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38『女三人寄れば』


「フィー、やほやほ~」

「ステイシア? それに……ヴィヴィアナお姉様まで」


誕生日を三日後に控えての思わぬ来客は、私の沈んだ気持ちを勢いよく吹き飛ばしてくれた。



「決まってるじゃない、お祝いに駆け付けたのよ~」

どうしたの? と目を丸くする私にステイシアは美しい薄紫の瞳を三日月のように細めて、あっけらかんと笑った。でもここは随分と辺鄙な所だから馬車でも片道二日は掛かるのに──

「まあ、オルディアスさんから別途ご依頼がありまして、その品物のお届けも兼ねてるんだけどね~」

「お兄様、の……依頼?」

「んふふ。誕生日プレゼントとは別にもう一つ、フィーへの贈り物があるんだって~。はい、それがコレ」


手渡された小さな箱には綺麗なラッピングと可愛らしいリボン。

「ちょっと特殊な加工が必要で時間掛かっちゃったんだけど、フィーの為だけに作られた世界にたった一つの物だよ~。ほら、開けて開けて」

そう急かされて開けた箱の中に納められていたのは、

「……綺麗……」

目にも鮮やかな蒼玉が愛らしく鎮座する銀のリング。緩やかな曲線が放つ輝きに私の口からは思わずため息が零れ落ちた。

「まあ、この宝石……オルディアス様の魔力が込められているのですね」

「え、お兄様の?」

後ろから覗き込んでそう教えてくれたのは、この三人の中で唯一魔力を持つヴィヴィアナお姉様。


ヴィヴィアナ・ラングス。今でこそこうしてラングス姓であるが、ほんの数ヶ月前までは母方の名字であるブローディーを名乗っていた。彼女の亡きお母様とエリオン叔父様は強く想い合い、互いに深く慈しみ合う大変に素晴らしい恋人同士だったそうだ。しかし父親である先代の侯爵にその仲を引き裂かれ泣く泣く別れたのだという。


その話をして下さった時のお母様の形相は、正に鬼。


叔父様がマリーベル叔母様と離縁されて、サラーティカも……いなくなって、それで漸く親子で暮らせるようになったのだ。アインもとっても嬉しそうだった。


「ふふ。あのオルディアス様がこんなにも魔力を優しく繊細に扱われるなんて、本当にフィオネッタ様を大切に想っていらっしゃるのですね。あら、でもこれ、セットリングの片側……ですね?」

「そうなんですよ、よくお分かりですね。フィーってば装飾品に全く興味ないから張り合いがないんですよ~」

「セットリングというのは、婚約指輪と結婚指輪を重ね付けて初めて完成するデザインの指輪です。ほら、このように少し宝石が変形していますでしょう? 対となるもう一つをこちらに重ねれば完璧な形になるのです」

疑問符を頭上に浮かべる私に穏やかに笑って、お姉様はそう説明をしてくれた。これ一つだけでも充分素敵な指輪だけど……

「もう一つの方は現在、鋭意制作中だよ~。とにかくこっちの方は誕生日に間に合わせるようにって話だったんで、職人さん達も頑張ってくれたんだよ」

「これ程の魔力を持つ宝石の加工には非常に高い技術が必要ですからね」

「ああ、そうらしいです。基本的に魔力を持ってる人でないと扱えないし、でも貴族がこんな仕事選ぶ訳ありませんしね~。人材確保も一苦労らしいですよ」

「そうですよね。少なくとも魔力の波動が『視える』人でないと石を壊しかねませんから」

「この石一つで家が一軒建っちゃいますし、おいそれと失敗は出来ないんです。オルディアスさんの無茶振りにはホント参っちゃいますよ~」


大いに盛り上がる二人に圧倒される私は手持ち無沙汰で、手の中の小さな指輪を眺めたり撫でたり。


……お兄様はどうしてこんな物を作らせたのだろう。


『本当にフィオネッタ様を大切に想っていらっしゃるのですね』


お姉様はそう仰ったけれど、そうなのかな? そうならどれだけ嬉しいか。


高価なプレゼントなんて何もいらない。ただ側で『おめでとう』と微笑んでくれれば、……頬にキスをくれたなら、それだけで馬鹿みたいに舞い上がって、とても幸せなのに。

もし私にお姉様のように魔力があれば、この石に込められたお兄様の心に触れてその想いを推し量る事が出来るのだろうか。そうしたいと思うのはやはり我が儘なのだろうか。『欲しい』ばかりが溢れ出て、私はとても贅沢な人間になってしまったみたいだ。


白熱する二人に隠れて私はその指輪を左の薬指にそっと填めてみた。それくらい良いよね?

お兄様が下さった指輪、サイズがぴったり。

ああ、確かによく見れば蒼玉を支える台座? って言うのかな、少し寂しそう。欠けた半身に恋い焦がれ、待ち侘びているみたいに。


「どしたの~、フィー?」

不意に掛けられた声に慌てて手を隠す。なんでもないのと応えようとする私を遮って、お姉様が問い掛ける。

「フィオネッタ様はひょっとして、オルディアス様のお気持ちを疑っていらっしゃいます?」

「ええ~? ……そうなの? フィー」

「有り得ませんよ。あの方は幼い頃から一途にフィオネッタ様を想っておられます。それはもう見ているこちらが照れてしまうくらいにです」

答えに窮する私に畳み掛けるお姉様。眉間に皺など寄せていつになく怒っているよう。


お姉様はお兄様より二つ上で、当然私の知らないお兄様をご存知だ。お姉様に言わせれば、私が産まれる前と後ではお兄様はまるで中身を入れ換えたのかと疑う程に変わったそうで、そこからの執着の凄まじさを切々と語られてしまった。

「そうだよ、絶対フィーの思い違いだよ~。だってオルディアスさんってフィーの『お願いお兄様』光線には連戦連敗だし──って、何? その疑いの眼差しは~」

「……だって、お兄様は」

「でも~、フィーが学園に進学したいって言ったから通わせてくれてるんでしょう? 家庭教師とか付けとけば別に通わせなくてもいいし、オルディアスさんは寧ろそうしたかっただろうし。でもフィーが『お兄様、私学園に通いたいです』ってうるうるの瞳で見上げてお願いしたから不承不承許してくれたじゃない。やっぱりフィーには弱いのよね~」

うんうんと一人納得して頷くステイシアに、同意を得られたとご満悦なお姉様。

するとお姉様は突然私の前に両膝を付くと、後ろ手に隠していた私の両手を捕まえ強引に前へと引っ張り出した。そうして優しく包み込んでくれる手は、とても暖かい。

「オルディアス様はきっと、今のフィオネッタ様の不安なお心にも気付いていらっしゃいますよ。だからこそこうして私をこちらに寄越したのでしょう。……本来であれば喪中の身でこのようにおめでたい場所ヘ馳せ参じるのは憚られますが、立派な馬車にフィオネッタ様のご親友であられるチェスカーノ様まで乗せて同行するよう命じられれば私に拒否権はございませんもの」

「そうそう。商品の最終確認に行ったら『ラングス邸で人を拾え』って言われてさ、でっかい馬車まで用意されてて何事かと思ったよ~」


「お兄様が……そのような事を……」


「ええ。きっとあの指輪も、そんなオルディアス様の深い愛情の証なのです。ですからもう少しだけ、あの方のお心を……あら、あらあら、まあまあ」

「……? あの?」

「ああ~、へぇ、ほうほう、成る程ねぇ~」

「な、何? 何か……」

同じ所に注がれている二人の視線を追えばお姉様にがっちり掴まれている私の手。その薬指、輝く蒼い石──


「!! ち、違います、その、これはその、ほんの出来心で、」

「良いじゃない、とっても似合ってるわよ~」

「ええ、本当に。さすがはオルディアス様ですね、フィオネッタ様に相応しいデザインをお選びです」

「もうっ、からかわないで下さい!!」

必死で弁解しても二人はにこにこ満面の笑み。なんでそんなに嬉しそうなの!?

私はもう恥ずかしさで顔から火が出そうなのに。


普段はとてもおっとりしているから分からなかったけど……お姉様って、実はこんな性格でいらしたんだ。なんだか意地悪さ加減がお兄様に似ている気がする、やっぱり従姉だからかなぁ?


「今日のお姉様、意地悪です。名前も以前のように呼んで下さらないし」

「あら。他人行儀なのはフィオネッタ様の方ではありませんか? そもそも私が首席公爵家のご令嬢と対等に口を利くなど畏れ多い事です」

「……そんな屁理屈を持ち出せされたら、私などお姉様に声すら掛けられません」


だって私自身はそんな大層な人間ではないのだから。


「まあ……、相変わらず意地っ張りですね。フィオネッタ様にはもう少し周りに甘える事をお薦め致します。その指輪を填めた時のように、もっと素敵に──ね?」

「い、意地悪です、ヴィー姉様!!」

「あらあら。やっとそう呼んで下さいましたね、フィー」



初めて会った幼い頃、愛称が似た響きで嬉しかった。同じ事を言ってくれて嬉しかった。

今ではもう私しかそう呼ばないらしいけれど、いつかこの愛称でお姉様を呼んでくれる人に出逢って欲しい。

私は心底、そう思うのだ。



「むぅぅぅ、妬けるわ~」


「もう、何を言っているの? ステアは私のたった一人の親友なのに」

そう伝えればステイシアは膨れっ面から一転、整ったお顔をふにゃふにゃに崩壊させて私に飛び付いてきた。可愛い人だなぁ。

「ふふ、本当に仲良しでいらっしゃいますね。これで少しはお気持ちも晴れましたでしょうか?」

お姉様の優しい声。ちらりと見れば、母親譲りだというココア色の瞳を柔らかく滲ませて私達を見つめている。慈愛に満ちたその微笑みはお兄様というよりはお母様に似ていて、私の昏く沈んでいた心もお姉様の目論見通りふわふわと浮上するのだった。




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