40『御披露目会(前)』
盛大に誕生日を祝って貰った翌日、まだのんびりしたいと言った両親は置いて、私は王都へ戻るステイシア達の馬車に同乗させて貰う事にした。
帰ったら兄を問い詰めよう。私の身体の事、『お化け』認定された魔力の事。……この指輪の事も。
それにしても、私の周りの人達は何故私の変化に驚かないのか?
父や母からは魔力酔いの件でお小言を頂戴したが、容姿については相も変わらず褒めちぎって『可愛い』を連呼するばかり。
ヴィー姉様は感涙に咽び、称賛の言葉を叫びつつ激しい抱擁を下さった。
ステイシアに至っては、
『ほほう、成る程成る程~』
と何故かにやにやが止まらない様子。
髪だって一晩で伸びたというのにナタリアはちっとも気にした様子もなくドレスに合わせて綺麗に結ってくれたし、他の皆も満面の笑みでお祝いの言葉を贈ってくれた。それは凄く嬉しかったけれど……
予めお兄様が完璧な根回しをしていたそうだが、皆、順応力が高過ぎではないだろうか。
今日は御披露目会で着るというドレスの最終調整の日。実際に着てみて細かい所を詰めたり緩めたりするらしい。
「大変良くお似合いです」
試着した私を一目見て、感慨深げにナタリアが呟いた。その横ではチェインが顔を真っ赤にして何度も頷いている。
「……でも、これ、派手じゃないですか?」
深く濃く、それでいて清く澄んだ鮮やかな青を基調に、愛らしさと品の良さを兼ね備えたデザインのドレスには金糸や銀糸をふんだんに使った精緻で絢爛な刺繍が施され、胸元を彩る薔薇を象ったフリルが華やかさを演出している。
社交界デビューで着るものとして相応しいのだろうか?
真っ白で、もっとシンプルなドレスをイメージしていたのだけれど。
いえ、ちゃんと着ますよ? お兄様から贈られたドレスだから、文句など言っては罰が当たるもの。
しかしこの貧相な身体を包むにはやはり派手に思えるし、女性陣は身内の欲目か口々に褒めるばかりなので、私は男性目線での忌憚のない評価を『彼』に求めた。
「私に似合うでしょうか? ヴァル」
「いいんじゃねぇの? お前は顔が地味なんだから、そんくらい派手じゃねぇとギラギラした連中の中じゃ埋没しちまうぜ」
うぐっ、相変わらず言い方に容赦がない。
「何故私ではなく、そのような男に問うのだ?」
『地味』の一言に地味に傷付く私の後ろから、不機嫌極まりない声が飛ぶ。振り返れば子供のように唇を尖らせて拗ねる兄の顔が間近に迫っていた。
「ええ、と。あの、ヴァルは色々なタイプの女性を知っているから……でしょうか?」
本人がそう言っていたし。それに、このドレスを選んだ張本人に訊いたって褒めるに決まっているし。というか顔が近い。
「まぁ、そういうこった。あんたと違って俺は視野が広いんでな」
「私程にお前を知り、理解している男はおらぬ。その美しさも、それを最大限に引き出す術も、全て熟知しているのは私なのだぞ?」
兄はヴァルをその存在ごと無視して優美に微笑むと、滑るような手付きで私の腰を奪って自分の胸へと抱き寄せた。触れる一歩手前まで近付いた唇が妖しい弧を描く。
「だからあんたは視野が狭いっつってんだよ。女なんざ数こなしゃあ手っ取り早く見る目も養えんだろうが」
「他の女など千人万人並べたところでフィーの足元にも及ばぬ。第一そのようなものに拘うなど時間の無駄以外の何物でもない」
「そうやっててめぇの勝手を押し付けて籠の鳥にしちまうからフィオネッタは広い世界を知らねぇ馬鹿なまんまなんだよ」
「自分の飼い主を呼び捨てて、あまつさえ馬鹿とは随分な物言いだな。……縊り殺してくれようか?」
「はっ! 生憎と心優しいご主人様は犬にじゃれつかれんのが大層お気に入りでな、甘噛みでもしてやれば声を上げて笑いやがるぜ」
「その口、今すぐに閉じなければ二度と利けぬようにしてやる」
……また始まった。
私を挟んでの口喧嘩、この数ヶ月でもう何度目だろうか。一体いつの間に、こんなに仲良くなったの?
一度そう訊いたら、
『仲良くなどない』
『んな訳ねぇだろうが!!』
と同時に怒られた。……息ぴったり合ってますね、と思ったが言わぬが花。
そんな二人に呆れてため息も出ない私の腰の辺りを、くいっ──と不意に誰かが引っ張った。
「フィー、かわいいよ」
とても幼い言葉遣い。
「あのね、フィーね、きらきらしててすごくきれい。わたし大すき!」
たどたどしくも一生懸命に紡がれる言葉に、声に、私の胸には愛おしさが込み上げた。
「有り難う、サラ」
目が合えば、少女はその鮮やかな紅い瞳を輝かせて、幸せそうに笑った。
サラ、私の大切なサラ。
妖精の力というのは摩訶不思議なもので、私の願いをいとも簡単に叶えてくれた。見つけ出した彼女が娼館で生活していたと知った時には驚き青褪めたが、顔に走る大きな傷の所為で客が付かず、ずっと先輩娼婦達に妹のように可愛がられていたのだと聞いて本当に安堵した。サラを売りに来たという人物が得た金を全て娼婦達に還元したらしいので、それも幸いしたのだろう。
すぐさまラングス家に連れ帰ったが私から離そうとすると泣いて暴れて手が付けられなくて、その結果、叔父様の了承を得て私と一緒に暮らす事となったのだ。
顔の傷は幾つかの魔力が複雑に絡み合っていた為に娼館お抱えの治癒士にも治せなかったそうだが、なんとか出来ないかとお兄様に相談したところ妖精の力ならばと教えられた。言われた通りに強く祈り手を翳せば立ち所に傷は癒え、あの美しい顔と紅い瞳が再び私の目の前に現れた。その奇跡に私は涙が止まらなかった。
しかし、そんな万能にも思える力を以ても、サラの心を救えはしなかった。
『幼児退行……ですか?』
『ああ。余程恐ろしい目に遭ったのだろう。自分の心を守る為に記憶ごと封じ込める程にな。……思い出させるのは酷と言うものだぞ』
先手を打ってそう言われてしまえば、私に出来る事などもう何もなかった。
ならばせめて、今は私を『姉』と無邪気に慕ってくれているこの少女を全力で護ろう──そう誓った。それだけの力を私は得たのだから。
そう思えば、苦手な魔力の扱い方の練習にもより一層気合いが入るというものだ。
重厚な扉の前に立つ私は震えていた。初めての舞台、慣れない華麗なドレス。そしてこの向こうには私が今まで見た事もないきらびやかな世界が広がっているのだろう、そう考えると足が竦んだ。
「大丈夫だ、フィー。全て私に委ねれば良い」
そう微笑んでお兄様が差し出してくれた腕に、おっかなびっくり自分の腕を絡めた。お手本はすぐ隣の仲睦まじい両親の姿だが、成る程、万年新婚夫婦だと言われる訳だ。幾つになってもあんなに互いを大切に想い合えるなんて本当に羨ましい。未だお兄様への想いを断ち切れない私には、そんな相手は現れないだろうけど。
メインホールは正に豪華絢爛であった。天井から吊り下げられたシャンデリアが燦然と輝き、笑いさざめく大勢の人達を照らしている。
今日は、この年に成人を迎える私達の御披露目会だ。当然私と同い年の少年少女が集められている訳だが、ここに参加出来るのは基本的に貴族のみなので、私と同じ一般科に通う生徒はそう多くない。
だからなのか、私がお兄様と入場した途端にぴたりと声が止んだ。誰もが皆、息を潜めてこちらを凝視する。
やっぱりこのドレス、悪目立ちしているのでは?
それとも単純に私が変だからかなぁ……
私自身もまだ、自分の色に慣れていないのだ。以前の野暮ったい色合いを知っている同級生の衝撃はいかほどだろうか。何せ皆、目を剥いたまま固まっているのだから、これはよっぽど驚いたのだろう。
「ふふ。皆お前の美しさに見惚れて、声も出せないでいるな」
大勢の人達にまるで観察されているような居心地の悪さを覚える私に、兄はご機嫌な様子で笑いかける。……いいえお兄様、皆様が見惚れているのは私などではなくって。
だって、人(特に妙齢の女性)の心を奪い虜にして離さない、そんな危険な麗容の持ち主が隣に立っているのだ。だから先程から既婚未婚問わず美しいご婦人方が扇では隠しきれない熱っぽい視線を兄に送っているではないか。私の胸はなんだかモヤモヤ~ってするのに本人は至って平然としていて、ちょっと憎らしい。
私は兄とは違い、このような格式高い場所は非常に落ち着かないのだが、先日まで法務院に勤め、また次期公爵家当主たる兄にはひっきりなしに人が挨拶に訪れる。皆様それぞれ高貴な方達で、私に対して顔を顰めるといったような露骨な反応はさすがにされないが、
……なんだろう、凄く見られてる?
何故だか一様に、頭の先から足の先まで視線を往復させるのだ。品定めされているのかと思う程だが悪意や害意は全くなくて、にこやかに接して下さるから寧ろ好意的な感じだろうか?
そして何故か全員、得心がいった──とでも言いたげに何度も頷くのだ。一体、何?
楽団員による生演奏が優雅に流れる中、俄に会場が騒がしくなった。何事かと扉の方へ向けた私の目が、一人の少女を捉えた。
ああ、この子だ──
理由はない。理屈ではない。だけどそう思った。確信さえした。
この子だ、と。




