#34 文化祭3
そしてついに文化祭当日を迎えた。そして、俺はこの文化祭、最大のピンチを迎えていた。
「ごめん近本、部活の出し物を手伝わなきゃなんないんだよな。頼む午前中の間だけでも頑張ってくれ」
「ごめんね近本くん、彼氏からどうしても軽音部のライブを見に来てって言われてるんだ」
「悪いな俺もだ」
「私も」
「ワイもや。すまんな近本」
いや、あらかじめ役割分担を細かく決めていなかった俺が悪いと言えば悪いのだが、文化祭の準備で手いっぱいだった俺にはそんな余裕はなかった。あと一時間で文化祭が始まりお化け屋敷も営業開始しようというところだったのに、クラスメイト達は次々と言い訳を並べ立てて教室から出ていこうとしていた。
一人、二人と教室から生徒が出ていくと便乗した生徒たちも適当な言い訳を並べて教室から出て行ってしまう。そうなると教室に残された数少ない生徒たちも居心地の悪さを抱いて意味もなく教室から出て行ってしまう。そして、驚くべきことに気がつくと教室には俺と先生以外の人間はいなくなってしまった。
「はわわっ!! ち、近本くん、大変だよ。このままじゃお化け屋敷が始められないよ……」
誰もいなくなった教室で慌てふためく先生。
あ、あれ? もしかして俺ってイジメられてるのか? そんな不安を抱きながら俺は誰もいなくなった教室を眺めやる。
まさかの事態だ。このままだと先生の言うようにお化け屋敷を開くどころの騒ぎではない。とはいえ、営業中止というわけにもいかず、ただ立ち尽くすほかない。
どうしようか……。
「と、とりあえずやるしかないでしょ……」
「で、でも、やるってどうやってやるの」
「決まってるでしょ。俺と先生二人でやるしかないでしょ……」
こうなったら二人だろうが一人だろうがやるっきゃない。俺は進行表を取り出すと赤ペンでバツ印を書いていく。
「こことここは中止で、もぎりと細かい仕掛けは俺が全部やります。そんでもってあとは効果音と小道具で誤魔化せばなんとかなります」
そう言って先生にしるしをつけた進行表を手渡す。
「とりあえず、先生は定子さえおどろおどろしくやってくれれば最低限お化け屋敷としての体面は保てます」
「そ、そうかな……」
俺はカバンの中から定子の衣装を取り出すと服の上から先生に被せた。が、途中で頭がひっかかって先生は「はわわ……」と昔ながらの白布を被ったお化けのようにその場で彷徨っていた。
が、何とか頭の出口を見つけると何とか頭を出す。
「これで本当に大丈夫なの?」
「大丈夫です。とりあえず暗いところでその格好をしていればバカな女子はビビりますから」
「近本くん、なんか言葉に棘があるよ?」
つい、うっかりクラスメイト達への怒りが言葉に出てしまった。
「ほら、先生、前髪で顔を隠してください」
顔が見えてしまったらただの白装束を身に着けた先生のままだ。怖いというよりは可愛い。
俺に言われて先生は慌てて長い髪を全て前に持ってきてそれっぽくする。
「おお、いい感じです。それであとはおどろおどろしさを出しておけば何とかなりますよ」
「ほ、本当かな……」
「なんか怖そうなポーズしてください」
「こ、怖そうなポーズ?」
先生はしばらく首を捻っていた。が、不意に両手を持ち上げると、手首を垂れて如何にも幽霊みたいなポーズを取り始める。
「ばぁ……」
「いやばぁ……じゃないですよ」
「ええ? 幽霊ってばぁ……っていうんじゃないの?」
「まあ間違っちゃいないですけど、もっとおどろおどろしく相手に掴みかかるみたいな感じで」
そう言われて先生はようやく手を前に突き出すと相手に掴みかかるように指を開く。
おお、それっぽくなってきた。
「これでいいの?」
「ばっちしです。とりあえずそうしていれば女子はビビると思うので、そのまま次の道まで生徒を誘導してください。照明のスイッチはこっちでやります」
「わ、わかったよ。先生頑張ってみる……」
そう言って先生はガッツポーズをした。まあ、とりあえずはやるしかない。そのあと、俺と先生はなんどかリハーサルをやってしょぼいながらも、なんとか営業を始めた。
※ ※ ※
そして、数十分後、文化祭開始を告げるチャイムが鳴り廊下が生徒たちで慌ただしくなっていく。が、生徒たちは今どきお化け屋敷、それもセンスゼロの俺が作ったお化け屋敷に興味がないらしく、一人廊下前に置かれた机に座る俺の前を素通りするだけだ。
まあ、そっちの方が楽でいいと言えばいいのだが、流石に誰も来ないのは来ないで中々辛いものがある。資本主義は残酷だ……。
ちなみに先生はいつでも生徒が来ていいように中で待機をしている。
が、
「しくっ……しくっ……」
しばらくしたところで、教室からすすり泣く声が聞こえてきて俺は思わず教室の中を覗き込む。
「ど、どうかしたんですか?」
懐中電灯で先生が待機している井戸を照らすと、そこには井戸の中で何やら体育座りをしながらすすり泣く先生の姿があった。近くのオーディオからはヒュードロドロとBGMが大音量で流れている。
「ち、近本くん、寂しいよぅ……」
先生は垂れ下がった髪からわずかに顔を覗かせて涙を流していた。
「っ……」
何というか不本意ながらその先生の姿がなんともおどろおどろしい。せっかくの定子メイクも涙のせいでぐちゃぐちゃになっていて、それがさらにおぞましさを増長している。
「近本くん、私もうやだ……怖いよぅ……」
「って、まだお客さんすら来ていないのに弱音を吐かないでくださいよ……」
「だ、だって私、この世で怖いのが一番怖いんだもん……」
と、わけのわからないことを言い始める始末だ。
先生のそんな姿を眺めて俺が呆然と立ち尽くしていると、教室の外から「あの……誰かいますか?」と声がした。
「やばい、お客さんが来ましたよ。この際何でもいいですから何とかお客さんを脅かしてください」
「わ、私じゃ無理だよ」
「無理でもやってください。じゃあ俺はもぎりをやってくるんで」
そう言うと先生を置いて教室を飛び出した。
教室を出るとそこには女子生徒が二人立っていた。俺はとりあえず生徒に配布されている参加チケットを回収すると生徒たちを教室内へと促す。依然として教室内からは先生のすすり泣く声が聞こえてくる。
生徒が中に入っていくのを見届けるとすぐに出口へと向かい、ジェイソンのマスクを被ると舞台裏へと駆けていき、カーテンの隙間から女子生徒たちの姿を確認する。
どうやらセットの出来自体はそれなりだったようで、女子生徒たちはビクビクしながら寄り添うようにして暗い通路を歩いていく。そして、一カ所目の仕掛けにたどり着いたところで俺は行動を開始する。
女子生徒の前にはアクリルで出来たパネルが現れる。そこで俺は照明スイッチをオンにする。すると、俺の足元の照明が点灯して血糊の付いたアクリル越しにジェイソンマスクの俺の姿が現れる。そこで二つ目の仕掛け。足元の爆竹を踏んづけるとパンパンと耳と劈きような音が教室内に響く。
女子生徒たちは相当なビビりなようで「「ぎゃーっ!!」」と悲鳴を上げる。そして何故か教室の奥でもう一つ悲鳴が聞こえたが、おそらく先生のものだ。女性生徒たちは逃げるように奥へと駆けていく。そんな女子生徒たちを確認して俺も駆けだす。二つ目の仕掛けに向かうためだ。
その後も俺は音と見た目で脅かすという子供騙しすぎる仕掛けで女子生徒を何とか脅かすことに成功して、気がつくと女子生徒は最後の大仕掛け、教室の隅に設置された定子の井戸の前へとたどり着いていた。カーテンの隙間から井戸を覗き込む。
すると、先生は相変わらずすすり泣きながら井戸の中で体育座りをしている。
おい、何やってるんだよ。これじゃ最後の最後でお化け屋敷が台無しだ。
頭を抱える俺だったが、女子生徒たちはそんな事情も知らずに何やら身を寄せ合いながらすすり泣く先生を眺めていた。
「こ、怖いよぅ……」
先生が嗚咽を漏らしながらそう囁くと女子生徒は「きゃっ!!」と短い悲鳴を上げて後退りする。と、そこで先生は女子生徒たちが自分の近くにやって来たことにようやく気付いたように顔を上げる。
が、先生にはもうお化けを演じる余裕はなかったようで、相変わらずしくしくと泣きながら立ち上がる。それを見た女子生徒たちはさらに怯えるように後退りして先生から距離をとっていく。出口の方へと逃げるように歩いていく女子生徒を見て先生は「ね、ねえ、おいて行かないでよぅ……」と嗚咽を漏らしながら訴える。そして、その顔はメイクが崩れてぐしゃぐしゃだ。
「「ぎゃあああああっ!!」」
女子生徒たちの悲鳴が教室に響き渡る。
なんだかよくわからないが、意図しない形で先生は脅かすことに成功したようだ。
逃げようとする女子生徒。そんな女子生徒に「ま、待ってよ。怖いよう……」と追いかけるように井戸から出ようとする先生。が、先生は慌てて井戸から出ようとしたことと足元が暗かったのとで、井戸のへりに足を躓いてボテッと前に倒れるように転んだ。
それを見た生徒はまた「「ぎゃああああっ!!」」と悲鳴を上げる。それでも先生は這うように女子生徒たちに近寄るといよいよ女子生徒は恐怖のあまり出口へと一目散に駆けていった。
先生は相変わらず「待ってってば……おいて行かないでよ……」と泣きながら出口へと這っていく。
「ちょ、ちょっと先生、もう終わりましたよっ!!」
そんな先生のもとへと駆け寄る俺。すると先生はわんわんと泣き出しながら俺に抱き着いた。
「私もういやだよっ!! 怖いの嫌いだよっ!!」
と俺の胸に顔を埋めてワンワンと泣いた。
そんな先生の背中を摩りながら俺は思った。
もしかしたらこれはイケるかもしれないと。




