第十三話「春霞」
翌朝。
昨日のうちに出しておいた牛乳の瓶を、囲炉裏のそばに並べる。
“牡牛座”は牛車で使うことになるから、今日の分の牛乳はここから使うしかない。
「というわけで、朝ごはんは軽くこれで」
私は一本取り上げて、掲げてみせた。
「……軽いというか、完全に牛乳だけにゃ」
「栄養的には十分です。完全栄養食ですから」
そういうことなんだ。大変助かってる。
祭は小さな手で瓶を持ちながら、しみじみとした顔でそれを眺めた。
「何度見ても不思議ですのう……」
……まぁ……“牡牛”座から出現してる時点で、だいぶ不思議だよね……
シロにも小皿に移してあげると、嬉しそうに「きゅっ」と鳴いて飲み始めた。
一番はお肉みたいだけど、牛乳も嫌いではないみたい。
本当に軽い朝食を済ませたあと、みんなで外へ出る。
「では、家を解くとするかの」
「……解く?」
私が首を傾げていると、祭は少しだけ得意げに顎を上げた。そして、家にそっと手を添える。
その瞬間、目の前の景色がふっと揺らいだ。
「おぉ〜……」
壁が透け、柱が霞み……囲炉裏の気配まで薄れていく。ほんの数瞬のあと、そこにあったはずの家は、朝靄の中に跡形もなく消え去った。
残っているのは、平らな地面と、少し踏み固められたような草だけ。
「……本当に幻術だったんだ……」
「じゃから、そう言うておりましたじゃ」
「いや、言われてたけど……実際に見せられたら、びっくりしちゃって……」
「極まった幻術は、現実にも影響を及ぼせると言っておりましたぞ」
たしかに、言ってたけど……。
改めて見るとだいぶ意味が分からない。
……そして最初に、にゃっぴーの索敵が働かなかった理由も多分、分かった。高度な幻術でそういう認識すら、惑わされていたんだと思う。
「祭ちゃん、すごいねぇ……」
「ミコト様。もっと褒めてもよいですぞ」
見た目は小さい子どもだから、ドヤってると余計に可愛く見えるね。
中身はお婆ちゃんなんだけど。
*
そろそろ出発しよう。牛車を引いてもらうために、ヘレネに“牡牛座”を使ってもらう。
「えぇ――“牡牛座”よ、来なさい」
いつもの乳牛さんが現れ、どこか物悲しげな顔で荷車を引く準備を整えた。
私は思わず手を合わせる。
「……今日もよろしくお願いします」
「モォ……」
やっぱり哀愁があるんだよなぁ……
「……そういえばさ」
牛車に乗り込みながら、私は昨日から少し気になっていたことを口にした。
「小鬼たちからは、この山を越えたところに妖狸族の里があるって聞いてたんだけど……昨日見た時は全然それっぽいものが見えなかったよね?」
「うむ」
祭は頷く。
「何故だか分かる?祭ちゃん」
「決まっておりますじゃ。里そのものに幻術が掛かっておりますからのぅ」
「そうなの?」
「妖狸族は直接的な戦闘力に乏しい種族ですじゃ。じゃから古くより、幻術で身を守ってきましたじゃ」
牛車はゆっくりと進み始める。
山を降り、草原の方へ向かう道は、一見すると昨日見たものと何も変わらない。
ただ、祭の声にはどこか誇らしさがあった。
「里全体に幻術をかけ、外からは見えぬようにしております。それも神託巫女の務めのひとつですじゃ」
「じゃあ、祭ちゃんがいなかったら……」
「まず辿り着けませぬ」
あぁ……だから小鬼は、“あると言われる”って言っていたのか。そういう話だけは聞いたことがあったって感じか。
祭はふんすと鼻を鳴らす。
「じゃが、婆にとっては里までの道を見抜くなど“お茶の子さいさい”ですじゃ」
私は小さく首を傾げ、にゃっぴーの方へ身を寄せ、小声で尋ねる。
「……にゃっぴー、“おちゃのこさいさい”ってどういう意味?」
「すごく簡単ってことにゃ。お婆ちゃんとかが良く使うにゃ」
「これ!聞こえておりますぞ!誰が年寄りですじゃ!」
「えぇ!?でも祭ちゃん、自分で“婆”って言ってるじゃん!」
「自分で言うのはよいのですじゃ!」
ヘレネが静かに呟いた。
「乙女心ですね」
「理不尽過ぎる……」
私もお婆ちゃんになったら、そういう感じになるのかな……
*
祭が牛車に乗っている間は、確かにただの道に見えた。
けれど途中で一度、「良く見ておきなされ」と祭が牛車を降りた瞬間、景色が変わった。
「……あれ?」
ついさっきまで続いていたはずの道が、途切れて見える。その先はただの草むらで、何かがあるようには見えない。
「えっ、道が消えた!?」
「ほれ、これが里を守る幻術ですじゃ」
祭が一歩横に動くと、今度は別の場所に細い道が浮かんで見えた。しかし私がそちらへ視線を向けた瞬間、また霞んで消える。
「うわぁ……」
「祭ちゃんがいないと、本当に無理そうにゃ」
「えぇ。地図があっても意味がありませんね」
祭は満足そうに頷くと、再び牛車へ飛び乗った。
「ゆきますぞ」
その瞬間、消えていた道が当たり前のように前へ続いた。
理屈は分からないけど、今はもうそういうものだと思うしかない。
*
しばらく進んだところで、祭がふいに顔を上げた。
「……ここじゃな」
「ここ?」
目の前には、何の変哲もない草原と林しか見えない。でも祭は迷いなく牛車を降りると、空中へ手をかざした。その指先が、目に見えない何かへ触れたように止まる。
次の瞬間――景色が変わった。
「えっ!?」
霞が晴れるように、目の前の風景が一変する。
そこにあったのは、木で組まれた門と、その向こうに広がる里の入口だった。
柔らかい春の風が吹く。
菜の花の匂いがふわりと流れ、少し先には桜の木々が見える。
そして奥の方には、茅葺き屋根の家々が並んでいる様子が伺えた。
「……すごい」
そう、感嘆していると――
「何者だ!」
鋭い声が上がった。
声がした方を見ると、門番の人だろうか。
狸耳と尻尾が生えた、若い男の人とおじさんの組み合わせ。
そして……めちゃくちゃ警戒されている……。
……え?これ、何て答えれば良いの?
「いや、待て……“人間”!?おい!大至急、神託巫女様にお伝えして来い!」
そう、おじさん門番が言うと、若い門番が慌てて里の中に走っていった。
「申し訳ありませんが、こちらで少々お待ちください。貴女が“神託”にあった人間なのか確認しておりますので。……ところで、そちらの妖狸族の女の子は、里の者ですかな?」
「……そうとも言えるし、そうでないとも言える。そういう難しい立場じゃ。察してくれ。神託巫女様には、婆のことはしっかりお伝えする」
「婆?」と門番さんは首を傾げていたけど、一旦そういうことで納得してくれた。
普通の子どもとは、喋り方や雰囲気が違うからね。何か事情があるのだろう、と察してくれたみたい。
――しばらくして、先ほど里の中に走って行った若い門番さんが、女性を連れて戻ってきた。
白衣に白い紋の入った紫色の袴を着たショートカットの黒髪の女性だった。そして狸耳と尻尾。
歳の頃は五十代くらい。けれど動きには妙な軽さがある。
「待たせて、ごめんな!貴女が神託で告げられた人だね。オレはこの里の“禰宜”、先代神託巫女の“舞”って言うんだ。よろしく!」
“ねぎ”?役職なんだろうけど、全く分からん!
あとで、にゃっぴーに聞こう。
「よろしくお願いします。あの、突然訪れてしまい、すみませんでした。こちらの神託巫女様から、お話を伺いたくて……」
私がそう言うと――
「固いね。まぁ無理もないか……このまま一旦神託巫女のところまで案内するよ。着いておいで!」
舞さんの後に続き、門を潜った瞬間、春の景色が一気に広がった。菜の花畑がやわらかく揺れ、少し離れたところには桜並木。田んぼや畑も多く、里のあちこちに細い水路が通っている。
風そのものも、どこか春の匂いを含んでいた。
「……綺麗」
振り返った舞さんが、春の景色にすっかり心を奪われた私の様子を見て、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ようこそ、妖狸族の里“春霞”へ!」
*
里の風景を楽しみながら歩いていると、道行く人々がこちらをちらちら見ながら驚いている。
でも敵意というより、純粋な驚きと好奇心の方が強いみたいだね。
「本当に……人間が来た……」
「……見た目はそこまで変わらない?」
「あの妖狸族の子どもはどこの子だ。見かけない子だけど」
めちゃくちゃザワつかれている……
「悪いね。ざわざわしてて。実際に神託で告げられた人間が来たってなると、どうしても……ね」
「仕方ないですよ。人間ってここでは珍しいみたいですし」
「まぁ……な。珍しいどころか……」
舞さんの最後の方の声は聞き取れなかったけど、珍しさは段違いっぽいね!
「……そうだ!話題は変わるけど、ここは田んぼや畑が多いだろう?農作物で言えば右に出る者はいないってくらい力を入れてるから、食事は楽しみにしてくれよな!」
その言葉に、祭が横でうんうんと満足そうに頷いている。見た目は子どもなのに、完全に昔を知る人の顔だ。
それに……ようやく!ちゃんとしたご飯が食べられる!
*
やがて里の奥へ辿り着く。
そこには、一段高くなった丘があった。
整えられた石段の先に、神社のような建物が建っている。
春霞の里全体がやわらかい景色に包まれている中で、そこだけは少し空気が違っているように感じる。
「神託巫女はあの中だ」
舞さんに案内されて社の中へ入る。そして奥の部屋に通されると……
そこには、一人の少女が正座で待っていた。
やっぱり狸耳と尻尾付き。見た目は十二歳ほど。肩くらいまでの髪をおさげにしていて、優しそうな雰囲気の垂れ目、垂れ眉。
背筋はまっすぐで、視線には不思議な静けさがある。だけど、顔立ちそのものは年相応にあどけなくて、そのちぐはぐさがどこか印象に残った。
少女は私を見ると、深く頭を下げた。
「お待ちしておりました、“ミコト”様。私は妖狸族の神託巫女、“唄”と申します」
それから顔を上げ、まっすぐに私を見つめた。
「神様より、貴女はこの“箱庭”世界の救い主となるお方だと、伺っております」
その言葉に、私は思わず息を呑んだ。
……あぁ。やっと、ちゃんと話が聞けるんだ。
そう思った瞬間だった。
ぐぅぅぅ……
静かな社に、ものすごくはっきりと私のお腹の音が響いた。
「…………」
「…………」
「…………」
やめて。今のは無しにしてほしい。
私が顔を覆って固まっていると、少女が、ふふっと小さく笑った。
「ミコト様は、お腹が空いているご様子。まずはお食事にしましょうぽん――」
そこまで言って、少女の顔が一瞬だけ強張った。
今、なんか“やべっ”って顔した?
でも私はそれを指摘する余裕がなかった。
ようやく神様から詳細を聞ける、その安堵とお腹が鳴った羞恥で頭がいっぱいだったからだ。
ただ一人、祭だけが眉をぴくりと動かしていた。
*
昼食は、里の者たちが急いで用意してくれた。
菜の花のおひたし。何かの肉の味噌焼き。大根の味噌汁。胡麻豆腐。麦飯。それに胡瓜のお新香。
私はしばらく、ただそれを見つめた。
「……和食だ……」
「え?」
舞さんがきょとんとする。
「いや、ごめん。ちょっと感動しちゃって」
「感動するほどのことか?」
「そりゃあ、ね……」
いや、だってさー。
牛乳や干物や山菜もちゃんと美味しかった。
でもそれはそれとして、こういう“しっかりと調理されたご飯”は……久しぶりなのだ!
私は手を合わせた。
「いただきます……!」
その後の私は、ちょっと見苦しかったと思う。
麦飯を食べ、味噌汁を飲み、肉の味噌焼きに目を見開き、胡麻豆腐にうなり、菜の花のおひたしで春を感じ、お新香でさらに麦飯を進める。
「おいしい……」
気付けば、ちょっと泣きそうになっていた。
「……今まで、食事はどうしてたんだ……?」
舞さんが、若干引いた顔で呟く。
「芋とか、きのことか、お魚の干物とか……」
「それは……“料理”ではないね……」
「そうなんですよ……正直キツかったです」
隣で、にゃっぴーとヘレネが妙に分かったような顔でうんうんと頷いていた。
にゃっぴーたちは現代の食事を知っているからね……私の気持ちが分かるようだ。
*
食事を終え、緑茶で一服する。
ようやく落ち着いたところで、唄が改めて姿勢を正した。祭も、さっきの“ぽん”には触れず、静かに座っている。
いや、あとで触れそうだね……
「では、改めて。まずは、おそらくミコト様が一番気になっているであろうことから、お話ししましょう」
唄の声は、見た目に似合わずよく通った。
「まずは、ミコト様がこの世界へ招かれた理由からご説明します。それは……この世界の“澱みをかきまわし、散らしてもらう”ため、とのことです。
そしてなぜミコト様が選ばれたのか。それは、過去に伊邪那美命様を祀っていた神社に仕えていた……“特殊な力”を持つ神職の末裔だから、と」
……そうか。ヘレネの能力により“澱み”が浄化できたことから、薄ら“そうさせる”ことが目的であろう、とは思っていた。
だけど――
「ちなみに、その“特殊な力”って何かな?今聞いたお話しだと、私はそのご先祖さまと同じ能力を持っている、みたいに聞こえるけど」
この世界に来る前に、そういう特殊な力がある自覚は一切なかった。
「伊邪那美命様が仰るには、“名付け”だそうです。ミコト様の先祖の女性は、周りの動物に“名付け”をおこなうことにより、異常なほど動物に懐かれていた、と。ミコト様にも似たような経験があるのでは?」
日本では、費用面や住んでいるところの事情で動物は飼えなかった。
そもそも子どもの頃は――
だから何かに名付けたことなんて――あ、妖怪さんたちと召喚契約が結べたのは、“名付け”からだったね。
「この世界だと、私が“名付け”した妖怪さんは、召喚できるようになるね。だけど、それはご先祖さまとは違う能力って感じがするのだけど――」
「“にゃっぴー”さんと“へれね”さんが“生まれた”のは、その能力が一要因となっているそうです。“えーあい”の付喪神という、初めて観測された妖怪である、と。現代では珍しく、“えーあい”に対して“畏れ”が集まっていたらしく……付喪神化の条件が整っていたようです」
あれ……?二人とも“AIの付喪神”?“名付け”で召喚登録できるのは“種族ごとに一体のみ”だったはず……。
あ、そもそもにゃっぴーたちに“名付け”したのは、現代日本で――サモニャーになる前か。
ということは、にゃっぴーたちは何か別の事象で召喚登録されてる?
そして“畏れ”……新たな単語が出て来てしまった。
「唄ちゃん、“畏れ”ってなに?」
「そう、ですね……私たち妖怪の核となっているもので……人間たちが、未知の現象に対して神仏などを頼る“祈り”。それを“畏れ”と呼んでいます」
……そう言われてみると……AIが一般に急速に普及した影響で、色々あることないこと言ってる人もいたね。多分、そういうことなんだろう。
それに、以前ヘレネが“名付け”られてから、徐々に意識がハッキリしてきたって言っていた。私が“名付け”たタイミングとその“畏れ”が噛み合った結果ってことか。
「本当に、私にそんな力が……」
そう言われても、今までそんな自覚はまるでなかった。てっきり“サモニャー”に付随している能力だって、思ってたけど……
「……それと……“我の想定が甘かった。危険な目に遭わせてしまい、申し訳なかった”と仰せです」
それは、まぁ……。
私自体、何の心得もない平均的な日本人だったからね。
今考えたら、だいぶ危ない場面もあった。
「“本来”であれば、にゃっぴーさんとへれねさんは護衛寄りの能力を持つはずだったそうです。だからこそ、お二人をミコト様の“眷属”にさせた、と。その強力な眷属のお二人と一緒に、この世界を周り“澱みをかきまわし、散らしてもらう”のが本来の想定だったと。しかし……」
“眷属”にさせた、ね。つまり、私がこの世界で“名付け”た妖怪さんたちとは、もともと原理が違うのか。二人は伊邪那美命様の力によって、私に紐付けられた存在になっている、と。
だから、にゃっぴーとヘレネちゃん“だけ”は同じ種族だろうと関係なく、召喚できる存在なんだね。
あぁ……だから“送還不可”なのか……。
私の力で現界してるけど、伊邪那美命様によって付けられた護衛だからってことね。
だけど……護衛寄りの能力?強いて言えば、にゃっぴーの“索敵”能力くらいで……あとは、生活寄りばっかりだったような……?
「想定以上にミコト様がお優しい性格だったために、現在の能力群になってしまっているそうです。まず、前提としてお二人はミコト様の能力によって具現化を果たしていらっしゃるようですが……その際にミコト様の性格や思考が、反映されているとのこと」
「…………」
私のせいだった!
「なんか変な能力が多い気がしてたけど、ミコトのせいだったにゃ……」
「やっぱりそうでしたか……私の能力も変だと思っていたんですよ!特に“射手座”とか“牡牛座”とか!」
……マジでか。“射手座”おじさんが不満顔なのも、“牡牛座”なのに牛乳出してくるのも、私が原因だったのか。
「……その、でも私自体に誰かを召喚する能力なんか無いはずだよね?……結局、伊邪那美命様のせいでは……?」
……全員が驚愕したように絶句した。
さすがに神様のせいにするのは不味かったかな……?
固まった空気を変えるように、唄が「んんっ!」と小さく咳払いをした。
「確かに、ミコト様に備わった召喚能力は伊邪那美命様が加護を与えたために、生じた能力とのことですぽん。というか、今のミコト様の発言には伊邪那美命様も絶句しておられましたぽん……」
私がドン引きされるような発言をしたのが原因だけど……唄ちゃん、語尾が……
「伊邪那美命様の現在の属性は“死”と“黄泉の女王”です。これは、ミコト様の性格や思考とは非常に相性が悪く、伊邪那美命様ほどの神格を持った神様からの加護にしては、大した力が備わらなかったようです」
伊邪那美命様を祀っていた神職の末裔なのに、相性が悪いって……
ご先祖さまも嘆いていると思うよ。本当にミコトは、って。
「しかし、元々司っていらした属性は“産み”や“生”です。そちらであれば相性が良いらしく……そのため加護の強さ自体は弱まりましたが、ミコト様は“名付け”により召喚契約を結び、その者を召喚できる能力になっている、とのことです。
ですので、それは“間違いなくミコト様自身の能力である”とのことですぽん……」
ということは……“サモニャー”ってふざけた職業名も私のせい、ということか……
というか、私が遊んでいたソシャゲに出てきたな、“サモニャー”って。
にゃっぴーとヘレネが、無言でこちらを見つめてくる。
……ふむ。認めようではないかっ!“全て”私のせいであると!
「しかし、想定以上の能力にもなっているそうです。先ほども言いましたが、あくまで“澱みをかきまわして散らす”、つまり“減らす”ことが目的だった、と。ですが……ミコト様たちは“澱み”の完全な浄化ができるようですね?」
「もしかして……“水瓶座”による浄化のことかな?」
小鬼たちの“渇きと飢え”が満たされても、“黒いもや”、恐らく“澱み”であろうものを減らせはしても、完全には消えなかった。だけど、“水瓶座”の水を浴びせることによって完全に“黒いもや”が消えた。
「そこ“だけ”は嬉しい誤算だったとのことです。“澱み”の完全な浄化となると、“鈴彦姫”様に頼らざるを得ず、“黄泉の神である我には、大層難題であった”と」
確か……天照大神が天岩戸にお隠れになった際に活躍した鈴に宿ったという……最古の付喪神だっけ?
鈴の音は邪気を祓うって聞いたことがあるけど……そこまでの大物が出張らないとダメな状況だったんだ……
「“澱み”とは、知恵ある生き物の負の感情が世界に溜まったもの。別名、“澱”とも申します。しかし、この世界は伊邪那美命様がお創りになった“箱庭”世界です。箱庭世界であるため、その“澱み”には逃げ場がありません。ゆえに、長い時をかけてこの世界に蓄積し続けてきました」
「ちなみに、知恵ある生き物って……人間や妖怪だけじゃなくて、動物とかも?」
「はい。ですが、自我が強く、執着が深い者ほど、より濃い“澱み”を生みます」
なるほど。人間とか妖怪の方が、厄介そうだ。
「この箱庭世界は、現代では絶滅寸前となった“日本の妖怪たち”の避難所となっております。そして――今この世界にいる人間は、ミコト様ただ一人です」
……珍しいどころか、私だけなんだ……今、この世界にいる人間って……
だから、あんなに驚かれてたんだね……
私は一瞬呆然としてしまい、社の中が、しんと静まった。
唄は、そこで一度言葉を切った。
「……続きは、少し休んでからにいたしましょうか」
その時だった。舞さんが立ち上がる。
「だな。唄もミコト様たちも疲れただろ?一旦休憩にしよう。美味い団子と茶があるんだ。すぐ持ってくるぜ!」
ぴくり。祭の眉が動いた。
そして――祭の一喝が社中に響いた。
「これ!舞!なんじゃその言葉遣いは!その歳になってもまだ直らんのか!」
社の中の空気が、一瞬で凍った。
舞はびくっと肩を震わせ、条件反射のように頭を下げる。
「ひぇっ!申し訳ありません!師匠!」
そこまで言ってから、舞さんははっと顔を上げた。
「……そういえば……気になっていたんだけど、その妖狸族の子どもは誰なんだい?里では見かけたことがないんだけど……」
祭は、そんな舞さんを見て、小さく息を吐いた。
そして、その輪郭がふっと揺れる。
ほんの一瞬だけ。子どもの姿の向こうに、老いた巫女の姿が重なった。
舞さんの息が止まる。
「舞、婆を忘れたのかぇ?五十年も過ぎれば、仕方ないかもしれんが……薄情だのう」
「うそ……まさか……冴様!?だけど……冴様は、亡くなったはず……!!」
祭は優しい笑顔を浮かべながら、舞さんを労った。
「言葉遣いは変わらぬが、気遣いのできる性格はそのままで、そこは安心しておったぞ。……大きゅうなったなぁ、舞。よく、次代を務め上げてくれた。感謝する」
その瞬間、舞さんの目に涙が滲んだ。
「冴様!!」
勢いよく抱きついたのは、五十歳後半のように見える舞さん。
抱きつかれたのは、見た目八歳ほどの祭。
私はその光景を見て、何とも言えない顔になる。
……うん。
感動的なんだけど、絵面の情報量がすごい。
けれど祭は、そんな舞さんの頭を小さな手でぽんぽんと撫でた。
社の中には、春の匂いと、少し遅れてきた再会の温度が満ちていた――




