学園での出会い
馬車は王都の大通りを東へ進むと、貴族の屋敷をいくつも連ねたかのような建物の敷地へ入っていった。
「ここが、学園?」
「そのようですね」
コンスタンスのつぶやきに、クラリスが頷く。
門の中には左右対称の広々とした庭園が広がっている。
中央に伸びる石畳の先に、正面玄関が見えてきた。
車寄せに馬車が止まり、扉が外から開けられた。
「どうぞ」
手を差し伸べるのは、アルベリアから同行した少年貴族だ。
「ありがとう」
クラリス、ビアンカの順に、エスコートされて馬車を降りる。
最後が自分の番だ。
「コンスタンス様、お手を」
「ありがとう」
コンスタンスの手を取ったのはオリヴァーである。
服装は従者のものではなく、青年貴族の一般的な旅装をしている。
名前、呼ばれたのいつぶりだろ。
そんなことをふと考えながら、地上に降りて玄関に向き直る。
そこには、帝国側の学生たちと、職員とおぼしき大人たちが数名並んでいた。
わざわざ迎えてくれたらしい。
「ようこそ、はるばるいらっしゃいました。教頭のアルノーです」
大人たちの中から、老境に差し掛かった男性が進み出て握手を求めた。
「お出迎え感謝します。短い間ですが、我々アルベリア一同、お世話になります」
オリヴァーが握手に応じる。
アルノーは頷いて、左右の学生たちを紹介した。
「皆さんに、また我が校の学生たちにとっても、有意義な機会となるよう願っております。こちらは皆さんの滞在中の案内役を務める、生徒会のメンバーです」
コンスタンスが学生たちを見ると、ちょうど中ほどに、金髪の少女がいた。
相当な美少女だが、なんとなく親しみを覚える顔立ちをしている。
彼女はコンスタンスに気づいて、小首を傾げて言った。
「もしかして……あなたが、シルヴィー叔母様の?」
あ。
「はい、コンスタンスと申します」
コンスタンスがカーテシーをすると、少女は顔を輝かせた。
「やっぱり! 宮殿にある叔母様の肖像画にそっくりだもの。わたくしはイレーヌ、どうぞ仲良くしてね」
イレーヌ。帝国の皇女の名前である。確か十七歳、オリヴァーとコンスタンスのちょうど真ん中に当たる年齢であるはずだ。
コンスタンスからみれば、母方の従姉というわけだ。
親しみの正体はそれである。
さらに、皇女は隣に立つ少年を示した。
「それからこちらが、わたくしの弟、ヴィクトールよ。コンスタンスの一つ上だったと思うわ」
一つ上ということは、十六歳か。
「ヴィクトールです。コンスタンス嬢にアルベリアの皆さん、ご滞在中は困ったことがありましたらお気兼ねなくご相談ください」
皇子は微笑んだ。
こちらもなんとなく母の血縁っぽい雰囲気があって、コンスタンスは少しほっとする。
手を差し出されたので、コンスタンス、オリヴァーの順に握手する。
「お気遣いありがとうございます。母からも、皆様にくれぐれもよろしくと言付かってまいりました」
コンスタンスがそう返事すると、イレーヌは嬉しげに手を打ち合わせた。
「ええ、いずれ父上やお祖父様方にもお引き合わせいたしましょうね。皆、楽しみにしているの」
彼らに続いて、出迎えの学生や教師たちとアルベリアからの留学生も、めいめいに自己紹介をすませる。
そして、教頭のアルノーが玄関を示した。
「それでは、こちらへ」
校内を案内してもらえるようだ。
玄関のある南棟を抜けると、そこにも見事な庭園が広がっていた。
「わあ……素敵」
「本当だね」
小路や植栽、左右の建物まで、美しい線対称を描いている。まるで庭園まで壮大な建物の一部であるかのように、きっちりと整備されていた。
自然な曲線を多用するアルベリアの庭とは違い、人の手による秩序を重視しているようだ。
「お気に召したようですな」
素直な留学生たちの反応に、アルノーも嬉しげだ。
「庭園の中央に見える建物が、本部棟です。事務室や教職員の部屋はこちらに。また、庭を見渡せる食堂が人気ですよ」
「隣の敷地の研究所や、帝立大学の学生さんたちもお昼に来られるのよ」
帝立大学とは、今回、オリヴァーたち年長組が通う予定の施設だ。
こちらの学園を卒業した者の中で、特に希望する者が推薦や審査を経て進む学び舎だという。
アルベリアでは十八歳を超えれば一通りの教育を終えて実務に携わる者も多いので、今回の留学生の能力も鑑みてそちらへの編入となった。
ちなみにオリヴァーは国際学を学ぶらしい。外部の者にどこまで教えてもらえるかはわかりませんが楽しみですね、などと言っていた。
庭園は壮麗な建物に囲まれている。
西棟、東棟、北棟があり、それぞれが一般教室、医務室や礼拝堂、大図書館とのことだ。
さらにその外側に講堂、ダンスホール兼音楽堂、競技場などが配置されているそうだ。
「本日は教室の一つに、制服と教科書をご用意しています。西棟までご足労ください」
「はい」
ぞろぞろと左手の建物に向かう。庭園を抜ける途中で、何人かの学生と遭遇した。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう、先生、こちらがアルベリアからの留学生の方々ですか?」
「ええ、そうですよ」
「やっぱり。皆さん、よろしくお願いしますね!」
数人組のグループが、わいわいと気さくに話しかけてくる。
所作を見るときちんと教育を受けた貴族の子女のようだが、帝国の少年少女は少しアルベリアよりも距離が近い。集団生活をしているからだろうか。
「よろしく。皆さんは今日は授業?」
ビアンカが尋ねる。
「いえっ、今日は図書館で自習をしてました」
「そうなんだ、立派な図書館だって聞いたよ。私は競技場のほうも楽しみだね」
「何か競技をされるんですか?」
「うん、剣と乗馬を少しね」
きゃーっと声が上がった。ビアンカの人気は帝国でも健在のようである。
……と。コンスタンスは一人の女子学生が歩いてくるのに気付いた。
こちらが小道に広がって話し込んでいるので、それを避けて道の端を通り抜けようとしているようだ。
「あっ」
そして何かにつまずいた。
「あぶない!」
とっさにビアンカとコンスタンスが手を出す。
ばさばさとノートや本が散らばった。
少女は二人に支えられ、転倒は避けられたが、手に持ったものまではそうはいかない。
「す……すみません!!」
女子学生は真っ青になった。
ペンケースが皇子の足元まで転がってしまったからだ。
しかし本人は気にした様子もなく、そのペンケースを拾い上げた。
「怪我はありませんか?」
そして女子学生に渡す。ビアンカとコンスタンスは彼女がしっかり立ったのを確認して、そっと下がった。
「あっ……はっ、はい……、申し訳ございません!!」
「大丈夫、気にしないでください」
「い、今拾いますのでっ」
「お手伝いいたしますわ」
コンスタンスは慌ててかがみ込む彼女と一緒に紙を拾った。ビアンカやクラリスたちもそれにならう。
「破損したものもなさそうですね」
全部拾い終わったが、少女は可哀想なくらいしゅんとしている。
「はい、重ね重ね……申し訳ありませんでした」
「いいえ、それでは。ごきげんよう」
ヴィクトールは微笑んで少女を気遣うと、皆を促して西棟へ向かう。
立ち止まっていた学生たちも、それぞれの目的地へ足を向けた。
「…………」
コンスタンスは一団について歩きながら、ちらとオリヴァーのほうを見た。
一連の出来事を傍観していた彼からは、すぐに目くばせが返ってくる。やっぱり。
……なんだか、悪意のこもった視線を感じたのだ。
第三部一章は「貴人の前で転ぶ女子学生」をお届けします。




