39『魔力お化け』
その日は三人一緒に私の部屋で明け方近くまでたくさんお喋りをした。枕を三つ並べたベッドの上、私が真ん中で右にステイシア、左にヴィー姉様。仲良し三姉妹のようでなんだか擽ったいけれど、とても楽しい語らいの時間。
驚いたのは姉様の恋の話。
「こんな年まで恋人もいなかった私には勿体ないくらい、とても素敵な方なの」
そう言って頬を染める姉様は本当に愛らしくて、見惚れるくらいに綺麗だった。お母様を亡くされてからは苦労の連続だった姉様、だから誰よりも幸せになって欲しい。
二日連続で夜更かしすればさすがに寝不足気味で、
「目の下にそんな立派な隈を作って明日の誕生日と成人のお祝いをする気なの?」
とちょっぴり怖いお顔のお母様に窘められたのも相俟って、今晩は一人での就寝。二人もそれぞれ用意された部屋で今頃は夢の中かな。
明日は私の誕生日。
……ステイシアと姉様が来てくれて本当に良かった。一人だったら不安で眠れないまま迎えただろう日を、でも今は少しだけ期待している。お兄様が側にいてくれない心細さはまだあるけれど、私がどう変わっても大丈夫なんだよと笑ってくれる人達が近くにいてくれて、寄り添っていてくれるから、一人で落ち込む事はなくなった。
『フィーなら猫耳になっても可愛いから~』
ねこみみ?
何それ? と訊けば、最近市井の人達の間で流行っている小説でそういったキャラクター? があるらしい。
『オルディアス様が新たな扉を開きそうですね』
『ああ~、それ確かに!! これはまた良いカモが……あ、いやいや、オルディアスさんとは素敵な相互利益が計れそう~。帰ったら早速親父様に相談しなくっちゃ』
姉様の謎の発想に触発されたのか、ステイシアの目が爛々と輝いた。こういう時は大概お兄様に何か押し売ろうと画策しているのだが、ひょっとして彼女の中に於けるお兄様の価値って財力、だけだったりして?
あはは……まさか、ね。
少々怪しいけれど、そんな他愛のない会話がどれだけ救いになったか。二人には感謝しかない。
「……でもやっぱり、お兄様に一番に見て頂きたかったなぁ……」
もし、今よりもほんの少しでも綺麗になれたら……お兄様は喜んでくれるかな? 褒めてくれるかな?
自慢の妹だと言って貰えるかな?
そうだと良いな、嬉しいな。
そんな風に思いながら私は眠りに落ちていった。
きらきら、きらきら。
暗闇の中、寝息を立てる少女に降り注ぐ淡い光。それは小さな小さな光の妖精達が数え切れない程に集まって、妖精王の娘へ祝福を贈る幻想的な光景。
『……始まったか』
静寂を破る呟きはオルディアスのもの。ただし実体はここにはなく、あるのは彼の形をした薄ぼんやりとした何か。だからその出現に警戒心を露にしていた妖精達も実害はないと判断したようで、彼の存在を意識の外へと放り出した。
この旅行への同行こそ断念したが、この瞬間この場にいる権利を他の誰かに譲る気などオルディアスには更々ない。膨大な魔力に物を言わせてこうやって思念だけを飛ばしては、愛しい少女の寝顔を独り占めする歓びに浸るのだ。
光の妖精達が舞い踊る。フィオネッタの魂と身体が完全に融合する瞬間を、長い間オルディアスは待ち望んでいた。
とはいえ、面白くない。
妖精としての色彩を取り戻せば元からの美しさに華やかさが加わり、『妖精王の娘』などという付加価値がなくとも男共が放っておかなくなるのは明白だ。
それを思うと腸が煮え繰り返る。自分には最初から見えていた色を、本当は他の誰にも知られたくなどないのだから。
これからの彼女の立場を考えれば仕方のない事ではあるが、悔しいものはどうしたって悔しい。
『フィーの色を知っているのは私だけで良いのに』
尤もアレクセイにも見えていたらしい、フィオネッタの持つ本来の色が。──全く忌々しい事だ。
次第に光が収束していく。
何も気付かず眠り続けるフィオネッタに音もなく近付けば、オルディアスの唇からは形容し難い熱を帯びたため息が零れ落ちた。
触れたい。口付けたい。
艶めく紅い髪に。
見つめられたい。映りたい。
光輝く金の瞳に。
『……フィー、愛しているよ』
届く筈のない囁き。だがその瞬間にフィオネッタの口元がふにゃ、と緩んだのをオルディアスは見逃さなかった。
たったそれだけで、オルディアスの胸は満たされた。逢いたさ恋しさは増したが今はこれで充分だと、彼の口元にも穏やかな笑みが広がる。
『お休みフィオネッタ、良い夢を』
そして静かに、その姿は闇の中へと消え去った。
「お、おおおお、おじょ、お嬢、様ぁっ!!」
朝。いつものように起こしに来たチェインの絶叫が耳をつんざいた。叩き起こされた私は上半身を起こすと、まだ眠い目を少し擦った。
「お早うチェイン……、そんな大きな声を出して、どうしたの?」
「か、髪が、お嬢様の、かかか髪が」
……髪? そう言われて私は自分の髪を一房手に取った。
別段、変わった所はないように思えるが──
「ん、……伸びてる!?」
そう、何故なのか一晩で髪が伸びていた。昨日までは腰より上だったのに、これだとお尻より下だ。一体何故?
「そう、伸びて──じゃなくって、ああ、いえそれはそれでそうなんですが、そっちではなくてその、お色が、お嬢様の髪のお色が」
なんだろう、随分とチェインは混乱している。……色?
「!? そ、それに、瞳も、瞳のお色も」
「落ち着きなさいチェイン。お嬢様を困惑させるなどお付きの侍女失格ですよ」
そう叱り付けるのはナタリア。さすがベテラン侍女、頼りになります。
「でも、でもでも先輩、お嬢様が…………綺麗になり過ぎですっ!!」
……ん? なんだって?
「何を言っているの!! お嬢様がお綺麗なのは当然です!!」
……あれ? ナタリアまでおかしい?
「ご覧下さいませ。お嬢様のお髪と瞳のお色が変化しておいでです」
二人の様子を訝しむ私の視線にコホンと一つ咳払いをし、ナタリアは大きめの鏡に私の顔を映し出した。
……朝からこんなつまらないものを見せなくても……と思ったがとても言い出せる雰囲気ではなかったので、仕方なしに鏡に映る自分の顔へと目をやった。
「…………………………、誰?」
どうせいつもの辛気臭い顔が映るものだとばかり思っていたのに、一体何がどうしてこうなった?
いや、目鼻や唇の形や位置は以前の私のままなのだけれど、でも、これは……
「どちら様……?」
思わず訊ねてしまう程、まるで違う人じゃないか。
青白さばかりが目立っていた肌は血色も良く肌理も細やかで、産まれたての赤子のようにつやつやでぷるぷるだ。
そして何より驚きなのが、
「どうして? 色が……変わって……る」
髪と瞳が、今までとは全く違う輝きを放っていた事。
私の髪は、いつ見ても気の滅入る重苦しい赤紫。
瞳の色は、燻んだ赤がじわりと滲む暗い黄緑色。
だったのに。
艶めき輝く髪は重さから解き放たれた鮮烈な赤紫。
不純物を全て取り除いた金色の瞳は眩しく煌めく。
なんて美しい色なのだろう。綺麗過ぎて、私が私じゃなくなったみたいで、怖い。
「ナタリア、チェイン。私、おかしくなったの?」
「!? お、お嬢様!! こっち見ないで下さいっ!!」
縋るように見れば、目が合った途端チェインが悲鳴を上げた。
「チェイン! お嬢様になんて口を利いているの!?」
「ち、ちち、違います!! 違うんです!! と、とにかくお嬢様、早くその魔力をなんとか──あの、若様から頂いた指輪!! 指輪を早く着けて下さい!!」
すぐさまナタリアの叱責が飛び、チェインの顔色は目まぐるしく変化する。
「え? でも、あの指輪は私には勿体なくて……」
「四の五の言わずにとにかく着けて下さい!! 私が正気でいられる内に!!」
普段とは違うチェインに戸惑いながらも、私は枕元に大切に置いていた小箱から取り出した指輪を言われるまま薬指に填めた。
……これで良いのだろうか?
不安な気持ちでチェインへ目をやれば、まさかまさかだ。顔をぐしゃぐしゃにして号泣し始めたではないか。
「う、うわぁぁぁん、こわ、怖かっ、怖かったよぉぉ」
「あの、チェイン……大丈夫?」
「大丈夫じゃないですぅぅ」
「放っておきましょう。大袈裟なのですよ」
「大袈裟じゃないです!! あんな魔力浴び続けたら発狂しますよっ!! なんで先輩は平気なんですか!?」
「私には魔力がないもの、分からないわ」
噛み付いてもナタリアは素気無い。敵わないと判断したのだろう、チェインは怒りの矛先を私へと向けた。
「だから若様の仰る通りになさって下さいと言ったんです!!」
確かに小箱に添えられていたお兄様の手紙には肌身離さぬようにと書いてあった。でもセットリングの持つ意味を知れば、これは私なんかかおいそれと着用して良いものではないと思ってしまうから。
多分、チェインはちょっとびっくりしてしまっただけだろう。その内に慣れるだろう。
なんて、どうやら私は私の魔力? を甘く見ていた。だって自分では全く分からないのだもの。
顔を合わせるなり両親は朝の挨拶もそこそこに、
「その指輪、絶対に外しては駄目よ!」
「いやぁ、私も酒では酔わないのに……あれは本当にきつかった」
「あんな魔力酔いなんて二度と御免だわ」
「ルディが王都から遠ざけたのも成る程だね。あれだと最悪、王家の連中がこぞって使い物にならなくなる」
などと言いたい放題。ちょっと酷くないですか? 人をお化けみたいに。
「お化けよ、魔力お化け」
だが私の心を読んだ母は真顔で言い放った。……魔力お化けって、酷い。
ではなんだ、妖精としての本来の姿って『お化け』なのか?
……お化け? 魔力お化けって──一体何なのよーーー!?




