# 第四話 ## 「パパ、仕事やめないで」
# 第四話
## 「パパ、仕事やめないで」
六月。
蒸し暑い。
現場は地獄だった。
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「雨宮ぃ!!」
鬼塚の怒鳴り声が飛ぶ。
「はい!!」
「そこ段取り違うだろ!!」
「すみません!!」
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汗。
騒音。
重い資材。
終わらない作業。
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悠人は思う。
(……帰りたい)
最近ずっとそうだった。
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家に帰れば、
白石と子どもがいる。
それは嬉しい。
でも。
体力が追いつかない。
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昼休み。
プレハブ小屋。
坂本が缶コーヒーを渡してくる。
「お前最近ヤバくね?」
「何がです?」
「顔」
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悠人は苦笑する。
「そんな死んでます?」
「ちょっと前の婚活時代みたいな顔してる」
やめてくれ。
それはかなり終わってる。
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坂本が言う。
「寝れてない?」
「無理だろ、子どもいると」
「奥さん大丈夫?」
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悠人は少し黙る。
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白石も疲れていた。
夜泣き。
家事。
保育園。
全部一人で抱え込みがちだ。
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悠人はぽつりと言う。
「俺さ」
「うん」
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「仕事向いてないのかも」
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坂本は意外そうな顔をした。
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「今さら?」
「ひどくない?」
「いやだってお前、
十年近く言ってるぞそれ」
確かに。
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でも今日は、
少し違った。
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「家帰るとさ」
悠人は続ける。
「もっとちゃんとした父親とか、
もっと稼げる男とか、
そういうの考えるんだよ」
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坂本は缶コーヒーを飲みながら言う。
「SNS見すぎ」
「……」
「あと比較しすぎ」
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悠人は黙る。
図星だった。
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## ― 夜 ―
帰宅。
遅い時間。
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「ただいま」
返事がない。
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リビングへ行く。
白石雫は、
子どもを抱いたまま寝ていた。
座ったまま。
限界だったのが分かる。
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悠人は静かに近づく。
子どもも寝ている。
小さい寝息。
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その光景を見た瞬間。
胸が少し痛くなる。
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(俺、何やってんだろ)
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仕事で疲れてるとか、
眠いとか、
全部言い訳に見えた。
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その時。
白石が目を覚ます。
「……あ、おかえりなさい」
「ごめん、起こした」
「大丈夫です」
でも大丈夫そうじゃない。
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悠人は言う。
「雫さん」
「うん?」
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少し間。
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「俺さ」
「うん」
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「仕事、辞めたいかもしれない」
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白石の動きが止まる。
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静かな部屋。
時計の音だけが響く。
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悠人は慌てて言う。
「いや、まだ決めたわけじゃなくて!」
「うん」
「ただ、なんか……」
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言葉がまとまらない。
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「家族できたのに、
全然ちゃんとしてなくて」
「……」
「もっと稼げる仕事とか、
ちゃんとした父親とか」
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そこで言葉が止まる。
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白石は静かに聞いていた。
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そして。
小さく笑った。
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「悠人さん」
「……うん」
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「私ね」
「うん」
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「ちゃんとしてる人と結婚しなくてよかったって、
今すごく思ってます」
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悠人は固まる。
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白石は続ける。
「ちゃんとしてる人だったら、
たぶん“弱音”言わなかったと思うから」
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悠人は何も言えない。
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「仕事辞めたいって言えるの、
ちゃんと家族してる証拠じゃないですか」
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その言葉が、
ゆっくり胸に落ちていく。
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白石は少し眠そうに笑う。
「あと」
「うん?」
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「悠人さん仕事辞めたら、
うち破産します」
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悠人、吹き出す。
「急に現実!」
「大事です」
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二人で少し笑う。
久しぶりに。
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その時。
子どもが寝ぼけながら小さく言う。
「ぱぱ……」
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悠人、止まる。
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白石が笑う。
「呼ばれてますよ」
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悠人はゆっくり子どもを抱き上げる。
小さい。
温かい。
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子どもが目を閉じたまま、
服をぎゅっと掴む。
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その瞬間。
悠人は思う。
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(ああ)
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(もう俺、
この子の“帰ってくる人”なんだ)
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完璧じゃない。
立派でもない。
でも。
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それでも、
この小さな手だけは離したくなかった。




