表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蕎麦の花  作者: 星乃夢
8/9

第七話 誇りを繋ぐ、結び



 古民家の畳に朝の光が差し込んできた。

 机の上には、一晩かけて形にした()()が置かれている。

 

 都会で見栄えの良さだけを競っていた頃なら、もっと派手な色を選んでいただろう。

 だが今、美咲の手の中にあるのは、源さんの畑の土の色、トメさんが見せてくれた古い蕎麦袋の質感、そして雑草の花のような、控えめな白色だった。

 

「……よし。できた」

 

 美咲は、洗って乾かしていた長靴を履き、その包みを大切に抱えて、源さんの畑へと向かった。


  

 朝靄の中、源さんは、作業の手を止めて、深く空を仰いでいた。

 

 その無骨な横顔、使い込まれた鍬の柄。


 そのすべてが、美咲にとっては、もう外観だけではなく、全てが畏敬すべき風景だった。


  

「……源さん。約束したもの、持ってきました」

 

 美咲の声に、源さんはゆっくりと振り向いて、差し出された包みを見つめた。緊張する美咲の真剣な眼差しと力の入った指先をじっと確認する。

 源さんは、土のついた手で受け取ろうとして、ふと動きを止めた。

 

「……家へ来い。土の上で見るもんじゃねえ」

 

 源さんはぶっきらぼうにそう言うと、先に立って歩き出した。

 

 源さんの家の土間。彼は無言で柄杓を取り、冷たい水で入念に手の土を洗い流した。

 タオルで水気を拭き取り、居間の座卓にどっしりと腰を下ろす。

 美咲は、その向かい側に正座し、包みを差し出した。

 

 源さんの指が、包みを縛る紐にかかる。その時、彼の指がぴくりと止まった。

 紐は、トメさんに教わった……男結びという結び方だった。

 

 農家が米俵や種袋を縛る男結びは、紐の端が横(平行)に出るため、緩みにくく強固で、横一文字に引き締まった結び目だ。装飾を排しつつ、中身を護るために磨かれた、頑固な形。

 

「……この結び。どうしてこれにした」

 源さんの声に、明らかな動揺が混じる。

 

「トメさんに、親父さんの古い袋を見せてもらったんです。その結び目は、不器用なようでいて、誰よりも種を……命を、大切に扱っている人の結び方でした。だから、この商品を手に取る人にも、この結びを解くところから始めてほしかったんです。源さんたちの『覚悟』を、自分の手で解いてもらいたくて」

 

 源さんは何も言わず、指先に力を込め、その固い結び目をゆっくりと解いていった。

 

 箱を開けると、そこにはロゴが刻まれている。

 それは、源さんが一日の作業の区切りに、たった一人で空を仰ぐ……あの孤独で気高いシルエットを抽象化したものだった。

 

 源さんは、中に入っていた試作の蕎麦を、トメさんに教わった通りに(この地の作法で)……まず香りを確かめ、薬味を箸の先にのせ、音を立てて啜った。

 

 静寂が流れる。柱時計の刻む規則正しい音だけが、部屋に響く。

 

 長い沈黙の後、源さんは最後の一口を蕎麦湯で割り、ゆっくりと飲み干した。

 そして、空になった器を置くと、初めて美咲の目を真っ直ぐに見つめた。

 

「……この村の土の匂いだな」

 

 それは、美咲にとってどんなデザイン賞よりも重い、最高の賛辞だった。

 

「飾りじゃねえな。……これは、わしらの生きてきた時間だ。……おい、物好き」

 

 源さんは立ち上がると、居間の隅に置かれた古いアルバムの横に、そのパッケージを大切に置いた。

 

「寄り合いの連中にも、これを見せてやれ。焚き火にするには、ちっとばかり勿体ねえからよ」

 

 美咲の視界が、ふいに滲んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ