第7話 アイアンランクと、泣き虫の双剣士
【前回までのあらすじ】
追放されて治療院で働くペインのもとに、足から石になっていく病気の少女ミオが運ばれてきた。
痛みは引き受けられても、病気は治せない。治す薬草は、大ダンジョンの八層、ゴールドランクしか入れない場所にしか生えていない。
ペインは、ミオと約束した。原っぱを走れる薬を、取ってくると。
今回、ギルドで個人ランクを確かめ、最初の仲間と出会います。
「個人ランクの確認ですね。では、こちらの水晶に手をかざしてください」
ギルドの受付で、そばかすの受付嬢が、にこにこと言った。
カウンターの上に、手のひらくらいの水晶玉が置いてある。
手をかざすと、名前とスキルとランクが浮かび上がるしくみだ。
俺は、そっと手をかざした。
水晶の中に、白い文字が浮かんだ。
『ペイン スキル:痛みの肩代わり 個人ランク:アイアン』
「あ……」
受付嬢が、少し気まずそうに笑った。
「ペインさん、『紅蓮の牙』にいらした方ですよね? パーティランクはダイヤでしたけど……個人ランクは、ずっとアイアンのままですね」
「……やっぱり、そうですか」
「はい。パーティランクと、個人ランクは別なんです。個人ランクは、ご自分で倒した魔物と、ご自分でこなした依頼でしか上がらないので……」
受付嬢は、手元の記録をめくって、目を丸くした。
「えっと……二年間で、倒した魔物が……ゼロ、です」
ゼロ。
そりゃそうだ。
俺は二年間、一度も剣をふらなかった。
四人の痛みを、うしろで引き受けていただけだ。
ダイヤのパーティにいても、俺自身は、一歩も上がっていなかった。
「……わかりました。アイアンから、自分でやります」
受付嬢は、鉄でできた小さなプレートを差し出した。
表に、俺の名前が刻まれている。
二年前にもらって、一度も自分の名前では使わなかったプレートだった。
「ランクのしくみは、ご存じですか?」
「だいたいは。でも、一応聞かせてください」
「はい!」
受付嬢は、カウンターの後ろの大きな板を指さした。
そこには、六つのプレートが、下から順に並んでいた。
鉄。銀。金。白金。透きとおった宝石。
そして一番上に、黒く光る、見たことのない石のプレート。
「冒険者のランクは、下から『アイアン』『シルバー』『ゴールド』『プラチナ』『ダイヤ』、そして一番上が『マスター』です」
受付嬢は、一番上の黒いプレートを、少しうっとりした顔で見上げた。
「マスターは、世界にたった十人しかいません。一人で国一つと戦えるとか、竜を素手で倒したとか、いろんなうわさがありますけど……本物は、誰も見たことがないんです」
「十人……」
「それと、大ダンジョンは、ランクで入れる層が決まっています」
受付嬢は、指を折って数えた。
「アイアンは一層から三層まで。シルバーは四層から六層。ゴールドは七層から九層。十層から下は、プラチナ以上です」
「ゴールドになるには、どうすればいいですか」
「依頼をこなして、ギルドの点数をためていただきます。それと、ランクを上げる時は、一つ上の層の『番人』を、パーティで倒していただく試験があります」
受付嬢は、にっこり笑った。
「ふつうは、アイアンからゴールドまで、三年くらいかかりますね」
三年。
ミオの石は、今、ひざまで来ている。
三年も待っていたら、きっと胸まで届いてしまう。
「……もっと早く上がる方法は」
「え? そ、そうですね……強い仲間とパーティを組んで、難しい依頼をたくさんこなせば、早く上がる人もいますけど……」
受付嬢は、困ったように笑った。
「ペインさんのスキル、戦うスキルじゃないですよね? アイアンの方と組んでくれるパーティ、なかなかないと思いますよ……?」
―――
受付嬢の言うとおりだった。
掲示板の前で、仲間募集の紙を、片っぱしから見ていった。
『アイアン募集。剣士求む』
『回復役求む。シルバー以上』
『盾役求む。痛みに強い人』
痛みに強い人、なら自信がある。
でも、紙を貼ったパーティに声をかけると、みんな同じ顔をした。
「痛みの肩代わり? え、戦えないの?」
「荷物持ちなら、今は【収納】のやつがいるから」
「あー、ごめん。うちは戦える人がいいかな」
三組目に断られたところで、俺は、ギルドの裏の井戸に座りこんだ。
(……三年、か)
空を見上げた。
雲が、ゆっくり流れていく。
その時。
「ひっ……ぐすっ……うええええん……」
井戸の向こうから、泣き声が聞こえた。
のぞいてみると、女の子が一人、うずくまっていた。
十六、七くらい。
灰色の髪の頭に、ぴんと立った犬の耳。
腰から、ふさふさのしっぽが、元気なく地面に垂れている。
獣人だ。
腰の両側に、短い剣を二本さげている。
双剣使いらしい。
女の子は、指先をくわえて、ぼろぼろ泣いていた。
「……大丈夫か?」
声をかけると、女の子は、びくっと耳を立てた。
「だ、だいじょうぶじゃないですぅ……」
女の子は、くわえていた指を見せた。
人さし指の先に、ほんの小さな切り傷があった。
紙で切ったくらいの、血がにじむかどうかの傷。
「い、痛いんですぅ……すっごく、すっごく痛いんですぅ……」
「……それが?」
「はいぃ……」
女の子は、また、ぼろぼろと涙をこぼした。
「わたし、ルゥっていいます……スキル【鋭敏】で、耳も、鼻も、目も、人の何倍もよくて……でも、痛いのも、人の何倍も感じちゃうんですぅ……」
ルゥは、しっぽをしょんぼりと丸めた。
「さっき、パーティを追い出されました……ゴブリンにちょっと引っかかれただけで、わんわん泣いちゃって……『戦いの最中に泣き叫ぶやつはいらない』って……」
俺は、思わず、少し笑ってしまった。
「な、なんで笑うんですかぁ……!」
「いや、悪い。……似てるなと思って」
「似てる……?」
「俺も、追い出されたことがあるんだ。『痛いのが怖い臆病者はいらない』って」
ルゥは、ぱちぱちとまばたきをした。
俺は、ルゥの指先に、そっと手を当てた。
【痛みの肩代わり】。
ちくり、と、俺の人さし指が痛んだ。
紙で切ったくらいの、小さな痛み。
でも、少しだけ、ふつうより鋭い気がした。
「あ……あれ……?」
ルゥの耳が、ぴんっと立った。
「痛く、ない……?」
「俺のスキルだ。人の痛みを、代わりに引き受ける」
「…………」
ルゥは、自分の指と、俺の顔を、何度も見比べた。
しっぽが、ぱたっ、と一回だけ、地面をたたいた。
それから、ぱたぱたぱたぱたと、ちぎれそうなほど振られ始めた。
「あ、あの、あの、あのっ!」
ルゥは、俺の両手を、がしっとつかんだ。
「わたしと、パーティ組んでくれませんか!?」
「……いいのか? 俺は、アイアンだぞ。戦うスキルもない」
「わたしもアイアンです! それに……」
ルゥは、鼻をひくひくさせた。
「ペインさん、薬草と、包帯と、あと、すごくいい人の匂いがします!」
いい人の匂い、というのはよくわからなかった。
でも、俺は、つかまれた手を、そっと握り返した。
「じゃあ、よろしくな。ルゥ」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
ルゥの涙は、もうすっかり乾いていた。
アイアンランク、二人。
ミオの足が石になりきるまでに、ゴールドまで。
無茶な話だ。
でも、なぜか、この泣き虫の双剣士となら、行ける気がした。
読んでいただき、ありがとうございます!
ランクのしくみと、最初の仲間ルゥの登場回でした。
痛みに人一倍弱い双剣士と、痛みを引き受ける男。
この二人、相性ばつぐんです。
次回、ルゥの本当の実力と、もう一人の仲間との出会い。
そして、パーティ結成です!
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