# 第八話 ## 「名前を呼ぶと、少しだけ強くなれる」
# 第八話
## 「名前を呼ぶと、少しだけ強くなれる」
朝。
いつも通りの時間。
いつも通りの眠気。
でも今日は少しだけ違った。
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雨宮悠人は、玄関で靴を履きながら白石雫を見る。
白石は子どもの準備をしている。
慣れた動き。
でもどこか静かだ。
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「雫さん」
「うん?」
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白石は振り向く。
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悠人は少しだけ迷ってから言う。
「今日、保育園のこと……まだ気にしてる?」
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白石は一瞬止まる。
そして小さく笑う。
「ちょっとだけ」
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正直な答えだった。
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悠人は頷く。
「そっか」
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それだけ。
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でも白石の表情が少しだけ緩む。
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## ― 保育園 ―
朝の保育園は戦場だ。
泣く子ども。
急ぐ親。
時間との戦い。
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白石は子どもを預ける。
いつものように。
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先生が笑う。
「今日も元気ですね〜」
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その瞬間。
白石の肩が少しだけ軽くなる。
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悠人は横で見ている。
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(この人、ずっと戦ってるんだよな)
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ふとそう思う。
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## ― 帰り道 ―
二人だけで歩く。
子どもを預けたあと。
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白石がぽつりと言う。
「悠人さん」
「うん」
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「私さ」
「うん」
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少し間。
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「ちゃんとした母親って、どんな人だと思います?」
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悠人は即答できなかった。
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少し考える。
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「分かんねぇな」
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白石が小さく笑う。
「ですよね」
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悠人は続ける。
「でもさ」
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白石を見る。
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「昨日より今日ちゃんとやれてたら、それでよくない?」
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白石は足を止める。
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風が吹く。
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「それ、優しすぎません?」
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悠人は肩をすくめる。
「現場でもそれで回ってるぞ」
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白石は少し笑う。
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でも目は少し潤んでいた。
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## ― 夜 ―
子どもが寝たあと。
静かなリビング。
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白石はテーブルに突っ伏す。
「もう無理……」
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悠人は笑う。
「毎日言ってるな」
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白石は顔を上げないまま言う。
「でも今日ちょっと楽でした」
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「何が?」
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白石は小さく言う。
「悠人さんが、
私のこと名前で呼んでくれたの」
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悠人は少し固まる。
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「それ?」
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「それ」
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白石は続ける。
「なんか、ちゃんと見てもらえてる気がして」
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沈黙。
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悠人は少しだけ笑う。
「名前呼んだだけで?」
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白石も笑う。
「単純ですよね、私」
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悠人は首を振る。
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「いや」
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「ちゃんと見てるつもりでも、
意外と見えてないんだなって思った」
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白石は静かに聞いている。
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## ― ラスト ―
夜。
ベランダ。
二人。
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空気は少し冷たい。
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白石が言う。
「ねぇ、悠人さん」
「うん」
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「私たちってさ」
「うん」
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白石は少し笑う。
「まだ全然余裕ないですね」
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悠人も笑う。
「だな」
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少し間。
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でも続ける。
「でもさ」
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「うん」
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「それでも一緒にやれてるの、結構すごくね?」
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白石は黙る。
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そして小さく笑う。
「……すごいですね」
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遠くで子どもの寝息。
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静かな夜。
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でもその中に、
確かに“家族”があった。
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白石雫が言う。
「悠人さん」
「うん」
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「明日もまた、会えますかね」
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悠人は笑う。
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「もう毎日会ってるだろ」
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白石も笑う。
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「それでもです」
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悠人は少しだけ間を置いて言う。
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「会えるよ」
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その言葉は、
昔の“また会いましたね”よりずっと重くて、優しかった。




