# 第七話 ## 「仕事と家庭と、言えない弱音」
# 第七話
## 「仕事と家庭と、言えない弱音」
月曜の朝は、いつだって容赦がない。
雨宮悠人は、眠気の残る頭でヘルメットをかぶった。
現場の空気は冷たくて、現実だけがやけに鮮明だった。
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「雨宮!昨日ちゃんと寝たか?」
鬼塚の声。
「寝ました!」
「嘘つけ顔死んでるぞ!」
「事実です!」
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周りの作業員が笑う。
いつもの風景。
でも悠人の中だけ、少し違う。
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(昨日の夜、結局三回起きたしな……)
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## ― 昼休み ―
坂本が弁当を開けながら言う。
「お前さ、ほんと大丈夫?」
「何が?」
「全部」
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悠人は苦笑する。
「全部って雑すぎるだろ」
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坂本は真面目な顔になる。
「いやさ、前より“無理してる顔”してる」
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一瞬、静かになる。
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悠人は視線を落とす。
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(無理してる、か)
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否定できないのが嫌だった。
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## ― 夜 ―
帰宅。
玄関を開ける。
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「ただいま」
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白石雫はキッチン。
子どもはリビングで遊んでいる。
いつもの風景。
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でも白石の声が少し遅い。
「おかえりなさい」
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その違和感に、悠人は気づく。
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「雫さん?」
「うん」
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白石は笑おうとする。
でもうまくいってない。
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「ちょっと、今日……疲れちゃって」
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その言葉だけで分かる。
限界に近い。
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子どもはまだ元気だ。
無限エネルギー。
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白石は小さく言う。
「保育園でちょっとあって」
「何?」
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白石は一瞬黙る。
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「“ちゃんとできてないママ”って言われちゃって」
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空気が止まる。
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悠人の中で、何かが一瞬固まる。
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「誰に?」
「先生じゃなくて、他の保護者」
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白石は笑おうとする。
でも目が笑ってない。
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「気にしないようにしてたんですけど」
「でも、ちょっとね」
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リビングが静かになる。
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子どもの声だけが聞こえる。
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悠人はゆっくり言う。
「……それ、何基準なんだよ」
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白石は少し驚く。
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「え?」
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「ちゃんとしてるって何だよ」
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声が少し強くなる。
自分でも分かるくらい。
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「誰が決めてんのそれ」
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白石は黙る。
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悠人は続ける。
「夜泣きして、保育園行って、
家回してるだけで十分だろ」
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白石の目が少し揺れる。
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「でもさ」
悠人は言葉を探す。
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「ちゃんとしてないって言ったやつが、
どれだけちゃんとしてんのか知らねぇし」
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少し沈黙。
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白石が小さく笑う。
「怒ってます?」
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悠人は少し黙る。
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「ちょっとな」
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白石はそのまま座る。
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「でも、ありがとう」
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それだけ言う。
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## ― 夜更け ―
子どもが寝た後。
リビング。
静か。
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白石はソファに座っている。
少し疲れている。
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悠人は隣に座る。
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しばらく無言。
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白石がぽつりと言う。
「私さ」
「うん」
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「ちゃんとした母親になれてない気がしてた」
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悠人は黙って聞く。
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「でも今日、言われてちょっと折れた」
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白石は笑う。
少しだけ。
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「でもね」
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顔を上げる。
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「悠人さんが怒ってくれて、
ちょっと安心しました」
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悠人は少し驚く。
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「なんで?」
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白石は小さく言う。
「一人じゃないって思えたから」
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沈黙。
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悠人は天井を見る。
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(ほんと、不器用な家だな)
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でも悪くないと思った。
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## ― ラスト ―
白石が言う。
「ねぇ」
「うん」
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「私たちってさ」
「うん」
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少し間。
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「ちゃんとしてないけど」
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悠人はすぐ答える。
「知ってる」
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白石は笑う。
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「でも」
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「ちゃんとやってるよね」
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悠人も笑う。
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「それで十分だろ」
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遠くで子どもが寝返りを打つ音。
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また明日が来る。
また同じようで違う一日が来る。
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でも二人はもう知っている。
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“ちゃんと”じゃなくても、家族は続く。




