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第十七話「再起」

意識が戻って、一週間が経った。

その間に少しずつ動けるようになって、今では社の中を移動するくらいなら不自由しなくなった。


……いや、初日は本当に大変だった。


意識はあるのに、お手洗いにも一人で行けない。

みんなに手伝ってもらうしかなくて、情けないやら恥ずかしいやらで、泣きたくなった。

というか……この一ヶ月ずっと“そう”だったんだろうけど、意識が戻ったあとだと余計にキツい。

二十代の乙女には、なかなかの試練だった。ほんとに。

だからこそ、まずはちゃんとお礼を言いたかった。


「改めて……皆さん、ご迷惑をおかけしました。そして、ありがとうございました!」


私は深々と頭を下げた。

今回のことは、私の油断が招いたことだ。

だからせめて、お世話になった皆さんに、きちんとご挨拶して回ろうと思った。

社でお世話をしてくれていた妖狸族の皆さんは、そんな私を見て慌てたように手を振る。


「救い主様、頭を上げてくださいぽん!」

「そうですよぽん、無事で良かったですぽん!」

「まだ本調子じゃないんですから、無理しないでくださいぽん!」



唄ちゃんも、少し困ったように笑った。


「ミコト様が目を覚ましてくださっただけで、十分なのですぽん」


舞さんは腕を組みながら、うんうんと大きく頷いた。


「そういうことだよ。お礼なんざ、元気になってからいくらでも聞いてやるさ」

「うぅ……でも、本当にありがとうございました……!」


にゃっぴーが肩の上で、しみじみとした声を出す。


「ミコト、元気になったらちゃんと恩返しするにゃ」

「うん。そうするよ」


私が頷くと、ヘレネちゃんも静かに微笑んだ。


「まずは、回復ですね」

「きゅ!」


私の足元で、シロも同意するように鳴いた。

そう。

今の私は、何かを焦って始めるより前に、ちゃんと身体を戻さなきゃいけない。


でも、それでも――


ようやく“前に進める”ところまで戻ってきたんだ。





ようやく、里の中くらいなら歩いても良い、と許可が出たので、にゃっぴーを頭に乗せ、シロを抱っこし、念のためヘレネちゃんに寄り添ってもらいながら、リハビリがてら里の中をお散歩することにした。

綺麗な田園地帯や畑が広がり、相変わらず桜や菜の花みたいな春の花も咲き誇っている。

良い香り。私、春の花の香りって好きなんだよね。


「なんだか、ミコト楽しそうにゃ」

「きゅー!」

「うん!そりゃあね!ようやくお外を出歩けるんだよ。これはテンション上がっちゃうよね!」

「とはいえ、ミコト。無理だけはしないようにしてくださいね」

「大丈夫!もう絶対に“過信”はしないよ」


それで痛い目に遭ってしまったからね。私だけじゃなくて、にゃっぴーまで。

絶対に無理はしない。


「そういえば、前はすぐ蛟の住処に出発しちゃったから、のんびり周る暇もなかったのよね」


むしろ今の方が時間制限もできて、状況は逼迫している。

でも……だからって、無理をしていいわけじゃない。


途中でシロは腕の中から降ろしてもらいたがったので、そっと地面に下ろす。

すると、私の足元をとことこと歩きながら、ちゃんとついて来てくれた。


「あ、子どももたくさんいるんだね!楽しそうだなぁ」


農作業のお手伝いの帰りなのだろうか。

少し汚れた格好をした子どもたちが数人、仲良く畦道を走っている。


「あ、転んだ」


一番後ろを走っていた子が、勢いよく転んだ。

あれは……さすがに少し怪我してるみたいだね。


私の新しい力のこともあるし、少し試してみよう。小さな擦り傷程度だ。実際に必要になってから使うより、安全な“今”試すべきだろう。


転んだ子のそばに近づく。

シロも気になったのか、私の少し後ろで立ち止まり、じっとこちらを見上げていた。

あらら、とっても痛かったのか、泣いちゃってる。


「うぇぇ……痛いのぉ」

「あぁ〜……やっぱり怪我しちゃってるね。少しお姉ちゃんに見せてくれる?……うん、まずは汚れを落とそっか。ヘレネちゃん、“水瓶座”をお願い」

「えぇ、“水瓶座”よ」


“水瓶座”で傷を綺麗に流してもらう。


「お姉ちゃん、何それ!すごい!」


子どもは切り替えが早いね!

何かに興味が移ると、さっきまで困ってたことも一瞬で忘れちゃう。

可愛いなぁ。


「ふふふ……これは、こっちのお姉ちゃんの特殊な力なんだよ!今度は私の力も見せてあげるね!」


私は一度、“水瓶座”の水で手を洗ってから、子どもの怪我のそばへ、そっと触れた。


「痛いの痛いの〜……飛んでいけ〜!」


そう言いながら、“小回復の祈祷”を使う。


――って、痛っ!!


比喩で言ってるだけなのに、私の方に痛みが飛んで来てるんですけど!?

思わず少し顔をしかめたけれど、そのまま傷が塞がるまで力を流し続ける。


「うん、治ったね。はい、これで大丈夫!」

「!!!ホントだ!怪我が治った!お姉ちゃんすごい!!」


その瞬間、目の前に“透明な板”が浮かんだ。


───────

副職:ヒーニャー

小回復の祈祷 熟練度 1/50

平癒の祈祷(※緊急時のみ。“死”以外の全ての状態を平癒する/代償:生命力)

───────


……熟練度制て……なんか微妙にゲームっぽいんだよなぁ。あ、これも私の認識のせいなのか!


「お姉ちゃん、ありがとう!またね〜!」


そう言って、怪我が治った子が走り去っていく。

さっき転んだばっかりなのに、もう走ってる。元気が良くて大変よろしい!

そう訳知り顔で、うんうん、と頷いていた私に向かって、小さな影が歩み寄ってきた。

おやおや?私たちが気になったお子さんが寄って来たのかな?


――違った。怒った顔をした祭ちゃんだ。


「これ!ミコト様!今、何か力を使いましたな!?」

「ひぇ……は、はい。使いました……」


見た目は子どもなのに、迫力が……。


「ミコト様、怪我を治すところを見ておりましたが……何か代償があったのではありませんか?一瞬、顔を顰めておりましたぞ」


さすが祭ちゃん。よく見てるね。


「うん……新しい能力で“小回復の祈祷”ってのを使えるようになったみたいで……ちょうど怪我をした子がいたから、使ってみたの。ただ、それを使ってる時、何故か、“その子が怪我した場所”と同じところに痛みがあって」


まるで、その痛みを“引き受けている”みたいな感覚だった。


「ミコト様。おそらくそれが代償なのでしょうな……。治すと同時に、ミコト様がその痛みを引き受けてしまう。難儀なことじゃ……」


祭ちゃんが、沈痛な顔で言う。

……けれど、たった“それだけ”の代償で済むのなら、むしろ喜ばしいことだ。

少し前まで、意識不明になるくらい消耗していたんだ。それと比べれば――

いや、ダメだダメだ。

そうやって感覚を麻痺させるのが、一番危ない。


でも――


「でもね、祭ちゃん。“その程度”の代償は、積極的に引き受けるくらいの気持ちでいようとも思ってるんだ。もう“無理”はしない。だけど……少しくらいの無理をしなきゃ、ダイダラボッチを救えないよ」


私はそう言って、祭ちゃんをまっすぐ見つめた。

少しのあいだ視線がぶつかり合って――やがて祭ちゃんは、諦めたように目を伏せ、小さく首を振った。


「……その覚悟は立派ですじゃ。じゃが、“少しの無理”と“無茶”の境目を見失うてはなりませんぞ」

「うん。そこは、ちゃんと気をつける」

「それと……そう、ですじゃの」


そう言って、祭ちゃんは何か思いついたような顔をした。


「ミコト様も“元気が有り余って”きたご様子。ちょうど良いですのぅ。ミコト様には、ある程度ご自身を守れるように、杖術でもお教えしようと思っておったんですじゃ。社に戻りますぞ!」


そう言うなり、祭ちゃんはさっさと社へ向かって歩き出した。

……全然お返事してないけど。

これ、もう決定事項ってことだよね?


「にゃっぴー、杖術だって。私、一切そういう武道っていうの?やったことないんだけど……」

「ミコト、覚悟を決めるにゃ。お婆ちゃんは一度言い出したら、言っても聞かなくなる生き物なんにゃ」

「これ!!聞こえておりますぞ!年寄り扱いはやめろと、あれほど――」


祭ちゃんのお説教タイムが始まってしまった。


「きゅー……」


シロまで、なんだか気まずそうな声を出している。

ごめんよ……巻き込んでしまって。

ヘレネちゃんが、こくりと頷く。


「乙女心ですね」


このネタも二回目なんだよなぁ……

そう思いながら、私は説教を続ける祭ちゃんのあとを追って、社までの道を戻った。





「では、ミコト様。まずは杖の持ち方からお教えしますぞ。こちらをお使いくだされ」


祭ちゃんはそう言って、練習用らしい、私の背丈より少し短いくらいの木の杖を差し出してきた。


「祭ちゃん。これ、棒にしか見えないけど、これで杖術って習えるの?」

「ふむ。まずはそこからですな。そもそも“杖”とは、このくらいの長さのものを申すのですじゃ。もっと長いものは“棒”として扱いが変わりますぞ」


はぇー……そういう。

長さで名前も扱いも変わる感じなんだね。


「そういうことなんだね。では、失礼して」


私は祭ちゃんから“杖”を受け取った。

……うん。これくらいなら、振り回すくらいはできそうかな?

とりあえず――中学生の時、体育で少しだけ触った竹刀みたいな感じで持ってみる。


「ミコト様、杖の持ち方はこうですぞ」


すかさず訂正された。

前途多難だね!

祭ちゃんは私の手の位置を直しながら、杖先を軽く前へ向けさせる。


「良いですかな。振り回すためではありませぬ。近づかせぬために、そこに“置く”のですじゃ」

「置く?」

「そうですじゃ。相手を打ち倒すことばかり考えるのは危険ですじゃ。まずは距離を取り、受け、払い、押し返し、生きて戻る……それが今のミコト様に必要な杖術ですぞ」


なるほど。ただの武器っていうより、自分を守るための道具って感じなんだ。


「ふむ。持ち方だけは、さまになりましたな」

「持ち方だけなのか……」


祭ちゃんは満足そうに頷くと、そのまま一歩下がった。


「では、基本となる“受け”、“払い”、そして“押し返し”を学んでいただきますぞ。まずは“受け”から。婆が上段からゆっくり振り下ろしますので、真正面から止めようとせず、杖を少し斜めにして“流す”ように受けてみてくだされ」


……いきなり難しい注文が来たぞぉ……

とりあえず基本の持ち方で、攻撃線をずらすってことだから、杖を斜めにして受ける感じで……!


「おぉ、ミコト様。お上手ですぞ!その調子で、今度は少しずつ角度を変えますので、それぞれ“受け”てみてくだされ」


祭ちゃんが角度を変えて杖を振ってくるのを、私は毎回“斜めに流す”ことを意識しながら、ぎこちなく捌いていった。


「……一旦“受け”はここまで。次は“払い”に移りますぞ。これは相手の攻撃を真正面から止めるのではなく、杖の先を使って横へ逸らすのが肝要ですじゃ。婆がまたゆっくり振り下ろしますので、今度は先端側を使って払い除けてくだされ」


難しい注文パートツー!!

ゆっくり振り下ろされる杖を見ながら、今度は杖の先端側を意識する。

真正面でぶつけるんじゃなくて、横へ流すように――そう思いながら、そっと当てて払い除けた。


「ふむ……ミコト様、何かしらの武術を学んでおられたのですかな?動きは素人そのものですが、教えた通りには、きちんと動けておるようですじゃ」


素人も素人だよ。


「いや、確かに軽い運動って程度なら竹刀を振ったことはあるけど、武術ってなると完全に素人だね」

「ふむ、それにしては……では、そのまま“押し返し”に移りますじゃ。押し返しは、“払い”から続けて行う動作ですぞ。今しがた払った勢いのまま杖を返し、相手へ突き付けるのですじゃ。無理に当てる必要はありませぬ。間合いを取り、近づかせぬための動きと思ってやってみてくだされ」


だんだん、分かってきた。

相手を“どうこう”するんじゃなくて、自分を守るための動きをするんだ。

祭ちゃんがゆっくり振り下ろしてきた杖を、先端を意識して払い、その勢いを利用して杖を返す。

そのまま、祭ちゃんのみぞおちあたりへ杖先を突き付けた。


「……お見事。ミコト様、覚えが良いですぞ。その調子で、もう一度。受け、払い、押し返し――そこまでを繰り返しますぞ」


祭ちゃんの言う通りに、ひとつひとつの動きを意識しながら、ゆっくり繰り返す。


「ミコト様は、戦う才がある、というわけではなさそうですな。じゃが、杖を使って自身を守り、相手と距離を取る動きには――少しばかり、才があるようですぞ」


微妙に、褒められてるような……そうでもないような。なんだろう。釈然としない!


――少し時間が経つと、だんだん息が上がってきた。


「――そこまで。ミコト様、今日はここまでにしましょう。よう頑張りなさったな」


そう言って、祭ちゃんが背伸びをするみたいに手を伸ばし、私の頭を撫でてきた。

うーん……私はもう息も絶え絶えなのに、祭ちゃんは全然息が乱れてないね。


「初めてにしては、意外と良い動きをしてたにゃ」

「そうですね。正直、意外でした」

「きゅーきゅ」


めちゃくちゃ“意外”を強調してくるね、二人とも……そしてシロまで、それっぽい鳴き方をしている気がする。どれだけ運動音痴だと思われてたんだ!

ダメだ……息が上がって、ツッコミを入れる余裕すらない。悔しい!


「ミコト様。今教えた動きは、毎日最低でも一時間は繰り返してくだされ。もちろん、今は休み休みでも良いですぞ。ただし――その技術は戦うためではありませぬ。あくまで、ご自身の身を守るための技術ですぞ!」





さらに、それから一週間、私はリハビリを続けた。

私は社の中だけでなく、春霞の里の中を普通に歩けるくらいには回復した。

毎日、“蠍座”で身体を整えてもらい、牡牛座の牛乳で栄養を摂り、祭ちゃんに杖を握らされ、受け、払い、押し返しを繰り返した。

にゃっぴーとヘレネちゃんは容赦なく見ていて、少しでも気が緩むとすぐに注意が飛んでくる。シロもそのたびに「きゅっ」と鳴いて、何故か一緒に見張っている気分になっている。

そのおかげか、まだ本調子ではないにせよ、意識が戻ってすぐの二週間前とは比べものにならないくらい身体が動くようになっていた。


そして――出発の朝が来た。





荷物の確認を終え、私は春霞の門前で大きく息を吸った。

前にここを出た時とは、気持ちが全然違う。

あの時の私は、“大丈夫だろう”を前提に動いていた。

でも、今は違う。

危険があることを知ったうえで、それでも進むために備えてきたんだ。


「ミコト様、“分かって”おりますな?」

「うん。大丈夫。蛟の住処に近付いたら、ちゃんと呼ぶよ。もちろん危険域に入る前にね」


祭ちゃんは安心したように頷いた。


「それで良いのです。ダイダラボッチ様のこともあるので、婆はこの里からあまり離れられませなんだ。じゃが……ミコト様の手伝いをする時間くらいはあります。遠慮なく呼んでくだされ」

「ありがとう!祭ちゃん!」


本当にありがたい。今度は、しっかり頼らせてもらうね。


「では、ミコト様、にゃっぴー様、ヘレネ様。それに、シロちゃんも――ご武運を」

「何かあったら、すぐに帰って来な!オレたちは、もうミコト様たちの家族みたいなもんだ。遠慮はなしだぜ」


唄ちゃんと舞さんからも、ありがたい言葉をもらう。

今度は、何事もなく帰って来るよ。


「唄ちゃんも舞さんもありがとう!行ってきます!」

「行ってくるにゃ」

「行ってきます」

「きゅっきゅー!」


みんなで挨拶して、手を振る。

今度こそ、蛟の“澱み”を祓うんだ。

そして、何事もなく戻って来よう。


――ただいま、って!

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