16『取り違え子』
「人間てさぁ、もっと血に拘る筈だろ? で、他人に冷たくて自分本意で、簡単に突き放して捨てたりするもんじゃなかったっけ?」
随分と砕けた言葉遣いだが、どうやらこちらが素のようだ。最初の頃の紳士然とした態度は全くの作り物だったらしい。それにしても気になるのは男の外見だ。先程から何故かぼやけて見える……ような気がする。髪の色や瞳の色も含めてその姿形が全て曖昧になっていっているような、なんとも奇妙な感覚。
「くっそ面白くねえ。十四年も育てさせて結局、赤の他人でさ、それって詐欺みたいなもんじゃん? 『騙されたー』だの『損したー』だの言って汚く罵って揉めに揉めると思ってたのに、……これじゃウィルマの言った通りじゃんかー」
「……ウィルマ?」
なんともふてぶてしい態度で吐き捨てるが、なんとか母の拘束から逃れた私がその名前に反応すると表情を僅かに変化させた。
「ああ、ウィルマってのはお前の母親だよ。で、妖精の女王サマ」
「母親……? え、あの……妖精の、女王って……」
さらっと言ってくれたが結構な爆弾発言なのでは?
妖精の女王が母親とか、急に言われても話が大き過ぎて困惑するばかりなのだが。
「何? 気になんの? ……あ!! ひょっとして興味持った? 会いたい!? 会いたくなっちゃった!? 会いたいなら会わせてやるよ!!」
「え? い、いえ、会いたいとは思いません。その、興味は少し……ありますけど」
突然、何やらご機嫌な様子で詰め寄られ私は思わず仰け反るが、すぐに気を取り直してその提案を断った。
正直、会ってどうするの? というのが本音。
私の父母は、ずっと私の側にいて、愛してくれて、育ててくれた人達だ。本当の母親などと言われても会いたい気持ちにはなれない。
それに、私の居場所は此処なのだと、やっと胸を張って言えるようになったのだから。
「……なんかさー、立ち位置を認められた途端に随分と強気だよなあ? さっきまであんなにビビってたくせに、……生意気」
軽薄な口調から一転、男が低く唸る。やや吊り上がり気味の目を眇め、鋭く私を睨め付けた。その奥に揺らめく、金色の瞳に何故か、私の胸は落ち着きを失う。
「予想外もいいとこだよ。お前は絶対に貴族の身分や生活にしがみつくだろうって踏んでたのに、出て行く気満々でさー」
だが男はすぐに口調を戻し、芝居がかった仕草で天を仰ぎ大袈裟に嘆いた。
「あっちはあっちで、『私の家族は孤児院の皆』とかなんとか、お涙頂戴の安い家族ごっこ始めるしさあ」
理解不能とでも言わんばかりに頭を振ると、
「本当はさ、あっちの娘が貴族の身分に靡くようなら連れて来て、お前と対面させてやろうと思ったんだよ」
薄く笑う。その口元にとびきり陰険な悪意を添えて。
「面白いと思ったんだけどなぁ。欲望を剥き出しにして罵り合う場面なんてさ、──修羅場って言うの? そう見られるもんじゃないし」
男の両眼がまるで太陽のように強く輝き、眩さを増していく。それはとても恐ろしいのにとても美しくて、私は目を逸らせずにいる。
「見たかったんだよなぁ。目の前で自分より実の娘を選ぶ連中に絶望するお前の姿が。手酷く捨てられて傷付いたお前が人間全てを見限るその瞬間を、この目で確かめたかったんだよ」
どうしてなのだろう。
男が吐くのは、毒だ。
どれだけ熟れた果実に見えても毒は毒、じわりじわりと私の内を侵食する。
なのにどうして、そんな目をするのだろうか?
だって、その目を私は知っているもの。
色は全然違うし、形だって違うけれど。
「……お父様みたい」
「はぁ?」
私の呟きが不快だったのか、男の眉と眉の間に深い皺が刻まれた。
「ふふ……いえ、あの、……貴方は私の父に似ています」
「はぁ!? お、お前、何言ってんのさ!?」
よく観察すれば私にだって分かる。一見すると不満げな顔だけれど怒ってはいないし寧ろ……動揺して照れている、のかな?
「ば、馬鹿じゃねーの!? 人間に似てるなんて言われても全っ然、嬉しくねーし!!」
……また馬鹿って言われた。
でも顔を赤らめて凄んだって怖くないから。
「あの、私、まだ貴方のお名前を伺っておりません」
「名前? ああ、ええと……言ってなかったっけ?」
話題が変わってホッとしたのか、男は気前よく名乗ってくれた。
「ウェルシー。ウェルシー・オ・ウェルツ。お前ら人間には発音し難いだろうから、ウルとでも呼べばいい」
確かに少し独特の発音かもしれないが、……ウェルシー、ウルか。不思議な響きだなぁ、でも嫌いじゃない。そう感心していると後ろで兄が小さく笑った。
「成る程、ウェルシー・オ・ウェルツか。ぴったりだな」
凡庸な私なんかには分からないけれど、兄には何やら思い当たる節があるようだ。私と目が合えば意味ありげに目を細め、愉しそうにまた笑った。
ああ、この顔は訊いても答えてくれない時の顔だ。
「私、貴方にお訊きしたい事があって」
なので兄への問い掛けは早々に諦めてウェルシーへと向き直る。何? と目線だけで先を促す彼に少し緊張しつつ、
「あの、私が、本当は妖精の子だったと言うのなら、どうして私には……魔力がないのでしょうか?」
妖精とは謂わば魔力の塊である──と唱えた研究者がかつていた。
この国の王族貴族が魔力を有しているのは、初代の国王妃が妖精だったからだとか。百年にも満たない新興の貴族──例えば戦場での武勲を認められ爵位を賜った軍人貴族や、武器や資材の調達と多額の献金にて爵位を得た商人貴族など──を除けば、殆どの貴族は妖精の血を引く王族との婚姻が結ばれていて、その魔力は現代にまで受け継がれているのだという。
父と母の実娘ではなかった私に魔力がないのは当然だと思っていたが、圧倒的な魔力を誇る妖精の血を引くと言うのならば何故、私には魔力がないのだろうか?
そう問えば。
「そりゃそうさ。だってお前は妖精じゃないからな」
「……え?」
何を言い出すのか? 妖精の子だと告げた本人がそれを否定するだなんて。
「厳密には中身は確かに妖精なんだ。だけどお前の器はそうじゃない」
「器……?」
「ウィルマの娘は──お前は、不完全だったんだ。ちゃんと産まれて来る事が出来なかったんだ」
ぽつりぽつりと話す声は酷く平淡で、それが却って憐憫を誘った。そうしたら何故か急に胸が強く引き攣って痛くて苦しくて、目にはじわりと涙が滲んだ。
「間に合わなかったんだよ、肉体の構築が。魂だけが先に産まれ出てしまって、そんな状態をいつまでも保てる訳がないだろう? 遠からず消滅する事は……ウィルマも頭では理解していた」
だが心は、感情はそう単純には割り切れない。妖精も、人間となんら変わらないという事か。
「だけどその瞬間、本当に偶然だったんだけど、産まれてすぐに死んだ赤子を見付けたんだ」
それは出産途中で死んだ女の腹から落ちた子だった。貧しく、孤独だった女の産んだ子。産声も上げられず誰にも気付かれず、その短い生涯を終えた子。
「そこに入れたんだ、お前の魂を。まだ暖かい人間の身体に産まれたての妖精の魂を」
結果は驚く程に良好だった。奇跡と言っても過言ではなかった。これで娘の魂を護れるとウィルマは安堵し、涙を流したという。
「お前自身に魔力がない訳じゃない。寧ろ大き過ぎるくらいだろうさ。だけど人間の──しかも元々、魔力なんて持たない平民の身体はそれに耐えられない。そのジレンマが余計にお前から魔力を遠ざけているんだ」
ウェルシーは苦い息を一つ吐き出し、頭を振った。
「妖精王は……女王の夫は間違えたんだ。間違えて、入れ替えてしまったんだ、お前と……同じ瞬間に産まれたこの家の娘とを、入れ替えてしまったんだ」
例え妖精の魂を宿していても人間の身体では妖精との共生は不可能。
女王の夫は手離さざるを得なくなった我が子を、しかし元いた環境には戻したくなくて、考えあぐねた末に公爵家の娘と入れ替えてしまった。
決して犯してはならない間違いを犯してしまった。
「だから……取り違え子……?」
「魔が差したってやつ? 馬鹿だろう? ああ、でもそうか、お前とそっくりなんだな」
そう言った、泣き笑いのような、胸の痛みに耐えるような顔に、私は言葉を失った。




