慮もないのは当たり前か。
「……」
「……」
いや、“そして……”の後に何を続けようとしたの。……この無言の間は何なの……。
と、私が若干混乱していると――
イッシキさんが溜息をつき、神託巫女の額に強めのデコピンを食らわせた。
「おぉう……お兄、痛い。何でそんなことするみゃ……?」
「何で、はこっちが言いたいことだ。何でこの場面で寝てるんだ……オマエ昨日も普通に寝てただろ。昼前だというのに眠くなるわけがあるか」
やたら眠たげ、どころか寝てたのか……
だいぶ個性的な娘さんみたいだね……
「そうだった。えっと……ミコト様、ようこそおいでくださいましたみゃ。伊邪那美命様より、火車様の件で協力していただける、と伺っているのですが……その認識で間違いないみゃ?」
「えぇ。間違いありません。“蛟”の“澱み”も祓うことができたので、お力になれると思います。……あと、すみません……お名前を伺っても?」
多分、“そして……”の後は自己紹介が続くはずだったのでは……?
「……?」
……本当に独特な子だなっ!?
何その、“さっき名乗ったよね?”みたいな顔は!
名乗ってないのよ!完全に寝てたでしょ!?
そう、私が思わず突っ込みを入れそうになっていると……再び溜息をついたイッシキさんが紹介してくれた。
「コイツの名前は“ニケ”だ。当代神託巫女のニケ。ちょっと個性的なやつだけど、仲良くしてやってくれ」
それが、猫又族の神託巫女“ニケ”との出会いだった。少しだけ先行き不安だけど……おそらく、ここから挽回してくれるのだろう。多分。きっと。




