第5話 王宮と、ザックの背中
【前回までのあらすじ】
仲間の痛みを二年間ひそかに引き受けていたペインは、「臆病者」として追放され、治療院で働き始めた。
ペインを恨んで魔人になった元隊長ヴァイスに、ペインはためていた二年分の痛みを、【痛みの返却】で全部返した。
悪魔は消え、ヴァイスは捕らえられた。ペインは死にかけて、ためていた痛みはからっぽになった。
今回は、王宮に呼ばれたペインと、ザックのお話です。
「そなたが、ペインか」
王宮の謁見の間。
高い天井から、金色の光が降りそそいでいた。
玉座に座った国王は、白いひげをなでながら、俺をじっと見下ろした。
「は、はい」
俺は、ひざをついたまま、かたくなって答えた。
治療院の白い上着のままだった。
リーネが「せめて上着くらいは」と、昨日の夜に必死で洗ってくれたものだ。
まわりには、きらびやかな服の貴族たちが並んでいる。
みんな、ひそひそと何かを話していた。
「あれが、魔人を一撃で倒したという治療師か?」
「ずいぶん地味な男だな……」
聞こえてますよ、とは言えなかった。
「アイリスから話は聞いた」
国王の声が、謁見の間にひびいた。
「十年、誰にも治せなかった騎士団長の呪いを引き受け、その呪いをかけた悪魔グラシオを、ただ一人で打ち倒した。王国を代表して、礼を言う」
国王が、ほんの少しだけ、頭を下げた。
貴族たちが、どよめいた。
「へ、陛下が、平民に頭を……!」
「そこで、だ」
国王は、顔を上げて続けた。
「ペイン。そなたを、王宮騎士団の特別顧問として迎えたい。屋敷も、給金も、望むだけ用意しよう」
謁見の間が、しんと静まりかえった。
王宮騎士団の、特別顧問。
冒険者なら、誰もが一生に一度は夢見る地位だ。
俺は、少しだけ考えた。
それから、ゆっくり首を横にふった。
「ありがたいお話ですが、お断りします」
「……ほう?」
「俺は、町の治療院で働いています。毎日、二十人も三十人も、痛みを抱えた人が来るんです」
俺は、自分の手のひらを見た。
「その人たちの痛みを引き受けるのが、俺の仕事です。屋敷に住んだら、あの人たちのところに行けなくなる」
「…………」
国王は、しばらく黙って俺を見ていた。
それから、ふっと笑った。
「アイリスの言った通りの男だな」
「え?」
「『あの男は、きっと断ります』と、昨日アイリスが言っていた。『だから陛下、断られたら、こう言ってください』とな」
国王の横に立っていたアイリスが、一歩前に出た。
銀の鎧が、光を受けてきらりと光る。
「ペイン。騎士団の顧問にはならなくていい」
アイリスは、まっすぐ俺を見た。
「その代わり、王国が本当に困った時だけ、力を貸してほしい。それなら、どうだ」
「……それなら」
俺は、うなずいた。
「喜んで」
―――
謁見が終わって、王宮の長い廊下を歩いていると、アイリスが隣に並んできた。
「断ってくれて、少しほっとした」
「え?」
「お前が騎士団に入ったら、私の肩の古傷が痛むたびに、甘えてしまいそうだからな」
アイリスは、冗談とも本気ともつかない顔で笑った。
十年ぶりに眠れるようになった人の顔は、昨日よりずっと明るかった。
―――
王宮の門を出ると、一人の男が待っていた。
ザックだった。
包帯は、もうほとんど取れていた。
でも、顔や腕には、新しい傷がいくつも増えていた。
「……よう」
ザックは、少しばつが悪そうに、片手を上げた。
俺は、立ち止まった。
ザックは、前みたいに頭を下げたりはしなかった。
「戻ってくれ」とも、言わなかった。
ただ、俺の顔をまっすぐ見て、言った。
「あの時、助けてもらった。礼だけ、言いに来た」
「助けた覚えはない。ヴァイスに痛みを返したら、たまたまお前たちもいただけだ」
「それでもだ」
ザックは、自分の腕の新しい傷を、指でなぞった。
「パーティは、解散した。隊長は……ヴァイスは、牢の中だ。エマは故郷に帰って、治療師の勉強をするってよ。ボルトは、騎士団の見習いに入った」
「……お前は?」
「一人で、一からやり直す」
ザックは、少し笑った。
前みたいな、人を見下す笑いじゃなかった。
「誰にも痛みを肩代わりしてもらわずに、全部、自分の体で受ける。それで、どこまで行けるか、確かめてみたいんだ」
「そうか」
俺は、それ以上何も言わなかった。
ザックも、それ以上何も言わなかった。
背中の剣を背負い直して、ザックは歩き出した。
王都の東。大ダンジョンのある方角へ。
その背中は、前よりずっと小さく見えた。
でも、なぜか、前よりずっと、まっすぐに見えた。
読んでいただき、ありがとうございます!
ペインは、王宮の誘いより治療院を選びました。
そしてザックは、一人で歩き出しました。
ここから、ザックの話も少しずつ書いていきます。
次回、治療院に、一人の小さな女の子が運ばれてきます。
ペインがもう一度、冒険者を目指すきっかけになる出会いです。
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