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#33 文化祭2

 間に合わない。間に合わない。間に合わない。


 文化祭の準備が一向に進んでいない。文化祭の二日前だというのにお化け屋敷の準備が一向に進んでいない。が、お化け屋敷実行委員長に選ばれてしまった俺には泣き言を言っている暇などなかった。


 今日もまた朝早くに学校にやってきて準備、休み時間に準備、昼休みに準備、さらには放課後は完全下校時間まで準備、と準備尽くしの一日を送っていた。が、俺の準備はそれだけでは終わらない。俺は教室から大量の段ボールを持ち帰って狭い六畳間で寝る間も惜しんで準備を続ける。そんな俺を見て先生もまた俺の準備を手伝う。


 六畳間にはギコギコと段ボールを切る音が夜遅くまで響き渡る。とんだ近所迷惑だ。


「あ、あれ? 目がないっ!! 目玉がなくなっちゃったよ……」


 隣に座って俺と同じように段ボールを切るジャージ姿の先生が、事情を知らなければそれこそお化けと勘違いされるようなことを言いながら、なくなった目玉を探していた。もちろん目玉というのはお化け屋敷の小道具のことだ。


 焦ったように足元を探す先生を俺は呆れたように眺める。


 どうやら先生もかなり疲れが溜まっているようだ。何せ昨晩も先生には制作を手伝ってもらいお互い寝不足気味なのだ。俺は「先生」と彼女の額を指さす。


「先生はいつから三つ目になったんですか?」


 俺がそう言うと先生はポカンと首を傾げている。どうやら忘れているようだ。つい一時間ほど前に先生は段ボールで出来た目玉をテープで額につけて「ほら~三つ目だよ。うらめしや~」と俺を怖がらせようとしていた。先生はそのまま自分が三つ目のままだということも忘れて額に目玉を付けたまま作業を続けていたのだ。


 先生は相変わらず首を傾げていたが不意にそのことを思い出したようで、恥ずかしそうに顔を赤くすると「そ、そうだ、私、三つ目のまんまだったんだ……」と額から目玉を取り外して壊れた提灯に目玉を貼った。


「ごめんね、先生がお手伝いするとかえって時間が掛かっちゃうかも……」


 そう言って先生は苦笑いを浮かべる。


 そんな先生を眺めて俺は微笑む。


「そんなことないですよ。先生がいてくれるだけで俺は落ち着いて作業ができるんで」


 言った直後、なかなか自分でも恥ずかしいことを言ったような気がして少し頬が赤くなった。そんな俺を見て先生も少し頬を赤らめると「あ、ありがとう……」とぼそぼそと呟いた。


 が、不意に先生は何かを思いついたように立ち上がると、そのままキッチンの方へと歩いていく。そんな先生を横目に俺は作業を再開する。今の俺の作業は井戸から出てくる定子の垂れた目玉に色付けを擦る作業だ。ここは小学生のときにひたすらダンダムのプラモデルを作ってきた能力が生きている。俺は定子の目玉という恐ろしさを大きく左右する作業に先生の存在も忘れて没頭する。そして、しばらく経ったときにふい「ちかもとくんっ!!」と先生の呼び声が聞こえて不意に我に返る。


 顔を上げるとそこには血の付いた白装束姿の先生が立っていた。長い髪は解かれて顔に被さるように垂れている。どうやら先生はまた俺を驚かそうとしているようだが、髪の間からいつもの先生の愛らしい笑みが見えるため全く怖くない。


 可愛いお化けだ。


 よくよく見てみると足元にはさっきまで身に着けていたジャージが脱ぎ捨てられており、俺が気付かぬ間に俺の目と鼻の先で先生が着替えていたことに気がつく。


 なんだか勿体ないことをした気がする。


「近本くん、みんなのために頑張ってくれているのは嬉しいけどほどほどにしておかないと、本当に身体を壊しちゃうよ」


 先生はそう言って首を傾げる。


 と、そこで俺は先生がお盆を持っていることに気がつく。お盆には湯気の立った茶碗が二つ置かれていた。


「お腹減ったでしょ? ちょっと夜食を食べて休憩しようよ」


 そう言うと先生は茶碗を二つテーブルの上に並べる。


 どうやら先生が夜食に雑炊を作ってくれたようだ。雑炊にはさっきの夕食で出た鮭の残りがほぐされた状態で乗っていて美味そうだ。


 が、俺は再び目玉に視線を落とす。この目玉はお化け屋敷の恐ろしさを左右する超重要な作業なのだ。できることならば作業を中断せずにこのまま仕上げてしまいたい。


「あとで頂きます。ありがとうございます」


 そう言って再び作業を再開すると、先生は少し不満げに「もう……」と声を漏らす。


「少しは休んだ方がいいよ」


「わかってます。この作業が終わったら休憩しますよ」


「早くしないと冷めちゃうよ?」


「あとで温めなおすので大丈夫ですよ」


 そう言うと先生はしばらく不満げに俺を眺めていた。が、不意に何かを思いついたように茶碗を手の取ると俺のそばに寄ってきて、定子の格好のまま俺のすぐそばに腰を下ろした。


「定子だぞっ!! 先生の言うことを聞かない子にはお仕置きするぞ~」


「定子は自分のこと定子だなんて言いませんよ」


「え? そうなの? 先生、怖い映画は苦手だから観たことないんだよね~」


 と、苦笑いを浮かべる。そして、先生はレンゲで雑炊を掬うとそれを息で冷ましてレンゲを俺の顔の前に差し出す。


「はい、近本くん、あ~んっ」


 と、定子先生は定子らしからぬ笑みで俺に雑炊を食べることを要求してくる。俺は「いただきます」とお礼を言って差し出されたレンゲをパクリと口に入れる。


「美味しい?」


「美味いです」


「はい、二口目」


 と、先生は再び俺の前に息で冷ましたレンゲを差し出すので俺もレンゲを口に入れる。


 なんだ。何故かよくわからないが凄く背徳的な気持ちになる。俺はあくまで平静を装って先生の差し出すレンゲに何度もぱくついた。


「なんだかヒナに餌をやってるみたい……」


 先生は俺を見てクスクスと笑う。


「いや、ヒナは口移しで――」


 と、そこまで言ったところで、今自分がとてつもないことを口にしたことに気がついた。


 俺は顔を真っ赤にしたまま慌てて先生を見やる。先生もまた顔を真っ赤にしていた。


「い、いや、流石に雑炊の口移しは色々まずいでしょっ!!」


「わ、わかってるよ。ちょ、ちょっと変な想像しちゃっただけだから……」


 六畳間は一気に変な空気に包まれてしまった。



※ ※ ※



 結局、明け方近くまで作業を続けて文化祭前日を迎えた。が、そのおかげで無事お化け屋敷運営に必要な小道具は全て用意することができた。後は設営だけだ。が、その設営もさすがに文化祭前日ということもあり、クラス総動員で作業に当たり午後一時頃には全ての作業が終わった。今日は授業はない。なんでもこのあと前夜祭があって体育館で軽音楽部のミニライブや手品同好会のマジックショーがあるらしいが、どちらにも興味がないので学食で先生の作ってくれたお弁当を頂いて学校を後にすることにした。


 前夜祭が行われている体育館の方へと歩いていく生徒たちと、すれ違うようにして校門へと歩いていく。


 その時だった。


「さくらちゃんが大変なんだってっ」


 近くの生徒が口にしたそんな言葉が俺の耳に入り思わず足を止める。


 声のする方を見やるとそこには息を切らせて膝に手をつく女子生徒の姿があった。女子生徒は目の前の別の女子生徒に何かを話しかけているようだった。


 ちなみにさくらちゃんというのはきっと先生のことだろう。生徒の間では先生はよくそう呼ばれている。


「軽音部のライブの途中に突然、さくらちゃんが……と、とにかく大変なの。人だかりが出来ていてみんなパニック状態でっ」


 女子生徒は慌てている様子で話の要領を得ていない。女子生徒は「と、とにかくヤバいの。早く来てっ」と言って女子生徒の手を引いて体育館の方へと駆けて行った。


 とにかく女子生徒の様子はただ事ではなかった。女子生徒たちの後姿を眺めながら俺は何やら急に嫌な予感がして先生のことが心配になった。


 俺は踵を返すと体育館へと走る。


 俺は百メートル近い距離を全力疾走で走り、体育館へとたどり着いた。体育館の入り口は多くの生徒でひしめき合っており、先生が「危ないから道を開けなさいっ!!」と生徒たちを窘めていた。


 おいおい何事だよ。俺はその尋常ではない騒ぎに内心穏やかではない。先生がどうしたんだ。先生の身にいったい何が起きたんだ。心配になって必死に背伸びをして体育館の中を覗き見ようとするがうまくいかない。


「なあ、体育館でいったい何が起きたんだ?」


 俺は近くにいた男子生徒に声を掛ける。が男子生徒は首を横に振る。


「知らないよ。とにかく体育館で先生が大変なことになってるって話だよ」


「大変なことってなんだよ」


「知らないよ。俺も騒ぎを聞きつけて来ただけだから……」


 なんじゃそりゃ……。俺は先生のことが心配だったが、この状態じゃ体育館に入れそうにない。一度、人だかりから離れるとひと気のない体育館裏の方へとまわる。


 何とか体育館に入る方法はないかとあたりを見渡してみると、ふと体育館の裏口が見えた。俺は裏口の方へと駆けていく。


 そして、辺りを見渡して誰もいないことを確認すると、そっと裏口の扉を開いた。


 直後、生徒たちの騒ぎ声が耳を劈く。


 俺は思わず耳を塞ぐと、再び周りに人がいないことを確認するとそっと体育館の中に入る。俺が入ったのは丁度体育館の側面の部分。こんな所から入ったら実行委員や教員から怒られることは必至だが、幸いなことに生徒もそして先生もステージに見入っているようで俺の侵入には気がついていない。


 俺はそこでようやくステージを見やった。


 そしてステージの上に先生の姿があった。そして先生は以前カラオケに行った時と同じ高校の制服風の衣装を身に着けており、ヒートアップする生徒たちに手を振っていた。


「みんなっ!! 今日は織平さくらシークレットライブin体育館に来てくれてありがとうっ!! 短い時間だけど、一生懸命歌うからみんな楽しんで帰ってねっ!!」


 それを見た瞬間、俺はなんじゃこりゃ……と思うとともに、さっき女子校生が話していたのがこのことのことを言っているのだということに気がついた。


 体育館で先生の身になにかよからぬことが起こっていると勝手に思っていた俺は完全に拍子抜けしてしまう。


「さくらちゃ~んっ!! 愛しているよ~っ!!」


「さくらちゃ~んっ!! 可愛いよっ!!」


 などと体育館の中では男子生徒を中心に黄色い声援がこだまする。


「みんな声援ありがとうっ!! みんなの声、私に届いているよっ!!」


 先生がそう言うと軽音部のドラムがスティックを何度か叩くと、それを合図にベースやドラム、さらにはキーボードの音が体育館に響き渡る。


「♪今月の手帳は開きたくないよ~ ♪だってハートマークが付けられないから~」


 と、先生が歌いだすと、体育館のボルテージはさらに上がっていく。客席の最前列ではオタ芸を披露する生徒までいてなんとも異様な光景が広がっていた。


 なんというか凄い光景だ……。


 俺はそんな体育館の雰囲気に圧倒されながらも同時に、先生は俺が思っているよりもずっと人を魅了する圧倒的な魅力があるのだと実感する。


 ステージで踊りながら歌う先生は部屋で見る先生とはまるで別人だった。


 なんというか光り輝いていて、きっとこれがプロのアイドルというものなのだろうと、アイドルに精通しているわけでもないのに一人で納得してしまう。たった一人でこれだけの生徒を夢中にさせて熱狂させるのだ。


 俺はいつまでも先生に魅了されながら声援を送り続ける生徒たちを眺めていた。


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