第二十四話「火車を追って」
「あたしの名前は“二卦”。よろしくみゃ」
イッシキさんに言われて、ようやく名乗っていなかったことに気付いたニケが、改めて自己紹介してきた。
「うん……ニケちゃんね。私は“比良坂 命”。そのままミコトって呼んでね。よろしく。こっちの小さい猫さんはにゃっぴー。キラキラした女の子はヘレネ。この抱っこされてる子はシロ。そっちの大きい猫さんはフウって言うんだ」
……良かった。ようやく眠気が覚めてきたみたいだ。
「では、改めて火車について聞かせて欲しい。あ、“澱み”や“苦悩”についてはイザナミ様から聞いてるかな?」
「……お聞きしてるみゃ。“澱み”に侵されてしまったら、その時の“差し迫った問題”を解決したり、その時の“悩み”とかを解決しないといけない……?」
その部分の説明が不要なら、話が早いね。
「うん、どうやらそうらしいんだ。こっちのヘレネちゃんの能力“水瓶座”で、ある程度の“澱み”は祓えるんだけど……その時の“悩み”とかも一緒に解決できないと完全な浄化にはならない。
だから、火車と一番関わりがあるこの里の人に話を聞きたい。ニケちゃん、火車から何か聞いてない?」
「……猫又族の神託巫女は代々、火車様のお世話係をやってきたみゃ。火車様は海魚が好きで、古くからこの里にお住まいだから、自ずとそういう役割を神託巫女が担ってきたみゃ」
妖狸族と蛟の関係に似た感じだね。しかも神託巫女がお世話係ってことなら、色々とお話ができていそうだけど……
「でも……今まで火車様から悩みを打ち明けられたことはないみゃ……。一つ分かっていることは、火車様がこの世界に来る前……妖怪になる前は普通の猫で、飼い猫だったってこと。それだけは、お聞きしたことがあるみゃ。それ以外は……何も……」
……ということは……蛟と同じパターンの可能性があるね。おそらく、直近の悩みであればお世話係に少しくらいは伝えるはず。それすらもない上に、特に思い至ることもないのであれば……
「イッシキさんは、どう?火車から、何か聞いていたり、何か気になる行動をしてた、とかある?」
「いや……俺も特に思い当たることはないな。というか、今のニケの話すら知らなかった」
「じゃあ……やっぱり、飼い猫だった時の“悩み”が再燃してる可能性が高いかも?蛟も“そう”だったんだ」
「蛟様も……?」
「うん、そうなんだ。蛟の場合はその場で解決できることだったから、どうにかできたんだけど……。やっぱり、本人に直接お話を聞くしかないね。火車のお世話をする時に、私も立ち会わせてもらえないかな?」
それができれば、どうにかして“水瓶座”の浄化を受けてもらって、“悩み”を話してくれるようになる、かも。
だけど――
ニケちゃんは泣きそうな顔になってしまった。
「火車様が“澱み”に侵されてからは……お世話ができなくなったみゃ……近付こうとすると、お逃げになるのみゃ……」
一人で思い悩んじゃうタイプね……そして、一つ気になることが出てきた。
「それだけ長い時間お世話ができてない、となると……火車が、もう別の場所に行ってしまったってことはないの……?」
もし、そうであれば……イザナミ様に頼らざるを得ない。
「それは大丈夫……だと思う……。火車様は、夜になると活発に動かれる習性があって……今も夜になると、里のどこかで見かけることがあるみゃ……」
「里の中に居るのは間違いないと思うぞ。俺も数日前に見かけたことがある。お声がけはしたんだが……そのまま去って行かれてしまったな……」
この里に留まっているのなら良かった。探す範囲がある程度絞り込める。
「じゃあ……どちらにせよ、こちらから接触するしかないってことか……。火車の特徴を聞いて良いかな?とりあえず一度接触してみようと思う」
ぶっつけ本番になってしまうけど、本人から直接聞くしかない。どうにか“水瓶座”を浴びせることができれば……
「火車様は、この世界唯一の“三毛”猫みゃ。この里は漁が盛んな関係で多くの猫が住処にしてるみゃ。けれど“三毛”猫は、火車様しか見たことがないみゃ。それと……火を司っていらっしゃるのが原因なのか、夜はぼんやりと明るく見えるみゃ」
“澱み”に侵される前は、周りに燃え移らない不思議な火を灯して、里の中をお散歩していたみゃ……。
とニケちゃんが続けた。
火を灯していた時よりは見つけにくそうだけど……夜に光源となっている三毛猫、という大きな特徴が分かれば十分、だと思う。
「ふむふむ、ありがとう。あと、火車が好んでいる場所とか、この経路で良く見かける、とかがあったら教えて欲しい」
そこまで絞り込めれば……或いは……。
*
私たちは社から出て、里を見下ろす。
ここは高台になっているから、里全体を見渡すのに便利だ。
“春霞”とは違い、長屋がメインの里のようだね。その長屋に沿って通りができている。
海、そして港まで続く大通りは、人が住んでいるというより商店がメインっぽい。多くの人々の出入りが見える。
港に近いところは、倉庫や獲れた魚の加工場となっているのか、船から次々に木箱が運び込まれている様子が伺える。
また、港側に海に向かって突き出している岬があり、岬の先端辺りに灯台のような建物が建っている。あれがおそらく、灯明堂という設備なんだろう。火車はそこがお気に入りだったみたいだから、確認に行ってみよう。
海の方を見ると、遠くの方は霧が濃すぎて一切見えない。そこから、里に近づくにつれ、霧が晴れてきているみたい。
これは……灯明堂が使えないのなら、本当の意味での近場でしか漁ができないと思う。目算だけど、数百メートルも沖に出たら、霧に阻まれて現在地が分からなくなるだろうね……
「どうだ?ある程度の全体図が頭に入ったか?」
案内係を買って出てくれたイッシキさんが、そう言ってきた。
「えぇ、ある程度は。そして灯明堂が使えないと漁に支障が出る、ということが改めて実感できました」
「……そうだな。もしかしたらミコト様には、里の動きが活発に見えているかもしれないが……本来ならもっと多くの漁船が行き来しているんだ」
そうなんだ……でも、そうだよね。この里の全ての人の食料を賄い、さらに輸出までしていたら……多分足りなくなるのかもしれないね。
さらに詳しく事情を尋ねると、霧の中では方位磁針も狂ってしまい役に立たなくなるため、灯明堂のみが命綱であるとのことだ。
「じゃあやっぱり……火車の“澱み”をどうにかできれば、この里の悩みも解決できそうだね」
そう決意を新たにして、私たちは里を巡るために歩き出した。
*
長屋が多い関係で、猫だけしか通れないような狭い道がほとんどなかったのは良かったのだけど……
「……これ、長屋の上を使って逃げられたら、ほぼ追えなくなるね……。その場合は、にゃっぴーとシロに頼ることになるけど、大丈夫?」
「行けるにゃ。火車の強さも蛟と同程度だと仮定すれば……僕の身体能力も“虎”になるし、追い付ける……はずにゃ」
「きゅーきゅっ!」
“猫にもなれば虎にもなる”、の能力か……それに、もしシロが身体を擦り付けることができたら、“追跡”の能力で確実に追えるようになる。
「では、基本方針はこれで行こう。地上からは、私とヘレネちゃん、フウで追う。建物の上はにゃっぴーとシロに任せる。ヘレネちゃんは“水瓶座”、フウには“道塞ぎ”の能力を使ってもらう」
特にフウの“道塞ぎ”の能力があれば……ある程度の進路妨害もできるはず。私たちが足止めされた時みたいにね。
「任せてください」
「おらも頑張るかべぇ!」
そうやって作戦を練っていると、イッシキさんも協力を申し出てくれる。
「俺も手伝おう。そもそも、この里の者がやるべき事でもあるからな。それに……俺なら長屋の上も追える」
それは非常に助かる。地上と建物の上、両方で動けて、さらに土地勘もある。これ以上の助っ人は望めないよね!
「ありがとうございます!あとは……少し遠いけど、灯明堂も確認しよう。火車のお気に入りの場所みたいだし」
私はそう言って、岬の方に足を向けた。
*
「ここが……灯明堂」
その建物は、岬の先端にぽつんと存在していた。
石垣で組まれた少し高い土台の上に、二階建ての木造建築物が建てられていた。
四方には支えなのだろうか?四本の柱が建築物を支えるように地面から伸びている。
「中に入っても大丈夫ですか?」
「問題ない。俺がここの鍵の管理もしてるからな。少し待ってろ」
イッシキさんはそう言って、扉に向かい鍵を開けて中に入っていった。私たちもそれに続く。
……さすがにフウは、大きさ的に入るのが厳しいので、外で待ってもらうことになった。
「おぉー……内部はこうなってるんだ」
一階部分は本当にただの待機所って感じだ。板張りの床になっていて、机と椅子が設置してあるだけ。
固定式の梯子が設置されていて、そこから二階部分に行けるっぽい。
「一応、上に上がってみても良いですか?」
「いいぞ」
お言葉に甘えて二階部分に上がる。こちらは一階よりさらに狭くなっている。海側の三方向にのみ格子が組まれ、障子紙が貼られていた。多分海からの風で、火が消えないようにするためだろう。また、里側の部分はただの壁みたいだ。
中心には金属でできた大きな火皿、そして灯芯が設置してあった。
確認も終わったので、一階に戻る。
「ここが機能していた頃は、菜種油も常備してたんだがな……」
そう言われてみたら、特にそういった物は見当たらない。密封できる容器もないだろうし、使わない期間が長いと劣化しちゃうからね。
多分、別のところにでも保管、というか普段は食用として使っているのかも?間の宿の屋台では天ぷら串もあったし。
「イッシキさん、ありがとうございました。これでだいたいの地形が分かりました。……それでは改めて夜になってから、協力をお願いしたいのですが……私たちはどこに滞在すれば良いのでしょう?ちなみにお金は持ってません!」
よく考えると……お金もどこかで入手した方が良い気がしてきた。
「自信満々に言うことではないと思うが……神託巫女の社に泊まると良い。元々そのつもりだったし、実際に客間もあるのでな」
「じゃあお言葉に甘えます!よろしくお願いします!」
とりあえず寝泊まりする所も確保できたし、安心した!
「ついでに、ご飯とお風呂もお願いしたいです!」
「……要求が図々しいにゃ……」
「それでこそ、ミコトです。むしろ文明を要求しないミコトは“偽物”ですので、分かりやすくて良いです」
おい、聞こえてるぞ。文明を要求しない私を偽物扱いはおかしいでしょ!私だって控えるべき場面では、ちゃんと控えてる……はず!多分。
*
夜になった。
ご飯をしっかり食べて、栄養補給をして、社の前に集合する。ニケちゃんには念の為、社で待機してもらうことになった。何かの拍子に、お世話係の元に来てくれる可能性だってあるからね。
そして……夕食にはお刺身が出てきた。
猫又族は“にがり”をお揚げ好きの妖狐族に輸出している関係で、お醤油は秋瑞産の物が用意されていた。
そして途中で鬼人族の里を経由するため、そちらで旬の山葵も確保できるとのこと。
正直めちゃくちゃ美味しかった。
にゃっぴーたち毛皮組には、山葵は無理だったみたいだけどね。
「よし、じゃあ……二手に分かれて行動しようか。にゃっぴーとシロの組、そして残り全員の組で探す。にゃっぴーたちが見つけたら念話をお願いね。こっちが見つけた場合も念話を飛ばすから」
こういう時に念話はかなり役に立つ。リアルタイムでやり取りできるのは、この世界で私たちくらいだろう。
「私たちが見つけて、上に逃げられたらイッシキさんにお願いしますね」
「任せろ」
イッシキさんは頷いて短く答えてくれた。頼りになる雰囲気だね!
「では、行動開始!」
私はそう言って、二手に分かれて火車を探し始めた。今日いきなり見つけられるとまでは思わないけど……痕跡くらいは見つけたいな。
*
火車を探しながら、里を回り始めて二時間くらい経っただろうか。普通の猫は何回か見かけたけど……“三毛”猫ではなかった。
「これは長丁場になるかもね……この広い里の中から、たった一匹の猫を見つけるってなると……」
“澱み”をどう解くかより、まず探すことが大変なパターンだ。
その時――
(見つけたにゃ。港の方、一番大きな倉庫の屋根の上にいるにゃ)
「にゃっぴーが見つけたって。港に向かおう。イッシキさん、一番大きな倉庫まで案内をお願いします!」
私たちは急ぎ足で、港方面に向かった。
*
にゃっぴーたちと合流して、倉庫を見上げてみた。さすがに、ここからは見えないけれど……上の方から悲しげな鳴き声が聞こえてくる。
“みゅう、みゅう……”と。
「悲しそうな声……何かに悩んでるのは間違いないね」
どうにかして、解決してあげたいけど……まずは確保しなきゃ。
ここから、いきなり“水瓶座”を使うって手もありはするけど……火車を目視できない状態で使っても当たる確率は低い。
「……そうだね……こちらの海側には私とヘレネちゃん、フウを置く。そうすれば、こちらに逃げて来てもフウがどうにかしてくれる。にゃっぴーとイッシキさんは左右から挟み撃ちでお願い。そして里側にはシロを伏せておく。里側に逃げたら、無理に止めようとしなくていいからね。シロが軽くでも身体を擦り付けてくれれば、今度はもっと探しやすくなるから」
「良いと思うにゃ。仮に今回失敗しても、次に繋げられる布陣にゃ」
「えぇ。それに、今日はまだ一日目です。気負わずに行きましょう」
そうだね……今日絶対にどうにかしなきゃいけないわけじゃない。緊張し過ぎないようにいこう。
「では、今伝えた配置について。状況の共有は、にゃっぴーが念話でお願いね」
*
状況が動き出したみたいだ。上から少しだけ、イッシキさんの声が聞こえてくる。
まずは声掛けからだよね。
そうして待機していると……さらに状況が動いたのか、少し騒がしくなってきた。
「フウ、念の為能力を発動しておいて。ヘレネちゃんは“水瓶座”の準備を」
「えぇ」
「任せるかべぇ」
こちらに火車が来た場合に備え、準備をする。
だけど――
(シロの方に逃げたにゃ!)
(!シロ、お願い!)
(きゅっ!)
今日捕まえることができなくても、シロが身体を擦り付けることができれば――
(きゅきゅきゅ!)
シロから嬉しげな感情が混ざった念話が伝わってきた!
「多分、シロがやってくれた。これで火車を探すのが容易になる」
だけど、今回の布陣で捕まえられなかったんだ。次も同じ状況であれば失敗してしまうだろう。
「今回はこれで良しとしようか。大金星のシロも労ってあげなきゃ」
しっかりと私の櫛でブラッシングしてあげようかな!
いや……これはいつも、シロにもにゃっぴーにもしてあげてるか……何か珍しいお肉を手に入れることができたら、私の分をあげることにしよう。
*
今日のところは社に戻って休むことにした。
ニケちゃんに状況を報告し、イッシキさんにもお礼を言って、お風呂に向かう。潮風でベタベタだし、結構汗をかいたからね……
お風呂では、特に毛皮組を念入りに洗って、しっかり水気を取っておく。
フウの大きさだと、湯船に入る事ができないので、四十度に調整された“水瓶座”の掛け流しで温まってもらう。
そうして客間に入り、明日以降のための作戦会議だ。
「次、見つけることができても、今日と同じ布陣だと失敗する可能性が高いよね」
「そうなると思うにゃ」
「あの時、仮に私たちの方に逃げて来たとしても……フウの巨体も目立っていましたからね。迂回されれば“道塞ぎ”の能力も回避されてしまいますし。普通の猫ではないので、捕まえるのも難しかったでしょう」
そこだね。フウの能力も万能ではない。からくりに気付かれる可能性もある。
「でも、今回はフウの能力を“見せず”に済んだからね。次回は、そこも踏まえての配置にしよう」
「あ……そうだにゃ、ミコトに伝えておいた方が良い能力をさっき発現できたにゃ」
どうやら、“猫をかぶる”という能力を発現できたようだ。レベル3で覚えた内の片方かな?
詳しく聞くと……自分と自分が触れている存在の匂いや音、気配を限りなく薄くできる能力とのことだ。だけど、視認されるか攻撃の意思が向いた時点で発動はできないみたい。
「じゃあ……にゃっぴーとフウをセットで運用できれば、思わぬところに行き止まりを発生させることができるね」
「良いと思うにゃ」
「そして、唄ちゃんと祭ちゃんも呼ぼう。幻術を使ってもらって、さらに逃げ場をなくす」
「とはいえ……それで完全に捕まえることができるでしょうか」
そうだね。どちらにせよ一度は“水瓶座”を浴びてもらう必要があるし……五行妖怪ほどの身体能力があれば避けられる可能性が高い。
「そこで、なんだけど……逃げ場を無くして、灯明堂の方に追い込もうと思うんだ。あっちにもこっちにも逃げられない……となると最終的に行き着くのは、自分がお気に入りだった場所になる、と思う」
無意識でそちらの方向に逃げる可能性がある。
それができれば、灯明堂の周りは海ばっかりだ。それ以上逃げることは難しいだろう。
「……ヘレネ、ヘレネ。これミコトにゃ?なんか頭が良い気がするにゃ」
「間違いないはずですが……ミコト、ベースメイクができる手段があればやりたいですか?」
「やりたい!!」
食い気味に返事をしてしまったけど……
おかしいでしょ!?人が真剣に作戦を練っているのにその言い草は!
「ミコトだにゃ」
「えぇ。安心しました」
そういう確認のされ方!?
これは……二人には罰が必要のようだね……
「……にゃっぴーとヘレネちゃんには罰を与えます。今日は二人とも私の抱き枕の刑です」
そう言って二人を抱っこして布団に潜る。
にゃっぴーはふわふわで、ヘレネちゃんはひんやりしてて気持ちが良い。
“家族”を抱っこした安心感で、すぐに眠気が襲ってくる。明日に備え、私はその眠気にすぐに身を委ねた――




