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第二十話「唄」

“春霞”に戻ってきた翌朝――

眠りが深かったおかげか、一切の眠気もなく目を覚ますことができた。

私が起きた気配が伝わったのか、他のみんなもごそごそと起き出してくる。


「おはようにゃ」

「おはようございます」

「きゅー……」

「にゃっぴー、ヘレネちゃん、シロ、おはよう!」


いつもだけど、シロだけは眠そうだね。朝に弱いのかも。朝食までは、そのまま寝かせておこうかな。


「とりあえず、色々身支度したいから、ヘレネちゃん、ついて来てもらって大丈夫かな?」

「えぇ。私もゆっくり眠れたので、だいぶ回復したようです。一緒に向かいましょう」


ヘレネちゃんを伴い、湯殿に向かい顔を洗い、そのままお手洗いにも向かう。

その途中、社でお仕事をされている妖狸族の皆さんに呼び止められ、お礼を言われた。


「救い主様、蛟様を救ってくださり、ありがとうございましたぽん!」

「蛟様が復調されたとお聞きしましたぽん。ありがとうございますぽん。これでいっぱい農業出来ますぽん!」

「救い主様、助かりましたぽん!」


いえいえ、そんな。こちらこそ、美味しいお食事や保存食を、いつもありがたくいただいています。

と、そんな風にお互い何度も頭を下げ合う。


「……なんか良いね。こういうの。お互いが色々助け合って、“ありがとう”って言うの」


現代だと……いや、これは良いか。

私は今、この世界で生きているんだから。


「これも私たちが頑張ってきたからこそ、です。無理をせず、このままの調子で進んで行きましょう」

「うん、そうだね。私たちは私たちのペースで進もう」


確かに時間制限はある。

だけど無理をして選択を誤ったら、余計に時間を損なうだけだからね。

そう思いつつ、私たちは部屋に戻った。

部屋に戻ってすぐに、朝食が運ばれてきたのでシロを起こし、みんなで朝食をいただく。

その後緑茶で一服してから、改めて報告のために唄ちゃんのところに向かった。





社の奥の間に着くと、すでに唄ちゃん、舞さん、祭ちゃんが揃っていた。

「ミコト様、おはようございます。昨夜はよく休めましたか?」

「唄ちゃん、おはよう。とってもよく眠れたよ。私にとって、この里は居心地が良いのよね」


何せ、この里は“常春”らしいからね。だからこそ農業も盛んなんだろう。私の性格にも合っているのか、とてもゆったりした気分で過ごせている。


「そう言っていただけると、私も嬉しいですぽん」

「里が褒められると、自分まで嬉しくなっちまうよ!……それでミコト様、詳細をお聞きしても大丈夫かい?オレたちも、まさか出て行ったその日に解決する、なんて思ってもみなかったからね」


そうだね。蛟の件の報告をしなきゃ。


まずは――蛟とのやり取り、そして“澱み”を祓うまでの流れを、順を追って話す。





「……蛟様には、そのようなお悩みが……」

「それに、“水瓶座”の水で会話が可能になったってことは……五行妖怪様の“澱み”をどうにかしようと思ったら、ミコト様たちに頼らざるを得ないってことかい……」

「蛟様が“暴走”されていなかったのは、幸運でしたな」


そう、蛟が暴走していなかったから、比較的穏やかに“澱み”を祓えた。

そして――やっぱり“澱み”を祓う“鍵”は“水瓶座”なんだ。一旦、それさえ当てることが出来れば、“苦悩”を聞き出すことも可能になるだろう。


“今”の私たちであれば、その段階まで安全に持っていける可能性は高い。何せ、今はにゃっぴーとヘレネには周囲を守れる能力があり――さらに言えば、私は“祭”と“リュウ”を召喚することもできる。


あとはそこから先――相手の“苦悩”を解けるかどうか、だ。


「今なら、“水瓶座”の水を当てることは、そこまで難しいわけではなくなっているんだ。だけど……五行妖怪も含め、“澱み”に侵されている妖怪たちを祓うには、周りの協力が必要なの。普段はどういう妖怪だったのか、何かの断片でも良いから、その妖怪が何かに悩んでいたことはなかったか……それを知るためにも、各里を巡り、お話を聞く必要性を感じてる」


蛟はたまたま、その場で解決出来る範囲の“苦悩”だったけれど……他の妖怪全てが、同じだと思うのは危険だ。状況によっては“余計なお世話”になってしまい、お話自体が出来なくなる可能性だってある。


「……そうですね……ここは、やはり……」


唄はそう呟き、決意のこもった眼差しで、こちらを見つめてきた。


「ミコト様、改めてお願いがあります。良ければ、私に“名付け”をお願いしたいのです」

「唄!?」


舞さんがとても驚いている。ということは、事前に話し合った結果、というわけではなさそうだ。


「それ自体は別に構わない、というか私としても助かるのだけど……理由を聞いても良い?」


神託巫女としての務めもある中で、私のお手伝いまでさせてしまって、大丈夫なんだろうか?


「私自体には、状況を大きく動かせるような力はありません。しかし、これでも現役の神託巫女なのです。幻術では先々代に及ばずとも、他の里の者との橋渡しをすることはできます。

神託巫女なので、この里を長く空けることはできませんが……ミコト様の召喚に、一時的に応じることくらいはできるかと。

そして……場合によっては、伊邪那美命様の神託に頼ることも出来るはずです」


“もちろん神託に頼り切りでは、いけませんが……”と、唄が続ける。


でも、確かにそうだ。私たちのこと自体は神託が降りていて、認識されているのだろうけど……その人となりまでは分からないはず。

人間性が分からない人物に、いきなり重要なことを話してくれるだろうか?そうはならない、と思う。

であれば、既に信用を得ている唄ちゃんに、間に入ってもらい交渉するのが、一番の近道だ。


「それに……この世界の住民ではないミコト様に頼り切り、というのも心苦しいのです。ですので、どうか“名付け”をお願いいたします」


再び、唄としばらく見つめ合う――

もう、覚悟を決めているんだね、唄ちゃん。


それなら――


「分かったよ。唄ちゃん。これから他の里に入った時には頼りにさせてもらうよ!

では……キミは“唄”、今まで通り、唄ちゃんって呼ぶね!」


“同意”を刻むように、唄が淡く光った。


そして――いつもの“透明な板”が現れる。


───────

サモニャー

スロット1:にゃっぴー LV.3(※送還不可)

スロット2:ヘレネ LV.3(※送還不可)

スロット3:空き

スロット4:空き

スロット5:空き


控え(“名付け”済み):キヨ(水妖“清水”)、サツマ(小鬼)、カク(河童)、シロ(すねこすり)、祭(山姫)、リュウ(蛟)、唄(妖狸)

───────


「それじゃあ、改めて。唄ちゃん、よろしくね!“春霞”でのお仕事があったら、そっち優先でね!」

「はい!ミコト様!よろしくお願いしますぽん!」





それから――


次の目的地を鮮明にするためにも、この世界の地理について、唄に説明をお願いした。


「それでは、この箱庭世界の地理についてご説明します。最初に、この地は箱庭世界唯一の陸地であるため、便宜的に大陸と呼ばせていただきます」


まず、大陸中央には、ダイダラボッチが最初に降り立ったとされる“原初の谷”がある。

そして、その周辺は山岳地帯となっており、通行が困難であること。

また、各里は山岳地帯を中心にして、東西南北にそれぞれが位置していること。


東には、“常秋”の妖狐族の里“秋瑞(あきみず)”。

西には、唯一海に出ることが可能な、“常夏”の猫又族の里“霧凪(きりなぎ)”。

南には、“常春”の妖狸族の里“春霞(はるかすみ)”。

北には、“常冬”の鬼人族の里“鉄火(てっか)”。


各里同士はそれぞれの得意分野を生かし、持ちつ持たれつの関係であるらしい。

例えば、妖狐族であれば大豆製品の作成や神事、猫又族であれば漁や塩の生産、妖狸族であれば食料生産、鬼人族であれば鍛冶による鉄製品の量産など。


……しかし、五行妖怪が“澱み”に侵されたことで、それぞれが受け持っていた産業が滞りつつある、と。


そして――


「先々代が提案された、妖狐族の里への道がある森は、先日もお伝えした通り、“木霊”様の不調のため、現在通行ができない状態になっております。ですので、実質ミコト様たちがすぐに向かえる里は、西の猫又族の里“霧凪”のみです」


ということは……方角的には、この里より北西方向。つまり蛟の住処をさらに北西に進んだ先に、猫又族の里があるってことだね。


「どちらにせよ、全ての里を巡る予定なんだ。むしろ選択肢が少ない方が助かるよ。じゃあ、次は猫又族の里“霧凪”に向かうね。里の名前にも入っているけど……もしかして、霧が多い地方なの?」


“常夏”で霧が多い地方ってなると、熱中症に気を付ける必要があるかもしれない。


「“霧凪”自体には、海風の関係で、あまり霧は発生しません。ですが、“海そのもの”に霧がかかっているのです。この世界は箱庭世界です。海に出たとしても、“ある一定の距離”より先へは、“物理的”に進むことができません。その目安として、海には霧が発生しており、陸地から離れれば離れるほど、濃い霧がかかっております」


そういうこと。この世界には、この世界なりの“法則”があるってことだね。


だけど――


「でもさ、さっき聞いたお話だと、漁業が盛んなんだよね?……そこまで濃い霧が発生している海に出て大丈夫なの?」


しかも、その里の部分だけが直接海にアクセス出来るところなんだよね?少しのミスで遭難する可能性が高いんじゃないかな……?


「そこで活躍するのが、“灯明堂(とうみょうどう)”です。猫又族が漁に出る際は、“灯明堂”の管理者が火を絶やさぬよう、交代で“火の番”を行っています。その明かりのおかげで、船が迷う事はありません。そういった事情で、“春霞”より“霧凪”には多くの菜種油を輸送しているのです。しかし……」


“とうみょうどう”――灯台みたいなものかな?

そして最近は、何か問題が起きている、と。


「五行妖怪の一角であり、この世界の“火”の管理者でもある“火車”様が、“澱み”に侵されてしまいました。そのため、全ての火を扱う場面で“火力”が弱っているのです。普段の煮炊き程度であれば、あまり影響は感じられませんが……“灯明堂”や“鍛冶”などの火の勢いや火力が必要な作業では影響が顕著です。ですので……遠くからでも見えるほどの火力を維持できないため、灯明堂がほとんど機能しなくなっており、漁業に支障をきたしている、と伺っております」


そういうこと。里からあまり離れた場所には向かえない。となると……漁獲量の問題が出てくるよね。


「ありがとう、唄ちゃん。猫又族の事情が分かったよ。やっぱり、五行妖怪の“澱み”を祓うのが各里の困り事の解決に必要みたいだね」


そう、決意を新たにしながら、“霧凪”までの移動距離を聞く。


「この里から“霧凪”までは、三十里くらいだね。中間地点付近に“(あい)宿(しゅく)”があるから、利用しなよ。書状を(したた)めてくるから、少し待ってな!」


舞はそう言うと、早速とばかりに奥の間を出て行った。

色々準備したいし、さすがに今日出発するってわけじゃないから、急がなくても良いのだけど……


「そそっかしいのは相変わらずかぇ……ミコト様、数日は準備で里に留まるつもりですな?」

「うん、さすがにね。昨日の疲れも完全には抜けてないし。そうだね、三日ほどは留まる予定だよ」

「それが良いと思うにゃ。レベルが上がったおかげなのか、“あってもなくても猫のしっぽ”の収納容量も増えてるみたいだしにゃ」


そうなの!?レベルが上がると収納容量がアップするって……やっぱり“課金”の必要ないじゃんね!


「じゃあ、にゃっぴー。“紙”は多めにお願いするね!……約束だよ?」

「ミコト、紙だけはやたらとしつこいにゃ……」


だって、“霧凪”まで遠そうじゃない?もし、途中で“紙”がなくなったら――想像しただけで冷や汗が出るよ。

まぁ、“()”って言われても距離感が一切掴めないんだけどね!


「あ、そうだ。その“間の宿”って宿泊出来るの?」


確か私の世界だと、宿泊出来ないって場所だった記憶が……ある、ような……気がしなくもない。


「もちろん宿泊出来ますぞ。お互いの里の者が輸送途中で一息付くことの出来る貴重な場所ですからな。それに、双方の里の物資が交わる場所でもあるので、物資の補給も可能ですじゃ」


おぉ〜それは助かる!


あれ?だけど……


「……そういえば……今さらなんだけど、私ってここのお金持ってないや……。ねぇ、結構遠慮せずご飯食べたり、お風呂に入ったりしてるんだけど……大丈夫、なの……?」


血の気が引いて、顔色が悪くなる。ヤバいな……あれか?いきなりここで借金生活編が始まってしまうのか……


「……ミコト様は、ご自身のご活躍を過小評価し過ぎていますね……本来なら亡くなっていた、先々代を連れ帰り、様々な過去の引き継ぎを出来るようにしてくださいました。

さらには“蛟”様の“澱み”を祓い、この里の農業用水の問題も解決していただきました。そこから続けて別の里の問題も解決しに行ってくださるとのこと。

しかも最終目標はダイダラボッチ様の“澱み”を祓うこと、とまで仰っていただけています。お食事などの物資やお風呂程度では、返し切れないほどの“恩”が重なっているのですよ?」

「その通りですな、ミコト様。確かに我儘放題であれば問題ですじゃが……ミコト様に限っては、そうはならんはずですじゃ」


良かった。心底安心した……


「そう言ってくれるのなら、助かるよ」


あ、舞さんが書状を(したた)めて来てくれるってのは、そういうことなんだね。宿泊や物資を融通してもらうための書状ってことか……


「……僕まで一瞬、血の気が引いたにゃ……」

「……そうですね。ミコトに言われるまで、その辺りのことは一切気にしていませんでしたから……」


にゃっぴーたちも気付いていなかったみたいだ。

こう、私たちってこの世界の常識を知らないから、尚のこと唄ちゃんに“名付け”ることができて良かった……。常識アドバイザーとしても、ぜひお願いしたい。





あ、そうだ――


「ねぇ、唄ちゃん。“蛟”のことで聞きたいことがあったんだ。“蛟”は神話時代に、ある人間に“斬り殺されてしまった”って言ってたんだけど、どういうことか分かる?私には、生きてるようにしか見えなかったんだけど……」


「“蛟”様がそのようなことを仰っていた、と?私も初めて伺いました。念の為、伊邪那美命様にお尋ねしますので、しばしお待ちください」


伊邪那美命様がこの世界に送ったのであれば、その辺りの事情はご存知のはず、だよね?


「……はい。承りました」


唄は、そう言って一度頷き、詳細を語り出した。


「実のところ、斬られたのは間違いないそうです。しかし、とどめを刺される寸前で、伊邪那美命様が、こちらの世界に送られたとのこと。おそらく、本人はそのまま、“とどめを刺されてしまった”認識になっているのではないか、と仰せでした」


そういうことか……本人的には、ここは死後の世界ってイメージになってるのかもね。

伊邪那美命様が創った世界みたいだし、そういう認識になってしまった、と。


「うん。何となく事情が見えてきたよ。ありがとう、唄ちゃん」

「いえ。さすがに、私も気になりましたので……」


あえて本人に伝えなくても、大丈夫といえば大丈夫な話ではある、かな?





そこから三日間は準備期間となった。

各種保存食や“紙”、痛み止めや炎症止めなどの和漢薬、それに“剃刀”までいただいた。柄と刃が一体化している少し重めのタイプ。これで、色々と“お手入れ”が捗るね!


そして……ヒーニャーの能力を自覚した日から、“小回復の祈祷”の熟練度を上げるため、軽い怪我を負った妖狸族の皆さんをコツコツ回復し続けていた。

目に見えるかたちで、お仕事するのも大事だからね!


そうしていると、ついに――


───────

副職:ヒーニャー

スキル

中回復の祈祷 熟練度 0/100

小清浄の祈祷 熟練度 0/50

平癒の祈祷(※緊急時のみ。“死”以外の全ての状態を平癒する/代償:生命力)

───────


小回復の祈祷は中回復の祈祷になり、そして新たなスキルも覚えた。

どうやら、“小”だと軽い風邪などを治せるみたい。めちゃくちゃ便利だ!相変わらず、治している間は、私がそのキツさを引き受ける必要があるみたいだけど……

デメリットはもちろんある。

だけど正直、熟練度とうかたちで、成長が目に見えるシステムは助かっている。

まぁ、無理をしないようにってことで、にゃっぴーたちの監視付きだったけど……

残りの時間は既に一年を切っているんだ。安全な里の中くらいでは、多少の無理も必要だと思う。

……ヒーニャーの能力が強まれば……もしもの時に怪我を負った子をフォローできるからね。


そうこうしていると、あっという間に時は過ぎ――





“霧凪”へ向かう日の朝、門にはいつもの三人が見送りに来てくれた。


「それではミコト様、お気を付けて。“霧凪”に着いて、困ったことがあったら、お声がけをお願いします」

「ミコト様、これが“間の宿”で渡してもらう“書状”だよ。ここから、向こうに移動する過程で徐々に気温が高くなってくるから、気を付けるんだよ」

「ミコト様、何か危険があればお呼びくだされ。婆が何とかしてみせましょうぞ!」


「ありがとう、みんな!次、ここに戻ってくる時は……うん、遅くても半年以内には戻ってくるよ!行ってきます!」

「またにゃー」

「行ってきます」

「きゅっきゅー」


そう言って手を振りながら、出発するため牛さんにお願いしようとすると――


「あ、そうだ、ミコト様!“間の宿”では畳を融通してもらえるよう手配してるから、着いたら絶対に書状を渡してくれよな!」


畳ですと!?それは楽しみ!

牛車の乗り心地が良くなるのは大歓迎だ!


「舞さん、ありがとうございます!行ってきまーす!」


旅に出る直前に、モチベーションが上がる一言をもらえた。

畳敷きの牛車……野営がすっごい楽になるぞぉ!


「とても助かるにゃ。旅をする時は、ミコトのモチベーション上げが重要だからにゃ……」

「そうですね……ミコトは現代日本という文明に慣れ切った子ですから」


おい、二人とも。聞こえてるぞ。

確かに野営が続くと憂鬱になるけど!


そんな締まらないことを思いながら、ゆっくりと牛車が進み出す。


次の目的地は“霧凪”。そこには、どういう風景が広がっているんだろうか――


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