第七話 誇りを繋ぐ、結び
古民家の畳に朝の光が差し込んできた。
机の上には、一晩かけて形にしたものが置かれている。
都会で見栄えの良さだけを競っていた頃なら、もっと派手な色を選んでいただろう。
だが今、美咲の手の中にあるのは、源さんの畑の土の色、トメさんが見せてくれた古い蕎麦袋の質感、そして雑草の花のような、控えめな白色だった。
「……よし。できた」
美咲は、洗って乾かしていた長靴を履き、その包みを大切に抱えて、源さんの畑へと向かった。
朝靄の中、源さんは、作業の手を止めて、深く空を仰いでいた。
その無骨な横顔、使い込まれた鍬の柄。
そのすべてが、美咲にとっては、もう外観だけではなく、全てが畏敬すべき風景だった。
「……源さん。約束したもの、持ってきました」
美咲の声に、源さんはゆっくりと振り向いて、差し出された包みを見つめた。緊張する美咲の真剣な眼差しと力の入った指先をじっと確認する。
源さんは、土のついた手で受け取ろうとして、ふと動きを止めた。
「……家へ来い。土の上で見るもんじゃねえ」
源さんはぶっきらぼうにそう言うと、先に立って歩き出した。
源さんの家の土間。彼は無言で柄杓を取り、冷たい水で入念に手の土を洗い流した。
タオルで水気を拭き取り、居間の座卓にどっしりと腰を下ろす。
美咲は、その向かい側に正座し、包みを差し出した。
源さんの指が、包みを縛る紐にかかる。その時、彼の指がぴくりと止まった。
紐は、トメさんに教わった……男結びという結び方だった。
農家が米俵や種袋を縛る男結びは、紐の端が横(平行)に出るため、緩みにくく強固で、横一文字に引き締まった結び目だ。装飾を排しつつ、中身を護るために磨かれた、頑固な形。
「……この結び。どうしてこれにした」
源さんの声に、明らかな動揺が混じる。
「トメさんに、親父さんの古い袋を見せてもらったんです。その結び目は、不器用なようでいて、誰よりも種を……命を、大切に扱っている人の結び方でした。だから、この商品を手に取る人にも、この結びを解くところから始めてほしかったんです。源さんたちの『覚悟』を、自分の手で解いてもらいたくて」
源さんは何も言わず、指先に力を込め、その固い結び目をゆっくりと解いていった。
箱を開けると、そこにはロゴが刻まれている。
それは、源さんが一日の作業の区切りに、たった一人で空を仰ぐ……あの孤独で気高いシルエットを抽象化したものだった。
源さんは、中に入っていた試作の蕎麦を、トメさんに教わった通りに(この地の作法で)……まず香りを確かめ、薬味を箸の先にのせ、音を立てて啜った。
静寂が流れる。柱時計の刻む規則正しい音だけが、部屋に響く。
長い沈黙の後、源さんは最後の一口を蕎麦湯で割り、ゆっくりと飲み干した。
そして、空になった器を置くと、初めて美咲の目を真っ直ぐに見つめた。
「……この村の土の匂いだな」
それは、美咲にとってどんなデザイン賞よりも重い、最高の賛辞だった。
「飾りじゃねえな。……これは、わしらの生きてきた時間だ。……おい、物好き」
源さんは立ち上がると、居間の隅に置かれた古いアルバムの横に、そのパッケージを大切に置いた。
「寄り合いの連中にも、これを見せてやれ。焚き火にするには、ちっとばかり勿体ねえからよ」
美咲の視界が、ふいに滲んだ。




