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42『ヴィヴィアナとリリーナと』


お兄様が下さるもの全てが、私にとって特別。


だから少なからず高揚していた。我ながら単純だなとは思うけれど、左薬指にぴったり合うリングに身も心も浮かれた。


だけどもし、ただ単に、私の無駄に大きい魔力を抑える為の道具──としての意味しかないのなら。




身体中の熱がじわりじわりと爪先から逃げていくような感覚に震える。


嫌だと、もしも我が儘を言えば聞き入れて貰えるだろうか? 貴方以外の人なんて嫌だと兄に泣いて縋れば、或いは。


……いいや、駄目だ。今までの私の我が儘は、公爵家にとって益とはならずとも害でもなかった。だから許された。だけどもし本当に王太子殿下との婚姻を皆が望んでいるのなら、そんな我が儘など決して許されるものではない。

でも、それでも私は……



「……お兄様、私、私」

「フィオネッタ!!」

やっとの思いで絞り出した声を遮ったのは、抑え難い歓喜に彩られた声。そちらへ目をやった私は、舌の上まで駆け上がってきた悲鳴を死に物狂いで呑み込んだ。



皆、何が起こったのか理解出来なかったのだろう。それまで、リリーナ曰く()()()微笑を貼り付けていた彼が一転、無垢と妖艶が混在する魅惑的な笑みを浮かべたのだから。だが騒然とする周囲の様子などどこ吹く風、全身で歓びを爆発させながら彼は私へと歩み寄る。


尻尾をぶんぶん振り回す中型犬。が、見えた気がする。



「フィオネッタ。待っていましたよ。……ああ、本当の色を取り戻した君の美しさは私の想像を遥かに越えている。そのドレスもとても良く似合っていますね」


中型犬……もといアレクセイ・ライズ・クレイヴ王太子殿下は頬を染め、その濃緑の瞳に激情の炎を揺らめかせて恍惚と笑んだ。

それはとても美しいのに、私の背を這ったものは酷く冷たかった。


それから彼──殿下は私の手を取って、その甲に唇を落とそうとする。まさかの行動に仰天する私だが、王太子の手を振り払うなど出来はしない。

「気安く触れるな。この子は私のものだ」

だが、それより早く兄は私の身体を引き寄せ、強く抱き締めた。せっかくのキスが空振りに終わって非常に不服そうな殿下が唇を尖らせながら兄を睨む。

「……ルディ兄さん、いい加減に観念したらどうです? 全てはもう決まったのですよ、兄さんがどう足掻こうともね」

「そうだな。最早全てが決められた。……誰にも覆せぬ、どう足掻こうとも、()()()

「へぇ……珍しい、兄さんが潔い。ええ、そういう事です。それから言っておきますが、公爵が当時の王太子に使った手は私には通用しませんからね」

「……分かっている。私はそのような無駄は好まぬ」

「それなら結構です」



会話の意味は私にはよく分からなかったが、いつになく兄の声には諦観にも似た硬さがあった。対比して、勝利を確信している殿下の笑みに私の不安は加速度的に増していった。



「その辺にしておけ、アレク。だからお前は唯一の花に怯えられてしまうんだぞ」


やんわりと嗜める声が聞こえた。それは低く、それでいて伸びやかに響いて、私の不安をふ、と和らげてくれた。


誰だろう? なんて思ったのは一瞬。現時点に於いて、兄以外で王太子殿下にあのような物言いが可能なのは一人だけだから。


「随分な仰りようですね、ヒュー兄さん。フィオネッタは幼い頃より変わらず恥ずかしがり屋さんなだけです」


やはりその人は、ヒューイット・ケネス・クレイヴ第一王子。刈り上げてはいるが弟王子と同じ柔らかい赤黄(シャモア)の髪、同じ強い光を宿す深く濃い緑(エンペラーグリーン)の瞳を持ち、同じ正装に身を包んでいる。大きく異なるのは纏う雰囲気で、柔和が形を成している弟殿下とは違って精悍で非常に男性らしい容貌だ。

なんと言うか、想像していたより厳ついし、全体的に……四角い?


弟が愛くるしい中型犬ならこの人は大型の軍用犬、みたいな感じだろうか。



「ああ、フィオネッタは本当に大きくなったな。私の事は憶えているか?」

膨れっ面の弟王子を適当にあしらい、真っ白な歯を見せて笑う彼は私にそんな事を訊ねた。幼い頃に一度会ったきりだし記憶の中の少年の印象とはかけ離れているが、その笑顔に懐かしさと親しみが込み上げた私はついうっかり、

「ケニー……お兄ちゃま?」

と、あの時お願いされた呼び方で呼んでしまった。が、これは大変不味かったようだ。


「な、なんて事を!?」

「真名を口にするなど畏れ多い」


会場が大きくどよめき、恐らく偉いのだろう人達の非難の声が耳に届いて、私は縮み上がった。ほぼ初対面の王子様に向かってこれはさすがに不敬であった。私は焦り、すぐさま頭を下げて最上級の礼を尽くす。

「も、申し訳ございません」

「いや、構わない。久し振りにそう呼ばれて嬉しい。それに()()()()()()()()()()()()()()()、周りは気にしなくて良い」


彼は朗らかに私の失態を笑い飛ばしてくれたのだけど、ちょっとその発言、引っ掛かります。

「あの……今のお言葉、一体どのような」

「ああ、時間のようだ。後は陛下から聞きなさい」


彼はそう笑うと私を頭をぽんぽんと撫でて、

「どうしてヒュー兄さんは良くて私は駄目なんですか!? 私だって目一杯フィオネッタを撫でたいのに!!」

「私は純粋にあの子が可愛いだけ、お前には邪念しかないから、だろう」

などと子供のように駄々を捏ねる弟殿下を一刀両断、無理矢理に引き摺って行ってしまった。


「貴女、本当に妙なのに好かれているのね」


呆気に取られて立ち尽くす私の背に、リリーナの一言が容赦なく突き刺さった。



……それにしても本当に誰も気付かないのだなと思った。魔術科に通う子達はクレイル先生の講義を受けた事がないので知らなくても当たり前だけど、私と同じ一般科の生徒もいるのに。まあ確かに全然印象が違うけれど……




「バルバロイ・ヨハネス・クレイヴ国王、並びにミスティア・ミリア・クレイヴ国王妃のご入場です!!」

高らかと響く声に会場中の視線が集まった。王妃様を伴い現れた国王陛下は、ヒューイット様より一回り幅と厚みを増した感じの方で、王妃様は咲き乱れる百花の華やかさと不可侵の清らかさを併せ持つような神秘的な方だ。


……しかし何故だろうか、王妃様のご尊顔を拝したのは初めての筈なのに、とても懐かしく感じられる。



万雷の拍手の中、壇上の国王陛下から成人を迎えた私達への祝いの言葉が贈られた。

厳しくも暖かい激励と祝福に私達の胸は熱くなった。より一層の精進を求められているのだと、改めて気が引き締まる思いだ。


「さて、今夜の主役は諸君だ──が、先に私から少し皆に報告がある。大体が個人的な話だが今後の王家に関わる事でもあり、この国の存続にも深く関係する話だ。よく聞いて欲しい」

祝辞の終わり、そう切り出すと王様は舞台袖へと目配せを送った。すぐさま現れ出た二人に人々の視線が集中する。


「え? ヒューイット様と……ヴィー姉様?」


思いがけない組み合わせに驚くも、並んで立つ姿はとても絵になる。平均より高い背丈にコンプレックスを持っている姉様はすぐ猫背になりがちなのだが、長身のヒューイット様の隣ならば背筋もピンと伸びていて凛と美しい。

「此度、このヴィヴィアナ・ラングスを第一王子ヒューイットの婚約者とする運びとなった。皆、祝ってやってくれ」

「臣籍となっても国の為王家の為、忠義を尽くす所存です。まだまだ至らぬ所の多い私達ですのでどうぞ皆様、ご指導ご鞭撻の程宜しくお願い申し上げます」

朗々と響くヒューイット様の声に、参加者から暖かい拍手が送られた。側に立つ姉様も一緒に頭を下げ、それから二人同時に顔を上げては視線を交わし、幸せそうに笑い合った。


「次に──リリーナ・ミーンボック、壇上へ」


陛下の声に会場がざわめく。現時点ではまだ平民の彼女が王より直接名を呼ばれた事は、お偉方にとっては青天の霹靂だったようだ。だが周囲の雑音など意にも介さず真正面を向くリリーナの輝きは、群集の中にあっても決して埋没などしない。私を含むその他大勢など、彼女の高潔さの引き立て役でしかないのだ。


登壇する彼女をエスコートするのはお父様だった。……本当の父娘だ、なんて眩しいのか。私の胸は陶然とし、しかし同時に狂おしい程の痛みを覚えた。


羨ましいと思った。

そして、人は正しい場所にいるのが一番だと、改めて思った。


「このリリーナは身寄りのない孤児ではありますが、高い魔力を有し王立学園での成績も非常に優秀だと聞きました。そこで私共は彼女を養子として迎え入れる事を決め、より高度な教育の場と確かな身分を与える事に致しました。是非とも皆様方にも暖かい目で見守って頂きますようお願い申し上げます」

壇上のお父様が誰もが見惚れるだろう微笑みと共に唄うように語れば、人々は圧倒され、そして魅了されるのだ。

次々と奏でられる賛同の拍手にお父様は至極ご満悦の様子だが、リリーナは何やら渋い顔。私が言うのもなんだが、五大公爵家の中でも創建以来首席を守り続けるモンドレイ家の、何が不服なのか?

もし私の存在が目障りなのであれば、それはすぐに解決する話だ。王太子との婚約であれ断罪であれ、私はあの家を出る事になるのだから。



「では最後にもう一つ。まあ、これが大本命なんだが……フィオネッタ・モンドレイ、こちらへ来たまえ」

陛下の言葉に、拍手は止み場が静まり返り、皆の視線が私へと無遠慮に注がれた。




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