第二十二話「間の宿」
山越えも終わり、“フウ”が仲間になった翌朝――
そろそろ、春霞と霧凪の中間地点に差しかかろうとしているけど、まだまだ日差しはやわらかい。
遠くの景色を眺めると、白く霞がかかり、ぼんやりとした春めいた空気を感じる。
「みんな、おはよう」
「おはようにゃ」
「おはようございます」
「きゅきゅー……」
「おはようかべぇ!」
牛車の外からは、一晩見張りをしていたとは思えないほど元気な声で、フウが挨拶してくれた。
一旦身支度のため、にゃっぴーとヘレネを伴って外に出る。
「フウ、昨夜は見張りありがとうね!おかげで良く眠れたよ」
「それなら良かったかべぇ!」
フウにしっかりとお礼を言って、人目が遮られる茂みに向かう――
*
“色々”な身支度を済ませて戻ってきたら、朝ごはんの準備だ。
確か、乾燥させたきのこが残っていたはず。
最近は旅での主食になっている玄米を、炊き込みご飯にしてみよう。
この後はフウが牛車を引っ張って行ってくれるみたいだから、朝は少しのんびりでも大丈夫なはず。
“射手座”で“火”を起こし、“水瓶座”で水を出してもらい、乾燥きのこを戻す。
その戻し汁にそのまま、水に浸しておいた玄米を入れ、たけのこ、にんじん、醤油、みりん、酒を入れて、ゆっくり炊き込む。
シロの分は別のお鍋で、醤油、みりん、酒を抜いたものを用意する。
「おいしそうな匂いがするにゃ」
匂いにつられたにゃっぴーが寄って来た。
そのまま優しく抱え上げて、私の頭に乗せる。
「もうちょっと待ってね。シロの分も炊く必要があるから、少し時間がかかるかも」
「ちゃんと待てるにゃ。待てもできない猫とは違うにゃ」
……でもね、にゃっぴー。キミはだいぶ猫の見た目に引っ張られていると思うよ?
*
朝ごはんも終わり、後片付けも終わった。
さて、そろそろ出発しよう。
「それじゃあ、フウ。今日は牛車を引っ張ってもらって良いかな?このまま、道を辿って行くと、“間の宿”があるんだ。建物が見えたら、ゆっくりお願いね」
「任せるかべぇ!」
「あ、昨日の夜は見張りをしてもらってたけど、大丈夫?疲れてるなら、“牡牛座”にお願いするよ?」
「問題ないかべぇ。“透明”だった頃は眠ってなかったかべぇ……今は透明じゃないけど……大丈夫かべぇ?」
そこはさすがに、私じゃ分からないね……
「うん。じゃあ、引っ張ってる途中で眠いなって感じたら教えてね」
「分かったかべぇ!」
フウはそう言って、軛の中に身を入れてくれたので、しっかりと繋ぐ。
平地だから、崖下に落ちることはないけど……
少し不安になってきた……
フウは牛車を引く、ということ自体初めてだったので、引き始めは慎重だったけれど――
時間が経つにつれ、コツを掴んできたのか……徐々にスピードアップし始めていた。
「フウ、あんまり急がなくても大丈夫だからね!」
念の為、そう伝えてみたものの――
「あはは!これ楽しいかべぇ!」
聞こえたかな?
いや、これ聞こえてないでしょ!
簡単な側溝がある程度の土の道なので、牛車が激しく揺れる。ガタゴトどころか、ガッタン!ゴットン!と、牛車の中がシェイクされる。
これ、“蟹座”親方作のイスノキ製牛車でなければ、壊れていた可能性があるね……良かった……頑丈なのを作ってもらって。
「にゃ、にゃ、にゃははは!めちゃくちゃ、揺れるにゃ!」
「きゅ、きゅ、きゅー!」
なんでこの状況でテンション上がるの?
「ヘレ、ネ、ちゃん!牛車、酔い、しそう!」
あまりの揺れに、言葉が途切れ途切れになる……
「ミコト、吐きたくなったら早めに伝えてくださいね。車内だと清掃が大変ですから」
私じゃなくて牛車の心配!?
……とりあえず、舌を噛まないように黙っていよう。そして目を瞑って、心を穏やかに……。
口から溢れそうになる“尊厳”を飲み下しながら、一刻も早く“間の宿”に着くことを祈った。
*
一時間以上は経っただろうか。瞑想という名のぐったり感が、そろそろ限界に達そうとした時――
「あ!なにか見えたかべぇ!」
そう、フウは言って急ブレーキをかけるように、走るのを止めた。
それが最後のひと押しとなり――
私は急いで外に飛び出し、近くの茂みで“尊厳”をリバースした。
「うぇぇ……」
ヘレネちゃんが走り寄ってきて、背中をさすってくれた。
「ミコト、大丈夫ですか?良く頑張りましたね。“水瓶座”を使うので、口をゆすいでください」
幻影の水瓶から、清い水がちょろちょろと流れ出す。
私はそれを口に含み、数回うがいをすると……徐々に気分も落ち着いてきた。
「ありがとう、ヘレネちゃん。助かったよ……」
そうしていると、他のみんなも心配して、こちらに寄ってくる。
「ミコト、もう大丈夫にゃ?」
「きゅー……」
うん……大変有り難いんだけど、ここは私の“尊厳”が落ちている場所なんだ……少し場所を移そうか。
*
「ミコト、ごめんなさいかべぇ……何だか走るのが楽しくなっちゃったかべぇ……」
牛車が止まっているところまで戻ると、フウが謝ってきた。
まぁ……仕方ないと思う。初めて他の人と交流ができて、さらには牛車を引き、走るという初めて尽くしだったんだ。楽しさが限界突破したんだろうね……
「うん、大丈夫だよ。ただ次からは、もう少し加減して走ってもらうと助かるかな?」
私の“尊厳”のためにもね……。
*
そこからは、フウには牛車を引っ張ってもらい、その他のみんなは歩いて行くことにした。
理由は単に、私の牛車酔いが完全には収まっていないからなんだけどね……
にゃっぴーを頭に乗せ、シロを肩に乗せて襟巻きみたいにして、ヘレネを伴って歩く。
道は既に石畳が敷いてある、人工的な道となっていて、大変歩きやすい。
「そういえば、霧凪に向かうにつれて気温が高くなるって聞いてたけど……あんまり変わらないね」
「あそこの“間の宿”が中間地点みたいだから、そこを過ぎたら変わってくるのかもにゃ」
うーん、この短い距離で季節が変わる……やっぱり地球とは違うんだなぁ。
遠目に見えていた“間の宿”が段々と近付いてくる。思ったより大規模な施設みたい。
簡易的な関所のようになっており、厩舎も見える。
だけど、馬車止めは見当たらない。もしかしたら……馬車がない世界だったり?
そういえば、春霞でも見かけなかったし、途中の山道も幅がやたら狭かった。それこそ馬車同士はすれ違えないほどに。
……たまたまだろうけど、他の通行者がいなくて良かった……。
そう内心で安堵しながら、門前近くに辿り着くと……関所の門番っぽい人が一人、こちらに走ってきた。
「直近で、春霞から荷物が届くとは伺っておりませんが……どのようなご要件でしょうか?」
門番らしき妖狸族の男性が丁寧に尋ねてきた。
すごいな……冷静に見ても、意味が分からない集団である私たちに、こんな丁寧に接してくるとは……。
舞さんからもらった書状を、にゃっぴーの“収納”から出してもらい、それをそのまま手渡す。
「春霞の禰宜、舞さんが認めてくれた書状です。確認をお願いします」
「舞様の……!門前で少々お待ちください。責任者に確認を取って参りますので!」
妖狸族の男性は、書状を持って“間の宿”の中に走っていった。
「舞さんに書状をもらえて助かったね。お話がスムーズに進みそうだよ」
「……本当ににゃ。客観的に見たら、僕たちほど怪しい集団も中々いないと思うにゃ」
「そうですね。特にミコトが目立って怪しいですが……無害そうな見た目に助けられていますね」
ヘレネちゃんは酷い言い草だけど……。
頭に猫を乗せて、すねこすりを襟巻きにしている巫女服の女性。さらには牛車酔いで顔色も悪く、若干ふらふらしている。
うん……不審者と言われても仕方がない姿だ。
そうやって改めて客観的に見る自分の姿に納得していると……先程の門番さんが、二人の男女を伴って、こちらに向かってきた。
穏やかそうで、見るからに優しそうな雰囲気を纏った妖狸族の男女だ。
そして、唄ちゃんに似てる?もしかして――
「お待たせして、すみません。今季の“間の宿”の責任者をしております、“楽”と申します。それから、こちらが妻の……」
「副責任者の“毬”と申します。ようこそおいでくださいました。歓迎します、救い主さま」
「ご丁寧にありがとうございます。“比良坂 命”です。ミコトって呼んでください。それと、普通に接していただいても大丈夫ですよ」
救い主さま呼ばわりは、ムズムズする。
「分かりました。ミコト様。それでは、私たちが宿舎兼事務所として使っている屋敷にご案内しますので、詳しくはそちらで」
そう楽さんが言って、“間の宿”と呼ばれている……ちょっとした町と言っていいほどの施設に入っていく。
門を潜ると、真っ直ぐに大通りが伸びており、その大通りに沿うように、宿や食堂などの様々な建物が並んでいる。双方の里から色々な荷物が届く関係で、集積所も兼ねているのか、倉庫っぽい建物も多い。
それにしても……間の宿って想像していたよりも、ずっと大規模な施設なんだね。まぁ、私たちの世界の間の宿とは、成り立ちが違うから当たり前なんだろうけど。
そして……出歩いている人の中に、猫耳と二股に分かれた猫尻尾が生えた人がいることも確認できた。多分、あれが猫又族なんだろう。
きょろきょろとあっちこっちを見ながら歩いていると……お団子屋さんが目に入った。優しくて甘い匂い。
「あらあら、ミコト様はお団子屋さんが気になったぽん?」
私の様子を見ていた毬さんが、そう声をかけてきた。
「あはは……私、甘いものが好きなんですよ」
「私もですぽん」
「それなら、後で屋敷まで届けてもらいましょうか。少しお待ちを」
そう言うと楽さんはお団子屋さんに向かっていった。
「あの、すみません……催促しちゃったみたいで……」
「いえいえ、ですぽん。遠慮なさらずですぽん」
そうしていると、お団子屋さんと何事か交渉していた楽さんが戻って来て、改めて屋敷までの道を進み始めた。
*
その屋敷は“間の宿”のちょうど中間辺りにあった。
大きな門があり、塀で囲まれている。
門の中に入ると、整えられた前庭があって、小さいけど厩舎もあるみたいだ。
「では、牛車はそちらに停めて、屋敷の中へ」
楽さんに案内されて、玄関で草履を脱ぎ、フウの足を“水瓶座”と布を使って綺麗にして、中に進む。
そうして案内された広間は、中央に囲炉裏があって畳敷き。縁側からは、松の木や池、灯籠が配置された整えられた庭が見える、とても落ち着く空間だった。和の雰囲気がすごい。
「こちらにお座りください」
「私はお茶の用意をしてきますぽん」
楽さんからは座布団を手渡され、毬さんは席を外した。座布団はみんなに回して座ってもらう。……フウだけはサイズ的に難しいので、畳に直接香箱座りだ。
「では……改めまして。ミコト様、この度は春霞の困りごと、ひいては蛟様の“澱み”の解決、そして……先々代まで連れ帰っていただいたこと、誠にありがとうございました」
そう言って楽さんは、深々と頭を下げてきた。
「いえ、そんな!こちらこそ色々ご支援いただき、大変助かってます!」
特に“紙”とかね!
お互い頭を下げ合い……それから顔を見合わせ、笑い合う。
「それならば良かった。こちらもしっかりお役に立てているようですね」
「ここはお互い様ってことで!」
そうしていると、毬さんとお手伝いさんらしき女性が、広間に入ってきた。
「お団子が届いたので、こちらも一緒にお召し上がりくださいぽん」
一人一人、お茶と黒蜜っぽい液体がかかったお団子が載った木皿が配られる。配られた瞬間から、シロとフウはがっつくように食べ始めた。
……シロは糖分が多い食べ物は大丈夫なのかな?
イタチは雑食だったから、見た目が似てる“すねこすり”も大丈夫だとは思うけど……。
少し不安に思っていると、全員にお茶を配り終えたお手伝いさんは部屋を出て行った。
“いただきます”と言って、お茶を一口飲み、お団子を口にする。すると、やはり黒蜜だったようだ。濃厚な甘さが口いっぱいに広がる。
「その黒蜜は、霧凪産の砂糖で作られているんですぽん。私もとても気に入っていますぽん」
と、毬さんが補足してくれる。
これは……霧凪はスイーツにも期待が持てる里のようだ!そして、こちらには牛乳やバターを用意できる手段がある……完璧じゃあないか……。
そう、思考が一瞬トリップしかけると、すかさず隣のにゃっぴーから猫パンチが飛んできた。
ごめんよ……“紙”やスキンケアもどうにかできるようになったので、別の欲望がね……。
*
美味しいお茶とお団子で一服し、改めてお話に戻る。
「ミコト様はこの後は霧凪に向かい、火車様の件を解決してくださるとのことですが……」
「えぇ。こちらで一泊させてもらったら、翌朝には向かうつもりです」
さすがに、文明を前にして、通り過ぎての野営は御免こうむる。
「ふふ……書状にもしっかりと書かれていたので、客間の準備も整えています。それで、ミコト様に少しお聞きしたいことがありまして……」
楽さんは、少し言いにくそうに尋ねてきた。
どうしたんだろう?
「あの……唄は元気にしていましたでしょうか?舞様に預けているので、そこは全く心配ではないのですが……」
「楽さんったら。すみません、ミコト様。楽さんは子どもに会えない期間をとても寂しがっておりまして」
あ、やっぱり唄ちゃんのご両親だったみたいだ。里では見かけなかったけど、何か事情があるかもしれないから尋ねはしなかったのよね。
そう思っていると、楽さんが事情を話し始めた。
「この“間の宿”は猫又族と共同で管理をしています。ですので、お互いの里から四半期ごとに管理者を派遣しているのです。今回は私たち妖狸族の順番で……」
どうやら、私たちが春霞に到着したのと、ほぼ入れ違いのようなかたちで、“間の宿”に出発したとのことだ。
本来であれば子どもも伴って、管理者として過ごすらしい。でも、唄ちゃんの場合は現役の神託巫女でもあることから、舞さんに預けての出張になっているみたいだ。それは、寂しくもなるだろう。まだまだ可愛い盛りだろうし……ここはお節介が必要な場面だね!
早速とばかりに唄ちゃんに念話を飛ばす。
(唄ちゃん、ちょっと良いかな?)
(……ミコト様?どうされました?さすがに霧凪に着くのが早過ぎると思いますが……)
(あ、まだ霧凪には着いてないよ。でも、少しこっちに来てもらいたいんだ。大丈夫?)
(えぇ、そちらに行くことに問題はありませんが……先代にお伝えしてくるので少々お待ちください)
唄ちゃんがそう言って念話が切れる。神託巫女とはいえ、舞さんの許可が下りたら、ちょっとの外出くらい大丈夫なはず……。
「だから、里ではお会いできなかったんですね。それは寂しくなっても仕方がないと思います。私に任せてください!」
任せる?と楽さんと毬さんが首を傾げていると――
(ミコト様、準備ができましたので、どうぞお呼びください)
唄ちゃんから返答があった。
「では、少し間を空けていただいて……
唄ちゃん、召喚!」
私の前に、ぽん、と唄ちゃんが現れた。
いきなりの対面に、楽さんと毬さんは目を見開き驚いている。
そして――
「唄!」
「唄ちゃん!」
「お父さん、お母さん!」
と親子が再会を喜び合い、抱き合った。
うんうん!良いことをした後は気持ちが良いね!
やっぱり唄ちゃんも寂しかったんだな、と思いながら様子を眺める。
そこには、親子が再会した優しい空気が流れていた――




