第十一話「怪しい家」
目が覚めた。
朝の空気は、少し冷たく感じる。
山の麓で一晩を明かした私たちは、朝食を軽く済ませると、早いうちに出発することにした。
今日はいよいよ山越えだ。
ここを越えれば、その先には“妖狸族”の里があるらしい。
「……山道ってだけで、ちょっと身構えるね」
牛車の前板に座りながらそう言うと、にゃっぴーが尻尾を揺らした。
「昨日みたいに、極小の何かが寄ってくるくらいなら可愛いもんにゃ」
「シロ基準で危険度を語るのはよくないと思うんだ」
私の膝の上では、そのシロが丸くなっている。
昨日はだいぶ弱っていたみたいだけど、牛乳と休息が効いたのか、今朝はかなり元気そうだ。
「きゅーっ」
「ほら、だいぶ元気になったみたい」
「可愛いにゃ」
「その子は、可愛いだけではなく、元々はミコトの脛を削ろうとしていたのですが」
「それだけはちょっと気になるんだけどね……」
まぁ非力過ぎて、すりすりしてただけなんだけど。
牛車はきしきしと音を立てながら、山道を登っていく。
道幅は昨日までより狭くなったけれど、完全に獣道というほどではなく、どうやら人や荷車が通れる程度には整えられているらしい。
とはいえ、登りは登りだ。
ただでさえ木組みの荷車は揺れるのに、坂道が加わると身体への負担がなかなかきつい。
「牛さん、ありがとうね」
「モォ……」
今日も今日とて、物悲しい声だ。
ヘレネは平然とした顔で言った。
「そもそも、その“牛”は私の能力ですから。外見だけで一切の“翳り”はありません」
「……そういうことじゃないんだよなぁ……」
このやり取りも二度目なんだよね……
*
山頂が見え始めたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
木々の密度が少し薄くなり、視界が開けてくる。
私は一旦牛車を止めた。
牛車から降りて大きく伸びをする。
「んん〜っ……着いたー!」
「まだ“山頂”にゃ」
「でも、だいぶ頑張ったでしょ?」
……牛さんがね!
「まぁ、それはそうにゃ」
山の上から見える景色は思ったより広かった。
木々の向こうに、遠くまで連なる森と、ぼんやりとした大地のうねりが見える。
……でも、目的地らしい里はどこにも見えない。
「妖狸族の里って、本当にこの先にあるんだよね?」
「小鬼たちはそう言っていましたが……」
ヘレネがそう答えた、その時だった。
ぽつり。
頬に、冷たいものが当たった。
「……あれ?」
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
続けて数滴。
空を見上げると、さっきまで曇っていた空が、暗くなってきていた。
「雨にゃ」
「雨だね……」
そういえば、この世界に来てから、ちゃんと雨が降ったことはなかった。
雨対策なんて、当然していない。
一応、牛車には屋根もあるけど……前簾のところから降り込んできそう。
今くらいの弱い雨ならまだ平気そうだけど、本降りになったら厳しい気がする。
私は荷台の上から周囲を見回した。
「とりあえず、どこかで雨宿りした方が良いかな」
山頂から少し先へ目を凝らすと、下り坂の途中に、ひときわ大きな木が見えた。
あれだけ大きければ、木の下に入るだけでも多少はしのげそうだ。
「よし、あの木のところまで行こう」
私たちは再び牛車を進め、山頂を越えて、ゆるやかな下りへ入っていった。
*
大きな木のそばまで来て、私は思わず目を瞬いた。
「……え?」
木の真下には、家があった。
まるで“最初からそこにあるのが当然”みたいな顔をして、一軒の家が建っている。
江戸時代あたりにありそうな民家。
整えられた外観に縁側、綺麗な引き戸。
山の途中に突然あるには、あまりにも整いすぎているように見える。
「……これは、さすがに怪しいにゃ……」
にゃっぴーが、低く言う。
「ですね。山道の途中に、都合よくこのような家があるとは思えません」
ヘレネも明確に警戒していた。
私はその家を見て、そして空を見上げる。
雨脚はまだ弱いけれど、少しずつ強くなってきている。
牛車で雨をしのぐのは心もとないし、身体も疲れている。
できれば屋内で休みたい。文明的な休憩がしたい。
……旅二日目にして、もう普通にしんどい。
現代女子に車も宿もない旅はつらい。
「……でも、さ」
「ダメにゃ」
「まだ何も言ってないよ!?」
「言う前から分かるにゃ」
「雨も降ってるし……にゃっぴーの索敵も、反応してないんでしょ?」
その言葉に、にゃっぴーが一瞬黙る。
「……反応は、ないにゃ。ないけど、それが逆に気持ち悪いにゃ」
「そうだとしても、今のところは何も起きてないし……ちょっと声を掛けるくらいなら……」
ヘレネがじとっとした目で私を見る。
「ミコト。そういう思考で罠にかかるのですよ」
「いや、本当に普通の家かもしれないじゃん」
「山道の途中の、あまりにも整いすぎた普通の家、ですか?」
「そう言われると怪しいけど……でもほら、山小屋みたいな施設かもしれないし!」
雨は降っているし、私はお疲れだし、今のところにゃっぴーの索敵にも反応はない。
大丈夫かもしれない……気がする。
私は牛車から降りると、そのまま家へ近づき――
「ごめんくださーい!誰かいませんかー!?」
「「ミコト!?」」
二人の声が重なった。
ごめんよ……できれば屋内で休みたいんだ……
すると、家の中から、しわがれた声が返ってきた。
「誰ぞ、おるのかぇ?入っておいでぇ……」
返事があった。
やっぱり少し怪しい気はしたけど――
そのまま引き戸に手をかけた。
「お邪魔しまーす!」
「ミコト!いくらなんでも思い切りが良すぎますよ!」
「普段ビビりのくせに、度胸だけはあるにゃ……」
*
家に一歩踏み込んだ私は、動きを止めた。
入ってすぐのところは土間になっていて、奥には囲炉裏のある座敷。綺麗に整えられた室内だ。
そして、その奥に立っていたのは――
白装束の、お婆さんだった。
白いハチマキを締め、しかもそのハチマキの両端には、火のついた蝋燭を一本ずつ差している。
さらに何故か手には、包丁を持っている。
そして……“澱み”が立ちのぼっているのも確認できた。これは……会話可能なパターンなのかな……
「……」
「……」
その……変なお婆さんと見つめ合う。
なんで無言なんだ……なにか言ってほしい。
というか、情報量が多すぎて処理が追いつかない。
何故、頭に火のついた蝋燭を。
何故、包丁を。
何故、その組み合わせで出迎えるの。
私は一瞬だけ笑いそうになってしまったけど……とりあえず一番気になったことを口にした。
「……あの、その蝋燭には何の意味が……?」
するとお婆さんは、にたりと笑った。
「それはねぇ……」
「…………」
それは……?
「オマエを食べるためさぁ!!」
「どういうこと!?」
蝋燭関係なくない!?
お婆さんは包丁を振り上げ、そのままこちらへ駆けてきた。
「ヘレネちゃん!水瓶座!」
「えぇ――“水瓶座”よ、来なさい!」
清い水が、お婆さんへ降り注ぐ。
「ぎゃぁぁぁ!蝋燭が!!」
「蝋燭!?」
気にするのそこ!?
お婆さんは慌てて頭を押さえ、火の消えた蝋燭を恨めしそうに見上げた。
その瞬間、顔に貼りついていた鬼気迫るような気配が、揺らぎ――立ちのぼっている“澱み”の量も減ったように見える。
それに……さっきまでの、食い殺されそうな雰囲気が少しだけ薄れているし、表情もどこか人間味を取り戻したように見えた。
私は、何故かそこで急に申し訳なくなった。
「あの……ごめんなさい。そこまで蝋燭の火を大事にしてるって思わなくて……火、着けましょうか?」
こちらには“火種おじさん”もいるし、囲炉裏もあるのなら、火口もあるだろう。
多分どうにかなるはず。
お婆さんは、ぽかんとした顔で私を見た。
「……うん?というか、婆が怖くないのかぇ?」
怖くない、というか……。
私は少しだけ言葉を選んで、それから答えた。
「……なんというか、頭に蝋燭差した面白お婆さんって印象が強すぎて……怖いっていうより、面白い?」
あっ。
そのまま答えちゃった……
「…………」
お婆さんは呆然としている。
……もう少し、言い方があった気がする。
でも、もう口に出してしまったし……引き返せないね!
にゃっぴーとヘレネが、後ろで同時に固まった気配がした。
そして――
「……ふえっふえっふえっ!」
一瞬の沈黙のあと、お婆さんは突然、大笑いした。
「そうかい!面白いかい!中々豪気なお嬢ちゃんじゃ!」
「え、あ、はぁ……?」
許された……のかな?
後ろで、にゃっぴーがぽつりと呟く。
「ミコトのコミュ力、どうなってるにゃ……」
「信じられませんが……仲良くなってしまいましたね……信じられませんが」
なんで二回言ったのかな、ヘレネちゃん。
*
座敷に通され、囲炉裏のそばに座らせてもらう。
雨音が、屋根を軽く叩いている。
外はもう、すっかり雨宿りせずにはいられない天気だった。
お婆さんは向かいに座ると、一度深く頭を下げた。
「……改めて名乗るとしようかの。婆は“妖狸族”の“元”神託巫女、冴と申す。この度は“澱み”を祓っていただき、心より感謝申し上げる」
「妖狸族の……元神託巫女?」
私は目を丸くした。
改めてよく見ると、さっきよりも表情はずっと穏やかだ。
しかも頭の両脇には狸耳、着物の裾からは狸の尻尾まで見えている。
でも――
「にゃっぴー、この人……」
「……“山姥”って視えるにゃ」
やっぱり、まだ完全には祓えていないらしい。
薄くだけど、“黒いもや”も見える。
サエさんは、そんな私たちの様子を見て、小さく笑った。
「元神託巫女とはいえ、まだ完全には戻りきれておらぬようじゃの。じゃからこそ、お主らに頼みたいことがある」
そう言って、サエさんは静かにこれまでの経緯を語り始めた。
*
五十年前。
元々はこの世界の大地を整えるために、神様から一番最初に呼ばれた原初の妖怪、守り神的な存在でもある“ダイダラボッチ”が、“澱み”に侵されて暴走した。
それに対し、妖狸族、猫又族、妖狐族、鬼人族の四種族が力を合わせて戦ったけれど――相手はこの世界の守り神。
暴走していたとはいえ、それを“殺す”という判断を、誰も選べなかった。だから封印した、と。
「封印そのものは、成った。じゃがの……」
囲炉裏の火を見つめながら、サエさんはぽつりと言った。
「その時、封印の立役者であった妖狐族の神託巫女が、こう言ったのじゃ。“次は、殺すという選択も必要かもしれぬ”と」
その言葉の意味を、サエさんは詳しく聞けなかった。
何故ならその直後に――自分が死んでしまったから、とサエさんは言った。
……生きているように見えるけど……今はサエさんの話を聞こう。
「……婆は、子どもの頃に一度、森で迷ったことがあってのう」
その瞬間、サエさんの姿がふっと揺れた。
一瞬だけ、小さな子どもの姿が重なる。
姿が揺らいでいる……?
私は思わず息を呑んだ。
「その時、助けてくれたのがダイダラボッチ様じゃった。それから何度か、遊んでもろうてのう……じゃから婆はどうしても、あの方を殺したくはなかった」
死んだあと、冴さんは“神様”にその思いを打ち明けた。
すると、この世界にしばらく“霊体”として留まることを許されたのだという。
けれど、留まっているうちに妖狸族の里の者に姿を見られ、噂が噂を呼び、“山姥”という怪異の像と結びついてしまった。
その結果、今のような姿に変じてしまったのだと。
「しかも、その果てに……婆自身まで“澱み”に侵され、おかしくなっておった」
サエさんは、自嘲するように笑った。
「そこへ、お主らが来た。清め、救うた」
そして、私たちをまっすぐ見た。
「この世界にはなかったやり方で、“澱み”を祓うお主らなら……ダイダラボッチ様も、救えるやもしれぬ」
囲炉裏の火が、小さく揺れる。
その時また、サエさんの輪郭が揺らいだ。
老いた巫女の姿の奥に、幼い子どもの姿が一瞬だけ重なる。
私は、その姿を見て、小さく息を吸った。
「……うん」
にゃっぴーとヘレネが、私を見る。
そんな強大な相手に対して、絶対にどうにかする、とまでは言えない。
けれど――
私はサエさんを見返して、はっきりと言った。
「手伝うよ。ダイダラボッチを、助けよう」
もし……私が手伝うことで、少しでも解決の希望が見えるのなら――
その言葉に、サエさんの目が少しだけ見開かれた。
それから、深く、深く頭を下げる。
「……かたじけない」
私が協力を申し出ると同時に――サエさんから立ち昇っていた“澱み”が消えた。
その“願い”を受け止めてもらうことが……サエさんの最後の“引っかかり”だったんだろうね。
*
その後の詳細を詰める話は、明日に回すことにした。
ここまでの話だけでも十分に重かったし、何より、私たちもサエさんも疲れている。
今日はこの家に泊めてもらうことになった。
そして、こちらの自己紹介も済ませる。
「私は“比良坂 命”。ミコトって呼んでください。こっちの可愛い猫さんが“にゃっぴー”、そっちのキラキラした女の子が“ヘレネ”、そして私が抱っこしている子が“シロ”です」
「ミコト様、にゃっぴー殿、へれね殿、シロちゃんかぇ。何とも珍しい組み合わせじゃのう。そもそも、人間を見たのは初めてじゃ」
そういえば昨日出会った小鬼たちも、“初めて見た”って言っていたな……よほど人間は珍しいらしい。
「そうだ!先程、元神託巫女って言ってましたよね?何か私についての神託を聞いてないですか?」
「……済まぬが、“元”なのでな。今は神託は降りて来ぬのじゃよ」
“神託巫女”以外には、神託が降りない?
でも、昨日の小鬼たちは――
「“あの御方”はお優しいでなぁ。神託巫女以外に神託を降ろすことは、滅多にない。負担が大きいらしくての」
……ということは、私がこの世界に来たのは、その“滅多にない”ことに該当する……?
「ここに来る途中で出会った小鬼たちが、その“滅多にない神託”があったことを話してくれました。サエさんはご存知ですか?」
「それは……!ちなみに、何と?」
「近いうちに我が呼んだ人間、つまり“私”が来るので危害を加えるな、と」
「婆には全く……“澱み”に侵されていると神託を受け取れないのかもしれんのぅ……」
サエさんは小さい声で、“これもあの御方の導きじゃったか……”と呟いている。
「先程から仰っている“あの御方”とは、どなたのことでしょうか?」
そこも気になっていた。果たして、どんな神様が私を呼んだのか。
「本来であれば、神の名を呼ぶことは憚られるのじゃが……“あの御方”がわざわざ招かれた貴女様には、お伝えしましょう」
そう言ってサエさんは背筋を伸ばし、凛とした表情で答えてくれた――
「“あの御方”とは……」
外では雷も鳴り始めたのか、ゴロゴロ、ゴロゴロと音がする。
「“伊邪那美命”様のことじゃよ」
どこか遠くで――雷鳴が激しく轟いた。
*
結局気になることが多く、色々お話ししてしまった。
一旦深い話は忘れて食事にすることにした。
明日も詳しくお話しする時間はあるのだ。
台所でサエさんが用意してくれた兎肉と山菜を、そしてこちらからは、干したキノコと川魚の干物を提供し、みんなで調理する。
干しキノコを戻した汁に、焼き目をつけた兎肉、川魚の干物、アク抜きをした山菜を入れて、ゆっくり煮る。それだけで、まわりに良い香りが広がった。
うん、干物から塩気も出てるから、岩塩は使わなくて大丈夫そうかな?
必要だったら自分で使ってもらおう。
また、せっかくだし少し贅沢をしよう。
椿油をそれなりの量使って、タラの芽、こごみ、うるいを素揚げにし、軽く岩塩を振る。
そしてサエさん用で川魚の干物を炙っておく。……すっごい食べたそうな雰囲気を感じたからね!
一日ぶりの文明だ……おかえり!
各料理を囲炉裏のある部屋に持っていく。
「これは、また……豪勢じゃのう。ミコト様は料理もお上手じゃの!」
「サエさんからも、色々と食材をいただけたからね!せっかくだし、豪勢にしてみたよ!」
あ、シロはさすがに塩分が濃そうだから、兎肉を食べやすいように、小さく刻んで木皿に盛ってあげて、お水も用意する。
「きゅきゅ!」
シロは私にお礼を言うように鳴いて、そのまま兎肉に夢中になった。お肉が好きなのかな?
「では、私たちもいただきましょうか。にゃっぴーには私がよそってあげるから、食べたい物があったら言ってね」
にゃっぴーは目をキラキラさせながら言う。
「全部にゃ。素揚げは初めて食べるにゃ!」
はいはい、全部ね。各種木皿に盛ってから、にゃっぴーの前に置く。
それから、みんなで少しずつつまみ始める。
「お鍋も美味ですが、私は山菜の素揚げが気に入りました。このほろ苦さと香りがたまりません」
珍しくヘレネが絶賛している。
よほど気に入ったようだ。ただ……“油”は貴重だからね……次は余裕ができたら、作ることにしよう。
……うん。本当に美味しい。というかお野菜を久しぶりに食べた気がする。
「素揚げもおいしいし、この鍋も良いにゃ!色んな味がするにゃ!」
にゃっぴーは複雑な味がする方が好みのようだ。
雨に降られたせいで身体が冷えていたからね。
温かいものは余計に美味しく感じるよね!
「婆は久しぶりに食べた干物がおいしゅうて……やっぱり素揚げもおいしいですじゃ!」
……喉に詰まらせないか、心配になる勢いで食べてるな、サエさん。久しぶりの団欒みたいだし、仕方ない面もあるか……一人は寂しいからね。
*
水瓶座の水で身を清めて、簡易お風呂代わりにし、サエさんと二人で特製化粧水を使い、にんまりする。
そして――そうこうしていると夜が更けてきた。
私はシロと一緒に奥座敷で横になった。
雨音はいつの間にか弱くなっていて――
そのまま眠りに落ちた私は知らない。
そのあと、囲炉裏の火を囲んで、にゃっぴーとヘレネ、そしてサエさんが、静かに言葉を交わしていたことを。
*
「なにか企んでるわけではないにゃ?」
囲炉裏の火を見つめながら、にゃっぴーが低く言う。
サエは、その問いに真正面から頷いた。
「企みなど、今さらできる身ではない。じゃが、疑うのは当然じゃろうな……」
「……僕とヘレネは、人間に“似てる”生物は特に警戒してるにゃ」
「えぇ……人間は大変“難しい”生物ですからね」
ヘレネが静かに続けた。
「ミコトに危害を加えないと、誓えますか?」
「誓おう」
「……もしミコトを害そうとすれば」
「「全力をもって排除します」」
にゃっぴーとヘレネの声は、いつになく低かった。
しばし沈黙したあと、サエは、すっと背筋を伸ばした。
「……もし婆が裏切った場合は、如何様な処罰も望むところでございます」
その声音は、先ほどまでの飄々としたものではなかった。
古い巫女としての、張った声だった。
にゃっぴーとヘレネは顔を見合わせ、それから小さく頷いた。
外ではまだ、細い雨が降っていた――




