# 第五話 ## 「熱が出る夜」
# 第五話
## 「熱が出る夜」
夜十一時。
雨。
そして——
最悪のタイミングで、
子どもが熱を出した。
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「え、熱い」
雨宮悠人は、
子どもの額に触れた瞬間に分かった。
明らかに熱い。
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白石雫が体温計を見る。
「38.7……」
部屋の空気が変わる。
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さっきまで元気だった。
ご飯も食べた。
笑ってた。
なのに急に。
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子どもが苦しそうに咳をする。
悠人の心臓が嫌な音を立てた。
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「病院?」
「夜間かな……」
白石は冷静に見える。
でも声が少し震えている。
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悠人は焦る。
「保険証どこ!?」
「引き出し!」
「どの引き出し!?」
「そこじゃない!!」
完全にパニックだった。
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白石が言う。
「悠人さん、一回落ち着いて」
「無理!!」
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数分後。
夜間診療へ向かう車の中。
雨。
赤信号。
静かな車内。
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後部座席。
小さな寝息。
苦しそうな呼吸。
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悠人は運転しながら、
ずっと嫌な想像をしていた。
もし。
もし何かあったら。
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その時。
白石がぽつりと言う。
「怖いですね」
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悠人は少し驚く。
白石はいつも、
冷静側の人間だったから。
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白石は窓を見ながら続ける。
「熱くらい普通って分かってるのに」
「うん」
「なんか、全部悪い方向考えちゃいます」
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悠人は小さく頷く。
「俺も」
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赤信号。
止まる。
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悠人はハンドルを握りながら言う。
「さ」
「うん?」
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「親って、
こういうの何回も耐えてんのかな」
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白石は少し笑う。
「たぶん」
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「無理だろ」
「でもやるんですよ」
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その言葉が、
静かに響いた。
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## ― 夜間診療 ―
結果は軽い風邪だった。
大きな問題なし。
薬を飲んで安静。
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その瞬間。
二人とも一気に力が抜けた。
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病院を出る。
深夜。
雨はまだ降っている。
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悠人が言う。
「寿命縮んだ……」
白石も笑う。
「私もです」
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車へ向かう途中。
白石が小さく言う。
「ねぇ、悠人さん」
「うん」
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「今日、
ちょっと思ったんです」
「何を?」
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白石は子どもの寝顔を見る。
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「この子がいると、
毎日怖いですね」
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悠人は黙る。
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「でも」
白石は続ける。
「前より、
生きてる感じします」
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悠人は少し笑う。
「それ分かる」
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昔は、
自分の人生だけだった。
失敗しても、
傷つくのは自分だけ。
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でも今は違う。
守りたいものがある。
怖いくらいに。
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家へ帰る。
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子どもをベッドへ寝かせる。
小さな寝息。
少し熱は下がっていた。
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白石がソファへ座る。
限界だった。
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悠人も隣へ座る。
沈黙。
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白石がぽつりと言う。
「疲れましたね」
「うん」
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少し間。
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「でもさ」
悠人は言う。
「今日、
ちゃんと親っぽかったな俺たち」
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白石は笑う。
「たしかに」
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悠人は天井を見る。
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婚活してた頃。
“結婚したら人生変わる”
そう思っていた。
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実際は違う。
急には変わらない。
理想にもならない。
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でも。
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夜中に子どもの熱で慌てたり、
二人で病院へ走ったり、
寝不足で笑ったり。
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そういう小さい積み重ねで、
少しずつ“家族”になっていくんだと思った。
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その時。
ベッドの方から小さな声。
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「……ぱぱ」
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悠人と白石、
同時に振り向く。
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子どもは寝ぼけたまま、
小さく笑っていた。
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白石が小さく言う。
「呼ばれてますね」
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悠人は少し笑う。
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「……また会いましたねって感じだな」
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白石も笑った。
静かな夜の中で。




