私が、帝国へ?
第三部開幕です!
お話が大きく動いていきますので、応援よろしくお願いいたします。
アルベリア王都から馬車で北東に数日。
周辺の国からただ『帝国』とだけ呼ばれる国がある。
かつてはアルベリアやブレイダムを含む地域を掌握しており、今でも権威として扱われる国だ。
王都には様々な顔立ちの人々が行き交い、建物は壮麗、豪華の一言である。
統治するのは太古の昔、神々の『加護』を受けてこの地に降り立ったとされる一族で、皇帝、皇族と称されるようになった今でも、数世代に一人は『加護』を与えられる人物を輩出するという。
直近では、皇妹にあたる女性が『加護』を得ており、その力を生かすため他国に嫁いでいる。
そんな、おとぎ話のような歴史と現代の繁栄のまじり合った国の中心に、一台の馬車が到着していた。
「わぁ……」
窓越しに街並みを目にして、コンスタンスはため息を漏らす。
「これは、壮観だね」
「色が多彩で、アルベリアの白亜の王都とは違った趣ですね」
同乗しているビアンカとクラリスも、初めて見る景色に興味津々のようだ。
三人はこの夏、アルベリアから帝国へと留学のためにやってきていた。
なんでも帝国には、皇族・貴族が必ず通う学園というものがあるらしく、アルベリアは下は十五歳、上は二十歳になる子女を数名集めて、留学生として派遣したのだ。
*
話は春の終わりにさかのぼる。
親子三人、水入らずでお茶をしていたときのことである。
コンスタンスは父から話がある、と切り出された。
「君に、帝国へ行ってもらう話が出ている」
コンスタンスは思わず母の顔を見た。
「帝国ですか?」
「ええ、そうよ」
微笑んで頷く母、シルヴィアはもともと帝国の皇女である。
縁を結ぶ『加護』を授かり、父と出会ってアルベリアへやってきた。
現皇帝は母の兄にあたる人、つまりはコンスタンスから見れば伯父上である。
「ええと……お母様ではなく、私が? 一度も行ったことないのですが……」
帝国の親族からは、毎年コンスタンスとシルヴィアの誕生日に贈り物と手紙が届けられる。お礼状も返してはいるが、そのぐらいしか付き合いがない。
コンスタンスが困惑していると、父がうなずいた。
「戸惑うのも無理はない。ちょっと込み入った話になるが、いいかな?」
「はい」
コンスタンスはお茶のカップを置いて居住まいを正した。
「まず、ブレイダムの話をしないといけないな。あちらの国王陛下が伏せってらっしゃるという情報があっただろう」
「はい。それで第三王子殿下につけこまれたのですよね」
ガードナー家を逆恨みしている第三王子、ゼルマル。彼がブレイダム王の目を盗み、コンスタンスにちょっかいをかけてきて、あわや国家間の問題となりかけたのは記憶に新しい。
「そうだ。彼の御方は幽閉となったわけだが、発端はブレイダム国王が後継者の指名をされていないことにある」
ゼルマルの狙いは、アルベリアと戦端を開いて、その戦で手柄を上げることにあった。
ずさんな計画だが、そもそも手柄があれば認められる、と勘違いした状況にこそ原因がある。
「あちらの立太子は長子ではなく、功績のあった方を王が指名、という話でしたよね」
「そのとおり。……わが国としては、先の一件でよしみを結んだ第ー王子ジメオン殿下に王位を継いでいただきたいところだが、そのような要請をするわけにもいかない」
「それは確かに」
内政干渉になってしまう。
「しかし、ブレイダムの王位継承問題が原因で、もう少しで損害を受けるところだったのは事実だ。水面下であってもね。それで、我が国としての立場を明確にしていいものかどうか検討し、まずは権威ある帝国の意向をうかがおう、ということになった」
帝国の権威。それはこのあたり一帯の国々にとっては特別な意味を持つ。
かつて帝国は、アルベリア、ブレイダム、またはジグタフ妖精国など、数々の国を支配下においていた。
体裁上は各国が独立して久しいが、今でもそれぞれの国から見ると親や祖父母のような存在なのだ。
「……なるほど、そのために私を帝国に?」
いやでも、家が特殊とはいえ、コンスタンスはデビューもまだのいち侯爵令嬢である。
ここは非公式でも、外交官とかを送り込むものなのではないだろうか。
そう思って首を傾げていると、父は苦笑した。
「まあ、それは理由の半分といったところかな」
まだあるのか。
「ほほう。残り半分は?」
「今回の事件で、第三王子が誰を相手取ってトラブルを起こしたのか、既に知るところには知れ渡っているだろうね」
あっ。
「私……ですか?」
そうだ、と父は頷く。
「どの国の所属でも、有能な密偵ならば、君に関して探りを入れているだろう。ガードナー家の実態を知る者もそうでない者もね。……そこで、内々に帝国から打診があった」
「帝国から……」
ここまではアルベリア側の事情だったが、帝国側にも何かあるのか。背筋を伸ばす。
「──一度顔を見ておきたい、と、できればしばらく逗留してはどうかと」
「えっ」
ちょっと斜め上の言葉が飛んできて、一瞬理解に時間がかかった。
どういうことだ。なんだか大事になった気がする。
不心得者にちょっかいをかけられて蹴散らしただけだったはずなんだけど、相手が他国の王子だと後が大変なのだろうか。
「……えーとつまり、私が帝国と血縁だとアピールして、他の国を牽制する……とか?」
「いやいや、そう難しく考えることはないよ」
はっきり苦笑いした父は、打ち消すように手を振った。
「君はあちらにとってはかわいい孫、姪っ子だ。純粋に心配なのだろう」
えっ。
えー……。いやそれはそれで身構えちゃうんですが。
「あの、会ったこともないのですけど」
「いい機会じゃないか。甘えてきなさい」
黙って話を聞いていた母も口を添える。
「そうよ。帝都のすてきなところをあなたにも見せたいとずっと思っていたの。あとでおすすめの場所をリストにしてあげましょうね。行きつけだったお店はまだ残ってるかしら?」
「行きつけ」
皇女様の行きつけ?
思わず顔をまじまじと見ると、母はにっこりした。
「そう! お忍びでね、よく城下に降りていたの」
今度は父の顔を見る。遠い目をしていた。
「……じゃあ、私のお忍び癖はお母様譲り……」
道理で誰にもとがめられないわけである。
「懐かしいわ、この人ともお忍びで出会ったのよね」
「シルヴィア、その話は今は……」
「あら、あなたのいないところでするなら、もっと詳細な話になるけど」
「お母様、むしろそっちを聞きたいです」
「むう」
父は黙った。母は強し。ちょっと違うか。
「……学園のことも、わたくしがわかる範囲で教えるわ。家族のこともね。お父さま……あなたのおじいさまにあたる方や、伯父様にあたる方は、厳しいけれど優しくもあられるから、大丈夫だと思うけれど」
それは、これまでの手紙での交流でわかっている。
それに、この話を信じるなら、優しさから出たお誘いであるはずだ。
「はい」
父がまとめた。
「よし、では話を進めていいかな。……もちろん、先方との実務的な交渉は他に担当者をあてる。君は存分に羽を伸ばしてきなさい」
「……はい!」
*
結局、使節団は留学生という形になり、実務の担当者は、というと……。
「オリヴァーなんだよね……」
コンスタンスは行儀悪くも馬車の窓に額をつけた。ひんやり。
十九歳のオリヴァーは、留学生の団長という形で同行していた。今は別の馬車にいる。
彼がきっちり仕事を任せられ、自分は羽を伸ばすだけ、というのはどうにも釈然としないが。
窓の外には初めて見る鮮やかな街並みが広がっている。
もやもやも長続きせず、期待で口元が緩んでしまうコンスタンスだった。




