第56話「姉妹」
夕暮れの部室。
「ねえ、姉ちゃん」
軽い声。
「やるっしょ?」
その一言で、空気が止まる。
樹里は少しだけ目を細める。
「……いいよ」
短い返事。
それだけで、決まった。
レンジが椅子を蹴る。
「お、マジで!?」
カエデも身を乗り出す。
「いきなり!?」
リア先輩が静かに言う。
「机、空けろ」
「スペース作るぞ」
マックス先輩がカードをどかしながら笑う。
「来たな、姉妹対決」
リリ先輩は腕を組み、静かに二人を見る。
「……まあ、そうなるよね」
ハルトは黙って席を下がる。
中央にスペースができる。
向かい合う二人。
東雲樹里。
東雲希美。
空気が変わる。
樹里がカードを構える。
無駄のない動き。
希美もデッキを手に取る。
軽く。
だが、隙はない。
「準備いい?」
樹里。
「いつでも」
希美。
一瞬の静寂。
リア先輩が手を上げる。
「――始めろ」
二人が同時にカードを引く。
そして。
「「リンク!」」
その瞬間、戦いが始まった。
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先に動いたのは樹里。
静かにカードを置く。
無駄のない展開。
盤面を確実に整えていく。
カエデが小さく呟く。
「やっぱり綺麗……」
リリ先輩も小さく頷く。
「樹里は最初から形を崩さないの」
「どんな相手でも、自分の形に持っていく」
ハルトも感じていた。
(崩れない)
どんな形でも対応できる。
それが樹里の強さ。
だが――
「じゃ、ここからね」
希美がカードを引く。
軽い声。
しかし動きは速い。
迷いがない。
レンジが思わず声を漏らす。
「判断、早っ……!」
カードが繋がる。
光のユニットが並ぶ。
カウンターが置かれていく。
「ここで流れ取るっしょ」
展開が一気に加速する。
盤面が完成していく。
カエデが息を呑む。
「もうそんなに……?」
リリ先輩が静かに言う。
「希美は逆」
「最初から勝ち筋までの形を作るタイプ」
「だから展開が速い」
樹里の視線がわずかに動く。
その一瞬。
希美は逃さない。
カードを場に置く。
「いくよ」
「――宝石龍」
光が弾ける。
輝き。
現れるドラゴン。
宝石のように煌めくその姿。
レンジが立ち上がる。
「それが宝石龍かよ!」
希美は軽く笑う。
「まだ序盤だけどね」
さらにカードを重ねる。
光が繋がる。
カウンターが増える。
盤面が完成していく。
ハルトは息を呑む。
(流れを作ってる……)
(最初から、ここまで考えて……)
希美がカードを叩く。
「決めにいくよ」
「――宝石龍・極光」
場の光が一気に強まる。
完成された盤面。
カエデが呟く。
「これ……決まる……」
レンジも言う。
「勝ちじゃね……?」
だが。
樹里は動かない。
静かに盤面を見る。
リリ先輩が小さく呟く。
「……でも、まだ終わってない」
一拍。
そして。
カードを引く。
「……甘い」
一言。
カードを置く。
「そのルート、見えてる」
空気が変わる。
希美の目がわずかに細まる。
「マジ?」
樹里は続ける。
一手。
また一手。
無駄なく。
正確に。
完成していたはずの盤面が、崩れていく。
「嘘でしょ……」
カエデが呟く。
リリ先輩が静かに言う。
「樹里はね」
「最後の一手を読む人」
希美はすぐに立て直す。
「まだだよ」
カードを繋ぐ。
再び流れを取りにいく。
レンジが叫ぶ。
「まだ粘れるのか!?」
樹里は静かに言う。
「そこも、読んでる」
一手。
ほんの一手。
それだけで――
流れが逆転する。
静寂。
リア先輩が手を上げる。
「――そこまでだ」
二人の動きが止まる。
沈黙。
レンジがぽつりと言う。
「……え?」
カエデも言葉を失う。
「今の……」
マックス先輩が笑う。
「一歩差、か」
樹里はカードを置いたまま言う。
「……終わり」
希美はしばらく盤面を見る。
そして、小さく息を吐く。
「……やるじゃん」
悔しさより、納得。
「次は、取るけど」
樹里はわずかに笑う。
「来なさい」
そのやり取りを、ハルトは見ていた。
(どっちも……強い)
(でも)
(俺は――)
言葉にならない。
足りない。
何かが。
夕暮れの光が差し込む。
部室は静かに熱を残していた。




