0『閑話・好奇心は……』
つい、訊いてしまった。
好奇心は猫をも殺すというのに。
「なあ、ルディ。その、もしも──もしもの話だよ、もしフィーが君を選ばなかったら……どうするつもりだったんだい?」
オルディアスは、父である僕から見ても大変に見目麗しく、地位も財も将来も、全てが約束されている完璧な男だと思う。
口数が少なく今一つ何を考えているのか分からない、掴み所のない子供だったが、妹が産まれてからは表情も豊かになり『それなり』に普通『っぽく』はなった。
だけとそれが妹限定なのだと、皆すぐに気付いた。
従妹がどれだけ懐いて慕っても興味も関心もなく──存在そのものが目に入っていないようで、話し掛けた事も笑い掛けた事も、そもそも気に留めた事すらなかった。
フィオネッタだけ。
愛する妹だけが彼の全て。
それは、微笑ましさを通り越して、怖い程に。
彼の持つ熱量は全てフィオネッタに注がれる。良くも悪くも、全て。
だから少しだけ心配になったのだ。
もしその熱の行き場を失ったなら、一体どうなってしまうのか。
まあ、用意周到、フィオネッタの事となると微に入り細を穿つ彼の事だから、
『フィーが私以外を選ぶなど有り得ません』
根回しは充分と、鼻で笑うのだろう──そう思ったら。
「死にます」
「うん、そうか。ん、はい? ……え?」
まさかの即答、しかも真顔。予想していたのとは違うとんでもない回答に愕然とする僕にも構わず、オルディアスは形の良い顎に手をやったまま続ける。
「取り敢えず死にます。そうですね、出来るだけフィーに強烈な心的外傷を残す死に方が理想ですね」
「いやいやいや、駄目だよ、自暴自棄になって自殺するなんて絶対に駄目だから!!」
「何故、私が自暴自棄になるのですか?」
心底、不思議そうに訊ねられた。
「いや、だって、……え、違うの?」
「父上は相変わらず早合点ですね。別に悲観して自死する訳ではありませんよ」
そうは言うが、まず死ぬのが前提の話じゃないか。
「それに、フィーには幸せになって貰いたいのです。それはもう有頂天になる程に」
……いや、もう、意味がよく分からない。一生残る程のトラウマを植え付けたいのに、誰よりも幸せになって欲しいとか……矛盾していないか?
「それから、フィーの産む子供に生まれ変わります」
「……はい?」
「当然、男の子ですね。フィーにそっくりならばより完璧です」
何が完璧なのかもう……、あ、これ死んだ後の話、続いてるんだ。
「暫くは様子を見ます。さすがに新しい身体を使いこなすには数年かかるでしょうし。まあ五、六歳にもなれば思うように身体も使えますから、頃合いを見計らって……父親を殺します」
「ち、父親って……僕!?」
「どうしてそのような発想に至るのですか? 普通に考えてそこは、フィーの『夫』になった男でしょう?」
「あ、そうか、そうだよね。……じゃなくて、」
「私怨ではありませんよ? ですがまあ、私からフィーを奪い、フィーに愛された男ですからね、非常に殺し甲斐がありますよ」
──怖っ。
……万人が見惚れるだろう満面の笑みがこれ程に恐ろしいとは。
「大丈夫ですよ。疑われないよう、きちんと計画立てて事故に見せ掛けて抹殺します。最愛の夫を喪ったフィーは嘆き悲しむでしょうね、それこそ後を追おうとするくらいに。……そうでなくては困りますし」
「ルディ、君はさ、自分以外の男を選んだフィーを苦しめたいだけなの?」
「まさか。ただ単に、壊れるくらいに傷付いて悲しんで、自分の殻に閉じ籠って貰いたいだけですよ」
心外だとばかりに大仰に驚いたフリをして、オルディアスは目を細めた。その先を想像して悦に入っているような、恍惚とした表情は怖気立つ程に美しいが、酷く人間味に欠けていた。
「その間に邪魔なものは全て排除します。完全に孤立させて側に私しかいない状況を作って、私に縋る以外の選択肢を奪います。フィーにとって私が唯一の血縁者となり、寄る辺となるのです」
後は容易い。ゆっくりと時間を掛けて少しずつ少しずつ、依存を深めていけばいい。血に囚われて、死んでも私から離れられないようにすればいい。
そう語る息子に、僕は完全にドン引き。
それは最悪の選択だ。誰も幸せにはなれない未来など、子供に歩ませたくなどない。
だけど本人は至って本気だし、そういう事を平然とやってのけるだろうなと妙な納得もしてしまった。
だって、そもそも彼が進学先に法務を選んだのは、
『フィーと結婚するのに色々と邪魔なので、法律そのものを変えます。それならばあの子の精神的な負担も減らせるでしょう?』
と、実の兄妹間での婚姻を許可する法律を新たに作って、フィオネッタを妻にする為。
まあ、実際には全く血の繋がりはないのだから現在の法でもなんの問題もなく結婚出来るのだけれども、フィオネッタを得る為ならこの子はそれくらいの事はするよなあと呆れたものだ。
実の妹ではないと、最初から知っていたくせにだ。
「貴族は何よりも血を尊ぶ筈だと繰り返すあの子が一番、誰よりも血の繋がりに拘って縛られています。だから奈落の底へと落としてやれば、形振り構わず『血の繋がった息子』に縋り付くでしょう? 何しろ疑う余地もない程にそっくりな息子なのですから」
「水を差すようで申し訳ないけれど、その時は妖精達もさすがに黙ってはいないんじゃないかい?」
「彼等が重要視するのは肉体ではなく魂ですからね、人間として生きるフィーには不干渉を貫きますよ。フィーが救いを求めたならばあの妖精王の事ですからまた話も違うでしょうが」
当然、そうはさせないって訳か。
「ご理解頂けたようで何よりです。尤も、連中が邪魔をするようならば私も私の持てる全てを持って受けて立つ所存ですが」
「それは止めてくれ。君がちょっと力を出しただけで世界は滅んでしまうよ……」
『先祖返り』の危険性は把握しているつもりではあったけれど、この場合、危険なのは先祖返りではなく彼そのものなのではないだろうか?
「ああ……頭痛くなってきた」
いつも癖のように眉間を揉み解す妻の気持ちが、ちょっと理解出来てしまった。
数百年に一度。そんな僅かな確率で、まさか自分の息子が先祖返りだなんて──
「……フィーが、ルディを受け入れてくれて本当に良かったよ……」
世界は救われた。大袈裟ではなくて。
「あくまで仮定の話ですよ? そうならないように私は努力しているつもりですし、あの子が私以外を選ぶとは思えませんから、ただの杞憂に終わりますよ」
安堵する僕にオルディアスはそう言う。その余裕の笑みが頼もしくも腹立たしい。
ああ、本当に僕の馬鹿。
訊くんじゃなかった。
だって好奇心は猫をも殺すのだから。




