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第6話 痛みだけでは、救えない

【前回までのあらすじ】

仲間の痛みを引き受けていたペインは、追放されたあと、治療院で人の痛みを引き受けて暮らしている。

魔人になった元隊長ヴァイスを倒し、王宮から騎士団に誘われたが、ペインは治療院を選んだ。

元副隊長のザックは、誰にも痛みを肩代わりしてもらわずに、一人でやり直す道を選んだ。


今回、治療院に、一人の小さな女の子が運ばれてきます。

その子が運ばれてきたのは、雨の降る夕方だった。


「お願いします! 娘を、娘を助けてください!」


ずぶぬれの母親が、小さな女の子を抱えて、治療院に飛びこんできた。


女の子は、七つくらいだろうか。

茶色の髪が、ぬれて顔にはりついている。


「こっちの寝台へ!」


リーネが毛布を広げた。


寝台に寝かせた女の子の足を見て、俺は息をのんだ。


ひざから下が、灰色だった。


肌の色じゃない。

石の色だ。


さわると、冷たくて、かたかった。


「石化病……」


リーネが、青い顔でつぶやいた。


「体が、足の先から、少しずつ石になっていく病気です。半年前から始まって、最近、急に進むようになって……」


母親が、泣きながら言った。


「石になる所が、毎晩、すごく痛むみたいで。この子、もう何日も眠れていないんです」


女の子は、歯を食いしばって、声を出さないように我慢していた。

目のはしから、涙がつうっと流れ落ちた。


「……名前は?」


俺は、女の子のそばにしゃがんだ。


「ミ、ミオ……」


「ミオ。ちょっとだけ、足をさわるぞ」


灰色のひざに、手を当てた。


【痛みの肩代わり】。


ぎし、と、俺のひざの骨が鳴った気がした。


骨の中に、冷たい砂を流しこまれるような痛み。

じわじわと、骨が、骨じゃないものに変わっていく痛み。


(……これを、毎晩)


七つの子が。


ミオの顔から、ふっと力が抜けた。


「あ……いたく、ない……」


それから、ミオは、すうっと目を閉じた。

何日ぶりかの、眠りだった。


母親が、声を上げて泣き出した。


―――


その夜。


診療室で、俺とリーネは、古い医学書を広げていた。


ミオは、隣の部屋でぐっすり眠っている。

痛みは、俺が全部引き受けた。


でも、それだけだ。


「痛みは止められても、石になるのは止められない」


俺は、自分のひざをさすった。

引き受けた痛みが、まだじんじんと残っている。


「明日の夜には、また痛み始める。石も、少しずつ上にのぼっていく。俺がいくら痛みを引き受けても、ミオの病気は、一日も治らないんだ」


「……ありました」


リーネが、医学書の一ページを指さした。


「石化病の治し方。『星灯草(ほしあかりそう)』という草を煎じて飲ませれば、石になった所が、少しずつ元に戻る、って」


「星灯草?」


「夜になると、星みたいに青く光る草だそうです。でも……」


リーネの指が、止まった。


「大ダンジョンの、八層にしか、生えないって」


八層。


ダンジョンは、冒険者のランクで、入れる層が決まっている。

八層に入れるのは、ゴールドランクからだ。


「ギルドで買えば……」


「調べました。星灯草は、めったに出回らないので……一本、金貨五百枚です」


金貨五百枚。


この治療院が、一年かかっても、とても稼げないお金だった。


―――


次の朝。


俺は、ミオの寝台のそばに座っていた。


ミオは、もう目を覚ましていた。

窓の外の、雨上がりの空を見ている。


「おにいちゃん」


「ん?」


「きのう、ひさしぶりに、ゆめ、みたよ」


ミオは、にこっと笑った。


「ミオね、はしってたの。おそとのはらっぱを、いっぱい。あし、ぜんぜんいたくなかった」


「……そうか」


「またはしれるかなあ」


ミオは、灰色の自分の足を、ちらりと見た。

それから、何も言わずに、また窓の外を見た。


七つの子が、自分の足のことを、もうわかっている顔だった。


俺は、ぎゅっと拳をにぎった。


ずっと、思っていた。

痛みを引き受けることが、俺にできる、ただ一つのことだと。


誰かの痛みを、代わりに背負えば、それでいいと。


でも、違う。


痛みを止めるだけじゃ、救えない人がいる。


この子を、もう一度、走らせてやりたい。

そのためには、八層まで行くしかない。


「リーネ」


俺は、立ち上がった。


「俺、冒険者に戻る」


リーネが、手にしていた包帯を落とした。


「え……?」


「ゴールドまで上がって、八層で星灯草を取ってくる。それまでの間、ミオの痛みは、毎晩、俺が引き受ける」


「で、でも、ペインさん、冒険者のランクは……」


「パーティはダイヤだったけど、俺自身は二年間、一匹も倒してない。個人ランクは、たぶん一番下のままだ。だから、自分で、一からやり直しだ」


俺は、ミオの頭に、そっと手をのせた。


「ミオ。もう少しだけ、待っててくれるか」


ミオは、きょとんとした顔で、俺を見上げた。


「おにいちゃん、どこいくの?」


「はらっぱを、走れるようにする薬を、取りに行くんだ」


ミオの目が、まんまるになった。


それから、小さな手で、俺の小指をぎゅっとにぎった。


「やくそく、だよ」


「ああ。約束だ」


―――


その日の昼。


俺は、二年ぶりに、冒険者ギルドの扉の前に立っていた。


荷物持ちとして、何百回もくぐった扉。

でも、自分のために、自分の名前でこの扉をくぐるのは、初めてだった。


扉の向こうから、にぎやかな声が聞こえてくる。


『紅蓮の牙』がいなくなっても、ギルドは、いつもどおりだった。


俺は、深く息を吸って。


扉を、押した。

読んでいただき、ありがとうございます!


痛みを止めるだけでは、救えない人がいる。

ペインが、もう一度冒険者を目指すきっかけの回でした。

ミオとの約束、必ず守らせたいと思います。


次回、ギルドで個人ランクの確認。

ランクのしくみと、最初の仲間との出会いです。


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