# 第十三話 ## 「パパ、いかないで」
# 第十三話
## 「パパ、いかないで」
朝は、いつも通りだった。
そう思っていた。
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雨宮悠人は靴を履きながら、
いつものように言う。
「行ってくる」
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白石雫はキッチンから返す。
「いってらっしゃい」
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陽翔はリビングで遊んでいる。
いつもの朝。
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そう思っていた。
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## ― 玄関 ―
ドアノブに手をかけた瞬間。
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後ろから声。
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「パパ」
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振り向く。
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陽翔が立っている。
いつもより真剣な顔。
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「……ん?」
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陽翔は、少し黙る。
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そして、小さな声で言う。
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「いかないで」
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その瞬間。
悠人の動きが止まる。
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白石もキッチンから顔を出す。
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空気が変わる。
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## ― 数秒の沈黙 ―
「……え?」
悠人は笑おうとして失敗する。
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「いや、仕事だぞ」
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陽翔は首を振る。
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「パパ、ここ」
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小さな手で、自分の胸を叩く。
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(ここにいて、という意味)
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悠人はしゃがむ。
同じ目線。
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「すぐ帰るぞ」
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陽翔は納得しない。
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白石が静かに近づく。
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「今日はちょっと、甘えんぼですね」
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でもその声も少し優しい。
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## ― 玄関の空気 ―
悠人は一瞬、考える。
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(これ、どうすりゃいいんだ)
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仕事はある。
現場は待ってる。
でも目の前には、離れたくないものがある。
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白石が小さく言う。
「悠人さん」
「うん」
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「大丈夫です」
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「……何が」
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「ちゃんと帰ってきますから」
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その言葉で少し落ち着く。
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## ― 決断 ―
悠人は立ち上がる。
陽翔を見る。
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「パパな」
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少し間。
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「働かないと、うまいご飯食えないんだよ」
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陽翔はまだ納得していない顔。
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悠人はしゃがむ。
頭を軽く撫でる。
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「でも」
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「ちゃんと帰ってくる」
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「約束な」
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陽翔はじっと見つめる。
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そして、小さく頷く。
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「……うん」
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## ― 出発 ―
玄関のドア。
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悠人は一度止まる。
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振り返る。
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白石と陽翔がいる。
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陽翔が小さく手を振る。
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「パパ」
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今度は泣いていない。
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ただ、呼んでいるだけ。
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悠人は笑う。
「行ってくる」
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ドアが閉まる。
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## ― 外 ―
朝の空気。
少し冷たい。
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悠人は歩きながら思う。
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(あいつ、ちゃんと“待つ”ってこと覚え始めてるんだな)
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それは少し怖くて、
でも嬉しかった。
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## ― 夜 ―
帰宅。
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ドアを開ける。
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「パパ!」
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いつもの声。
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走ってくる足音。
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陽翔が全力でぶつかる。
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「おかえり」
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悠人は笑う。
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「ただいま」
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白石がキッチンから言う。
「遅かったですね」
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「ちょっと渋滞」
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何でもない会話。
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でもそれが全部だった。
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## ― ラスト ―
夜。
リビング。
三人。
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陽翔は寝る前。
半分眠い声で言う。
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「パパ」
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「うん」
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「きょう、きた」
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悠人は笑う。
「ちゃんと帰っただろ」
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陽翔は満足そうに目を閉じる。
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白石が小さく言う。
「約束、守りましたね」
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悠人は頷く。
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「当たり前だろ」
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少し間。
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悠人は続ける。
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「でもさ」
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「うん?」
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「“行かないで”って言われるの、
悪くないな」
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白石は笑う。
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「重いですけどね」
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悠人も笑う。
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「まあな」
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でもその重さは、
もう嫌じゃなかった。
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夜は静かに続いていく。
そして雨宮家は、
また明日へ繋がっていく。




