ちょっとした御殿
学園には寮がある。
貴族や皇族であっても、原則的には入寮する決まりだ。
だが、収納や設備も高位貴族には物足りない。
というわけで、だいたい伯爵クラスから上の貴族子女は、休日には王都の自宅に戻るという。
アルベリアからの留学生もそれに倣い、ビアンカやクラリスは貴族用の宿を借り上げていた。
で、コンスタンスは、というと。
「…………」
馬車を降りて、絶句していた。
目の前には、立派な邸宅の玄関がある。
白い石造りのアーチがいくつもシンメトリーに並び、よく手入れされた庭園の植栽は、これもまた線対称だ。
まるで先程見てきた学園をスケールダウンしたかのようだが、細部の装飾は、こちらのほうが数段手が込んでいる。
帝国が用意した、コンスタンスのための一軒家だった。
「壮麗なお屋敷だね……」
どう考えても、コンスタンス一人を迎えるには豪華すぎる。アルベリアなら公爵家級の建物ではないだろうか?
しかし、横に立ったオリヴァーは平然としていた。
「まあ、当然でございましょう」
なんでそんなしれっとしてるのか。信じられない気持ちで見上げると、オリヴァーは肩をすくめた。
「お嬢様は皇孫でいらっしゃいますからね」
「……そういえばそうだった」
「忘れられるんですか、そういうの」
思い切り呆れられたが、これは仕方ないと思う。
「忘れてはない……けど、お母様の話があんまり自由すぎたから……」
「ああ……」
シルヴィアには、あれからいくつか話を聞かされていたが、しきたりしがらみ何それといった武勇伝──武勇伝と呼ぶしかないものが満載だった。
皇都おすすめスポット一覧もしっかり渡されている。
などと言っているうちにいつの間にか玄関扉が開けられて、ホールが目に入る。
そこには、ずらりと並ぶ使用人たちの姿があった。
先頭に立った、美しい白髭の初老の男性が腰を折る。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
つられてこちらも背筋が伸びる。
「皆、出迎えありがとう。しばらくお世話になりますね」
エドゥアールと名乗った執事に案内されて、まずはサロンに向かう。
……内装もすごい。
階段の手すりは黄金色でぴかぴかだし、踊り場に飾られていた絵はあれ、国宝級じゃないだろうか……。さらには、どこもかしこもいい香りがする。
「こちらで、まずはおくつろぎください」
「ありがとう」
執事はサロンに二人を案内して、さっと辞去した。
このサロンもなかなかの設えである。家具はすべて飴色だし、控えめに飾られている人物画は、おそらく皇族のご先祖を描いたものだ。
「わぁ……」
さすがにオリヴァーも無言である。
部屋の中を見回しているうちにノックの音がして、どうぞと返事をすると、見慣れた顔がワゴンを押して現れた。
「アンナ!」
「はい、お嬢様」
コンスタンスのアルベリアから連れてきた侍女だ。先に別の馬車で荷物とともに到着していたらしい。
「荷解きはもう済んでおりますわ。まずはお茶にいたしましょう」
「うん、ありがと」
コンスタンスはそそくさと一人掛けのソファの一つに座った。とても柔らかい座面に身が沈む。
「わああ……」
無心で座り心地を堪能してしまったが、傍らではオリヴァーがアンナにたしなめられていた。
「あなたもお座りください」
「いや、でも……」
たじたじとなっているオリヴァーは珍しい。
はぁ、とアンナはため息をついた。
「こちらでは従者ではないのでしょう?」
「……まあ、そうですね」
オリヴァーは渋々と言った様子でコンスタンスの対面に座る。あ、なるほど。
オリヴァーはその服装の通り、青年貴族として帝国に来ているのだから、コンスタンスと同じテーブルにつくのが道理なのだ。
「……ふふ」
なんだか昔に戻ったみたい。
子供の頃は、オリヴァーとコンスタンスは同じ卓で勉強したり、お茶をする間柄だったのだ。
「……何ですか」
「ベっつにー?」
オリヴァーからじっとりとした目で見られたが、コンスタンスは楽しい気持ちでそれを受け流した。
が。
「──というか、お嬢様だけでなくなんで俺までこのお屋敷なんですか。それこそ子爵家のせがれなんて安宿でいいでしょうに」
「えっ」
思いがけないことを言われ、びっくりした声を出してしまう。
「……なんですか、えって」
「え……えっと、一緒に住むの嫌だった?」
コンスタンスとしてもこの豪邸に一人で住むのは気が進まない。
いや、アンナがいてくれるので一人ではないか。でも、気心の知れた相手が一人でも多くいてくれた方がいいのは確かで、それがオリヴァーだというなら申し分はなかった。
だが、オリヴァーにとっては不本意だったのだろうか。考えてもみなかった。
不安になって彼の顔を見返すと、大きなため息をついて目を逸らされた。
「…………帝国側の思惑がわからない、というだけで、一緒に住まないとは言ってません」
「よかった!」
「何を言いますやら。お嬢様から離れる選択肢なんてないでしょうに」
アンナは辛辣である。
「まあ……それはそうですがね」
おやおや。さっきもそうだったけど、オリヴァーはアンナに弱いのだろうか?
コンスタンスだといつも丸め込まれてしまうから、逆にやり込められているさまは新鮮だ。本邸ではあまり絡んでいないので気づかなかったが、やはり同年代で、序列もほぼ同格の者同士、気安かったりするのかも。
コンスタンスとしても、部下同士の気心が知れているのは喜ばしい。
「(うん。将来、私がフルーセルを継いだ時には)」
この二人には、今オリヴァーの両親がしてくれているように、影のまとめ役として自分を支えてもらわなくては……、
支えて……あれ?
自分で思い描こうとした将来像が、うまくつくれない。
なんでだろう。
そこに、オリヴァーの声がかけられる。
「……お嬢様? いかがなさいました」
「えっ!?」
コンスタンスは焦った。
「──あっ、キャシーのこと考えてて」
嘘ではない範囲の言い訳をぎりぎり考える。
「母の? またどうして」
オリヴァーの母、キャサリン・ソーンフィールド。
『影』の中でも凄腕で、特に変装の名手だ。
「ほら、この前はブレイダムにいたでしょう。でも、そろそろまた移動してるかな、って」
「なるほど……? まあ、あの人の居場所は旦那様と父しか知りませんからね」
ごまかせただろうか。
「うん。このお屋敷の使用人も、半分くらいは帝国の隠密でしょ? だから思い出して……」
先程彼らがホールにずらりと並んでいた様子を思い返して、コンスタンスはそう言ったのだが。
「半分? まだまだですね」
オリヴァーはにっこりした。
「まだまだ?」
「全員ですよ」
「ひえっ」
令嬢らしからぬ声を出してしまった。




