第3話 隊長は、恨んだ
今回は、ペインを追い出した『紅蓮の牙』の視点です。
「黒の森の魔物討伐。報酬は金貨三百枚。成功すれば、ダイヤに戻れる」
冒険者ギルドの掲示板の前で、隊長のヴァイスは、一枚の依頼書を掲示板からはぎ取った。
「これを受ける」
「隊長、本気ですか」
副隊長のザックが、依頼書をのぞきこんだ。
脇腹の傷は、まだ完全には治っていない。
ボルトの腕は、添え木が取れたばかり。
エマは、毒の霧を吸ってから、ときどき息が苦しそうにせきこむ。
ヴァイス自身も、背中の打ち身で、大剣を思うようにふれていなかった。
「黒の森は、最近、ダイヤのパーティが二つ、帰ってこなかったって話です。今の俺たちじゃ……」
「今の俺たち、だと?」
ヴァイスが、ザックをにらんだ。
「プラチナに落ちてから、ギルドの連中も、酒場の女も、陰で笑ってやがる。『荷物持ちがいなくなったら、ただの三流パーティだ』ってな」
ヴァイスは、依頼書をぐしゃりとにぎりつぶした。
「全部、あいつのせいだ」
「……隊長」
「あいつ、わざと黙ってたんだよ。自分がいなくなったら、俺たちがこうなるって、わかってて」
「いや、あいつは最初の日に、ちゃんと説明して——」
「聞いてねえよ、そんなもん!」
ヴァイスの声が、ギルドの中にひびいた。
まわりの冒険者たちが、ちらちらとこっちを見る。
ヴァイスは、気にしなかった。
「知ってるか、ザック。あいつ、今、町の治療院で『痛みを引き受ける治療師』って呼ばれてるんだとよ。騎士団長まで治したってな。王都中で、ほめられてる」
ヴァイスの唇が、ひきつった。
「俺たちの痛みで、だ。俺たちから持っていった痛みで、あいつは今、英雄みたいな顔をしてやがる」
ザックは、何も言い返せなかった。
あの日、治療院で、ヴァイスは一度も謝らなかった。
ザックも、謝れなかった。
止めなかったのは、自分も同じだ。
―――
黒の森は、昼間なのに薄暗かった。
木々の葉が、空をすっかり覆っている。
鳥の声ひとつ、聞こえない。
森の奥の開けた場所で、四人は、倒れている冒険者たちを見つけた。
五人、六人。
みんな、鎧を着たまま、地面にうずくまっている。
「……い、痛い……痛い、痛い、痛い……」
体に、傷はない。
血も出ていない。
なのに、全員が、地面をかきむしるように苦しんでいた。
その上に、黒い煙が、ゆらゆらと浮かんでいた。
煙の中で、赤い目が二つ、光った。
《……ほう。いい匂いがする》
頭の中に、低い声がひびいた。
「な、なんだ、てめえは!」
ヴァイスが、大剣を抜いた。
《我はグラシオ。痛みを食らう者。体は持たぬ》
煙が、すうっと四人のまわりを回った。
《この者たちの痛みは、もう食べ飽きた。……お前たちは、どうかな》
「ふざけんな!」
ヴァイスが煙を斬った。
ザックが剣でなぎ払った。
剣は、どちらも煙をすり抜けた。
《——痛め》
「があああああっ!?」
ヴァイスが、背中を押さえて崩れ落ちた。
打ち身の痛みが、何倍にもふくらんで、背骨を焼いた。
ザックも、脇腹を押さえて膝をついた。
ボルトが腕を抱えて転げ回り、エマがのどをかきむしった。
(痛え。痛え。痛え)
ヴァイスは、地面に爪を立てた。
(なんで、俺が、こんな目に)
(あいつがいれば、こんなの、痛くもなんともなかったのに)
《……ああ、お前か》
煙が、ヴァイスの目の前で止まった。
赤い目が、ヴァイスをのぞきこんだ。
《いい恨みだ。とても、いい匂いがする》
「な……に……」
《お前は、ある男を恨んでいるな。お前たちの痛みを持って出ていき、今は英雄と呼ばれている男を》
ヴァイスの目が、見開かれた。
《力をやろう。もう二度と、痛みにはいつくばらずにすむ力を。その男に、お前の痛みを、思い知らせる力を》
煙が、ヴァイスの耳元でささやいた。
《ただ、お前の体を、少し貸してくれればいい》
「隊長! 聞くな!」
ザックが、地面をはいながら叫んだ。
「そいつの言うことを、聞くんじゃねえ!」
ヴァイスは、ザックを見なかった。
背中の痛みで、顔をゆがめながら。
それでも、笑っていた。
「……よこせ」
「隊長!」
「その力、よこせ」
黒い煙が、ヴァイスの口から、体の中へ、すうっと吸いこまれていった。
―――
ヴァイスの体が、びくん、とはねた。
金色の髪が、根元から、黒く染まっていった。
こめかみから、ねじれた二本の角が、めりめりと生えてきた。
目が、真っ赤に光った。
「……くく」
ヴァイスが、ゆっくりと立ち上がった。
背中を押さえていた手を、下ろした。
もう、体を丸めてもいなかった。
「くはははは! 痛くねえ! どこも、全然、痛くねえ!」
ヴァイスは、大剣を片手で軽々と持ち上げた。
その刃に、黒い炎が、ぼうっと燃え上がった。
近くの木が、触れてもいないのに、黒くただれて枯れていく。
「た、隊長……」
ボルトが、ふるえる声で言った。
「も、元に戻ってくれ……! そんなの、隊長じゃ……」
「うるせえな」
ヴァイスが、指を一本、立てた。
「——痛め」
ボルトの悲鳴が、森にひびきわたった。
「やめろ! 仲間だろうが!」
ザックが、剣をつえにして、立ち上がろうとした。
ヴァイスは、つまらなそうにザックを見た。
「仲間? お前が言うのか、ザック」
それから、北の方角を、すっと見上げた。
王都のほうを。
「なあ、ザック。ペインって、今、どこにいるんだっけな」
「…………」
「そうそう。王都の外れの、小さな治療院だったな」
ヴァイスは、角の生えた頭をかしげて、にやりと笑った。
「会いに行かねえとな。俺の痛み、返してもらわねえと」
黒い炎が、ヴァイスの体を包んだ。
次の瞬間、ヴァイスの姿は、黒い煙になって、森の上へと消えていった。
―――
騎士団長アイリスの部隊が森に駆けつけたのは、それから少しあとのことだった。
荷馬車の荷台に寝かされながら、ザックは、ぼんやりと空を見ていた。
体の痛みは、まだ消えていない。
でも、それよりも。
(あの時、止めなかった)
ペインを追い出した夜。
治療院で、ヴァイスがペインの胸ぐらをつかんだ日。
俺は、副隊長だった。
止められたはずだった。
でも、止めなかった。
「……今度こそ、止めなきゃ」
ザックは、かすれた声でつぶやいた。
読んでいただき、ありがとうございます!
ペインを恨み続けた隊長ヴァイスは、体を持たない悪魔グラシオに、自分の体を差し出してしまいました。
痛みから逃げるために、悪魔になった元隊長。
次回、悪魔になったヴァイスが、ペインのいる治療院へ。
二年分の痛みを、返す時が来ます。
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